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エルカリム  作者: Pixy
第一章 悪徳領主編
18/94

第18話 『ファゴットの乱』

泣いても笑っても、これで決着。

レジスタンス、領主、盗賊――三つ巴の争いが開幕する。

 その日、日没近くに盗賊団『黒蜘蛛』の首領であるバッシュは、交易都市ファゴットの領主セオドア・トムソン男爵の屋敷を訪ねた。

「どうだい、例の剣は気に入ってくれたかい?」

「ああ、大変満足しとるよ。で、何の用だね?」

 領主は以前から黒蜘蛛と繋がりがあり、盗品を買い取っていた。

 その他にも、政敵を始末させたりと、両者の関係は根が深い。

「実は、あの剣によく似たブツを子分がかっぱらって来てね、あんたなら価値が分かるかも知れないと思って、声をかけさせてもらったってわけだ」

「ほう、どんな剣かね?」

「柄や鞘に宝石なんかが埋め込まれてる宝剣で、刀身には飾りみてぇな変な模様が描いてあるんだ」

 バッシュはそうと知らないフリをしつつ、魔法剣の特徴をそれとなく口にする。

「なるほど、よさそうな宝剣じゃないか。見せてみたまえ」

「それが今は屋敷に持ち込めなくてねぇ……。警備が厳重になってて、”商品”だろうと剣は持ち込み禁止ってあんたんとこの兵隊に言われたんだよ」

 警備が強化されているのは事実で、バッシュはそれを利用して言葉巧みに人気のない小屋で実物を見せて取引しようと持ちかけた。

(ふふん、馬鹿な盗人め。魔法剣の真の価値も知らずに)

