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エルカリム  作者: Pixy
第三章 魔法剣の謎編
35/94

第35話 『ヴェンデッタより愛を込めて 前編』

聖都を訪れたキラ達は、疲れからか不幸にも魔女狩りに追突してしまう。

キラをかばい全ての責任を負ったルークに対し……おぉっと、ここでシスターキャンセルが。

 教皇領の聖都ヴェンデッタで突如、魔女狩り残党の襲撃を受けたキラ一行。

 活路を開くために無茶な突出をし、そのまま敵にトドメを刺されそうになったルークは、諦めて目をつぶりその時を待った。

 だが聞こえてきたのは、敵の断末魔。

 何が起こっているのかと、恐る恐るルークは目を開けた。

 すると彼の目の前には、旅人のマントを羽織った一人の小柄な人物が背中を向けて立っていた。

 長いウェーブのかかった金髪と体格から、後ろからでも恐らく女性だと分かる。

 彼女はモールと呼ばれる両手持ちの鈍器を構え、魔女狩りからルークを庇うように仁王立つ。

 そんな金髪の女性は、口を開くと凛とした声で対峙する魔女狩り集団に言い放った。

「『何だ』とはこちらの台詞でしてよ。聖都の大通りでこの騒ぎ……あなた方も僧の端くれでしょうに、何を考えていますの?」

 落ち着いた声だったが、その中には魔女狩りへの敵意がありありと感じられた。

「そこの魔女を討伐しているのだ! 貴様は……教会の尼か? 同じ信徒でも、魔女に肩入れするならば容赦せん!」

 そう言って一人が小柄な女性に襲いかかるが、何と彼女は体格からは信じられないパワーでモールを軽々と振り回し、敵の肋骨ごと内蔵を粉砕した。

 モールとは、柄の長い大型の金槌である。

 女性が持っている物は先端の打突部が棘付き鉄球になっており、凄まじい威力を発揮した。

 射程距離でも両手持ちの分、片手用のメイスやモーニングスターよりも長く、そして遠心力で更なる破壊力を生む。

 モールの重量は非常に重く、かなりの力自慢でないと扱えないとされた。

 だが目の前の女性はまるで木の枝でも振り回すかのようにモールを使いこなし、敵を一撃必殺の威力で次々と撲殺していった。

 敵もやられるばかりでなく、彼女を取り囲んで攻撃しようとするが、背後へ振り向きざまのモールの横薙ぎが首から上の部位を丸ごとえぐり取る。

「くそっ! 今のうちに魔女だけでも討ち取るんだ!」

 女性と対峙する魔女狩りが仲間に命じる。

 他の敵がソフィアやキラに襲いかかろうとするが、女性は戦いながら短く祈りの言葉を唱え、キラ達と敵との間に光る障壁を作り出す。

 障壁は頑丈で、メイスの渾身の一撃を軽々と弾き返した。

 更に女性は羽織っていた無地のマントを脱ぐと至近距離に居る敵の頭に被せ、一時的に視界を奪う。

 何も見えない敵がもがいている間に押し出すように蹴りを入れて距離を離し、モールの打突部で殴るのにちょうどいい間合いになると、頭上から容赦なく棘付き鉄球を振り下ろした。

(あれは……教会の制服……?)

 マントの下に女性が着ていたのは、カソックコートと呼ばれる聖職者の制服だった。司祭平服などとも呼ばれている。

 戦闘中の立ち回りで後ろを振り向いて見せた女性の素顔はとても端正な顔立ちで、有り体に言えば整った美人だった。

「き、貴様……! 聖職にありながら、魔女を庇うとは何事だ! この異端者め!」

 辛うじてまだ残っていた魔女狩りは女性を激しく非難するが、彼女はそれを鼻で笑った。

「魔女狩り行為を過ちだとし、禁じたのは他でもない主の代弁者である教皇猊下の命。それに背き、未だに魔術師の迫害を続けるあなた方こそ、猊下に仇なす異端者でしてよ!」

「我々は正義を成している! それを異端者だと?! 貴様、どこの尼だ、名を名乗れ!!」

 敵はまだ10人近く残っていたが、突如として乱入したシスターに圧倒され、かなり数を減らしていた。

 虚勢を張る魔女狩り集団だが、誰も彼もが彼女に威圧され、腰が引けていた。

 対する謎のシスターは堂々と、そして優雅な佇まいのまま、敵の問いに答えた。

「相手に名前を聞く前に、まず自分から名乗るのが礼儀ではなくって? まあいいでしょう。教皇軍特務部隊『聖騎士パラディン』第11位、ライラ・クリザム。それが私の名と階位でしてよ」

