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エルカリム  作者: Pixy
第四章 亡き王国の為のパヴァーヌ編
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第69話 『デス・チェイサー』

逃げるキラ達に、追手の騎兵が迫る。

仲間の命はカルロの手綱捌きに預けられた。

 スパイをしていたオーウェンにはめられ、罠へと誘導されたキラ一行。

 万事休すかと思われた時、手負いのギルバートは命を捨てる覚悟で敵を食い止め、馬車ごと仲間を逃した。

 森の一本道を馬車で飛ばし、抜けた先広がる平原を今は走っている。

「ギルバートさん……」

 全速を出す馬車の中で激しく揺られながら、キラはうなだれて涙を流していた。

 彼女だけでは無い。

 ルークにディック、メイにソフィア――ほとんどの仲間はギルバートの死にショックを受け、泣いていた。

 特に心細い二人旅の末に彼に護衛を頼んだキラとルークは、この中で最も付き合いが長い。

 紹介してくれた弟子のジョイスにも、次に会った時に何と詫びればいいか、分からなかった。

 ジョイスの弟弟子と言えるディックを始め、皆が頼りにしていた男だった。

 戦闘で盾になってくれるだけでなく、困った時にパーティをリードしてくれる、旅人の先輩でもあった。

「敵の騎馬隊が来るぞ。掴まれ」

 一同が悲しみに暮れる中、涙を見せない者も居る。

 ユーリはその筆頭で、死んだ仲間を悼むよりも迫りくる驚異に意識が向いていた。

「カルロさん、もっと飛ばしてください!」

 ルークは焦ってそう言うが、カルロは首を横に振る。

「これで精一杯だよぉ!」

 人間がすし詰めになった馬車を、馬二頭で引いているのだ。

 どれだけ走らせたとしても、騎兵の速さを振り切れるはずが無い。

 こうしている間にも、敵の追手は見る見る迫ってくる。

 まだ数は少ないが、ギルバートを倒した後で次々と増援を寄越すことは想像に難くない。

「ユーリさん、矢の残りは?」

「13本だ」

 森で待ち伏せされた際、応戦のためにほとんどの矢を使ってしまった。

 ならばと、ルークはソフィアに尋ねる。

「魔法の矢はまだ撃てますか?」

「10発程度なら撃てるわ」

 彼女も敵の猛攻を食い止めるためにシールドを張り続け、かなり消耗していた。

 魔力はもとより、間違わずに呪文を唱え、照準を合わせる集中力は限界に近い。

「レアさん!」

「ボ、ボクに期待されても困るぅぅぅ!」

 先の戦闘中ずっと馬車の中に隠れていたレアなら、魔力を温存しているだろうとルークは考えた。

 しかし彼女は吸収の術を一回唱えられる程度であり、温存も何も元から無いのに等しかった。

 他に遠距離攻撃ができるのは、魔法剣士であるルークのみ。

「ユーリさんとソフィアさん、そこに私で、接近してきた敵を潰しましょう。今ならまだ逃げ切れます!」

 追ってきている敵は少数。

 恐らくこれは、ギルバートを無視して先行した兵士だろう。

 後に続く本隊が追いつくまでには、まだ時間があると判断したルーク。

 ここで食らいついてくる敵兵を潰せば、後続の本隊は馬車の行き先を見失うはずだ。

 まず反撃の一手を放ったのは、狙撃手であるユーリだった。

 彼の矢は魔力を付呪された敵部隊の鎧に効き目が薄かったが、乗っている馬を狙うことで脱落させる。

 さっきは兵士一人を射殺すために2~3本の矢を撃ち込んでいたものの、無防備な馬を撃てば1本で事足りる。

 その間にルークとソフィアも短縮した呪文を唱え、それぞれ風刃と魔法の矢で騎兵隊を迎撃した。

 敵兵は仲間がやられても追撃をやめず、キラ達を執拗に追い回す。

 ついには何人かが、死角である側面へと回り込んだ。

 搭乗口でもある馬車の後ろから迎撃していた一行だが、横に張り付かれてはやり辛い。

 ユーリは仕方なく馬車の屋根に登り、振り落とされないようバランスを取りつつ側面の軍馬を射抜いた。

 並んで走っていた敵を排除したものの、馬車の中に戻ってきたユーリは首を横に振る。

「矢切れだ。後は頼む」

 続いてソフィアも、魔力と集中力の限界が訪れる。

「ぐっ……! 私も、もう撃てないわ」

 悔しそうな表情を浮かべる彼女だが、いくら賢者と言っても魔力は有限だ。

「休んでいてください。私が始末します」

 ルークが見据える敵の残りは、二人。

 数が減ってきて警戒したのか、うかつに距離は詰めてこない。

 一定の距離を保って馬車の後ろに張り付き、後ろの本隊を案内するつもりだろう。

(やり辛いな……)

 そう思いつつもルークは左手で魔術文字を描き出し、兵士に狙いをつける。

 放たれた風刃は右側に居た敵を軍馬ごと両断したが、もう片方は避けて追撃を続行した。

 魔法で纏めて潰されないよう、敵は互いに距離を取っていたのだ。

「もう一撃!」

 これで仕舞いにするつもりでルークは次の呪文を詠唱にかかるが、その時だった。

 彼の足元の板に矢が突き刺さり、ルークは慌てて飛び退く。

 見てみると、残り一人になった敵のその後ろから、何十人もの騎馬部隊が押し寄せてきていた。

 矢は敵増援が走りながら放ったものだ。

「まずい……! カルロさん、もっとスピードを出してください!」

 とうとう恐れていた、敵の本隊が馬車に追いつく。

 この集団に取りつかれたが最後、逃げ切ることはできないだろう。

「だから、これが全速力なんだってー!」

 カルロも馬車馬に必死に鞭を入れて走らせるが、こんな重荷を背負った状態では速度は出せない。

「何かできることは……。そうだ、荷物を捨ててください! 馬車を軽くするんです!」

 馬車には人間の他に、水や食糧、毛布など旅に必要な物資が積まれていた。

 それを捨てれば少しは身軽になるだろうと、ルークは手当り次第に荷袋を掴んでは外へと放り投げる。

「お、おい! 食いもんまで捨てちまったら……!」

 止めようとするディックだが、メイもルークに続く。

「ここで死んだら意味無いよ」

 死人に口無し。飲み食いできるのも、生きていればこそだ。

 やむを得ず積荷を捨てた一行だが、それでも敵との距離は開かない。

 鍛えられた軍馬は徐々に迫ってきて、馬車を追い抜こうとする。

 その時、叫び声をあげたのは普段大人しいカルロだった。

「くっそぉー! こんなところで死ねるかよ!」

 恐怖で涙と鼻水を垂らしながら、カルロは手綱を通じて馬車馬に指示を出す。

 突然、一直線に走っていた馬車は蛇行し始め、荷台を振り回すようにして追い抜こうとする騎兵をけん制した。

 馬車の中は当然もみくちゃになり大惨事なのだが、カルロもそんなことに構っていられない。

 さすがの騎兵も馬車の体当たりを食らっては危険なため、うかつに前に出たり並走することが難しくなった。

(頼むぞ、走ってくれよ馬達……!)

