第54話 『矛盾』
騎士の申し出を受けるか、亡命か。
仲間達は難しい決断を迫られる。
キラが記憶を取り戻した代わりに、新たな問題が浮上した。
今の王国を牛耳る大臣の権力と兵力、彼女が帰国を果たすにはそれらを打ち破る必要がある。
魔法大学に勤める王国の若き騎士オーウェン・ハミルトンは、秘策があると言い出した。
問題はその騎士を信用できるかどうか。
客室に戻ったキラは、仲間にオーウェンについて相談した。
「ふむ……。そのオーウェンという騎士を信じることが前提じゃが、悪くない作戦だとワシは思う」
話を聞いたギルバートはひとまず賛同の意を表した。
「少なくとも、無策に強行突破よりは遥かにマシだろう」
「私もそう思う」
エドガーとメイもそれに続く。
そのまま流れで話が決まるかと思いきや、ディックが口を挟んだ。
「けど、ほんとに大丈夫なのか? そいつ信じちまって」
ユーリも考え込んだまま無言でそれにうなずく。
この作戦最大の難所が、そこだった。
本当にオーウェンを信じていいものかどうか、急には判断できない。
「真面目そうな人だったんですよね? 僕は信じていいと思いますけど……」
まだ本人と顔合わせはしていないものの、ヤンは肯定派に回った。
「そ、そんなに簡単に信じちまっていいのか?」
「そうよそうよ! もし罠だったらどうすんの?」
カルロとレアは口を合わせて慎重論を発する。
「いや、そりゃそうなんだけどさ……。おっさんもチビ助も、ここに残って旅にはついてこねぇだろ?」
元々否定派だったはずのディックだが、思わずつっこみを入れてしまった。
「そんな風に言わないの。仲間であることに変わりはないでしょう?」
ソフィアはそうたしなめるものの、どう話をまとめるべきか迷っていた。
(本来なら藁にもすがりたいところだけれど、問題はあの騎士を信用していいかどうか……。事が事なだけに、軽率に信じるのは危険よね)
話が平行線を辿る中、キラは決心したように口を開く。
「私は……オーウェンさんを、信じてみようと思います」
キラは真っ直ぐな目で王国への忠義を示そうとした彼を信じたいと思った。
それでもユーリや、大学に残るはずのカルロとレアは難色を示したため、ルークが助け船を出す。
「もし仮に、彼の提案を受け入れない場合、何か別の策を考えねばなりません。ロイースの首都まで、キラさんを安全かつ確実に送り届ける方法を」
これが否定派にとっての最大の障害である。
オーウェンの案内を蹴ったとしたら、他の代替案を出さなくてはいけなくなる。
その具体的な案が、否定派のメンバーには特に無かった。
「このままではどの道戦争は避けられませんし、次善の策はカイザーさんに助力を請うことでしょう。これも成功する保証はありませんし、ロイースを奪還するまで長くかかる可能性もあります」
アルバトロスへ駆け込む最大の利点は、カイザーが信頼できる人物だと分かっていることだ。
だが亡命政権の発足は、同時にアルバトロスとロイース、ふたつの大国の戦争を確実に早めることになる。
ロイース王国も、キラにつく側と大臣に味方する側とで真っ二つに割れる危険性があり、下手をすれば更なる混迷を生むかも知れない。
「その方法は、できればやりたくないです。私は、戦争が起こる前にこの問題を解決したいんです」
カイザーを信頼しないわけではなかったが、だからこそ戦争を回避したいという強い願いがキラにはあった。
「わがままだと、分かってはいるんですけど……」
仲間達が考え込んで黙る中、逆にそれまで黙していたユーリが発言した。
「……王都ギリギリまでアルバトロス領を移動して潜入する方法は?」
「ひとつの手じゃろうが、ロイース領に入ってからの数日が問題じゃろうな。王都の警備隊も味方してくれるか怪しい」
ギルバートの言葉に、ソフィアも続く。
「それにあなたのように、潜入任務が得意なメンバーばかりではないわ」
「あー、特にこの脳筋チャラ男とかね」
レアはディックに白い目を向ける。
「な、何で俺を見んだよ?! ただ俺は、真っ向勝負の方が性に合ってるってだけだぞ!」
「それを脳筋と呼ぶんだ。ちなみに、俺も得意な方じゃない。装備が大きく重いからな」
大盾を担ぐエドガーも、ディックのような猪武者ではないが隠密は苦手なタイプだった。
「じゃあさ、チャラ男含めて苦手な奴全員、ここに置いてっちゃえば?」
そのレアに反論したのは、最初に潜入を提案したユーリだった。
