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エルカリム  作者: Pixy
第三章 魔法剣の謎編
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第48話 『仮面の剣士 後編』

ゾンビを操っていると思われる魔法剣士と一騎打ちになったルーク。

だが相手の様子がおかしく……。

 ようやく目的地の魔法大学に到着したキラ達だったが、既に学校は死霊術を操る何者かに襲撃されており、ゾンビの巣窟となっていた。

 迫りくる亡者の群れとの戦いの末、術者と思われる仮面で顔を隠した謎の女が姿を現す。

 ルークと同じ流派の魔法剣士であったその女はルークを圧倒し、ついには剣を絡め取って弾き飛ばした。

 武器を失ったルークに、立ち上がる猶予すら与えず仮面の女は剣の切っ先を向けた。

(これまで、なのか……?!)

 この時ばかりはルークも死を覚悟した。

 かつてはあれ程渇望していた死だが、今はキラとの約束を守るために絶対に避けなくてはいけない事態だ。

 だがもう何をどうしようと、この圧倒的な謎の敵から逃れる術が見当たらない。

 万事休すかと思われたが、不思議といつまで経っても女はルークにとどめを刺そうとはしなかった。

 ただじっと、仮面越しにルークの顔を見つめる。

(どういうつもりだ?)

 余裕をかましているのかとルークが訝しみ始めた、その時だった。

「ア、アア……アアアアアァァァーッ!!」

 突然、仮面の女は狂ったように耳をつんざく叫び声を上げ、もがき苦しむような動きを見せる。

「こ、これは一体……」

 何が原因でこうなったか、ルークにも皆目見当がつかなかった。

 今はただ呆然と、頭を抱えて絶叫する女を見上げるばかりだ。

 激しい頭痛にでも苛まれているのか両手で頭を抱えてのたうち回り、周囲の壁や瓦礫に何度も衝突しながら、悲鳴にも近い声を張り上げる仮面の女。

 そして最後にはルークの手から離れた彼の魔法剣を拾い上げると、逃げ出すようにその場から走り去って行った。

 仮面の女に合わせるようにして、それまで棒立ちで待機していたゾンビ軍団もそれぞれ後退していく。

「生き、残った……?」

 正直、ルークにも勝利して相手を退けたという実感はない。

 女が勝手に苦しみ出し、剣を奪って逃げて行った。

 何故そのような行動を取ったのか、ルーク含めその場の全員が理解しかねた。

「あーあ、やっぱり調整不足だとこうなるわねぇ」

 別の女の声が聞こえ、ルークはその方向を振り向く。

 瓦礫の影から姿を現したのは何と、かつてファゴットの街で戦った女傭兵セレーナだった。

「あなたが、何故ここに?」

 思わずルークはそう口にしていた。

「久しぶりね、ルーク。まあ、これも仕事よ。あのゾンビちゃんの面倒を見ろと言われたけど、案の定だったわ」

 仮面の女とゾンビの群れは去って行ったが、思わぬタイミングで強敵が現れた。

 相手は一人とは言え、スピードでルークを圧倒するような敵だ。

 ルークはすぐに立ち上がると、得物の剣を失ったため予備の武器である短剣を抜き、左手で魔術文字を刻み始める。

 対するセレーナも腰からレイピアを抜き、短い呪文を唱えて刀身に雷の魔力を付与した。

「状況的にフェアでないことは承知だけど、この間の続き、ここでやってしまおうかしらね?」

 レイピアの切っ先をルークに向け、妖しい笑みを浮かべるセレーナ。

 ファゴットの街で初めて戦った時はアルベールが救援に駆けつけたおかげで助かったが、今はもう彼は居ない。

 ほとんどの仲間がやられた中、増援無しでこの強敵と戦わなければいけなかった。

(まずい……。今、ここであの術を使うわけには……!)