 セオドアはセオドアで、新たな魔法剣を安く買い叩けると考えて内心ほくそ笑んでいた。

 領主が盗賊と取り引きしているという噂は既に立っているとは言え、公衆の面前で堂々と行うわけにもいかない。

 領主は50人程の護衛を引き連れ、屋敷を出て取引場所の小屋を目指して歩き出した。

 その様子を屋根の上から伺っている者がいるとは、この時誰も予想していなかった。

「よし、ターゲットが移動開始。まだ撃つな」

 作戦区域一帯の屋上を制圧したユーリと弓兵達は、領主御一行が小屋に到着するのを今か今かと待つ。

 そんな中ふと、民兵の一人が口を開いた。

「あんた、狙撃手なんだっけか?相当目がいいんだな。この距離から領主が見えるなんて」

 彼らには、夜闇も相まってまさに点のようにしか見えない。それが領主かどうかなど、見分けがつくはずもなかった。

 ユーリはそれに答えず、淡々と監視を続ける。

「コースは予定通り。もうすぐ小屋に到着する。射撃の準備だ」

 言われた通り、レジスタンスの弓兵達は弓を構えてその瞬間が来るのをじっと待つ。

 バッシュの計画では、屋上は手下の盗賊が入れ替わっており、小屋の周囲にも伏兵を忍ばせている。

 これで領主を奇襲して亡き者にし、自分が売った魔法剣を奪い取るのが目的だった。

 しかし作戦はユーリの諜報活動によりレジスタンス側に知られており、盗賊の弓兵が更にレジスタンスに入れ替わっている。

 一方、ユーリは別の場所の仲間への合図を出すべく、花火を手に高い塔へと登り始めた。

「で、その宝剣と言うのはどこにあるんだね?」

 バッシュの裏切りに気付かない領主は、小屋に到着するなり取り引きを急かした。

「ハッ!んなもんねぇよ!俺が欲しいのは、あんたが肌身離さず持ってるその剣さ!野郎共、やっちまいなぁ!!」

 ついにバッシュは本性を現し、手下に号令をかける。

 小屋の周囲に潜んでいた盗賊達が一斉に飛び出し、領主とその護衛を取り囲む。

「き、貴様!裏切ったのか!」

「気付くのが遅ぇんだよ、ノロマがぁ!」

 奇襲が完璧に成功し、勝利を確信していたバッシュだが、次の瞬間違和感を覚える。

 予定されていたはずの屋上からの支援がないのだ。

「弓兵!何をしている、この賊共を殺せ!」

「おいお前ら、ボサっとしてんじゃねぇ!さっさとこいつらを殺せ!」

 屋上から見下ろす弓兵達は、領主の声にも、バッシュの声にも応えない。

 かと思うと、弓兵は矢を番えて一斉に射撃を開始した。

 だがどちらの味方でもなく、警備兵と盗賊、両方をマトにして矢を射った。

「ど、どうなっとるんだ一体?!」

「クソッ、話が違うぜ!」

 両者悪態をつきながらも、矢の嵐から逃れるために仕方なく小屋から逃げ出した。

 その様子を塔の上から見張っていたユーリは、一団が最初の交差点に差し掛かる直前に最初の花火を上げた。

「よし、出番だ!奴らを追い込むぞ!」

 リカルドが指揮するレジスタンス部隊が、ひとつの道を残して他を塞ぐような形で物陰から飛び出す。

 その次の交差点でも同じように二発目、三発目の花火を合図にレジスタンスが道を塞ぎつつ一団を追撃する。

 レジスタンスに追い立てられた領主と盗賊団は、やがてかねてより計画されていた広場へと誘導された。

 広場にはルークとアルベール、そしてレオナルドが率いるレジスタンスの本隊が待ち受けていた。

「さあ、盗んだ剣を返していただきましょうか」

 ルークは毅然とそう言い放つ。

「剣だと?そうか……てめぇらもアレが目当てか!いいぜぇ、三つ巴の奪い合いと行こうじゃねぇか!」

 ルーク達の目的が剣だと知ったバッシュは、自ら進んで混沌の戦いに身を投じる。

 レジスタンスが単に街の解放のために戦っているのならば、領主と一時休戦して邪魔者を排除してから剣を奪えばいいと考えていた彼だが、突然介入してきた第三勢力も剣を狙っているとあれば、なりふり構わず力尽くで奪い取るまでだ。

 そんな彼の性格も計算に入れた上で、ルークは目的を明かした。

 ユーリは暗殺対象であるバッシュの人となりについてもよく調べていたので、誘導は比較的容易であった。

(ふん、狡猾だが分かりやすい性格というのは、あながち嘘でもなかったらしいな)

 敵の片割れが餌に食いついたことを確認したアルベールも、剣を構えつつ民兵を指揮する。

「ええい、早く増援を!増援を呼ばんか!」

 一方、数で一番劣っている領主は焦っていた。

 人目につかない場所での秘密の取り引きのつもりだったので、50名程しか兵を連れてきていない。こんな乱闘は全くの想定外だ。

 だが番兵がいくら警笛を鳴らしても、救援が駆けつける気配はなかった。

 それもそのはず、舞台となる広場一帯を巡回していた警備兵はほとんどが屋上の弓兵隊や、通路を封鎖する伏兵部隊があらかじめ片付けておいたのだ。

 数では総力戦を挑むレジスタンスが優勢だが、数と質の両方では盗賊団が優位に立っていた。

 彼らは盗人であると同時に、夜間戦闘のプロでもある。

(へへ……逸って無茶な戦いを挑んだな、阿呆共め。トムソンとまとめて始末してやるぜ)

