第59話 『魔女飯』
まだ余裕のあるうちにソフィアはレアに魔法を教えておこうと思い立つ。
そしてある野営の晩、問題は起こった。
ディックとレアがギャンブルで有り金のほとんどを溶かしてからも、ロイースの王都カヴェナンターを目指すキラ達の旅は続く。
二人は仲間に拝み倒してパーティ共有の財布からいくらか金を借り、それでやりくりしていた。
とは言え、水や食糧と言った旅の物資や街に立ち寄った際の宿代、食費などはほとんどパーティの路銀から出ている。
実家に仕送りをしなければいけないディックは大問題だが、レアはまず自分の財布が必要になるようなことはなかった。
だがそこはケチな二人のこと、財布がほぼ空というのは精神的に堪えるようで、借金でも財布に銀貨が入って重くなると一安心した様子だった。
旅路そのものは順調で、オーウェンの案内で警備の手薄な道を選び、王国軍を避けて通れない場所はジョルジオ政権に反発する内通者と協力し、ただの一般人として通して貰っていた。
これまでの道筋を思えば目的の割に随分と平和に進む旅の中、せっかく余裕があるのだからと、キラはルークに手伝って貰いながら聖剣の扱いをひたすら練習する。
「何となく、剣に魔力を込めるっていう感覚が分かってきたの。これもルークのおかげだね」
そう言いながら、キラは一度目を閉じて意識を集中させる。
すると聖剣の刀身からあの白い光が放たれ、魔力を帯びた。
「この短期間で、かなり上達しましたね。驚きました」
魔力を込める、という感覚は魔術師にとっては息をするも同然なのだが、魔法を習っていないキラにとってはコツを掴むだけでも一苦労だった。
ルークも魔法を習いたての頃、体内を流れるエネルギーである魔力をいかに感じ取り、集中させ、コントロールするか、その感触が分かるまでかなりかかった。
ひとまず、これで意図したタイミングで聖剣を起動することは可能になった。
後は起動した聖剣を御する方法を、また模索していかないといけない。
そのためにもルークは、強い魔力を帯びた聖剣と打ち合っても砕けない魔法剣で模擬戦の相手を努めた。
(やはり、剣が光っている間はキラさんの身体能力は格段に上がっている)
剣と剣で打ち合った時の感触、そして押し返してくる力が、起動していない時とでは段違いだった。
それでも元はあまり力の強くないキラのこと、剣士としては非力な部類に入るルークとようやく互角といった程度だ。
(しかし剣の光る強さは、大学で見た時と比べるとまだ弱い。更に魔力を解放すれば、キラさんはもっと強くなるだろう)
キラが記憶を取り戻した時、聖剣は目を開けていられない程に眩く輝いていた。
ただ光を放つだけでなく、何者をも寄せ付けない、小範囲ながら強力な結界も展開している。
まだこの聖剣には秘められた力があるに違いないと、模擬戦をしながらルークは考えていた。
「いったん休憩にしましょう」
体力のないキラにあまり無理をさせてもいけないと、ルークは一度訓練を切り上げる。
「ふぅー……。やっぱり、まだまだ私、弱いなぁ。ルークくらいまで行けなくても、もうちょっと聖剣を使いこなさないと」
ルークはまだ余力を残していたが、キラはすっかり息が上がっていた。
そろそろ冬だと言うのに玉のような汗をかき、布で額を拭う。
以前なら服の袖で拭いていたのだが、今は両腕に鉄の篭手をはめているので、それができない。
「聖剣の扱い方も重要ですが、そろそろ剣術の地力を上げていった方がよさそうですね」
武器に頼るのはせいぜい二流のやり方で、一流を目指すならば武器を選ばなくなる程に技量を高めるように、とルークも姉から教わっていた。
聖剣の起動と、起動状態の維持まではある程度できるようになったので、後はキラ本人の剣技にかかってくる。
「あ、そっか……。すっかり、私の腕の方を忘れてた」
一応、王女として基礎の剣術は習っていたキラだが、所詮は基本に過ぎない。
