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エルカリム  作者: Pixy
第三章 魔法剣の謎編
37/94

第37話 『聖都脱出』

キラと共に生きると決めたルーク。

魔女狩りが潜む聖都ヴェンデッタからの脱出作戦が始まる。

 先に進むため、魔女狩りの驚異が潜む聖都を脱出することに決めたキラ一行。

 迷いを振り切ったルークの計画に沿って、パーティは事を進めた。

 安全地帯である教会を出たキラ達は、ライラの案内で人通りの少ない路地裏を通りながら、まずディックの装備を置いてきた宿の手前まで移動する。

 そこからディック本人と念の為の随伴としてメイの二人が駆け足で宿に入り、急ぎ装備を回収に向かう。

 それとは別に、カルロも護衛のエドガーと共に停めてある馬車へと向かった。

 その間、残りの仲間は人の居ない路地裏で待機しながら様子を伺う。

「おや、昨日のお客さんじゃないか。結局昨夜は泊まりに来なかったけど、何かあったのかい?」

「俺の荷物! 槍と胸当て、まだ残ってるよな?!」

 事情を知らない宿のマスターに、ディックが詰め寄る。

「あ、ああ、部屋ならまだそのままだよ」

 それを聞き、昨夜泊まるはずだった部屋に直行するディックとメイ。

 マスターの言う通り、置いてきた装備はそのままにされていた。

 メイが部屋の外に出ている間に、ディックは急いで普段着から着替えて装備一式を身に着ける。

「待たせたな、すぐに出ようぜ!」

「うん、行こう」

 まだほとんど使い込んでいない槍と、戦闘時の生命線の鉄の胸当て、どちらも無事戻ってきてディックは安心していた。

 だがヴェンデッタ脱出の本番はここからだ。

 装備を回収して宿を出た二人は、待機している仲間と合流し、再び路地裏を進んで街の北門へと近付く。

 そこで、一足先に馬車を回収したカルロとエドガーの二人と合流する算段だ。

 表通りと違って閑散とした裏通りを走り先を急ぐキラ達だが、ルークの読み通りユーリが敵の接近を感知する。

「来たぞ、敵だ!」

 これまでもどんな手を使ってかは知らないが、ユーリは敵の奇襲を看破してきた。

 それがどういうわけか、昨日は敵の接近に気付けなかった。

 彼は原理までは話してくれなかったが、人通りが多すぎて敵とそれ以外の区別がつかなかったと言う。

 実際、ルークも通行人に紛れられては、すぐそばまで近付かれるまで見分けがつかない。

 だからこそ街の地理に詳しいライラに案内を頼み、遠回りになっても通行人のほとんど居ない裏通りを進んだ。

 敵は表通りに一行が出てくるのを待っていたようだが、このままでは見す見す取り逃がしてしまうと、業を煮やして事を起こしたようだ。

「建物を背にしてください! プラン通り行きますよ」

 ルークはそう仲間に指示を出し、自らは剣を抜いて前に出る。

 昨日のように全方向から包囲されなければ、陣形の取り方はある。

 ユーリがいち早く敵に気付いたおかげで、迎撃の準備は整った。

 やがて物陰から、メイスなどで武装した集団が姿を現す。