 前回ファゴットの広場で戦った時は、屋外でかつ近くに味方が居ない状態だったからこそ、遠慮なく大魔法を撃てた。

 今は損壊した建物の中で、周囲には倒れて動けない仲間も居る。

 仲間を巻き添えにしないよううまく立ち回ったとしても、恐らく大魔法の衝撃で建物は崩落するだろう。

 ルークと違ってセレーナは遠距離攻撃の呪文を持たないタイプの魔法剣士で、距離さえ取ればルークに分があったが、屋内での戦闘ではそれも望めない。

 むしろ、狭い空間で遮蔽物を足場に立体的に動き回るセレーナにこそ、今の状況は地の利があると言える。

(ソフィアさんの援護があったとしても、今の私に勝てるかどうか……)

 少なくとも、真っ向から戦えば今度こそ負ける。

 いかにしてこの状況を乗り切るべきか、セレーナと睨み合いながらルークは必死で考える。

 一触触発の空気が流れる中、それを打ち破ったのは後方からの静かな攻撃だった。

 セレーナのレイピアに宿る雷光が弱まり、一瞬彼女の構えが崩れる。

(これは、まさか……?!)

 ルークが振り向くと、ソフィアの影に隠れるようにしながら、レアが短剣の先端をセレーナに向けて無我夢中に呪文を唱えていた。

 ゾンビ相手には効き目がなかった吸収の術も、生きた人間であるセレーナであれば効力を発揮する。

 レアは、セレーナがルークと睨み合いをしている間に残った魔力で術を発動させ、彼女から生命力を吸い上げていたのだ。

「み、見たかババア! ざまーみろ!」

 腰が引けながらも調子に乗って煽るレアを、セレーナが一睨みした。

「やってくれたわね?」

 すぐに姿勢を直し、レアに向けて斬りかかろうとするセレーナだが、ルークがその行く手を阻む。

 帯電したレイピアをただの短剣で受け止めるが、鉄製の短剣を伝ってくる電流はそれ程強くはない。

(それだけじゃない、動きの俊敏性も落ちている)

 もし力を吸われる前の万全のセレーナであれば、ルークの妨害を軽々と飛び越えてレアに一突きお見舞いしていただろうが、今はそれができない状態のようだ。

 更にレアはセレーナから吸い取った魔力を使い、ルークへ速力強化の術をかける。

「よっしゃ! やっちゃえ、ルーク!」

 振り向いてレアに頷き、戦闘を継続するルーク。

「ええい、鬱陶しい!」

 力を吸われながら最後の壁であるルークを突破しようとするセレーナだったが、レアのサポートで更にスピードの上がったルークはそれを許さない。

 ルーク側にも武器を失ったというハンディがあるものの、敵を弱体化し自身を強化したこの状況でなら、何とかあのセレーナと互角に張り合える。

 そこへ更に負けじと、ソフィアの魔法の矢が援護射撃として撃ち込まれた。

 セレーナは何とかかわすも、魔法の矢の一番の恐ろしさは誘導性を持っているという点だ。

「くっ……!」

 光線はセレーナに追従するように途中で軌道を変え、直撃とまでは行かないにしろ二の腕や脇腹をかすめて手傷を負わせる。

 セレーナも魔力を帯びたレイピアの刀身で魔法の矢を切り払うものの、如何せん本数が多く捌き切れないのが現状だ。

(せめて、吸い取られた分の魔力が戻ってくれば……!)