 戦況を分析したバッシュは、これならば勝てると確信し、内心ほくそ笑んだ。

「野郎共!相手は雑魚だ、怯むんじゃねぇ!いつも通りに殺っちまえばいい!!」

 伊達に何度も、他の犯罪組織や討伐隊との戦いをくぐり抜けてきたわけではない。

 バッシュは手下に指示を出し、乱れた足並みを揃えさせて反撃に転じるよううながす。

 だが、そんな彼を狙うひとつの影が頭上にあることを、バッシュは知らなかった。


 広場が一望できる高い屋根の上、絶好の狙撃ポジションに陣取ったユーリは、懐からひとつの瓶を取り出し、栓を抜いた。

 そして慎重に一本の矢の鏃を瓶の中の液体に浸し、すぐに栓をし直す。暗殺者が毒矢や短剣に塗る、即効性の猛毒である。

 少量が血管から入っただけで致死量となるため、うっかり自分を刺してしまわないよう取り扱いは要注意。

 その上この毒は空気に触れると急速に劣化して毒性が弱まることもあり、使用する直前まで瓶に密封しておくのが一般的な使い方だった。

 ユーリは静かに毒矢を番え、盗賊団を統率するバッシュへと狙いを定める。

 標的は現場の戦闘に夢中で、別働隊の狙撃手が居ることなど予想もしていない。

 タイミングを合わせて矢は放たれ、まるで吸い込まれるようにバッシュの首を貫いた。

 もし急所をかわされたとしても、猛毒を塗ってあるのでかすめただけで致命傷になるという保険付きだ。

「かはっ……?!」

 バッシュは声も上げられぬまま、呆気なく即死した。

 無残に転がる首領の躯は、纏まりかけていた黒蜘蛛団員を再び混乱に陥れるに十分なものだった。

「な、何だ?!狙撃手がいるのか!」

 バッシュが矢で射殺される瞬間を見た領主は、咄嗟に背を低くして護衛兵の影に隠れる。

 盾にされる兵隊も立場上嫌とは言えず、領主を守りながら戦うしかない。

 狙撃で敵の大将を討ち取れるのは最初の一撃だけ、ということはルークもユーリも予想の範疇だった。

 そうなるとセオドアとバッシュ、どちらを先に片付けるかという二者択一になってくる。

 盗賊団の方が厄介な相手であることは目に見えていたので、バッシュに狙いを絞ることで二人は合意した。

 その効果はてきめんで、最初優位に立っていた黒蜘蛛はまたたく間に統率を失い、三つ巴の乱戦に飲み込まれてもみくちゃにされている。

 だがバッシュの死に驚いていたのは、黒蜘蛛や領主だけではなかった。

「何っ?!俺の他に、狙撃手が居たと言うのか!」

 騒ぎを聞きつけ、バッシュを始末する絶好のチャンスだと高台に登っていた、弓兵が一人。

 ちょうど弓を引き、バッシュの急所に狙いを定めていたその瞬間、彼は獲物を横からユーリに掻っ攫われた。

 この男も黒蜘蛛の頭目の首目当てでファゴットの街へとやって来た傭兵だったが、レジスタンスと手を組むわけでもなく、単独で活動していた。

(話が違う!この街のレジスタンスは壊滅寸前じゃなかったのか?!)

 黒蜘蛛について調べがてら情報収集し、ファゴットの大体の状況は把握していたつもりの弓兵だったが、その中にユーリが意図的に流した嘘が混じっていたとは、この瞬間まで気付かなかった。

 目の前で見す見す獲物を奪われた男は、半ば腹いせでユーリへと狙いを向ける。

(俺から獲物を取る程の狙撃手、相手にとって不足はなし!)

 まだ彼は一本も矢を放っておらず、ユーリや他の民兵も他に弓兵が居ることに気付いていない。

 この先制攻撃ならば確実だと確信し、男は矢を射った。

 だが今夜二度目、男は驚愕することとなる。

(俺が外した?!)