 仲間を呼び集めて頭数を揃え直した、魔女狩り集団だ。

 数は初日よりも更に多く、40人近い。

「小賢しい魔女め! 今日こそ引導を渡してやる!」

 敵はまず先に、後方から援護しようとしているソフィアに『魔術師殺し』の術をかけて声を封じる。

 これは想定済みだ。

 そして敵の注意がソフィアに向いているということは、もう一人の魔術師であるルークは後回しにされているということ。

 ルークの作戦では、二人のうちどちらかでも後回しにされた側が、もう一人をカバーするということになっている。

 もちろん敵も、ソフィアの術を封じた後にルークの発声も封印しようとするが、冷静に誰が術を唱えているのか見分けたルークは、その標的に素早く斬り込む。

 元々スピードはルークの武器だったが、今日の踏み込みはいつものそれ以上に速い。

 まだ敵にマークされていないレアが、なけなしの魔力でルークに速度を上げる強化の呪文を使っていたのだ。

 レアの術は敵から力を吸い取る吸収の呪文でもなければ地味で、仲間の後ろに居ると一見魔術師と分からない。

 詠唱はソフィアのように早くないが、ノーマークなのをいいことに敵の接近が分かった時点から密かに呪文を唱えていたのだ。

 更に強化されたスピードを活かし、思い切った踏み込みで敵集団と距離を詰めると跳躍し、先頭の男を踏み台に祈りの言葉を唱える術者に接近すると、剣術の中でも最もリーチの長い突きを喉元に見舞う。

「ぐぇっ……!」

 生々しい悲鳴をあげ、術を中断させられる僧兵。

 魔女狩りの使う『魔術師殺し』は、魔術師の詠唱よりも早く発動でき、先手を打てることが強みだった。

 だがそれ以上に、速度を強化した剣士が直接叩いた方が早い。

 少々強引だが、ルークはこの手で声を封じる術に対抗しようと決めていた。

 ルークの踏み込みを皮切りに、ギルバートやメイも続いて攻勢に出る。

 装備を取り戻して準備万端のディックも、同じく敵集団へと突っ込んでいった。

「よし、ディックよ、そのまま敵陣を切り崩せ!」

「あれ、爺さん今日は止めねぇのか?」

 いつも無謀な突撃を制止されるのに、今日は反応が違ったため、ディックは拍子抜けした。

「構わん! 後ろはワシが抑えておく、暴れてこい」

「そういうことなら……! ディック様、完全復活だぜぇ!!」

 昨日の分の失態を取り戻すべく、猛然と暴れるディック。

 敵は彼の背後を取ろうとするが、ギルバートがそれを許さない。

 建物の損壊を避けるために派手な衝撃波は放てないが、ディックを最前線で暴れるだけ暴れさせ、彼を囲もうとする敵をギルバートが各個撃破していく。

 これも、ルークの考案した作戦のひとつだった。

 ギルバートに文字通り後押しされたディックは思う存分、敵陣のど真ん中で槍を振り回し、期待通りの戦果を上げていく。

 一方、同じく前線で戦うメイは、複数の敵を相手に互角以上の戦いを見せていた。

 魔女狩り達は数の力を利用し、背後に回り込んで攻撃を加えようとするが、メイはそれを読んで振り向きざまの回し蹴りを見舞う。

(な、何だこいつ?! 後ろに目でもついてるのか?!)