 ファゴットの街で戦った時はソフィアもレアもパーティにおらず、特にレアはセレーナも戦闘員として把握していなかった。

 ゾンビに対して何も出来ず非戦闘員に混ざって震えていたので、取るに足らない相手だと油断していたのだが、それが仇となった。

 魔力を奪われたせいでレイピアに宿る雷の魔力による感電も思うようにルークに通らず、敵を圧倒する俊敏性を底上げする強化の術も切れてしまっている。

 それでも名の知れた傭兵の意地として、セレーナは純粋な剣術でルークを突破すべく斬り結ぶ。

 何せルークは既に消耗しており、武器は予備の短剣一本のみ。

 動ける仲間も後方から援護する魔術師だけで、ルークを突破して接近戦で先に片付ければ勝機は十分にあった。

 そしてついに、セレーナは僅かながらも感電して動きが鈍ったルークの手から短剣を弾き飛ばし、その横をすり抜けることに成功する。

「頂くわ!」

 ルークを突破したセレーナは優先順位を間違えていたことを反省し、真っ先にレアを狙う。

 もう、二度三度と吸収の術をかけられてはたまらないからだ。

「うひぃーっ?! こ、こっち来たぁぁぁ!!」

 両手で短剣を握り締めたまま悲鳴を上げるレア。

 メイが割って入ろうとするが、ルーク程の速さはないためセレーナのスピードには追いつけない。

 ソフィアも防壁の詠唱が間に合わず、セレーナの接近を許してしまう。

「レアちゃん!」

 咄嗟にキラが庇おうとするが、何と破れかぶれになったレアはそれを振りほどき、短剣を構えたまま自ら突進した。

「死ねぇぇぇー!! レアファイアー!!」

 短剣の切っ先から小さな火がほとばしる。

「そんな攻撃……!」

 所詮は戦闘用でもない練習向けの初歩の術、セレーナは帯電したレイピアですぐに振り払うが、それは囮だった。

 次の瞬間、捨て身での短剣の一突きがセレーナの胸当てに突き刺さる。

 レアは発火の術を目眩ましに、術の制御用の短剣で直接攻撃を仕掛けたのだった。

 これはセレーナにとって全くの予想外で、完全に意表を突かれた形となる。

 魔法剣士ならいざ知らず、普通の魔術師にとって接近戦はタブー。

 まず勝ち目がないからだ。

 恐怖のあまりやけになったとは言え、レアはそのタブーを破って自ら敵の懐に突っ込んだ。

 臆病な性格の彼女からは考えられない行動力だったが、気が動転した素人は何をしでかすか分からない。

 とても理性的とは言えないその攻撃を、セレーナは予測できなかった。

 むしろベテランだからこそ、魔法戦のセオリーを破るその戦い方が読めなかったのである。

 非力なレアの突き程度では鉄の胸当てを抜けなかったが、密着されたセレーナは逆に対処に困った。

 なまじ小柄なレアに懐に入られると、レイピアの刃が却って届かないのだ。

 突っ込んだレア本人ですら意図していなかったが、剣士にとって至近距離で密着されるのは死角。

 例え短剣が胸当てを貫通せずとも、レアは狙わずにセレーナの弱点を突いた形となる。

「このっ! 離れなさい!」

 セレーナももがいてレアを引き離そうとするが、マトが小さいだけに拳や蹴りですらうまく入らない。

「ボクだって離れたいんですぅぅぅー! 刺さった短剣が抜けないんだよぉぉぉ!」

 中途半端に防具に刺さった短剣は中々抜けてくれず、レアはレアで苦戦していた。

 一撃離脱戦法を取るはずが上手く行かず涙声で叫ぶ。

 ただ一撃入れて逃げたいだけなら短剣を捨てればいい話なのだが、貧乏性のレアが自分の得物を見す見す捨てるはずもない。

 メイも斧で一撃入れようにも、レアを巻き添えにしてしまうかも知れないため、介入しようにもできなかった。

 まるで姉妹でじゃれ合っているかのような中、まだ意識を保っていたエドガーは、予備の短剣すら弾き飛ばされたルークに向けて持っていたショートソードを投げ渡す。

「これを使え……!」

 エドガーの剣を手に取ったルークは、レアともみ合うセレーナに向けて斬りかかった。

「レアさん、離れてください!」

 戦場では雑兵達が敵将を討ち取るためにわざと捨て身で組み付き、動きを封じている間にその味方ごと敵将を突き刺すという戦法があった。

 これをやられると、どんな達人であろうと数の暴力の前に呆気なく倒れる。