 それを聞いた僧兵達は、一層動揺を強めていく。

「なっ、聖騎士だと……?!」

「教皇猊下のお膝元でこの狼藉……罰を受ける覚悟はよろしいですかしら?」

 鋭い眼光で魔女狩り集団を睨むライラ。

 整った顔立ちだからこそ、凄んだ時の迫力が違う。

「さて……纏めてぶっ殺してさしあげますわ!」

 有言実行、素早い踏み込みで距離を詰めるとすかさずモールを振り下ろす。

 最初の一人の頭部を叩き潰すと、そのままモールを横に薙ぎ払い、数人纏めて撲殺した。

 そこから更に遠心力を利用して身体を軸に一回転し、残る敵も駆逐していく。

「だ、駄目だ! いったん退け!」

 最初30人近く居た敵の生き残りは、ほんの2~3人しか居なかった。

 流石にライラ相手は無理だと判断したのか、残りの魔女狩りは一目散に逃げて行く。

「ふん、口ほどにもないですわね」

 敵が撤退するのを見届けたライラは深追いせず、モールを背に担いで矛を収めた。

 これだけ激しく争ったにも関わらず、彼女は返り血ひとつ浴びていない。

 鈍器であるモールは刃物と違い、激しい出血を伴わない。

 メイスやモーニングスターと合わせて、『血を流さない武器』として僧兵に好まれる所以である。

 得物を担いで手を空けたライラは、突然の戦闘で傷ついた一行に向き直った。

「突然のことで驚かれたでしょうけど、まずは応急処置をしますわ。じっとして、楽にしていてくださいな」

 ライラはまず一番重傷のルークの前でしゃがむと、首から下げた聖印を左手で掴み、祈りの言葉を口ずさみながら右手をルークの傷口に添える。

 右手から優しげな光が灯ると、さっきまで大量の血を流していた深い傷が、見る見る塞がっていく。

 ヤンが使っていた癒やしの奇跡よりも、遥かに高位の治療の術だった。

 ここまで見事な術を当たり前のように扱える者は、高僧でもそうそう居ない。

「随分と無茶をなされたものですわ。一歩間違えれば死んでいましてよ?」

 ルークは意識が朦朧としつつも、あっという間に全身の激痛が和らいでいくのを感じていた。

 ライラはどうも教会の者らしいが、敵ではないようだ。

 ひとまず安心した彼は、身を委ねた。

 ルークの治療が済むと、次にディックの応急手当てに取り掛かるライラ。

 ルークは地面に横たわったまま、顔を横に向けてその様子を眺めていた。

「あら、意外と傷は浅いですわね。あなたはとても運がよろしいのかしら」

「い、痛ぇよぉー! ……あれ、もう痛くない」

 すぐに傷が完治したディックは、呆気にとられながらも元気そうに立ち上がった。

 ルークとディックの治療を終えたライラは、最後に顔面を殴られたヤンの傷も術ですぐに治してしまった。

「せ、聖騎士様直々に治療してくださるなんて、その、ききき、恐縮です!」

 ヤンはかしこまってライラに何度も頭を下げる。

「そんなに固くならないでくださいまし。私もあなたと同じ、教会の一信徒に過ぎませんわ」

「とんでもない! 聖騎士様にお目にかかれて、こ、光栄ですっ」

 ヤンの様子を見ていて疑問に思ったディックは、率直にそれを口に出した。

「眼鏡小僧、何そんなに慌ててんだ? ぱらで……何とかって、そんな偉いもんなのか?」

「えぇっ?! ディックさん、聖騎士パラディンをご存じない?!」

 すると少しずつ落ち着きを取り戻してきたキラも、話に加わる。

「すいません、私も知らないです」

「キラさんまで?! 一体どういう教育受けてきたんですか!」

 信じられないという顔をしながらも、ヤンは早口になってまくし立てた。