 今は通行人も居ないため、気兼ねなく長柄戦斧を振り回せる。

 そこへ更に体術と鋭い直感を組み合わせ、メイは危なげなく立ち回っていた。

「ええい、ならば!」

 魔女狩りの一人が、思い切ってメイの懐へと潜り込み、至近距離まで密着する。

「この間合では長柄武器は振れまい! 取ったっ!!」

 勝利を確信した僧兵だが、何とメイはその男以上に思い切りよく、すぐに得物である戦斧を手放した。

 そして空いた両手で、相手の顔面に素早いジャブを連続して打ち込む。

 敵は鼻血を吹き出しながら、耐え切れず怯んだ。

「これは、ヤンの分」

 メイは攻めの手を緩めず、次はローキックで弁慶の泣き所を蹴り上げる。

 更に敵の右腕を締め上げて片手持ちのメイスを奪い取ると、それを腹部へ叩きつけた。

「これは、ディックの分」

 踏み込んできた敵は痛みで完全に動きが止まった。

 その間に、メイスを捨ててバックステップで距離を取り、一度手放した戦斧を拾い上げるメイ。

「そして……これが、ルークの分!」

 重い戦斧の一撃で敵の頭部をかち割る。

 そしてそのまま斧を横薙ぎに振り回し、周囲の敵も薙ぎ倒す。

 同じ頃、真っ先に敵陣に斬り込んだルークも、仲間との距離を計算しつつ戦っていた。

 その間にも『魔術師殺し』を唱える敵を見分け、それを優先して叩くことで、彼は魔法を封じられることなく立ち回る。

 素早く左手で魔術文字を刻み、短縮した呪文を短く唱え暴風の魔法を完成させると、それで敵集団を一気に薙ぎ払う。

 そして倒れ込んだ敵目掛けて、剣でとどめの一刺しを入れた。

 レアのかけた魔法のおかげで、ただでさえ速い詠唱は更にスピードが上がり、僧兵でも対処し切れない程になっていた。

(動きが違う……! こいつ、本当に昨日と同じ魔女か?!)

 他の仲間同様、破竹の勢いで敵を駆逐していくルークに、相対する魔女狩り集団も思わず腰が引ける。

 ルークの作戦通り味方側が優位に立ち、魔女狩り達を徐々に追い詰めていく。

 敵は見る見る数を減らし、このまま勝敗が決するかと思われたその時、ルーク達前衛の背後から、キラの悲鳴があがった。

 数で押しても勝てないと思った魔女狩り集団は、陣形の側面から後方へと回り込んで、一番手近だったキラを捕らえて人質にしたのだった。

「やった! 娘を人質に取ったぞぉ! 勝負あったな、魔女め!」

 元からなりふり構わない相手だったが、いよいよ落ちるところまで落ちたとルークは思った。

 そんな敵に、ルークは冷静な態度を崩さず告げる。

「人質を取ったところで、勝ち目がないのはもう分かっているのでは? 今退くなら、これ以上追撃はしません。悪いことは言いませんので、退いてください」

 最初40人近かった人数は、もう10人ちょっとといったところまで減っていた。

 軍隊ならばとっくに壊滅状態と判断し、撤退しているところだ。

 だが正気かどうかすら疑わしい狂信者集団は、ルークの降伏勧告など聞く耳を持たなかった。

「黙れ! 貴様こそ武器を捨てろ! さもなければ、この娘の喉を斬り裂くぞ!」

 キラを押さえつけながら、首にナイフの刃を当てる男。

 力の差もあり、キラは身動きが取れないでいた。

「……分かりました。ですので、彼女を解放してください」

 何を思ったか、ルークは敵の言うことに従い、ゆっくりと構えていた剣を地面に置いた。

「ルーク、駄目……! 私のことはいいから、戦って!」

「黙れ!」

 キラは戦闘を続行するよう求めるが、ルークは真っ直ぐに彼女の目を見た。

 その瞳には力強い意志がまだ残っており、決して諦めてなどいないのだとキラに訴えかける。

 何か考えがあるのだと察したキラは、それ以上の抵抗をやめた。

「よし、我々の勝利だ! 魔女と信奉者共を殺せぇ! 皆殺しだぁー!」

 勝ちを確信した次の瞬間、キラを人質に取る男が突然、首から血を吹き出して倒れる。

 魔女狩り達は一体何が起こったのかと目を見張るが、そんな中、倒れた男の背後の何もないはずの空間から、陽炎のようにユーリの姿が浮かび上がる。

「えっ? 何だって……?!」

 敵が呆気に取られている間に、メイが割り込んでキラを僧兵から引き離し、救出に成功した。

「……確かに、降伏勧告はただの時間稼ぎです。私の仲間があなた達の背後に回り込み、接近するまでの間の、ね」

 そう言いながら、ルークは悠々と一度手放した剣を拾い上げる。

(そう、私一人で全ての役目を負う必要はない。個は無力、だからこそ仲間と協力して戦う……!)