 まさしく死兵となって道連れにすることを前提にした戦術だが、レアはやけくそになった結果、何も考えずそれを実行していたのだ。

 ルークとしてもレアごと突き刺すということはしたくないので、もう十分な働きはしてくれたと離れるよう警告する。

「嫌だぁー! ボクの短剣はボクだけのだぁぁぁ! ……あっ」

 ここに来て悪運が味方したか、レアが握り締めて離さなかった短剣が半端に刺さったセレーナの胸当てから抜けた。

 そのまま振り解かれて壁に激突するレアだが、ちょうどショートソードを構えて斬り込んだルークがセレーナとの間に割って入る。

「……やってくれるじゃない」

 窮鼠猫を噛むと言うが、やけを起こした魔術師にここまで苦戦させられたのはセレーナも初めての経験だった。

 それも、まだ成人もしていないであろう小娘にしてやられるとは、彼女としても腹立たしい。

 セレーナはその怒りを表情には出さないものの、代弁するかのようにレイピアの刀身はより強い稲光を帯びる。

(もう、レアさんが奪った魔力は回復している頃だろう。本番はここからだ……!)

 魔力を遮断する効果もないただの鉄の小剣で、あのセレーナ相手にどこまでやれるのか。

 ルークの横にメイも戦斧を構えて並び、二人でセレーナと対峙する。

 もうここまで押し込まれた以上、メイに非戦闘員の面倒を頼んでいるわけにもいかなくなった。

「二人がかりでやるよ」

「ええ」

 戦況が変わったと見たのはセレーナも同じで、ここで互いに仕切り直しとなる。

 だがセレーナにとってはどちらも一度倒したことのある相手であり、彼女からすればこの状況は好転だった。

 レイピアだけでなく脚にも強化の術をかけ直し、第二ラウンドが始まるかと思われた、その時。

 横槍として飛んできたのは無数の魔法の矢だった。

 ソフィアも準備はしていたが、今回のそれは彼女よりも更に後ろから放たれたものだ。

「生存者が居たぞ! すぐに保護するんだ!」

 建物の奥から現れたのは、魔法大学の教師であることを示すローブを羽織った魔術師達だった。

 彼らはすぐに一行の近くまで駆け寄ると、数人で協力して負傷者の前に防壁を展開する。

 残りの者は敵の最後の一人であるセレーナに向けて集中砲火を浴びせた。

「……白けたわ。こんなのは仕事のうちに含まれていないし、今回は大人しく退くわね。またお会いしましょう、Mr.ルーク」

 一度は徹底的にやり合うつもりでいたセレーナだったが流石に不利と判断したのか、魔法の矢が降り注ぐ中でそれをかわしつつ、自慢の脚力で壁に空いた穴から外へと脱出する。

 何故彼女がこの場に居たのか、何が目的なのか。

 聞きたいことはあったがルークは深追いせずにおいた。

「皆さん、大丈夫ですか?」

 駆けつけた魔術師の一人が、ソフィアに尋ねる。

「ええ、何とかね。あなた達、魔法大学の教員ね? 何があったか、話して貰えるかしら?」

「皆さんも目にしたと思いますが、突然ゾンビの群れに襲われたのです。しかも、その術者と思われる魔法剣士は規格外の強さで……」

 襲撃された時、教員達も全力で応戦したと言う。

 だがゾンビの数に圧倒されたことに加え、あの仮面の女の驚異的な力の前に惨敗し、已むを得ず地下のシェルターに籠もるしかなかったらしい。

「ベズボロドフ学長は無事?」

「ええ、我々と共にシェルターで籠城の指揮を執っておられます。本来ならば敵の迎撃に向かいたかったのですが、あの魔法剣士に抑え込まれてしまい……」

 女剣士の力は凄まじく、あの大賢者セルゲイですら迂闊に打って出られない程だった。

 大勢の教え子達を背後に庇いながらというのも、セルゲイにとっては足枷となる。

 仮面の女によって地下シェルター内に押し込められたまま身動きが取れなかったセルゲイと教員達だったが、急に女剣士が身を引いたため急ぎ状況の確認のため外に出てきて、今キラ達を発見したところらしい。

「あの女剣士、術者ではないな。あれも生命反応がなかった。死体だ」

 そこへ周囲を一通り見て回って戻ってきたユーリが言う。

 セレーナとの戦闘中も狙撃のチャンスを伺っていた彼だが、レアが組み付いていたせいで危なくて矢を放てず、仕切り直しになってから射殺そうと思ったのだが、ユーリが狙撃するまでもなく魔法大学の教員の救援によってセレーナは退いて行った。