 持久力の限界に挑むかのようなマラソンの次は、激しい蛇行運転。

 キラ達全員を引っ張って走る二頭の馬は限界に近いのだが、馬も背後から迫ってくる殺気を感じているのか、悲鳴をあげながらも走り続ける。

 騎兵の一人が強引に馬車を抜こうとするが、すぐに気付いたカルロは急カーブを切り、勢いのついた荷台を敵に叩きつける。

 衝突により轟音と共に車体が激しく揺れ、木が軋んで悲鳴をあげる。

「おっさん、乱暴過ぎ……うぉわっ?!」

 ディックが何か抗議していたが、もはやカルロの耳には届いていなかった。

 今の彼の頭は、この状況を生き残ることだけで埋め尽くされていた。

 カルロの運転は今まで見せたことのないような冴えで、訓練された騎兵隊の追撃を何とかかわしている。

 そんな綱渡りの逃避行の中、行く手には谷が立ちはだかる。

 斜め前には橋が渡されており、そこを通るしか道は無い。

 狭い橋にかなり急な角度で侵入することになるが、ここでもカルロはうまく馬車を乗せた。

 橋を通過する際、ユーリは滅茶苦茶になった馬車の中で捨て損ねた油壷を見つけて手に取る。

 他の仲間の下敷きにされながらも油壷を橋に投げた彼は、左腕のガントレットから小さな火球を放った。

 割れた壺から飛び散った油に引火し、木製の橋は見る見る炎上する。

 軍馬と言えどもこれには驚き、後を追う騎兵隊は立ち往生となった。

「くそっ! 他の橋は無いのか?!」

 迂回するとなると、かなりの回り道となりタイムロスが生じる。

 結局、崖が緩やかになって川を渡れる箇所を探し当ててそこを通ることになったが、その頃にはキラを乗せた馬車は遠くへ逃げ去っていた。


 辛うじてガストンの部隊を撒いたキラ達は、日が傾く中でつかの間の休息を取っていた。

 人間よりも馬が限界だったため、ここで一度立ち止まる他無かったのだ。

 馬車の中でもみくちゃにされたキラ達は、激しい目眩とあちこちぶつけた痛みを抱えながら、ほうほうの体で地面に降り立つ。

「さ、最悪の気分だぜ……」

 ディックなどは立っていられず、地面に大の字に転がった。

 その横では、乗り物酔いに負けたレアが盛大に吐いている。

 ソフィアとヤンもかなり顔色が悪かったが、何とか一線は越えないでいた。

「キラさん、大丈夫ですか?」

 同じく青い顔をするキラを、ルークが気遣う。

「だ、大丈夫……。ルークは平気?」

「ええ、何とか」

 悪夢としか言いようのない逃走劇だったが、カルロと馬車馬の連携もあって何とか一度は振り切れた。

 まだ安心できないものの、安堵感から緊張の糸が切れてどっと疲労が押し寄せてくる。

 一口でいいので水が欲しかったが、全部捨ててしまった。

「ここはどの辺りでしょう?」

 誰に尋ねるでもなく、ルークがつぶやく。

「分かんねぇ……」

 御者席でうずくまるカルロが、弱々しく答えた。

 森を抜けた平野をひたすらひた走ったため、現在位置などまるで分からなくなっていた。

 ルークにとっては見慣れない異国の地でもあり、それは一部を除くほとんどのメンバーが同じだ。

 この国の王女であるキラとて、この辺りの土地勘があるわけでもない。

 見知らぬ場所で迷子になった子供のような心細さと、孤独感が一行を襲う。

 パーティの保護者的立場だったギルバートが欠けたことも、まるで親とはぐれたような感覚を与えていた。

「もう日が落ちます。カルロさん、馬車は進めそうですか?」

「い、行けると思う……」

 ガストンは今頃、躍起になってキラ達を捜索しているだろう。

 あまり一つどころにじっとしていては、せっかく振り切った敵に見つかってしまう。

「取り敢えず、このまま真っ直ぐ進んでください」

 我ながらいい加減な指示だと自覚しつつも、ルークはそれ以外に言えなかった。

 現在位置も、方角も分からない。

 進行方向に民家があるとも、仮にあったとしてその民家の人間が友好的とも、保証がつかない。

 完全に夜になれば、星を読めるソフィアが大まかな方角は割り出してくれるだろうが、それまで待っている時間が惜しい。

(無理させて悪いな……。俺も、もうどこがゴールか分からねぇや)