 魔女狩り達はルーク達との戦闘に集中するあまり、相手の頭数が一人減っていることに気付かなかった。

 それが背後から忍び寄るユーリだった。

 ルークは事前に、ギルバートからユーリが姿を透明にする術を使うと聞いていた。

 彼の故郷でも散々透明化の魔法は研究されていたものの、成功例など聞いた試しがない。

 しかし人間が思いつく範疇のことはどこかで誰かが実現している、とも本で読んだことがある。

 ルークが知らないだけで、誰かが実用化にこぎつけたのだろう。

 卑劣な手段も平気で取る魔女狩りなら、仲間の誰かを人質に取ることくらいは容易に想像できた。

 その時に備えて、ルークはユーリの透明化の術を活用し、背後へと伏せておいたのだ。

 ユーリの得意分野の関係上、距離を取って狙撃させようかとも考えたが、人質を取られた状態での長距離からの射撃は誤射などのリスクが大きい。

 だからと言って接近するとなると今度はユーリが危険になるのだが、彼は難色も示さずルークの策に乗ってくれた。

「な、なぁんだってぇぇぇーっ?!」

 一度は勝ったと思ったのに、まんまと人質を救出されて優位性は完全に崩れ去った。

 思わず魔女狩り達が絶望の声をあげる。

「ま、まだだ! せめてこいつだけでも道連れに……!」

 キラの救出には成功したが、今一番危ないのは敵陣のど真ん中で姿を現したユーリだ。

 もう魔力も残り少ないのか、再び透明化して逃げることもできない。

 だがユーリも元から逃げるつもりなどなかった。

 剣を抜き、左腕のガントレットを起動して残りの敵を駆逐すべく応戦する。

 そこへルークやギルバート、ディックにメイも援護に加わり、最後の決戦にもつれ込む。

 ユーリと相対する僧兵は、混乱を必死で鎮めながら相手を分析する。

(こいつ、確かに太刀筋は早くて正確だ……! だが、パワーはそんなに強くない。剣を止められれば……!)

 単純な筋力ならば、僧兵の方が強い。

 更に至近距離での打ち合いでは、左腕の魔法もタイミング的に使いづらい。

 あくまであれは、中距離で剣術の補助として使うものだからだ。

 魔女狩りの男は思い切って、ユーリの振り下ろす剣を左手で掴んだ。

 量販品の剣の切れ味はそれ程高くない。

 ユーリのように筋力の低い剣士相手であれば、革製の手袋をはめた手で辛うじて受け止めることもできる。

 手傷は負ったものの、ユーリの剣を止めることに成功した僧兵。

 彼はその瞬間に勝利を確信した。

(やった、勝てるぞ! このままモーニングスターで奴の頭蓋骨を……)