「あれも、ゾンビだと言うの? ちょっと考えられないわね」

 死霊術で作れるゾンビは動きは鈍く単調で、自律もできていないはず。

 だがあの仮面の女はスピードに自信のあるルークよりも早く、剣術も魔法も一流と呼べる技量を持っていた。

 とても死霊術師が操るゾンビの動きとは思えない。

 一応知識があるソフィアは、ユーリの言葉に疑問符を浮かべる。

「少なくとも、生物じゃない」

「だとしたら、術者は誰だったのかしら? あの、最後に出てきた女剣士? そんな大それた魔術師には見えなかったわ。それとも他に誰か……」

 分からないことが多すぎてソフィアも頭が混乱し始める。

「ゾンビも、あの魔法剣士も完全に撤退したようです。皆さん、奥で手当てしますので、付いて来てください」

 これ以上考えても仕方ないと、キラ達は魔術師の案内に従った。


 教員達が生徒を匿って籠城していたという地下シェルターは比較的まだ損壊が少なく、生きている人間も大勢居た。

 わけの分からない敵とその行動に困惑しつつも、まずは傷の治療が最優先だと、魔術師の治療を受けることにした一行。

 ディックは毎度の悪運が幸いしたのか、剣による袈裟斬りをもろに受けた割には軽傷だった。

 だが魔法の光弾をもろに喰らったギルバートの傷は深かった。

 白魔法を扱う魔術師の手伝いをしながら傷を見たルークは、ふと疑問に思ったことを口にする。

「普段なら、これ程の傷は受けませんよね? もしや、闘気術は……」

 深いため息をつきながらギルバートは頷いた。

「うむ。闘気術も無敵ではない。魔力による攻撃には通用せん」

 ルークの思った通りだった。

 魔力が弱点だとするならば、魔力を帯びた魔法剣による攻撃を無効化し切れなかったことも納得がいく。

「今回の相手は、どうも相性が悪かったのう」

「そうだったんですか。これからはなるべく、魔法を使ってくる敵には私の方で対処します」

 これまで最強の盾として一行を守り続けてきたギルバートだが、ここに来て思わぬ弱点が露見した。

 この先、他にも魔法を使ってくる敵と遭遇しないとも限らない。

 その時は、ギルバートに任せるのではなく自分がしっかりしなくてはと、ルークは改めて気を引き締めるのだった。

「大丈夫ですか? アルベールさんのお薬、まだ残ってます」

 仲間が守ってくれたおかげで無傷で済んだキラは、二人を心配して飲み薬を差し出す。

「今回ばかりは傷も深い。貰うとしよう」

「私も、頂きます」

 あんな激しい戦闘の後、二人共遠慮はせずに薬を飲み干した。

 キラは怪我をして薬を飲んだことがないので実感はなかったものの、飲むとすぐに鎮痛剤の効果が現れて痛みが引いていく。

 鎮痛剤の他に、生命力を活性化させて自然治癒力を高める効果や、感染症予防の抗生物質としての効果も複合されており、キラ達が思っている以上に優れた薬だった。

「これは?」

 治療に当たっていた魔術師は、キラが取り出した薬瓶を不思議そうに眺める。

「アルベールさんって言う、錬金術師の方に作って頂いたお薬です」

 ここは教会と違って否定されることはないだろうと、キラは素直に答えた。

「錬金術か……面白い。成分を分析してみたいから、少しでいいので分けて貰えないかな? 興味が湧いてきた」

「どうぞ。まだありますから」

 キラから薬のサンプルを受け取った魔術師は、興味津々といった様子で中身を眺める。