 見るからにくたびれた馬車馬に、カルロは申し訳無さそうに進むよう命じた。

 あてもなく、キラ達を乗せた馬車が発車する。

 傷んだ車体が、不気味な音で軋んだ。

「爺さん、もう帰ってこねぇんだな……」

 うなだれたディックがつぶやく。

 逃げるのに必死なうちは頭から抜けていたが、少し落ち着いてようやく実感が追いつく。

「ギルバートさんには、お世話になるばかりでしたね」

 気持ちの整理がついていないのはルークも同じで、苦々しい表情を浮かべていた。

 思えば彼には、報酬と呼べるようなものも用意していなかった。

『面白そうだ』と言って護衛を引き受けてくれたので、そのままの流れで出世払いと考えていたら、これだ。

 結局キラ達は何も返せないまま、突然の別れとなる。

「僕も面倒を見て貰いましたが、最期に弔いの言葉さえ告げられないとは……」

 逃げる途中で眼鏡を失ったヤンも、悔しそうに言う。

 気を紛らわせようと肌身離さず持ち歩いている聖書を開くが、裸眼では読めなかった。

「こんなことなら、爺さんの言うこともっと聞いとけばよかった……」

 ディックからすれば、ようやく修行の成果が見え始めてこれからという時期だった。

 彼の才能を認めて伸ばそうとしてくれたギルバートから、学ぶべきことは多かったはずだ。

「もうよせ。ボヤいていても無意味だ」

 一行に釘を刺すエドガー。

 彼としてもちゃんと仲間を弔いたかったが、今はそんな悠長な時では無い。

「……ギルバートさんは、ロイース王国復興のために命を捧げました。そう納得する他、無いでしょう」

 ルークの言葉に、各々ため息をついた。

 不本意なのは言った本人とて同じだが、ここはそう思って現実を受け入れるしか無かった。

「…………」

 そんな中、キラは唇を噛んで押し黙っていた。

「キラ、戦いが落ち着いたら、彼のお墓を作ってあげましょう」

 ソフィアの言葉に小さくうなずく彼女だが、表情は暗い。

(私が、『戦争を回避したい』なんて言ったから……。私が殺したんだ、ギルバートさんを)