聖剣の起動のためにも意図的にキラのピンチを作り出すよう、これまでもルークは技量でキラを圧していた。
もちろん本気ではなく模擬戦を考慮しての速さだが、フェイントを絡めての変則的な動きで基本に忠実な動作をするキラの構えを崩し、それでピンチを作り上げる。
「基本を守るのは大事なことですが、実戦は何が起こるか分かりません。応用を徐々に学んでいった方が、いいでしょうね」
「メイや、アルベールさんにも言われたっけ……。『動きが上品過ぎる』って」
所詮、実際に剣を振らない王族が習うお座敷兵法。
型を忠実に守るキラが、聖剣の力押し以外で実戦で勝てる要素は無かった。
ルーク達仲間が守るとは言え、この少人数ではいつキラ自身が自衛のために剣を抜かなければいけない状況になるか、分かったものではない。
「では、今度は剣術も意識して、どう聖剣を活かせるか模索してみましょう」
「よし! お願いします!」
小休憩を挟んで訓練を再開したキラは、再び意識を集中させて聖剣を起動させる。
安定して起動できるようになったとは言え、毎回魔術師の詠唱のように大きな隙を晒してしまうのは課題だが、キラの飲み込みの早さを考えれば克服はすぐかも知れないとルークは思った。
聖剣に頼るだけでなく、今まで習ってきた技術を活かして戦おうとするキラは、明らかに動きに変化が見られた。
ルークはよく構えを崩すために軽くフェイントをかけたが、予想外の動きにもある程度対応するようになっている。
一度フェイントで型を崩されても、以前ならばそのまま体勢を戻せずにいたのだが、不格好でもいいのできちんと次の攻撃に備えて構えを取るようになった。
この辺りは剣術の型に囚われるな、と言ったアルベールの教えが活きてきたというところだろう。
また、攻めにおいても聖剣で打ち込むだけではなく、手足を使った体術も織り交ぜるようになった。
実際には当てないが、ルークの顔面に向けて寸止めの裏拳を入れてその間に剣で刺す動きを取ったり、ルークのブーツの上にグリーヴを履いた足を軽く乗せて踏む様子を見せたりと、メイから習った技を活用する。
「今の攻撃はかなり効きそうですね」
模擬戦なのでどれも寸止めだが、聖剣のアシストがある状態のパワー、そして速さで行われたら初見の一撃は貰ってしまうだろう。
そして聖剣そのものが、鉄の武具など粘土のように砕いてしまう脅威の兵器。
その初見の一撃で敵を殺すには十分に足りる。
「本当? 実戦でうまくいくかな……」
「本番での成功率を高めるために訓練があります。と言っても、無理をし過ぎるのは身体に毒ですし、今日はこのくらいにしておきましょう」
アルベールのスパルタ教育や、メイとの特訓の成果は今、ようやく開花しつつある。
キラが着実に前進していることを確認したルークは、今回はこれで十分だと訓練を切り上げた。もう日も傾いて来ている。
二人が訓練をしている頃、別の場所でもまた訓練に励む二人組が居た。
「すぅー……はぁー……。なぁ、これほんとに意味あんのか?」
闘気術を習おうとするディックと、それを教えるギルバートだった。
今日はちょうどお互い野営中の当番も無く暇だったということで、揃って呼吸法の鍛錬を行う。
「ふむ……」
ディックが闘気を練るための呼吸法を習い始めて、少し経つ。
長年の感覚で闘気を感じ取れるようになっていたギルバートは、改めてディックの体内を流れるエネルギーを見て確かめた。
(少しずつじゃが、闘気を操れるようになってきておる。まだ本人に自覚は芽生えない頃じゃろうが……)
そろそろ頃合いと見たギルバートは、ディックにひとつ指示を出す。
「そのまま意識を左腕に集中させてみろ。全身の血を、左腕に集めるような感覚じゃ」
「お、おう」
ディックは半信半疑だが、ギルバートは彼の左腕に確かに闘気が集まるのを感じていた。
するとギルバートは地面に転がっていた小石を拾い上げ、まずはディックの普通の状態の右腕を軽く叩く。
「まず、これが普通の身体の感触じゃ」