 完全な奇襲にも関わらず、ユーリは矢に気付いて間一髪でかわし、屋根から突き出た煙突の影へと身を隠す。

 味方にも注意を促したのか、レジスタンスの弓兵達も地上への援護射撃を一旦止めて遮蔽物で身を守る。

「ふっ、ふふふ……!」

 男の口元から、不気味な笑みがこぼれる。

「やるじゃないか、敵の狙撃手も!面白い、最高に面白くなってきたぞ……!」

 最初の冷静さは鳴りを潜め、弓兵の目が高揚感で血走る。

 口の端をつり上げながら、男は次の矢を番えた。

 狙いはユーリ一人。周りの雑兵には一切の目もくれない。


 突然乱入した二人目の狙撃手により、頭上からの援護が止んだ地上では、盗賊団が統率を失いつつも三つ巴の乱戦が続いていた。

「増援はたったのこれだけか?!他の連中は何をしているんだ!」

 事前に処理し切れなかった番兵が騒ぎを聞きつけて領主に合流したが、それでもせいぜい100人足らずの戦力だった。

 対するレジスタンスは練度は低いと言えども、総兵力は200人程になる。倍の数ならば押し負けはしない。

 黒蜘蛛の残りも70人程の数になるが、頭目のバッシュを失ったせいで混乱状態にある。

 生き残った幹部は部下を纏めようとしており、本来であれば屋上からのユーリ達の支援で幹部を潰す予定だったのだが、援護射撃はぴたりと止まっている。

 200対100対70。数の上ではレジスタンスが優位に立つも、ルークはセレーナがいつ動き出すかのタイミングと、そしてユーリ達弓兵からの援護が突然途切れたことを憂いていた。

(本来なら、屋上からの援護で更に敵を減らす作戦だったはず。上の方で一体何が?)

 ここに来て、ユーリが仕事を放棄して逃げ出すとも考え難い。

 仮に彼一人が敵前逃亡したとしても、味方の民兵が援護してくれるはずだ。

 それもないということは、何か想定外のトラブルに見舞われた可能性が高い。

「ルーク、集中を乱すな!いつ『疾風』が現れるか分からんぞ!」

「分かっています!」

 アルベールに注意され、目の前の戦闘に意識を集中するルーク。

 そして、その瞬間は間もなく訪れる。

 夜の闇に紛れて乱闘の最中へ接近してきたその影は、戦闘中の民兵達数人をまたたく間に血祭りにあげた。

 そして近くでレジスタンスを指揮している、リカルド達傭兵四人に狙いを絞る。

「出やがったぞ、例の女だ!」

 気付いたリカルドの指揮で、セレーナに向けて陣形を取り直す四人組。

 エドガーがまず先頭に立って盾を構えるが、セレーナは軽い身のこなしで彼を踏み台にして跳躍し、ハンマーを空振りさせたフランツの頭上を飛び越えて、後方から弓を引こうとしているディンゴに襲いかかった。

 ディンゴは苦し紛れに矢を放つも、俊敏なセレーナを捉えられず、矢は宙空に消えていく。

「なにっ?!」

 帯電したレイピアの切先がディンゴの喉元目掛けて迫る。

 この時、ディンゴは死を覚悟した。

 だが間一髪、割って入ったルークの剣がセレーナのレイピアを逸らし、ディンゴは命拾いした。

「彼女は私達で引き受けます。皆さんはその間に制圧を!」

「任されたぞ!」

 レジスタンスの盾となって戦っていたギルバートが力強く答える。

 彼は体勢を崩したリカルド達を庇うようにして、セレーナから引き離した。

 敵味方が入り混じっての乱戦であるため、衝撃波のような大技は繰り出せないが、闘気による硬質化で仲間を庇いつつ指示を出して、味方の被害を食い止めていた。

 ルークと対峙しつつ、セレーナは横目で領主を一瞥する。

「随分とまあ……大変な騒ぎになっているわね、”領主様”?」

「セ、セレーナ!遅いぞ!早く、あいつらを始末してくれぇ!」

 領主は半泣きで、すがるようにセレーナに懇願した。

「ここなら可愛いあの子も居ないことだし、思う存分やれるわよね?参謀さん?」

「……本気で行きますよ」

 セレーナの実力からして、警備隊と連携して戦局を塗り替え、この場を切り抜けるくらいの芸当をやってのける可能性は十分にある。

 何としても排除しなければならない驚異だ。

 だからこそ、ルークはここで本気を出すと決めていた。

 セレーナはあえて先手は取らず、左手で『かかってこい』と挑発をかける。

(カウンターの構えか……!)