「いいですか? 聖騎士パラディンというのは、教皇軍の中でも最高峰の指揮官――普通の軍隊だと、将軍職ですね。教皇様が直々に選抜された高僧で、神話の12の使徒になぞらえて12人しかなれない、本当に選ばれた方々なんですよ!!」

 ヤンのような僧侶にとってみれば、まさに憧れのマトが聖騎士達だった。

 この大陸に12人しか存在しない、教皇直属の僧兵達。

 単に奇跡の術や戦闘技術だけでなく、僧としての徳の高さも選抜基準に入る。

 教皇軍の最高司令官はもちろん教皇だが、聖騎士はそれに次ぐ第二位の指揮官であり、宗教的にも軍事的にも非常に位の高い重要職であった。

「あらあら、そんなに褒められては照れてしまいますわね。聖騎士と言っても、私は末席に置いて頂いているだけですけれど」

 戦闘中とは打って変わって、冗談めいて朗らかな笑みを浮かべるライラ。

 12人の聖騎士の中にも序列があり、先程名乗った通りライラは11位。

 確かに下の方ではあるが、それも僧職の最高位の中での序列の話だ。

 ヤンにとっては、末席であろうと雲の上の人である。

 見たところ20代後半辺りの年齢と思われるが、その若さで高僧の地位に居るということは、コネでも使わない限りは相当な実力あってのものだろう。

 実際、先程の魔女狩り集団との戦闘でも、小柄な体格と思えないパワーと技量、そして一瞬で防壁の術を発動させてキラ達を庇った腕前など、その片鱗は一行も目にしている。

 にこやかな表情から一変、真剣な顔つきになったライラは、無残にも魔女狩りに巻き込まれて命を落とした、あの案内役の中年の僧侶の亡骸に歩み寄り、膝をつくと死体の両手を取って胸の上に重ねる。

「この者の魂が迷いなく天に召されるよう、お導きください。どうか罪なきこの死者が、全ての痛みから解き放たれ、穏やかな死後を過ごせますように。主よ、憐れみを」

 聖印を握り締め、祈るように頭を垂れてライラが口にしたのは、葬儀の時などに引用される聖書の一節だった。

 死者が無事に成仏できるよう、教会の僧が唱えるものだ。

 理不尽な死を遂げた同胞の冥福を祈ると、ライラはすぐに立ち上がって一行に向き直る。

「さて、ここは危険ですわ。すぐに移動しなくては」

 許されるならば犠牲者を教会に運んで弔いたいのはライラも山々だったが、またいつ敵に襲われるか分からない以上、ここに留まってはいられない。

 彼女はまだ動けないでいるルークに肩を貸して立ち上がらせる。

 背丈はライラの方が低いのだが、そうは思えない筋力で力強く、ぐったりとしたルークを支える。

「敵はまだ他にも街に潜んでいるでしょう。安全な場所まで案内しますわ。ついて来てくださいまし」

 ライラは身分もしっかりしており、一応味方してくれるようなので、他に頼るアテもないキラ達はライラの案内に従うことにした。

 彼女の後について行き着いた先は、大聖堂とは別の大きな教会だった。

 立派な佇まいだが、かなり古い建物であることが伺える。

 大きな両開きの正門を叩いてから開くと、中は広い聖堂の奥に一人の司祭が立っているだけだった。

 年配と思われるその男の司祭も、ライラと同じくカソックコートを身に着けている。

「これはクリザム導師、ようこそいらっしゃいました。そちらの方々は?」

 温厚な笑みを浮かべて一行を受け入れる司祭に、ライラは簡単にことのあらましを説明する。

「何と……! この聖都に、そんな恐ろしい集団が潜んでいるとは。皆さんも災難だったでしょう。当教会では、魔術師の方も分け隔てなく、安全な寝床と食事を提供させて頂いております」