 するとユーリは、腕甲に緑色の魔術文字が浮かび上がった左腕で、相手を薙ぎ払うような動作を取る。

 すると一瞬遅れて、腕を振った軌跡に沿って真空の刃が形成され、魔女狩りの上半身を両断した。

 ルークがよく使う風刃の呪文の一種で、人間の胴体を両断出来る程の殺傷力はそのままだが、射程は腕が届く範囲までしかない下位のものだ。

 如何に習得が容易で消費魔力も低く、その割に高威力だったとしても、魔術師にとって基本的に接近戦はタブー。

 それ故、風刃を使おうという術者は中級以上の、長い射程を持つ術を習得してから実戦で用いることがほとんどだった。

 だがあくまで魔法は剣術の補助に過ぎないユーリにとって、射程の短い下位呪文は左手で振るう二振り目の剣となり、接近戦の切り札として機能する。

「そんな……馬鹿な……?!」

 上半身を横向きに両断された僧兵は、そう言い残して即死した。

 ルーク達も次々と敵を撃破し、いよいよ残り数人となった魔女狩り集団は打つ手がなくなる。

「せっかく、人質まで取ったのに……! せっかく、魔女を追い詰めたのにぃ……っ!!」

 残る僧兵が、悔しそうに怨嗟の声をあげた。

「追い詰めた? 違いますね。元々、私達はこの街を離れる際に、あなた方を始末するつもりでした。罠にかかったのは、そちらです」

 冷ややかにルークは言い放つ。

 戦いが避けられないと言うのなら、驚異となる存在は早めに叩いて潰しておくべし。

 これもまた、姉からの教えだった。

「悪く思って頂いて結構。ただし、仕掛けてきたのはそちらです」

 ルークは残った魔女狩り数人に向けて風刃の呪文を放ち、眉ひとつ動かさずに一人残らず八つ裂きにした。

 こうして、聖都で暴虐の限りを尽くした魔女狩り集団は、とうとう全滅する。

 周囲の安全を確認すると、ルークはメイに付き添われて目をつぶっているキラに歩み寄り、敵に対する時とは打って変わって優しい声で言葉を発した。

「キラさん、全て終わりました。少し移動したら、目を開けても大丈夫です」

 死体のない表通りまで移動し、目を開くキラ。

 他の仲間も、まだ警戒しつつも一息ついていた。

「ルークを信じてよかった……。ありがとう、また守ってくれて」

 確かに、人質に取られるなどして怖い思いはしたものの、ルークが居るからとキラは耐えられた。

 改めて感謝の言葉を口にすると、ルークは柔和に微笑んだ。

(私は……今まで姉さんの背中ばかり追いかけて来た。姉さんが死んだ後もずっとそうだ。だからどうやって死のうか、そればかり考えていた)

 昨日までの自分を振り返り、無意識にずっと死に場所を探していたのだと思い返すルーク。

 最初は復讐のため、命を燃やし尽くすつもりだった。

 単独で皇帝暗殺を計画するという無茶を行ったのも、そのせいだろう。

 確実に暗殺を成し遂げるつもりだったなら、反乱軍などの組織と協力すべきところだ。

 カイザーに拾われる形で革命軍に参加して復讐を果たした後も、今度はキラのためという建前を立てて、人のために死のうとしていたようにルークは思った。

(道を間違えていたと教えてくれたのは、キラさんだ。これからは、生きることを考えよう。どこまでも生きて、生き抜いて、そして……)