 時として、良かれと思った選択の意外な結末を突きつけられることもある。

 キラが諦めてカイザーに保護を求めていたら、二大大国の戦争には発展しただろうが、ギルバートは助かったかも知れない。

 自分の決断の重みを感じる彼女を乗せて、薄暗い道を馬車は進み続けた。


 しばらくとぼとぼと進んだ先で、一行は小さな町に行き当たった。

「ひとまず、最初の運は掴めたようですね」

 町の手前で馬車を停め、降りて様子をうかがうルーク。

 現在位置は分からないままだが、途中でソフィアが北斗七星から方角を割り出したため、ひとまず西へ向かっていた。

 西へ行けばアルバトロスとの国境があるはずで、連合国に逃げ込んでカイザーの助けを乞う心算だ。

 ルークを始めとした仲間の提案に、キラは反対せず応じた。

 とは言えどこかで補給は必要で、水も無しに移動し続ければ3日で全員脱水で死んでしまう。

「もう何でもいいから休もうぜ……」

 喉が乾いた、腹が減った、疲れた、あちこち痛い――愚痴は山程あったが、それを全部口に出す気力がディックにすら残っていなかった。

「あの騎士の手が回っているかも知れません。私とヤンさんとで様子を見ます」

 ヤンを連れて行くのは、ひと目で僧侶と分かるためだ。

 例え教会の信者でなくても、僧というだけで一定の信頼は得られる。

 二人共ボロボロの恰好で見るからに不審者だったが、ヤンの社会的地位に賭けるしかなかった。

「ユーリさんは、後ろから警戒してください」

 念の為、生命感知が使えるユーリを後詰めとして背後を任せる。

 キラを始めとした他の仲間は、馬車の付近で待たせた。

「大丈夫そうじゃないですか?」

 眼鏡が割れてしまったため、視力の悪い裸眼で周囲を見渡すヤン。

 ルークも今の所、不穏な気配は感じない。

 まだ明かりのついている民家を見つけたルークは、一か八か泊めて貰えないか相談することに決めた。

「いいですか? 私達は巡礼中の旅人で、野盗に襲われて逃げてきたということにします」

「は、はいぃ」

 王女一行だと知られないため、その場で設定を作り上げるルーク。

 簡単にヤンと打ち合わせた後、緊張の面持ちで彼は民家の扉をノックする。

 やがて少しだけドアが開き、その隙間から家主と思われる中年の男がこちらの様子をうかがう。

「……どちらさん?」

 ルークに背中を押され、ヤンが一歩前に出る。

「えーっと、その、夜分遅くにすみません。我々、巡礼の旅をしている者なんですが、野盗に襲われてしまって……」

 訪ねてきたのが僧侶だと分かると、家主もある程度警戒を解いたようだった。

「それは災難でしたね。お仲間は、そちらの女性一人で?」

「いえ、他にも居ます。いっぱい」

 ヤンがそう答える。

 この際性別を勘違いされていることなどどうでもいいので、ルークは後ろをついてきているユーリに合図を出す。

 少しして、ユーリは残っていた仲間達を連れてきた。

 キラは念の為にフードで顔を隠している。

 合計でかれこれ10人の大所帯だ。

 家主は人が良いのか、傷だらけの武装した集団に驚きながらも家に入れてくれた。

「すみません、皆疲れ切ってまして……。一晩だけ泊めては貰えませんか」

「狭い家で雑魚寝でよろしければ」

 一応承諾はしつつ、男は何故宿に泊まらないのかと内心不審がっていた。

 普段ならば民家を頼らず宿に直行するのだが、いつこの町にもガストンの部隊がやってくるか分からない。