 ここでルークが、当面の懸念を口にした。

「それはありがたいのですが、ここが魔女狩りに襲われないという保証は?」

 建物はただの教会で、要塞のような作りではない。

 僧侶をはじめ誰でも出入り自由で、市民に紛れ込んでくる魔女狩りなら簡単に侵入できそうだ。

 教会に居るのもこの年配の司祭一人のようで、もし攻撃を受けたら耐えられそうにない。

「その点はご安心くだしまし。この教会は、主に我々聖騎士が宿泊施設として利用する場所。如何に魔女狩りと言えど、ここで手出しはできませんわ」

 ただの教会のようでいて、ここは聖騎士所縁の場所だった。

 あの司祭も元聖騎士の一員であり、引退後はこうして現役の後輩達の支援に回っていた。

 普通の司祭のように見えて、彼も凄腕の一人である。

「私が皆さんを責任を持って匿いましょう。ひとまず今日は、ここでお休みください。すぐにベッドと、食事の用意をしてきます」

 そう言って、元聖騎士の司祭は奥の部屋へと消えていった。

 一行は聖堂に並ぶ長椅子にそれぞれ腰掛け、ようやく一息ついていた。

 そんな頃合いを見計らって、ライラが口を開く。

「……さて、皆さんの事情を聞く前に、簡単に私の経緯をお話しましょうか。私は教皇猊下に謁見すべくヴェンデッタに戻ってきたのですけれど、サンジェルマン城への移動中にたまたま、大通りでの乱闘を目撃して、急いで駆けつけたのですわ」

 自分があの場に居た経緯を簡単に説明すると、ライラはキラ達へ事情を尋ねた。

「皆さんは、どういった理由でこの街へ?」

 まず各々自己紹介の後、ソフィアが説明に入った。

 キラが記憶を失っていること、記憶の鍵となる宝剣を鑑定するため、教皇領を縦断して北のドラグマ帝国を目指していること、それらをかいつまんで話した。

「なるほど、大体の事情は飲み込めましたわ。未だにあのような過激派が存在しており、過去の過ちを繰り返しているのは我々教会の落ち度でもあります。教会の信徒として、改めてお詫びを申し上げますわ」

 まず魔女狩りに狙われたソフィアに、そして巻き添えを食らった仲間達にも、深々と頭を下げるライラ。

「そ、そんな! ライラ様が悪いわけではないですよ! 落ち度と言えば、一緒に居ながら魔女を改心させられなかった僕の方で……」

 恐縮するヤンだが、ライラは静かに首を横に振った。

「『魔女』ではなく『魔術師』でしてよ、ヤン・コヴァチ? 魔女狩り行為は過ちだったと、教皇猊下は直々にお触れを出しておられますわ。それに従わず、今でも時代錯誤の迫害を行うあの者達が異端ですのよ」

 これに驚いたのは、古い価値観に固執していたヤンだった。

「あなたのような高僧が、魔女を容認なさるんですか?! だ、だって、魔女は悪魔と契約し外法を使う邪悪な者達なのでは?」

 困惑するヤンに言い聞かせるように、ライラはゆっくりと説明する。

「まず、魔法を邪悪な外法とした過去の定義ですけれど、元を辿れば教会の奇跡も魔法も、本質は同じ物でしてよ? 元々は古代の精霊信仰の呪術に遡り、そこから治療などに特化した白魔法、そして戦闘などに使われるその他の黒魔法とに別れ、教会の開祖となった救世主は白魔法の使い手だった……。これが、正しい歴史ですわ」

 ヤンは完全に言葉を失ってしまった。

 それまで彼は、自分達が使う治療の術などの奇跡は、魔法とは全くの別物だと信じて疑わなかったからだ。

 だが原理としてはどちらも魔力を使って超自然的現象を再現するものであり、ライラの語ったように源流は同じ古代呪術が発端だ。

「悪魔との契約というのも、当時の権力者のでっちあげですわね。『魔術師』を『魔女』として聖書が書き換えられたのは、およそ二百年前。それより古い聖書では、そもそも魔術師は邪悪な存在とは書かれておりませんでしたもの」