 彼らもここで治療の術を研究する学者であり、傷を癒やす分野に関して研究に余念がない人種である。

 錬金術で畑違いとは言え、関心を惹かれないはずもない。

「この薬を投与した途端、治療の術の効きがよくなった。恐らく白魔法と親和性の高い部類だ。魔法薬ともまた違うようだが、これは有益な技術で……」

 負傷者の治療を行いつつ、キラに分けて貰った薬の中身についてあれこれ議論を交わす魔術師達。

 キラ達ですら知らなかったが、材料がその辺りに生えている雑草や木の葉だったと分かれば更に驚いたことだろう。

 少し離れた場所では、エドガーとレアが魔術師から治療を受けていた。

「まったく、いくらやけを起こしたとは言え、無茶苦茶が過ぎるぞ」

 エドガーも仮面の女の放つ光弾でかなり深手を負っていたが、まだ他人を気遣える程の余力はあった。

「……そりゃ、ボクも自分で思うけど」

 一方、レアはあれだけの無茶をしたにも関わらず、傷と言えばセレーナに振り解かれて壁に叩きつけられた時の打ち身程度のものだ。

(はぁ……。あの時突っ込んだ自分を殴りたい。ホント、何であんな無茶やらかしたんだろ? 下手したら死んでるっての)

 下手をしなくても打ち身は打ち身で痛む。

 短剣で突っ込んだりしなければ、こんな痛い目を見ることもなくて済んだはずだと、当人のレアは考えていた。

「臆病なのか勇敢なのか分からんな。だがお前のおかげで、仕切り直しの猶予が生まれた。頑張ったな」

 俯くレアにエドガーは右手を伸ばし、赤いフード越しに頭を撫でてやる。

「子供扱いするんじゃないわよ、おっさん」

 レアが憎々しげに睨み上げるので、エドガーは苦笑いしながら手を引っ込めた。

 その横では、ヤンが白魔術師達に混ざって治療を手伝っていた。

「本当に、白魔法って見れば見る程に、教会の治療術に酷似していますね。実際に見てようやく分かりました」

 教会の僧侶だが敵意がないことを説明すると、魔術師側は困惑しつつ非常時ということで医療班に加わることを許可してくれた。

 幸いヤンもキラと同じく無傷だったため、他人の面倒を見る余裕があった。

「元は同じものだからねぇ。実はそんなに差はないんだよ」

 一緒に治療に当たっていた古株の白魔術師が言う。

「僕も、つい最近知りました。聞いた時は驚きましたが、本当にそっくりそのままです」

 かつて自分が『魔女』と呼んで忌み嫌ってきた魔術師の行う治療の術に、ヤンは改めて驚きを隠せない。

 驚きつつも手は止めず、白魔法から派生した教会の治療術に加え、ヤン自身は術が未熟なので薬草を使って不足分を補う。

「君は、薬学にも詳しいようだね。そういう人材は、うちでも貴重なんだよ」

「そうなんですか?」

 ヤンにとっては自分の至らなさを補うために自主的に習った技術なのだが、それを褒められたのは珍しい経験だった。

「複数の分野の技術を扱える、器用な人間は中々居なくてね。白魔術師でも、薬学も併用できるのは一部だけだとも」

「き、器用、ですか……」

 これまでヤン自身思ったこともなかったことだった。

 僧侶であるなら、治療の術一筋でどんな傷でも治せるようになるべし。

 そう教えられ、それを信じてここまでやってきた。

 それがまさか思わぬところで思わぬ相手から賛辞を贈られるとは予想していなかった。

(やっぱり、魔法大学までついて来てよかった。研鑽を積むって、こういうことでもあったんだなぁ……)