 騎士団が捜索するならば、まず真っ先に宿を当たると見ていい。

(一晩だけなら、何とかなると思いたいが)

 2日以上、民家に留まることは無理だろう。

 限界に達した身体を今晩休ませ、翌日物資を買ったらそのまま西へ突っ切るつもりでルークはいた。

 突然押しかけてきたにも関わらず、家主と同世代と思われる婦人は水を出してくれた。

「タイミングが良かったわねぇ。もうすぐ雨が降りそうだったから」

「雨? さっきは晴れてたぜ?」

 ディックの言う通り、一度はソフィアが星を見て方角を読んだのだ。

 だが婦人の見込み通り、見る見る空に雨雲が広がり、激しい雨が降り出す。

「え? おばちゃん、預言者か何か?」

 水を飲んで少し元気が戻ってきたレアが、窓の外を見てそう言う。

「風向きとか、そういうので分かるのよ。ここに住んで長いから」

 地元民の強みである。

 ルークやエドガーなどは、強い雨が来たことで内心安堵していた。

 この雨ならば、一行の足跡をきれいに消してくれるだろう。

 まさに天の助け。キラ達はつかの間に、身体を休めた。

 そんな中、窓から外を警戒していたユーリは誰にも分からないよう一人ため息をついた。

(あの日も、こんな雨だったな……)

 今から2~3年前の、ロイース王国でのことだった。

 当時のユーリは小さな傭兵団に身を置いており、仲間が居た。

 この国で様々な仕事を請け負って少しずつ名が知られ、大口の依頼も来るようになった。

 そんなある日、傭兵団を指名しての依頼が舞い込む。

 要人の暗殺という危険な仕事だったが、その分報酬は良かった。

 ユーリを筆頭に慎重論を唱える者が居たものの、最終的に団長の一声で請けることに決まる。

 大きな収入が入るということで、その晩は皆で飲んで騒いだものだった。

 仕事の本番も上手く行っていた。

 この手の仕事の手口として、ユーリの魔眼を使って警備を掻い潜り、暗殺対象を探し出して闇討ち。

 そのまま脱出し、依頼は無事成功に思われた。

 だが依頼主の貴族は契約を守らず、報酬の踏み倒しも兼ねて傭兵団を口封じにかかった。

 不意を突かれたせいもあり、団は壊滅。

 ユーリ達数人は逃げ出したが、執拗な追撃に一人、また一人と倒れていく。

 とうとう生き残ったのはユーリともう一人の仲間だけとなったが、その傭兵も重傷でもう走れない。

 どうしても見捨てる気になれず、仲間に肩を貸して逃げるユーリ。

 追手はすぐ近くまで迫っており、手負いの彼を抱えて逃げ切れるような状況ではなかった。

「お、置いて行け……。お前一人なら逃げられる」

 傭兵は残った力でユーリを突き飛ばす。

 支えを失った身体が、雨でぬかるんだ地面に倒れた。

 ユーリはすぐに抱え起こそうとするが、仲間は首を横に振る。

「この傷じゃ、どっち道俺は駄目だ」

 降り注ぐ雨の中、大量の血が流れていく。

「できるか。そんなこと……!」

 頭では分かっていても、芽生えた仲間意識がそれを許さなかった。

 ようやく見つけた、安住の場所のはずだった。

 団長からして根がお人好しで、行き場のない者を集めて傭兵団は大きくなっていた。

 その中の一人がユーリであり、素性の知れない自分を受け入れてくれたこの団で、ひっそりと人生をおくりたいと思っていた。

「頼む、俺達をこんな目に遭わせた貴族を、殺ってくれ……!」

 それが、仲間の遺言となった。

 息を引き取った彼を、ユーリは愕然と眺める。

(……所詮、俺は”群れ”に入れない身か)