 ルークは挑発に乗って踏み込む動作を取りつつ、近くで様子を窺うアルベールに合図を出す。

 彼はルークに気を取られているセレーナに向けて、数本の投げナイフが飛来する。

 乱戦であることを考えて爆薬は仕込んでいないが、セレーナは前回の戦闘もあってナイフをかなり警戒した。

「『鴉』……!やはり出たわね」

 前回の戦闘で、セレーナも敵は切り札としてアルベールを自分にぶつけてくることは予想していた。

 だがルークと二人でとまでは、流石に考えていなかった。

「この戦い、負けられません。二人がかりで行きます」

 セレーナが飛び退いた先へ向けて、ルークはそう宣言しつつ左手で素早く魔術文字の印を刻み、風刃の呪文を放つ。

 彼の前方にはセレーナと領主を守るように固まっている警備隊のみ。

 この立ち位置でなら、『梟の型』の本領である魔法を行使できる。

 迫りくる風の刃をセレーナは素早い動きでかわすが、以前見せたような立体的な動きで背後に回り込むような機動は行わない。

 否、行えない。足場にする遮蔽物が、この広場にはないのだ。

 セレーナは既存の『燕の型』に軽業師の動きを組み込んだ独自の剣術で、変則的な機動を行うことが強みだった。

 だがこのように開けた広場では、蹴るための足場が存在しない。

 やむを得ず、セレーナは普通の『燕の型』の動きで対処するしかなかった。

 こうなれば、かじった程度とは言え『スパロー』の流派を知っているルークにも分がある。

 これも、アルベールと話し合ったセレーナへの対策として織り込み済みだ。

 風刃の呪文を回避したセレーナは、兵隊を数人けしかけてルークを囲もうとするが、すかさず前に出てきたアルベールが軽い剣捌きでそれを妨害する。

 ルークもアルベールと背中合わせの状態で剣を振るうが、所々で右腕に痛みが走り、剣のコントロールが不十分だ。

(くっ……!やはり傷がまだ響いているのか)

 前回のセレーナとの戦いで負った深手が、ルークの足かせとなっていた。

 特に右肩を突き刺された傷は、剣を握る手のコントロールに大きな問題を残していた。

 アルベールもそのことは承知しているのか、なるべくルークに敵を近付けないよう立ち回っている。出来る限り、剣での打ち合いをさせないように。

 ルークが討ち漏らした敵兵が背後に回るが、その脳天にアルベールの投擲した普通のナイフが突き刺さる。

「何なら代わってやろうか?」

「いいえ、セレーナは私で抑えます!」

 兵隊が槍で襲いかかる中、痛みの残る右手の剣で受け流し、そのまま距離を詰めてカウンターの突きを見舞うルーク。

 彼には彼で、意地があった。

 そうしている間にセレーナは側面に回り込み、レイピアの射程にルークを捉えていた。

 電撃を纏った鋭い刃先が彼に迫る。

 ルークは剣を突き刺した敵兵の死体を盾にして直撃をかわしつつ、暴風の術を唱えて死体ごとセレーナを吹き飛ばした。

 セレーナは地面に叩きつけられながらも受け身を取り、即座に体勢を立て直す。

(動きが違う……!あの傷で、どうして?!)

 前回戦った時、確かにルークの太刀筋に、ためらいのようなものをセレーナは感じていた。

 以前は敵を殺すことそのものを避けており、打撃で気絶させるような戦い方をしていた。

 それにアルベールの助太刀で撤退したとは言え、ルークにはかなりの深手を負わせたはず。

 本来ならばその怪我人が、前回よりもいい動きをするはずがない。

 だがルークが本気を出した今、躊躇は微塵も感じられない。

 前の戦闘では感じられなかった殺気が、今は肌を突き刺す程に分かる。

 セレーナの予想を上回るルークの本気に、彼女も平静を装いつつも内心焦りを感じ始めていた。

(『鴉』も加勢した上でこれとはね……)