 自分の歩んできた道は間違いではなかったと実感したヤンは、一息つきながら古株の白魔術師に尋ねてみる。

「ところで、この大学って薬学の本とかも置いてあるんですか?」

「ああ、もちろん。この騒ぎが落ち着いて、図書館に入れるようになれば薬学書も閲覧できるよ。もっとも、危ない本は閲覧禁止になっているけどね」

「よかったら、後で見せてください。できれば、白魔法の本も……」

 薬学だけでなく、ほとんど同じなら白魔法の技術も取り入れられるはず。

 そう考えたヤンは、おっかなびっくりという様子で頼んだ。

「ここまで働いてくれたんだ、構わないとも。学長も駄目とは言わないだろうさ」

 ライラに言われたように、技術的にも人間性という意味でも研鑽を積むべく、ヤンは彼なりに前を見据えていた。

 ちょうどその頃、治療を受けつつ当時の状況をソフィアが説明すると、教員達は驚きの声を上げる。

「ということはつまり、あなた達が魔法大学の危機を救ったということですか?!」

「……どうかしら? 正直なところ、敵の謎の行動に私達も助けられた身ではあるけれど」

 あそこで仮面の女が唐突に撤退しなければ、あのままルークもやられていただろう。

 だがあの魔法剣士に手を焼いていたのは大学の魔術師達も同じようで、原理は分からなくとも強敵を退けたということで、キラ達は思わぬ歓待を受けることとなる。

 治療を受け、怪我人用のベッドで安静にしている間に、教員達は急ピッチで壊された大学の建物の復旧に務め、翌日の昼頃にはある程度見られるくらいには修復されていた。

 一行には十分な治療と寝床、そして食事が提供され、ギルバートの深手も見る見る回復していった。

「爺さんトシなのに、随分と治るの早いな」

「これも闘気術のおかげじゃな」

 ギルバートの言葉に、ディックは疑問符を浮かべる。

「何で傷の治りと、闘気術が関係してくるんだ?」

「闘気とはそもそも、人体を流れる生命エネルギーのことじゃ。それを呼吸法などを使って練り上げ、身体の硬質化や衝撃波などに転換する。闘気を使いこなすということは、生命力を自由自在に操るということでもあるんじゃ」