力んでいない筋肉は柔らかく、石は軽く腕に沈み込む。
「それがどうしたんだよ?」
「待て、呼吸法をやめるな。次は左腕じゃ」
闘気の乱れを正させると、改めてギルバートはディックの左腕を小石でつついた。
今度は右腕の時と打って変わって、何か硬い物を叩いたような感触が跳ね返る。
大丈夫だと確信したギルバートは、今度は少し強めに叩くが、それでもディックの左腕は石ころを押し返した。
「まだ初歩じゃが、これが闘気というものじゃ」
「すっげ……。全然痛くねぇぞ?!」
ディックは信じられないという様子で、石で叩かれても痛みを感じないどころか跳ね返す自身の左腕をさする。
「今は石ころ程度が限度じゃが、極めれば鉄の武器を弾けるようになる。それも全身でな」
ギルバートから教えを受けたジョイスが戦場で無類の強さを誇ったのも、全てはこの闘気術を極めていたおかげである。
極地に達した者は全身が鉄よりも硬くなり、事実上人類の使う武具では傷をつけられなくなる。
流石に人間を超える身体能力を持つ熊などの猛獣相手では分が悪いが、対人戦を想定するならば十分過ぎる能力だ。
「へぇー。意味あったんだなぁ」
ここに来てようやく修行の成果を実感したディックは、意義を見出だせず最近サボりがちだった呼吸法が、無駄ではなかったと実感する。
「日々に地道な鍛錬が、やがて達人を生む。まだこれも序の口、もっと闘気を強められるよう修行を続けるぞ」
「おうよ!」
そう意気込んだはいいが、テンションが上がったせいで呼吸が乱れ、せっかく練れていた闘気はすぐに霧散してしまう。
「ほれ、もう闘気の流れが乱れとる。練り直しじゃ」
「爺さん、何ですぐ分かるんだよ?」
闘気を練る、集中させる、という感覚がまだ掴めないディックは、呼吸法を再開しながらも疑問を投げかける。
「訓練を続ければ分かるようになる。闘気とは、人間の身体を流れる生命エネルギーじゃ。自分の生命力を感じ取れ」
「生命……ねぇ。爺さんが歳の割にタフなのって、そのせいか?」
生命エネルギーと言われても今ひとつピンと来ないディックだが、とりあえず元気そうという印象はあった。
「そうじゃな。闘気を操れば、ただ戦いで有利というだけでなく、健康寿命も伸びる上に痴呆も来ない。ワシが聞いた話では、異国の健康体操にもなっとるそうじゃ」
ギルバートが65歳という年齢にも関わらず、若い戦士顔負けの身体能力と判断力を維持しているのは、このおかげだった。
人間である以上、いつかは寿命を迎えるが、闘気術の達人はその瞬間までほとんど病気もせず、若者のような健康体を維持すると言われている。
最初にギルバートに異国の武術である闘気術を教えた武道家もまた、当時既に高齢だったが、その後も長生きしたらしい。
「ふーん。それじゃ、俺も長生きできっかな?」
「お前さん次第じゃな。つまらんことで死にたくなかったら、真面目に修行に励むことじゃ」
ディックは気のない返事を返したが、少なくとも以前よりは地道な呼吸法に取り組むようになった。
これもまだ初歩の初歩、道のりは長い。
何かと無茶をするディックのこと、この先悪運頼みで生き残るのは無理があるとギルバートは考えていた。
(どんな戦士も、いつか運に見放されて死ぬ時は死ぬ……。せめて、ワシの『オーラアーツ』がこの才能ある青年の命綱になってくれればいいが)
長い人生の中で、多くの死を見てきたギルバートなりの、親心でもあった。
せっかく才能を持って生まれてきた若い命を、共に旅する縁のある仲間を、死なせたくはない。
一方その頃、今日の焚き火当番のソフィアは手慣れた様子で火打ち石も使わず、発火の呪文で火を起こしていた。
乾いた薪に着火させる程度の火力ならば一言の詠唱も要らず、魔力もほとんど消費しない。
賢者の称号を得る程の魔術師ともなれば、魔法の適性テストに使われる程の初歩の術である発火の呪文程度なら、一瞬で火を出すくらい朝飯前である。