「それはまずい。万が一見つかった時、何もできなくなる」
隠密を専門とする彼だったが、見つかったことがないわけではない。
直近の例だと謎のスナイパーに透明化の術を見破られた時もそうで、隠密は常に発覚のリスクと隣合わせだ。
絶対に発見されない自信を持って潜入に挑む同業者も何人か見てきたが、リスクへの対処を怠った代償として、最終的には任務を失敗して無残な最期を遂げている。
「……やはり、その騎士を一度信用してみて、案内を任せるのが無難かのう。もちろん、変な動きをしないかどうか、ワシらで監視するとしての話じゃ」
ギルバートの言葉に、ソフィアもうなずく。
「戦争を未然に回避したいのなら、その手が一番でしょうね」
キラの意向に沿う形で話はまとまりつつあった。
ユーリはまだ納得していない様子だったが、否定派だったディックは何だかんだでキラに説得された。
「それじゃあ、オーウェンの案内で王都に潜入する作戦でいいわね? 明日、方針が決まったことを彼らに伝えましょう」
ソフィアのまとめに、ユーリを除くメンバーはうなずく。
「皆さん、私のわがままを聞いてくれて、ありがとうございます。必ず成功させて、戦争を防ぎましょう!」
ひとまず安心したキラは仲間に笑顔を向けるが、本番はこれからだ。
「明後日までには、装備の修理も終わっている頃でしょう。それまでに支度を済ませて、先を急いだ方がよさそうですね」
ルークやエドガーは、時間のかかる防具の修理や改良待ちだった。
こうしている間にもジョルジオの手により王国は荒廃し、アルバトロスを含む隣国との緊張は高まっている。
今は時間が無かった。
この先どうするかを決めた一行は、次の旅に備えて早めに就寝することにする。
寝る前に、メイはキラに自分が持っている短剣のうち、片方を渡した。
「これ、念の為に持ってて」
「いいの? これ、メイのお父さんの……」
メイの短剣は父親から譲られた、言わば形見だ。
メイン武器の戦斧が使えない状況で頼れるサブ武器でもあり、非常に大切な物のはずだった。
「だから、キラに持ってて欲しい」
そこには、これから厳しい戦いに挑もうとする友人を案じる気持ちがあった。
もちろんメイ本人もキラを守るために戦うが、どうしても自分の手の及ばない時はある。
そんな時、自分の代わりに形見の短剣がキラを守ってくれたら。
そんな願いが込められていた。
「それに、短剣はもう一本あるから」
そう言って、メイは毛皮の服の裾をたくし上げて、腰の武器ベルトに差している短剣を見せる。
「ありがとう、メイ。いざという時は、これのお世話になるね」
キラは聖剣と共に短剣を自分のベルトに差し、位置を調節してからベッドに横になった。
仲間達が早めに床についた頃、夕闇に覆われつつある客間の片隅ではロウソクの明かりを頼りにユーリが装備の手入れをしていた。
彼は鍛冶屋に預けず、全部自力で整備していたので時間がかかっていたのだ。
「まだかかりそうか? 手は要るか?」
そこへ寝る前の見回りに来たエドガーが声をかける。
「いや、いい」
いつも手放さない左腕の篭手を外した状態で、愛用の弓を点検するユーリ。
普段よりも更に難しい表情を浮かべている彼に、エドガーは話しかけた。
「やはり不満か?」
「……国を盗るのに戦争を避けたいとは、矛盾した話だ」
本来はロイース王家が治めていた国とは言え、今は大臣の国だ。
それを取り返す以上、争いは避けて通れない。
これから国盗りをしようと言うのに戦争を嫌うキラの考えは、ユーリには理解できなかった。
「言いたいことは分かる。だが仕事である以上、雇い主の無茶を聞くのも、俺達傭兵の努めだ」
エドガーは金で雇われたわけではなかったが、キラ達をギャングの拠点へと案内してしまった失態への贖罪として、キラを護衛すると約束している。
話が大きく膨れ上がってエドガー自身も困惑していたが、ここで投げ出して逃げるわけにはいかなかった。
ユーリもまた、厳密には雇い主はソフィアとは言え、大金を積まれて契約した身。
不平不満があろうと仕事をやり遂げる義務がある。
「ああ、契約は全うする。だが、もうあいつらと組むのは二度と御免だ」
弓の手入れが終わったユーリは、今度は左腕用の篭手のチェックをしながら答えた。
汚れ仕事なら慣れている彼にとっては、いっそ大臣の暗殺でも命じられた方が分かりやすくて好印象だった。
理想のために矛盾を通そうとするキラの姿勢は、ユーリにとって眩しすぎると同時に、それが腹立たしくもあった。