「そんな、まさか……。僕は、聖書を信じてここまで来たんです。それが偽りだったなんて……」

 肩を落としながら、ヤンは修道院からずっと肌身離さず持ち歩いていた聖書を、強く握り締めた。

「今日、自分で見たモノを思い出して御覧なさい。魔女狩りを正当化するあの者達は、あなたの目にはどう映りまして?」

 ヤンの視点から見ても、あの集団は異常だった。

 有無を言わさず暴力に訴え、一切の聞く耳を持たない。

 ただ魔術師を殺すことだけを考えており、周囲の人間や民間人を巻き添えにすることもいとわない。

 まさに狂気の沙汰である。

 それと比べて、短い間だが一緒に行動したルークやソフィア、レアは、ヤンが今まで抱いていた魔術師のイメージとは全く異なり、理性的で人間味が感じられる人物像だった。

 魔女狩り時代の先入観無しに両者を比較すれば、どちらが真っ当な人間か、考えるまでもない。

 そこまで思いつき、ヤンは何も考えられなくなった。

 虚しい乾いた笑いが不思議とこみ上げ、眼鏡がないので読むことはできないが、呆然とそれまで盲目的に信じてきた聖書のページをパラパラとめくる。

「……僕は一体、何をやっていたんでしょう」

 今にも泣き出しそうな震える声で、ヤンが呟く。

「聖書には、確かにこの世の真理が書かれていますわ。けれど、それを見てどう解釈するかは、読む人間次第でしてよ」

「かい……しゃく……?」

「人は自分の経験にないことは、どれだけ勉強しても解釈できず、飲み込めないもの。ただ聖書を読むだけでは、そこに秘められた真理を本当の意味で理解することはできないでしょう」

 そしてライラは、聖書の一節を持ち出して謎掛けを行う。

「『汝の隣人を愛せよ』、この言葉に込められた本当の意味をご存知かしら?」

「えっ? ご近所さんと、仲良くしなさいってことでは……」

 文面通り受け取っていたヤンはそう答えるが、ライラは首を横に振る。

「その『隣人』とは近所の人々ではなく、教会にとっての隣人。異なる価値観や信仰を持つ、魔術師や異教徒を指していますのよ。開祖である救世主は、自分達と異なる者と和解するよう説いていましたの」

 これにはヤンも困惑した。彼が今まで信じてきた教義とはまるで違ったからだ。

「そ、そうなんですか?! ですが、本来ならば全知全能の神を全ての人類が信仰し、この世の真理を理解するよう説くのが、我々僧侶の務めなのでは? ライラ様のような高僧が、異教を容認していいんですか?!」

 まくし立てるヤンに、ライラは静かにうなずきながら答える。

「確かに、全ての人が神を信仰してくれるなら、それは良きことでしょう。ですが世界に生きる人々は十人十色、それぞれに違いがあり価値観も例外ではありません。もし信じる神が違うからと否定し合っていたら、どうなるか……お分かりかしら?」

 その言葉にヤンはうつむいて言葉を失った。

 教会の歴史は、まさに宗教戦争の歴史でもある。

 異教徒の弾圧のため、今まで多くの血が流されてきた。

「ヤン・コヴァチ、あなたは教会の歴史を、血塗られた殺戮で染め上げたいですか?」

「い、いえ! 決してそのようなことは……!」

 ヤン自身、争いは好まないタイプだ。

 宗教戦争についても、異教徒を更正させることは大事だと考えていたが、戦争までして殺すのはやり過ぎと考えていた。

「『隣人を愛せ』という一節も、解釈ひとつで全く違う意味になる……。聖書の真理を読み解くには、それ相応の経験が必要なのですわ」

 そしてライラは優しく諭すように語りかける。

「研鑽を積みなさい、ヤン・コヴァチ。あなたはまだ若い。これから様々な経験を経て、いずれ聖書に込められた意味を自分なりに解釈できる日が来るでしょう」

 彼女の言葉に、うつむいていたヤンはゆっくりと顔を上げた。

「……! はい、僕なりに頑張ってみます」

 まだ困惑は抜けないが、ライラに言われた通り経験を積んで、より深く聖書を読み解いてみようとヤンは考え始めていた。

 今まで聖書に書かれた内容を鵜呑みにするだけだったヤンだが、教会の暗部とも言える魔女狩りを目の当たりにし、ライラの助言で自分なりの解釈が必要なのだと知った彼は、この時から少しずつ変わり始める。