造作もなく火を付けるソフィアの手際を見ていて歯ぎしりしたのは、今日の調理当番で焚き火を待っていたレアだった。
「ぐぎぎ……! レアファイアーはボクの専売特許なのに……!」
勝手に名前などつけているが、魔術師なら誰でも使える発火の術を、さも個人の必殺技であるかのように呼んでいるだけである。
むくれながら抱えた鍋を火にかけるレアに、興味を持ったソフィアは話しかけた。
「あなた、発火と吸収と身体強化以外だと、どんな呪文を覚えたの?」
「は? それだけだけど?」
かつて家にあった魔術書を読んでかじった程度なので、本格的に基礎から学んだわけではない。
魔術書にあった呪文の中では、適正があれば誰でも使える発火以外は、この2つしか覚えられなかった。
「せっかく才能はあることだし、一度しっかり学んでみる気はないかしら? まずは、魔法の矢がいいと思うけれど」
「何でそれ?」
確かに破壊呪文の基礎だということはレアも知っていたが、残念ながら学ぶ機会は無かった。
以前のパーティでは唯一の魔術師で、他のパーティの魔術師から習うにしろ、新しい魔術書を買うにしろ、貧乏所帯ではとても金が足りない。
魔法大学に残るのが彼女の魔法の才を伸ばす最良の手段だったのだが、それをなげうって今こうしている。
ただし物は考えようで、学校の教師よりも魔法に詳しい専門家にして最高峰のソフィアが同じパーティに居るということは、賢者からのマンツーマンでの授業が受けられるということだ。
これは魔法大学に在籍していても受けられないような、非常に贅沢な授業である。
「そうね……まず、今の説では自然界に7つの元素があると言われているわ。よく使われる魔法は、魔力を七大元素に変換して自然現象を発生させるのだけれど、個人の素質で元素に対して向き不向きが生まれるのよ」
かつては四大元素説が有力だったが、異なる説が何度か持ち上がり現在は七大にまで増えていた。
「ふーん」
植物を放り込んだ鍋をかき混ぜつつ、レアは話半分で聞き流した。
元素がどうこうと言われた時点で、理解が追いつかなくなっていたからだ。
「例えば、私は一通りの元素変換はできるけれど、闇の元素の扱いだけは苦手なのよ。その点、あなたは闇の元素と相性がいいみたいね。吸収の呪文を扱えることがその証拠よ」
「ああ、だからあんた使えなかったんだ」
レアがパーティに拾われた時、もしソフィアに吸収の術が使えたなら、すぐに鷹を撃ち落とせていたはずだ。
元素の相性など全く考えず、レアは魔術書にあった呪文を手当り次第に唱え、その中で扱えたのが吸収の術だった。
折しも、ソフィアの苦手分野をカバーするような形での組み合わせになる。
「けれど、自然元素に変換しない、純粋な魔力だけをぶつける呪文もあるわ。魔法の矢は、その最も簡単で基本的な例なのよ」
元素呪文には適正があり、使える人間と使えない人間がきっぱりと分かれてしまう。
だが自然元素に頼らない術は、適正に左右されずに魔力さえあれば扱える。
魔力を操る感覚の習熟に、呪文による術式の構築、基本的なことを覚える上で魔法の矢は欠かせない存在だった。
同時に、非力な魔術師が自衛するためにも必須科目であり、言うならば戦士が予備の短剣を持ち歩く感覚に近い。
「じゃあ、わざわざ元素がどうこうなんて言わずに、魔力だけぶつけてればいいんじゃないの?」
レアの疑問ももっともだが、世の中そう上手く出来てはいない。
「元素変換を行わない術は、実は難易度が非常に高いのよ。魔法の矢は大昔に作られた呪文で、使い古されたことで難易度が下がって、そのおかげで誰でも使えるようになっているというわけね」
元素に変換し自然現象を引き起こす方が、実は呪文としての難易度は簡単だった。
元からある自然の力を借りればいいからだ。
その点、魔法の矢のように徹底的に最適化された単純な術でもない限り、自然元素を用いない呪文は非常に不安定で大きなリスクを秘めている。