 そこまで考え、ルークはキラの言葉に答えた。

「これからも何度でも、あなたをお守りします」

 国を焼かれ、全てを失ったあの日、いっそ一緒に自分も死ねたらどんなに幸せだったかと考えた。

 時に、死んでしまった方が楽という場合もある。

 だがキラという存在に導かれ、ルークは改めて苦しくても生きる道を選択した。

 その先に、もっと輝かしい幸福が待っていると信じて。

 そこからは何事もなく順調に、ヴェンデッタの北門を通り過ぎることに成功する。

 そこには、先に馬車と共に出口で待機していたカルロとエドガーが待っていた。

「お、遅かったじゃないかよぉ! てっきり、やられちまったのかと思ったぜ……」

 全員無事に出て来た一行を見て、ほっと胸を撫で下ろすカルロ。

「だから言っただろう、俺抜きでも問題ない」

 念の為カルロの護衛についたエドガーは、今回の戦闘には参加しなかった。

 彼の大盾は非常にありがたい戦力なのは確かだが、カルロを一人だけで待機させるのは一抹の不安があったからだ。

「うむ、対策は取っておったからのう。主に、ルークの作戦じゃがな」

 そう言って、誇るように背後のルークを振り向くギルバート。

 ルークはそんな彼に、頷いて見せた。

 ここからは街の外。

 ライラとはこの門でお別れとなる。

「……そう言えば、気になっていたことがあります。ライラさん、以前どこかでお会いしましたか?」

 最後だからと、ルークはずっと引っかかっていた疑問を口にした。

「何だルーク、美人の尼さんを口説こうってか? この罰当たりめ!」

 茶化して笑うディックだが、キラは余裕を見せる。

「ディックさんとは違いますよーだ」

 その可愛らしい言い草に一瞬笑みがこぼれたルークだが、すぐに真剣な表情に戻る。

「そういうわけではなく、本当に既視感を覚えたのですが……」

「私は覚えはございませんわね。他人の空似ではなくって?」

 本人にそう言われると、ルークもそんな気がしてきた。

 何せ既視感と言っても、具体的にどこで似た人物を見たのか、それすら漠然として思い出せなかったからだ。

「やはり私の勘違いですね。失礼しました」

「いえ、この世に似た顔の人間は3人居ると申しますもの」

 ライラは気を悪くした様子もなく、にこやかな表情を崩さない。

 キラ達は馬車へと乗り込み、出発の準備も整った。

「旅の無事を祈っておりますわ」

「こちらこそ、援護に感謝します」

 ルークは彼女に頭を下げる。

 彼らが前線で戦っている間、ライラは主に援護に回ってくれていた。

 敵の数が多かったせいで一度は人質を取られてしまったものの、ルーク達前線のメンバーが気兼ねなく暴れられたのは、ライラの支援あってのことだった。

 垢抜けたルークの面持ちを見て、もう心配ないと判断したライラは、当人達の主体性に任せ、縁の下の力持ちとして手助けをするに留めた。

 ルークの後ろから、キラも顔を出す。

「あのっ、ライラさん、本当にありがとうございます! ライラさんのおかげで、私……前に進めました!」

「それは何よりですわ」

 心からの笑顔で、ライラは二人を祝福する。

 その横から、ヤンも手を振った。

「僕からも、感謝を! 『隣人』達と、もっと仲良くなって、理解を深めたいと思います!」

 彼の言う『隣人』とは、昨日ライラが説いた通り、教会にとっての隣人、魔術師や異教徒、無神論者のことだった。

 ライラはにこやかに会釈し、出発するキラ達を見送ってくれた。

 一行が見えなくなるまでその場にじっとしていたライラだが、見送りを終えるとゆっくりとヴェンデッタの北門へと戻っていった。


 キラ達を北門で見送ったライラはその足で、聖都中央のサンジェルマン城へと入る。

 聖騎士と言うだけあって、番兵は顔を見るとすぐに通してくれた。

 城内に入るとライラは一直線に、教皇との謁見に向かう。

 と言っても、通常の謁見の間のような広間ではなく、教皇が個人的に会う応接間のようなこぢんまりとした部屋だった。

 しばらくすると、番兵に付き添われて一人の初老の男が部屋に入ってくる。

 彼こそが、大陸中に大勢の信者を抱える教会の最高指導者、現教皇アンジェロ二世その人である。

 立ったまま深く一礼するライラ。

 主を待つ間、自分だけ先に座るわけもなく、彼女は立ってアンジェロ二世を待っていた。

「遅れて申し訳ございません、猊下」

 それに応じて教皇も礼を返し、人払いを行った。

「外してくれ」

 付き添いの番兵は頭を下げると、部屋を出て入り口で待機する。

 こうして、応接間には教皇とライラの二人だけとなった。

 教皇がこの部屋で私的に面会する数少ない人物が、ライラの所属する12人の聖騎士である。

「構わないとも。城下町での騒ぎは聞いている」

 ライラが引いた椅子に教皇が腰掛け、その後でライラも向かい合わせの席に座る。

「未だに魔女狩り部隊が密かに活動しているとは、我ながら情けない話だ……。あれでも教会の信徒、同じ神を信じる同胞だと言うのに」