 泣かない彼に代わり、降り注ぐ雨が涙のように流れ落ちた。

 悼んでいる暇も無く、追跡者の声が耳に入ってくる。

(まだだ。まだ仕事は終わっていない)

 仲間の遺体をその場に残したユーリは、雨音に紛れて逃走した。

 足跡は雨がきれいに消してくれたため、それ以上の追撃は無く彼は命を繋ぎ止める。

 それから半月程経って、枕を高くして寝ていた貴族の寝室を、こっそりとユーリは訪れた。

 政敵を始末し、汚れ仕事を任せた傭兵団も消した、そう思って貴族は油断していた。

 だが傭兵の生き残りが復讐の機会をうかがっていることは、想定外だったようだ。

 潜入に成功したユーリは寝ている貴族の口を左手で塞ぐと、右手で喉に短剣を突き刺す。

 わざわざ起こして名乗るようなリスクは侵さない。

 仲間の仇を始末した、その事実だけで十分だ。

 ユーリは寝室の鍵をかけ直し、見つからないように屋敷を脱出した。

 暗殺が発覚するのは、恐らく翌朝だろう。

 傭兵団自体が根無し草だったため適当な場所で、ユーリは仲間の墓を作った。

 遺体も遺品も残っていないので、仲間から譲って貰った短剣を埋めてやる。

 近くにあった石を乗せ、剣で名前を刻んだ。

 また身ひとつに戻った彼は潜伏してほとぼりを冷まし、隣国へと移った。

 その隣国が当時帝国だったアルバトロスであり、カイザーに雇われたのは少し経ってからのことだ。

(ロイースにも、いい記憶は無いな……)

 雨天を見て昔のことを思い出していたユーリを他所に、キラ達は簡単な夕食にありついていた。

 堅いパンと豆スープの残り、それらを分けて貰えるだけありがたいと、今のうちに喉に流し込む。

「食べて」

「うん……」

 キラに食欲が無いのは分かっていたが、メイは婦人から貰った皿を渡した。

 今のうちに食べて体力をつけなければ、次にいつ食事ができるか分からない。

 フードの奥で青い顔をしたキラは、喉が拒否する中に強引にパンとスープを押し込んだ。

 誰も彼も意気消沈していたが、レアだけは食べ物を見て目の色を変える。

「んご! んご!」

 焦るあまりパンを喉に詰めた彼女だが、意地でも口に入れたものを出そうとはしない。

「レアちゃん、その顔は駄目だと思う」

 年頃の娘がしてはいけないようなレアの表情に苦笑しながら、キラは自分の分の水を飲ませてやった。

 こんな状況でも平常運転なレアを見て緊張の糸が解れたせいか、堪えていたくしゃみを出してしまう。

「へくしゅっ!」

「あら、風邪かしらね?」

 心配した婦人はフードを被ったキラの顔を覗き込んだ。

「あ、あの、大丈夫ですので」

 後ずさる彼女の顔をまじまじと見つめた婦人は、途端に目を丸くする。

「あなたは、あなた様は……! もしや、キラ王女様では?!」

 その瞬間、一行に緊張が走る。

 ルークは腰の剣に手をやり、驚く家主夫婦を睨む。

 とうとう、恐れていた事態が来てしまった。


To be continued

登場人物紹介


・カルロ

実はKIBASENが強かった。

こいつ、チャリオットに乗せて突撃させたらいいんじゃ?

なお性格は臆病。


・ユーリ

俺も昔は仲間が居たが、全員膝に矢を受けてしまってな……。

一匹狼の噂の出処のひとつがこの出来事。

お礼参りはきっちりする。

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