「そうね……例えば、聖都の魔女狩りとの戦闘でルークが見せた、あの黒い球体。あれも恐らくは変換を伴わない呪文よ」
「あれがそうなの?!」
これはレアも初耳で、思わず鍋から顔を上げてソフィアを見上げる。
「膨大な魔力を変換せずにぶつけようとすると、ああなるのよ。コントロールが上手くいっていないんだわ」
レアにとっては、ルークが使い所を間違えて自滅しかけるところしか見ていない。
(うっわ、急に悪寒が……)
術の反動で全身を引き裂かれ、血まみれになったルークの姿は見ていて痛々しく、自分がそうなるかも知れないと考えるだけで震えが来た。
「魔法の矢は威力が低い分、単純だし安全だわ。だからこそ入門に最適なのよ」
焚き火に薪を追加しながらそう言うソフィアも、やはり発火の次に学んだのが魔法の矢だった。
そこからステップアップして元素変換を学んでいったが、何かと便利な魔法の矢は今でもよく使う呪文のひとつだ。
「ふーん。まあ、ボクは吸収と強化が使えるだけで十分だと思うけど」
大雑把に食糧袋の中の干し肉を鍋に放り込みながら、レアは興味なさそうにそう言う。
(せっかく魔法の才があるのだし、伸ばさないのは勿体ないのだけれど……。こういうタイプの子は、そうね……)
ひとつ思いついたソフィアは、不敵に笑いながら口を開いた。
「やっぱり、まだあなたには難しいかしらね。一応、誰でも使えて当たり前の呪文なのだけれど」
その一言が、レアの対抗心に火をつけた。
「はぁ?! 基礎の呪文くらいすぐ使えますし! 魔法の矢なんてボクにかかればベリーイージーですし!」
「じゃあ、調理が終わったら練習してみましょうか。簡単な術だから、覚えるのは早いわよ」
ソフィアはそう言うが、間口は広く、それでいて奥が深いのが魔法の矢という呪文だった。
最初は習得が簡単ということで誰もが習うが、そこから先にどんなアレンジを加えるかは魔術師一人一人の工夫による。
詠唱を短縮して早撃ちの道を進んだり、術式を効率化して魔力消費を抑え連発できるようにしたり、はたまた更なる高火力を目指して改造を加えたり、と方向性は個人の性格が出る。
呪文が単純なだけに、内容を理解して改良を加える素体としてうってつけ。
まさに研究者への第一歩でもあった。
(よし、食いついた食いついた)
レアをまんまと魔道の沼に引きずり込んだソフィアは満足そうに頷いた。
これだけならよかったのだが、問題は夕食時に起こった。
レアお手製のスープに一行が口をつけようとしたその時、欠かさず毒味をしていたユーリが叫ぶ。
「待て! これは毒入りだ!」
キラを取り巻く状況が状況なだけに、パーティに緊張が走った。
「え? ど、毒入りってどういうことよ?! ボク、毒なんて入れてないんだけど?!」
一番困惑したのは作った本人のレアだった。
彼女はずっと鍋についていたが、誰かがスープに毒を入れた様子は見ていない。
当然、本人も毒を入れたつもりはなかった。
「どれ……」
オーウェンは慎重に、キラ用にと食器によそったスープを少量口に含む。
「うっ?!」
口をつけた瞬間、彼の表情が歪む。
「や、やっぱ毒か?!」
ディックを始め仲間達に動揺が走るも、オーウェンが発した言葉は……
「ま、まずい……!」
「は?」
意外な一言に、レアが間の抜けた声を出す。
「毒ではないが、これはまずい。まず過ぎる」
オーウェンの言葉を聞いて、どんなものかと一行も恐る恐るスープに口をつけてみた。
レア製のスープの味は、何とも名状し難い料理のようでいて違う何かだった。
ユーリはこの味を見て毒入りと勘違いしたのだ。
「まっず! しょっぱ過ぎだろこれ! どんだけ塩入れたんだよ?!」
作ったレアに抗議しながら、水で口の中を洗い流すディック。
「塩なんて入れてないわよ。味付けも兼ねて干し肉は入れたけど」
嫌な予感がしながら、ギルバートはレアに聞いてみる。
「ちなみに、どのくらい入れたんじゃ?」
「一袋全部」