クリーンなキラと、裏社会に生きる自分とでは存在する次元が違い過ぎる。
絶対に話は合わないだろうと、彼は内心思っていた。
「まあ、成功するにせよ失敗するにせよ、これが最後の山場だ。俺達は全力で仕事をするだけ……。そういうことだ、お前も早めに寝ておけよ」
そう言い残すとエドガーは先に寝室へと戻っていった。
しばし無言で篭手の整備を行っていたユーリも、最後にロウソクを吹き消すと床に入る。
(理想主義で戦いに勝てるものか。まあ、負けたとしても前金は貰ってる。次の仕事場でも考えておくか……)
胸の中にモヤモヤとしたものを抱えつつも、これも仕事と割り切ったユーリは出発に備えて体力をつけるためにも眠った。
翌朝、改めて旅の仲間をオーウェンに紹介すると同時に、キラは彼に案内を頼むことに決めたと伝えた。
「殿下の信頼に応えられるよう、全力を尽くします。共に王国を救いましょう」
「はい。道案内、よろしくお願いします」
キラから聞いていた通り、真面目そうな好青年であるオーウェンを見て、ギルバートやメイもいい印象を持った様子だった。
ただ一人、ディックだけは不満そうな表情を浮かべる。
(ちぇっ、見るからにいい子ちゃんって感じの奴だな……。新入りのくせして、俺のキラちゃんとも距離近いし。いけ好かねぇ)
そんなディックを余所にオーウェンも自分の旅支度に入り、キラ達もまた水や食糧と言った旅に必要な物資を調達しにかかった。
これまた幸いなことに、魔法大学にある備蓄をセルゲイは無償で提供してくれると言い、甘えすぎではないかと心配しつつもキラ達はその厚意を受けることにした。
同時にルーク達は装備の修理が完了したと聞き、再び鍛冶屋へと向かう。
「おう、来たな。盾も鎧も、全部仕上がっとるぞ」
厳つい鍛冶屋は、以前と同じように装備をテーブルの上に並べていく。
「ほれ、胸当てだ。これからは手入れをちゃんとしとけよ?」
鉄の胸当てを受け取ったディックは、驚いてまじまじと鎧を見つめる。
「マジか、これこんなにきれいだったっけ?」
ボロボロだったディックの胸当ては、新品同様に磨かれて返ってきた。
同じくエドガーの盾もきれいに仕上がっており、この先の戦いにも耐えられそうだ。
「いい仕事だ。感謝する」
そう言うとエドガーは受け取った大盾の裏にショートソードを収め、背に担ぐ。
「最後はお前さんの戦闘服だ。言われた通り、裏を鉄板とクロースアーマーで補強しといた」
早速、改良された革の戦闘服を着込むルーク。
着る際に胸周りの感触を裏側から叩いて確かめてみたが、薄くとも丈夫な鉄でしっかりと守られていた。
いざ着用して簡単に手足を動かしてみたが、鎧のように動作を妨害する不快感は無い。
軽量さを潰さぬまま防御性能の向上に成功したようだ。
「助かります」
三人の様子を見て、鍛冶屋は満足そうにうなずく。
「我ながら、完璧な仕上げだ。最優先で直した甲斐があったな」
まだ旅の準備は残っている。
礼を言って立ち去ろうとするルーク達の背中に、鍛冶屋は一声かけた。
「死ぬなよ! 生きて、またウチに修理に来い!」
鍛冶屋に手を振ると、三人はその場を後にする。
その日一日は次の旅の準備に費やし、食堂でたっぷりと食事をしてから浴場に入って英気を養い、一行は翌朝ロイース王国へと向けて出発する。
馬車からは大学に残るカルロとレアの姿がなくなり、代わりに案内役のオーウェンが加わった。
セルゲイをはじめ大学の魔術師や学生達が見送りに来る中、キラ達は馬車へ物資の積み込みを行っていたが、そこへおずおずと近付く小さな影があった。
「あ、あのさ、その……」
正式に魔法大学へ入学が認められた、レアだった。
「レアちゃんも見送りに来てくれたの? ありがとう、頑張って来るからね」
キラにそう言われてしばしうつむいていた彼女だったが、やがて意を決したように前を向くと大声で叫んだ。
「ボ、ボクも行く! やっぱり、あんた達だけじゃ心配だから、ボクがついてってあげる!!」
その声に、作業をしていた仲間達も手が止まる。
最初は少し驚いた表情を浮かべていたキラだったが、共に戦う決意を表明した小さな仲間に、微笑んで手を差し出した。
「うん、心強いよ。これからもよろしく、レアちゃん」
「し、出世払い、忘れないでよね!」
キラの手を取り握手を交わすも、レアは内心まだ戸惑っていた。
(言っちゃった、言っちゃったぞ! もう後戻りできないぞ! 本当にこれでよかったのか、ボク?!)