 初耳だったディックは思わず驚いた。

「マジかよ、それすげーじゃん?! 傷とかも、すぐぱーっと治っちまうわけか!」

「老化の防止にもなるぞ。ワシがこの歳で元気なのも、基礎体力もあるじゃろうが、ほとんど闘気術をやっておるおかげじゃよ」

 60代半ばにして体力的にも全盛期とそう変わらず、頭も呆けずにしっかりとしていたのはそのためだった。

「そーなのか……。最近サボってたけど、呼吸法頑張ろ」

 その一方で、ソフィアもまた疑問に思っていたことをユーリに尋ねていた。

「ねえ、敵について生命反応がどうと言っていたけれど……生命感知の呪文でも使っていたの?」

 周囲の生命反応を感知する呪文は、確かに存在する。

 索敵にはもってこいだが、そのために逐一呪文を唱えて魔力を消費することを嫌い、習得していても使う魔術師は少ない。

 ユーリがそれを使っていたのだとしたら、今まで誰よりも早く敵の接近を察知できたのも、今回珍しく敵の包囲に気付けなかったのも、説明がつく。

 ゾンビに関しては、もう死んでいるので生命感知の術に引っかからないためだ。

「……ああ」

「やっぱりね。でも、いつ呪文を唱えていたの?」

 ガントレットを介して下位呪文を発動する時もそうだが、ユーリが今まで一度も呪文を詠唱したところを見たことがない。

「俺の場合、魔眼化してあるせいだ」

 魔眼と一口に言っても、大きく二種類に分類される。

 ひとつは神話や伝承に登場する、視線を介して相手に石化などの呪いをかける能動的なもの。

 もうひとつは生命反応や魔力などの本来肉眼で視認できないものを可視化する受動的なものだ。

 ユーリの目は後者で、人間を始めとした生物の生命反応を”見る”ことができた。

 だがその一言にソフィアは思わず目を丸くする。

「魔眼化ですって?! まさか、両目とも?!」

「そうだ」

 それを聞いたソフィアは絶句して言葉を失ってしまい、その間にユーリはその場から離れて行った。

「あの、魔眼ってそんなに危険なんですか?」

 そのやり取りを傍から見ていたキラは、ソフィアに尋ねる。

「そ、そうね……。魔術的にとは言え、眼球を弄るのだもの。失敗すれば失明するリスクもあるし、施術はとても危険なものよ」

 確かに魔眼は強力だが、ただ便利というわけでもない。

 力にはそれ相応の危険が伴い、それを嫌って魔術師本人は魔眼化の施術を自分に行いたがらないことがほとんどだ。

「そんな危険な手術を、どうして……」

 キラにとっても、自分の目にメスを入れるなど恐ろしくて想像もしたくなかった。

「多分、自分の意思ではないでしょうね。誰かに施術されたんだと思うわ」

 時々見かけるケースは、魔術師の従者が半ば強制的に施術を受けされられるというものだ。

 当然、失敗して失明すればその従者はお払い箱となる。

(生命維持に必要な魔法薬と言い……彼の身に何があったと言うのかしら)

 ソフィアは、少し離れた場所に腰掛けるユーリを心配そうに見つめていた。

 退屈そうに建物内をぶらぶらとしていたディックは、その会話から『魔眼』というワードだけを聞き取り、ちょうど隣に居たレアにちょっかいをかける。

「そういやチビ助、お前も目の色違うけどよ、やっぱ魔眼か何かやっておられる?」

 レアは左右が緑と黄色で瞳の色が違うオッドアイで、特に黄色の瞳は珍しかった。

 黄色の左目に何か秘密があるのでは、と思い付きで言い出したディックに、レアは不敵な笑みを浮かべる。

「ふっふっふ……ようやく気付いたか、ボクの魔眼の力に」

「おっ、マジか! どんな能力なんだ?」

 レアは途端に呆れ返った表情を見せた。

「んなわけないでしょ。ただの色違いよ、オッドアイよ。馬鹿なの?」

 煽るレアに、気の短いディックはすぐに言い返す。

「んなっ?! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!」

「はーい、このチャラ男自分で馬鹿って言いましたー。馬鹿確定でーす。ばーかばーか」

「こ、こんにゃろ……! 二度言ったお前は二倍馬鹿だろ!」

 売り言葉に買い言葉、完全に同レベルで言い合いをしていたディックとレアだが、通りかかったエドガーが止めに入った。

「うるさいぞ、二人共」

 するとディックとレアは互いに相手を指差す。

「「だってこいつが!」」

 動作と言い、言葉までもが完全に重なった。

「お前、真似すんなよ!」

「あんた、真似しないでよ!」

 再び両者の声が全く同時に重なる。

「真似してんのはそっちだろ?!」

「真似してんのはそっちでしょ?!」

 それからも、ぴたりと息の合った喧嘩が続く。

 そんな二人を眺めてエドガーはため息をついた。

「お前ら、兄妹か何かか」

 一方、そんな騒がしい仲間から距離を取っていたユーリはと言うと、腰を下ろしたはいいもののやはりどうにも落ち着かず、深いため息をついていた。

 近寄り難い空気を放つ彼に、話しかける人影がひとつ。

「な、なあユーリ……お前の名前って、その、多分ドラグマ系だよな? もしかして、故郷はこの辺りだったりするのか?」

 恐る恐る声をかけたのはカルロだった。

 彼はユーリの隣に座ると、無言のままの相手に向けて話し続ける。

「いや、俺も教皇領の村に立ち寄った時は本当におっかなくて、ビクビクしててさ……何となく、今のお前の気持ちが分かる気がするんだよ。何か、故郷であったんだろ?」

「……ドラグマは嫌だ。どこまで行っても、血の臭いがする」

 独り言のようにユーリはそう呟いた。

「言いたくないことって、色々あるよな。俺もそうだし。さっさと南方に戻りてぇよ」

 その後はお互い何も喋らず、ただ黙って椅子に腰掛けたままだった。


To be continued

登場人物紹介


・仮面女

滅茶苦茶強いのにやったことと言えば盗み。

高級ゾンビは手癖が悪い。


・ゾンビ

定時になったので帰ります。


・セレーナ

こいつはセレーナ。

何かとツイてない女。

初見の時に調子こいて名乗ってしまったのが全部いけなかった。


・レア

育ちが悪いせいで口も悪い子。

だが今回のMVPは多分こいつ。

君、筋トレして魔法戦士になってみない?

その方が向いてるって絶対。

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