 それからしばらく、キラ達は長椅子に腰掛けながら気を落ち着けていた。

「ルークさん、大丈夫ですか? どこか痛みますか?」

 ライラの治療ですぐに傷が塞がったとは言え、一度は危険な重傷だった。

 キラは心配しておずおずとルークに尋ねるが、ルークは意気消沈した様子で心ここにあらずという様子だった。

「ええ、もう大丈夫です。ライラさんのおかげです」

 傷はもう癒えたが、それとは別の精神的な部分でルークは引っかかっていた。

(結局、私ではキラさんを守りきれなかった。やはり私では駄目なんだ、こんな出来損ないの私では……。これでは、居ても居なくても同じ……いや、足を引っ張る分居るだけ邪魔か)

 うまく立ち回れなかった後悔が積み重なり、目には見えないがルークの両肩に重く伸し掛かる。

 ルークが思い詰めていることはキラも何となく察していたが、いつも助けられている立場上、強く踏み込んでいくことができず、どう話せばいいか分からないままだった。

 そんな二人を他所に、カルロはいつも通り隅の方でうずくまり、ぶつぶつと愚痴をこぼしていた。

「やっぱり、教皇領なんて来るんじゃなかった……。でも、ギャングから逃げるにはここしかなかったし……。ああ、俺はどうすりゃいいんだ」

 カルロとは別の席では、ディックが思い出したように突然立ち上がって大声を上げる。

「あーっ! 宿に槍と鎧置いてきたまんまだった! くそっ、今からでも取りに戻るか……!」

「今はやめておいた方がいいぞ。敵はワシらの宿泊先まで調べて、張っている可能性も捨てきれんからのう」

 ギルバートに止められて、ディックは再び長椅子にへたり込んだ。

「マジかよ……。回収できなかったら、また買わなきゃいけねぇのか。装備一式で金どんだけいると思ってんだよ……」

「大丈夫、チャンスはあるはずだから」

 手で顔を覆うディックを、隣に座っていたメイがなだめた。

 彼女の方は白い毛皮の防護服から長柄戦斧まで全部持ってきており、パーティの中で丸腰なのはディック一人だった。

 メイもただ適当を言っているわけではなく、いずれヴェンデッタを離れる時には危険を承知で街中を突破しなくてはならない。

 その時に素早く宿に立ち寄り、失くしものとして保管されているであろうディックの装備を回収することは、不可能ではなさそうだと考えていた。

「これに懲りたら、もう街でも油断しないことだな」

 そう言うエドガーも、傭兵たる者常に戦闘の準備はしておくべしという教訓に従い、大盾と槍はずっと手放さなかった。

 今回の魔女狩りのように、街中でも平然と襲いかかってくる相手というものは居る。

 市内だからと安心してはいけないのだ。

 一方、別の長椅子ではソフィアとユーリが話し合っていた。

「例の薬、こんなことがあったから調合が遅れているの。納品はもう少しだけ待ってもらえるかしら?」

 ソフィアが以前話していた、注射器に入った魔法薬のことである。

「構わない。ストックはまだある」

 ユーリは定期的にソフィアの工房で薬を買っていたが、いつも余裕を見て早め早めに補給を行っていた。

 多少調合が遅れても、1~2ヶ月は予備がある状態を維持するよう、普段から気をつけている。

 レアはと言うと、一行から距離を取って誰も座っていない長椅子の隅で膝を抱え、うつむいたまま黙っていた。

(ボク、また怖くて何もできなかった……。仲間が死にそうだって言うのに、どうやって逃げるかだけ考えてた)