そのまま固まる彼女の肩を、最年長のギルバートが大きな手で優しく叩く。
「ようやく言えたのう。安心せい、お前さん達若いのは、ワシが守る」
「い、いや……爺さん、魔法が相手じゃ紙装甲じゃん……」
そんなレアの言葉も、笑って流すギルバート。
「ほれ、パーティに残るなら、出発を手伝わんか」
重い荷物はギルバートとエドガーで積み、力の弱いレアは軽い物だけ運んだ。
そうして準備が整い、御者席にはオーウェンが座る。
キラ達が全員荷台に乗り込んだことを確認すると、オーウェンは馬車を発車させた。
ゆっくりと遠ざかる魔法大学とその見送りに向けて、キラは精一杯に手を振る。
「皆さん、お世話になりましたー!」
来た当初はゾンビに襲われるなど色々とあったが、ここでは念願の記憶を取り戻す助けをしてくれたり、快適な生活を提供してくれたりと何かと世話になった。
送り出すセルゲイ達もまた、偶然訪れたキラ達に救われた身であり、旅の無事を願いながら同じく手を振っていた。
そんな中に、埋もれるように小男のカルロの姿もあった。
(キラもこれから大変だろうなぁ。国を取り戻すって言ったら、ただ家に帰るのとはわけが違うもんな……)
カルロの目標は、指名手配のほとぼりを冷ましてから、家に帰ってまた娘と一緒に暮らすことだ。
そこに戦いは必要なく、安全なこの魔法大学でゆっくりと時間を待てばいい。
だがキラが国へ帰るためには、ジョルジオという敵を倒さなければいけなかった。
国を追われた王族と言うだけあり、ただ家に帰るだけでも苦労が絶えない。
(そうか、あの子は……俺と同じなんだ。故郷を追われて、帰るために戦おうとしてる。俺はずっと逃げ続けてきたってのに、キラは自分から立ち向かって、帰ろうと……!)
気付けばカルロは去っていく馬車に向かって走り出していた。
自分でも馬鹿だと思いながら、小さな身体で全速力を出し、手を振りながら大声で叫ぶ。
「待ってくれーっ!! 俺も、俺も連れてってくれぇーっ!」
その声が届き、キラ達を乗せた馬車は一時停車する。
追いついたカルロは息を切らしながら、仲間に引っ張り上げられるようにして荷台に乗り込んだ。
「ぜぇ……ぜぇ……。こ、こんな俺だけど、やっぱ力になりてぇんだ」
「ったく、チビ助と一緒でおせーんだよ、決めるのが!」
そう言いつつディックは嬉しそうに笑ってカルロの背中を叩き、席を詰めてカルロの分を空けてやった。
「いや、俺はやっぱ御者をやるよ。それくらいしかできねぇからな」
カルロはオーウェンと交代し、再び御者席で手綱を握る。
「うん、やっぱこれが一番しっくり来るな」
自分の居場所を手に入れて満足げなカルロは、停車していた馬車を前進させる。
蹄の音を立ててゆっくりと前に進み出す馬車。
「おっさんって、やっぱ馬車走らすのうまかったんだな……。ほとんど揺れねぇわ」
「あー、やっぱりね。ボクも最初、何か前と違って酔うなーとは思ってたんだけど」
他の仲間は思っても敢えて口に出さなかったことだが、ディックとレアは無遠慮に喋っている。
オーウェンも下手というわけではないが、御者を専門にしていたカルロと比べられてしまうと並程度でしかなかった。
「申し訳ございません、殿下。ご気分は?」
「乗り物酔いはしてないですよ、大丈夫です」
キラ達を乗せて、馬車は南下する。
運命の地、ロイース王国領を目指して。
To be continued
登場人物紹介
・レア
ようやく言えたじゃねぇか。
大丈夫? 地獄への片道切符じゃない?
・カルロ
地獄の片道切符を切ったキャラその2。
馬車馬走らせる限りは割と有能。