「猊下がお気になさることではありませんわ。所詮奴らは猊下直々の命に背き続ける”異端者”、我々の同胞とすら呼べないでしょう」

 ライラの言うことももっともで、今の教皇であるアンジェロ二世が『魔女狩りは過ちだった』と公式声明を発表し、魔術師への弾圧を禁じてから十年以上経つ。

 それでも教皇の言葉に背いて過去の過ちを繰り返し続けるのなら、それはもう教会の僧侶でも何でもない。

 だがばっさりと魔女狩り集団を一蹴した彼女の言葉に、教皇は苦笑いを浮かべる。

「ははは……。今でも『断頭台送り』の血が騒ぐようだね?」

「嫌ですわ、猊下。昔の異名を持ち出すだなんて。……まあ、少しは気分が高揚しましたが」

 冗談めかしてそう言うライラ。

 教会の最高指導者相手に、軽い冗談が言い合えるのも聖騎士含め少数の者だけだろう。

 世間話も程々に、ライラは真剣な表情を浮かべて本題に移った。

「……ところで、我々の”敵”についてですが」

「どうだ、何か分かったか?」

 アンジェロ二世も同じく眉間にシワを寄せ、身を乗り出した。

「残念ながら、実態の解明に繋がる証拠は何も。ですが、ここまで調査して分かったことがひとつあります」

 教皇はうなずきながら、ライラの次の言葉を待った。

「漠然としていても、”敵が確実に存在している”という事実ですわ。まだ証拠はありませんが、敵の手は聖都の枢機卿などにも及んでいる可能性が」

「ふむ……。側近相手でも油断ならんということか。いや、その”事実”がはっきりしただけでも良しとしよう。まさに、雲をつかむような話だが……」

「私はその途中経過をご報告に戻って参りました。他の聖騎士はまだ活動中です。私も、明日の早朝に調査に戻ります」

 ライラはそう言うと席を立ち、別れの一礼を教皇に向ける。

「気をつけるのだぞ、ライラ・クリザム」

「御意」

 座った時と同じように、ライラが椅子を引き、その間に教皇が腰を上げる。

 部屋を出る際、両者は聖印を握り締めながら、別れの挨拶を交わした。

「「汝の旅路に主と聖霊のご加護があらんことを」」

 教皇との謁見を終えたライラは、すぐにサンジェルマン城を後にする。


 一方、キラ達はヴェンデッタを出発してから、また平和な馬車での旅が始まった。

 残念ながらヴェンデッタで物資の買い出しは行えなかったものの、数日分の余裕を見てストックしておいたため、そこまで困窮することにはならなかった。

 数日後、馬車は順調に北上し、ドラグマ帝国との国境線に差し掛かる。

 隠れる必要もないので街道を堂々と進んでいたため、一行はドラグマの国境警備隊に呼び止められる。

「ドラグマへはどんな用件で?」

 鎖国しているだけあって警備は物々しいが、ここはまだドラグマ南部。

 兵士の対応も慣れたものだった。

「魔法大学へ用事があるの。私はそこの卒業生よ」

 ソフィアが代表者として答えると、意外にもすんなりと通行許可が下りた。

「ご存知でしょうが、大学より北へ向かうには特別な許可が必要です」

「そこまで深く潜るつもりはないわ。ご苦労さま」

 通行手形を受け取ったソフィアを乗せ、馬車は再び北へ進路を向ける。

「結構あっさり通れるんですね……」

 馬車の中から兵士とのやり取りを見ていたキラは、思わずそう言った。

「確かに、鎖国していると聞いていたのでどうなるかと思いましたが」

 ルークもここまで北にやって来たのは産まれて初めてのことだ。

「魔法大学は国際機関だもの。あそこの名前を出せば、そこまでは簡単に通して貰えるわ」

 現にソフィアはそうやって大学へ入り、そして卒業してきた身だ。

 学生に限らず、大学に必要な生活用品を売買するための行商なども頻繁に行き来しており、ドラグマ南部の警備はそこまで厳しくない。

 ただし大学よりも北上しようとすると、兵士が言っていたように許可が必要で、無理に通ろうとすればドラグマ軍を敵に回すことになる。

「いよいよドラグマ領内に入りましたね。キラさん、もうすぐです」

 ルークの言葉に、キラもうなずく。

「うん。ルークや皆のおかげで、ここまで来れた……ありがとう。もうひと踏ん張り、だね」

 自分一人だけでは、到底ここまで辿り着けなかっただろう。

 その感謝を込め、満面の笑みを浮かべるキラ。

 その笑顔を目に焼き付け、これを守るためにこれからも戦うのだと、ルークは胸に刻むのだった。


To be continued

登場人物紹介


・ルーク

カノジョができた次の日にシスターを口説きにかかる男。

お前いつか刺されるぞ。


・ライラ

保護者目線だったので口説かれても華麗にスルー。

スルースキルは大事。


・ユーリ

マジカル光学迷彩で後ろから這い寄る混沌。

悪い子はナイフでサクっちょだ!

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