 己の情けなさに、自分自身で嫌気が差すレア。

 彼女一人が踏み止まっても結末は変わらなかっただろうが、かつて盗賊に仲間を皆殺しにされた時も、そうだった。

 臆病なレアは仲間の死を見て震え上がり、逃げ出した。

(やっぱりボクって、駄目駄目なんだ。魔力でもソフィアに負けてるし、度胸じゃカルロのおっさんとどっこいどっこい……)

 先の戦闘でも、戦える仲間は皆勇敢だった。

 丸腰のディックとて短剣一本で出来る限り踏ん張り、ルークも我が身も顧みず活路を開こうとしていた。

 非戦闘員のキラやヤン、カルロとて、あの状況下でも逃げ出そうとはしなかった。

 それにキラはレアなど周りの人間の面倒見がよく、ヤンは僧侶らしく治療の術を使い、カルロは馬車の御者として一行の足を担い、いざという時は狂戦士の力を発揮して戦う。

 皆、それぞれ戦い以外での役割があった。

(ボクだけ、何もしてない……。やっぱ、このパーティじゃうまくやってけないよ、ボク……)

 目に涙を浮かべ、レアは一人でうずくまっていた。

 そうして各々過ごしている間に、司祭は一行が泊まる部屋の準備と、食事を作って持ってきてくれた。

「どうぞ。質素な食事ですが、皆さんのお口に合うでしょうか」

 彼が用意してくれたのは、パンと豆のスープ、そしてサラダに飲み物として茶がついていた。

 宿で食べる料理と比べると確かに質素なものだが、腹を満たして栄養をつけるには十分なものだった。

 思わぬトラブルで昼食を摂っている時間がなく空腹だった一行は、すぐに食事を平らげる。

 いつも食事にがっつくレアも、今日だけはしょんぼりと大人しく料理を口にしていた。

「ありがとうございます、司祭さん」

 行儀よく食事を終えたキラは、司祭への感謝も欠かさなかった。

 他の仲間達も、口々に礼を言う。

「どういたしまして。さあ、皆さんの寝室はこちらです」

 食べ終わった頃には日も落ちており、疲れていた面々はすぐに眠気に襲われた。

 司祭に案内された来客用の寝室は、一応男女でふたつに別けられていた。

 各自の部屋に入った仲間達は、ベッドに飛び込むようにしてそれぞれ眠りにつく。


 夜中、キラは突然目が覚め、そのまま目が冴えて眠れなくなってしまった。

(ルークさん、傷は大丈夫だって言ってたけど、どう見ても辛そう……。どうすればいいのかな……)

 ベッドの中で悶々としていたキラだが、とりあえず気を落ち着けるために水でも飲もうと、一人寝室から抜け出した。

 ロウソクに火を点けて明かりにし、夜の教会の廊下を歩くキラは、もう一人の人影を目にする。

「あら、どうしましたの? 寝付けないのかしら」

 夜の見回りをしていた、ライラだった。

 彼女は念の為、魔女狩りの侵入がないか夜の間も見張っていたのだ。

「はい……」

 キラの表情と口ぶりから、何か悩み事でもあるのだろうと察したライラは、ひとつ提案をした。

「でしたら、お茶にしましょうか。ここには気分が落ち着くハーブティーの茶葉などもありますの」

 キラをテーブルに着かせると、ライラはロウソクの明かりを頼りに手際よく茶を淹れる。

 この教会は聖騎士の宿泊施設でもあると言うだけあって、まさに勝手知ったる我が家のようだった。

 教会は戒律で飲酒が禁じられているため、酒の類は置いていない。

 その代わり茶葉がよく置かれており、都会の教会などではリラックス効果のあるハーブティーが人気だった。

「さあ、どうぞ。緊張がほぐれますわよ」

「頂きます」

 ティーカップを傾け、ハーブ茶を味わいながら飲み込み、一息つくキラ。

(記憶喪失で何者か分からないと言っていたけれど、テーブルマナーはきっちりしているのね……)