携帯食の干し肉は、ようは塩漬けにして水分を抜いた肉。塩の塊も同然である。
適量を入れればスープで乾燥した肉をふやかしつつ塩も足せるのだが、一袋丸ごとは多すぎる。ようは、分量を間違えたのだ。
「チビ助、お前馬鹿だろ?! 一袋も入れる奴があるか!」
塩漬け肉を大量に放り込んだせいで、スープと言うよりも飽和食塩水に近いような状態になっていた。
だがこのスープ、まずさの原因は塩味だけではない。
「塩辛さに加えてこの苦味、えぐ味……一体、他に何を入れた?」
エドガーの言葉通り、奇妙な苦さがスープのまずさに拍車をかけている。
「香草らしきものを入れたところは見たわ。レア、あれ何のハーブだったの?」
ソフィアの問いかけに、レアは平然と答えた。
「ハーブ? そんなもん使ってないわよ。取り敢えず、そこら辺にある草を放り込んだだけ」
「雑草の味かこれ!!」
とんでもないものを食べさせようとしたものだと、ディックは叫びながら背筋が冷えた。
「おお、神よ……うぇっ」
食べ物を粗末にはできないと無理に食べようとしたヤンは、そう呟くと目を回してひっくり返った。
「な、何だか逆にどんな味なのか気になる……」
怖いもの見たさ改め、怖いもの味わいたさにキラは食器の中のスープのような液体を見つめる。
「殿下、おやめください! これは本当に食べられたものではありません!」
「キラさん、この味は知らない方が……」
オーウェンとルークは止めようとするが、キラは恐る恐る名状し難いスープのようなものを飲んでみた。
度を越した塩味と、雑草を煮たと言われて納得の苦味とえぐ味、そして生臭さ。
なるほど仲間の言う通り、とても食べられた味ではない。
「……レアちゃん、これは流石に駄目だと思う」
顔を青くしたキラからの判定は、やはりアウト。
散々な言われようにとうとうレアも頭にきた。
「何よ! そんなに言うことないじゃない! ボクだって一生懸命つく……」
言い返そうとするレアの口に、ディックは珍しく無言でスープもどきを流し込む。
すると彼女は見る見る表情を険しくし、押し黙ってしまった。
「……あ、うん。やっぱこれは無いわ。サーセンっした」
やはりと言うべきか、レアは全く味見をしていなかった。
途中、一度でも味見をしていたら、こんな料理とは呼べない代物を仲間に出すことは無かっただろう。
「どーすんだよ、この晩飯……。雑草はともかく、干し肉はもったいないぜ」
ディックはおぞましい何かを見るような目で、鍋の中身に目をやる。
レアは張り切って大量に作った上、干し肉も丸々一袋分がこの鍋の中に入っている。
試しにとメイは肉だけを取り出して口に放り込んでみたが、じっくりコトコト煮込んだおかげで雑草の味が染み込んでおり、やはり酷い味だった。
「……ごめん、やっぱり無理」
食べられる物なら何でも食べてしまうメイでも、やはり駄目だった。
何しろ食べ物の味ではないからだ。
結局、一行はもったいないと思いつつも、この名状し難いスープのようなものは処分するしかないと判断する。
(調理が大雑把過ぎるのよね……。料理だけでなく、魔法についても同じことは言えるわ。まずは魔法より料理を教えるべきかしら)
ソフィアは頭を抱えながら、他の仲間と同じように乾パンと水で空腹を満たす。
前のパーティでも、レアは絶対に調理当番にしてはいけない、というルールがあったことをこの時まだキラ達は知らない。
そして歴史は繰り返し、今のパーティ内でもレアに料理はさせるな、とずっと言われるようになる。
To be continued
登場人物紹介
・レア
知ってるか? メシマズは2つに分けられる。
味見しない奴と、味覚がおかしい奴。この2つだ。
前回に引き続き、またしても戦犯。
そろそろこのクソガキを更生させた方がいいんでは……。
・ユーリ
ただのまずい飯を毒入りと勘違いするマン。
雑草入りの飽和食塩水なんて飲んだことなかったんだな……。