 ライラはそんな素振りは見せないが、キラの仕草を観察していた。

 食事の際もマナーは心得ており、今の茶を飲んでいる時も貴族などの茶会のように自然と慣れているような動きをする。

 恐らく、一度身体で覚えた作法は記憶を失っても残っているのだろう。

 キラを観察するのも程々に、自分も同じく茶会の作法を守ってハーブティーを飲むライラ。

「ふぅ……。やはりこの味は落ち着きますわ」

 ライラはしばし、何か言いたそうにしているキラを見守っていたが、このまま待っても彼女からは言い出し難いと判断し、自ら話題を振ることに決めた。

「不躾かも知れませんけれど、何かお悩みがあるのではなくって?」

「えっ? わ、分かります?」

「顔に出ていますわ」

 ライラは冗談めかしてそう言い、笑みを浮かべてキラを和ませようとする。

 僧兵と言えど、僧侶の一人であるライラはこの手のことには慣れていた。

「……私には、大切な仲間が居るんです。私を帝国から救い出して、旅に一緒に出てくれた人が」

 ぽつりぽつりと、今まで口に出せなかった心の内を明かすキラ。

「けど最近、その仲間は……何だか無理をしているみたいで、心配なんです。このまま、私を守るために無理し過ぎて、いつか死んじゃうんじゃないかって」

「その人のことを、心から大切に思っておられますのね」

 ライラの言葉に、キラは強くうなずく。

「はい。もし彼が死んでしまったらと思うと、私、恐くて……。あ、もちろん仲間は皆さん大切に思ってるんですけど、その……」

「特別な存在、そうでしょう?」

 そう言われて、図星なのかキラは耳まで真っ赤になった。

「心配ですし、死んじゃったらどうしようって恐いんですけど、私はただ守ってもらうばかりの弱い人間です。そんな私が仲間に物言いするなんて、中々できなくて……」

 ここまで聞いて、大体の事情をライラは把握する。

「そうですわね、守ってもらっていることへの感謝は欠かしてはなりませんわ。確かに力のない人を守るのは、力ある戦士の努め。ですが、守ってもらって当然、などと思い上がっては傲慢と言うものでしょう。その点、あなたはしっかりしていましてよ?」

 自分が戦えないことに引け目を感じていることは間違いないが、今回の悩みの根本はそこではないとライラも見抜いていた。

 キラの言う『特別な仲間』も誰なのか察しはついていたが、敢えて口には出さなかった。

 ゆっくりと茶を味わいながら、うつむくキラにライラは優しく語りかける。

「けれど、時に本音をぶつけるということも、必要な時もありますわ」

「本音を、ぶつける……」

 控え目なキラにとっては、苦手な分野だった。

「『腹を割って話す』という言葉があるように、分かり合うためには一度、互いに心の内を打ち明けて、相手が何を考え、感じているのか、それを知る必要があるでしょう。遠慮ばかりしていては、本当の理解には繋がらなくってよ?」

 しばし迷っていたキラだが、思い切ったように顔を上げると、残っていた茶を飲み干した。

 その瞳には、ひとつの決意が宿っていた。

「ライラさん、ありがとうございます。私、一度その人とちゃんと話してみようと思います。何だか気分がスッキリしました」

「それはよかったですわ。私はそろそろ見回りに戻りますわね」

 ライラも茶を飲み終えると、二人分のカップを片付けて再びロウソクを照明に、建物内の見回りを始める。

 一方キラは、迷いが吹っ切れたのか、一直線に寝室へと戻っていった。

「あなた達二人に、神の祝福があらんことを」

 去っていくキラの背中に、ライラは誰にも聞こえないようそっと祈りの言葉を捧げた。


To be continued

登場人物紹介


・ライラ

このモールを見ろ。

命を叩き潰す形をしているだろう?

尼さんと言いつつ筋力特化の殴りプリ。

悪い子は撲殺だ!

一応お悩み相談も受け付けている。


・ヤン

眼鏡を割られた眼鏡小僧。

眼鏡と一緒に既成概念も割られたが、そっちはまあいいや。

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