 一方、敵を殺傷することにためらいのなくなったルークは、セレーナとの間合いが空いたのをいいことに、次々と左手で印を刻んで風の呪文を放つ。

『梟の型』の特徴でもある、詠唱短縮による魔法の連撃。中距離においては、遠距離に徹する魔術師よりも厄介である。

 味方に誤射をしないよう術の制御は慎重に行いつつ、だが敵の兵隊を巻き込むのは上等と言わんばかりに、怒涛の攻撃で逃げ回るセレーナを追い詰める。

(やはり、セレーナの魔法は強化の術に特化していて、攻撃呪文の類は使えない!)

 距離が空いた途端、間合いを詰めようと試みることはあれど、魔法による反撃を行わないところを見てルークは確信した。

 前回の戦闘を踏まえて、アルベールが可能性として挙げていた弱点のひとつでもある。

 彼が距離を空けて投げナイフを使う時、セレーナは逃げの一手で魔法による反撃を行わなかったからだ。

 中距離で立ち回れば、剣だけでなく魔法で長い射程を持つルークの方が優位に立てる。

 今はまだ決定打を撃ち込めていないが、一方でセレーナの接近も許していない。

 遮蔽物がないので、相手は思うように動けないのだ。

 互いに決定打を欠いた状況の中、ルークは慎重に機を見計らう。


 一方、屋上で煙突を遮蔽物にして謎の弓兵からの攻撃を警戒しつつ、下の戦況を気にするユーリ。

 一刻も早く援護を再開しなければならないが、味方の弓兵共々、突然横槍を入れてきた狙撃手に頭を抑えられてしまっている。

「お、おい、あんた!俺達はいつまでこうしていればいいんだ?!」

 地上の味方が奮戦している中、自分達だけ手をこまねいているわけにもいかないと、焦れた民兵達がユーリを急かす。

 このままでは仕事にならないと、ユーリは一か八か行動を起こすことにした。

「しばらく待て。俺の合図で地上への援護を始めろ」

 それだけ言うと、ユーリは夜闇に溶けてるように姿を消す。

 対する謎の狙撃手は、じっと弓を引いたまま煙突の影からユーリが現れるのを待っていた。

(奴もレジスタンスの一員なら、出てこざるを得ないはずだ。さあ、頭を出せ……!その頭を射抜いてやろう)

 彼も戦況が読めないわけではない。

 地上が三つ巴の乱戦を行っている中、屋上の弓兵部隊だけが一人の狙撃手を警戒して、いつまでも隠れていられるはずがない。

 少しでも身を乗り出したら、そこを狙い撃ちにするべく意識をユーリが隠れた煙突周辺に集中させていた男。

 だが、何と予想外の方向から矢が飛来し、伏せながら弓を引いていた彼の横っ腹へと突き刺さる。

「な、何ぃっ?!」

 新手かと思って咄嗟に振り向いた男が見たのは、どんな手を使ったか知らないが、いつの間にか煙突から離れて彼を狙撃するのに適したポジションに移動したユーリだった。

 灰色のフード付きマントに左腕の厳つい篭手、そして長弓。仮に双子トリックだったとしても、見間違えるはずもない。

(見えなかった……!奴が煙突から移動する瞬間が!俺の、この目をもってしても!)

 男は狙撃手というだけあって、自分の目には絶対の自信を持っていた。

 例え夜間だったとしても、一度狙いを絞った獲物を見逃すはずがない。

(い、いかん!止血を……)

 驚嘆している間にも、矢が突き刺さった傷から血が流れ、意識が遠のく。

 男は必死で自分の応急手当てを行おうとするが間に合わず、意識が保てなくなり気絶した。

 敵が動かなくなったのを確認したユーリは、安全が確保できたとして味方の弓兵部隊に合図を送る。

「よし、合図が来たぞ!皆、ここが正念場だ!」

 レジスタンス達は待っていましたと言わんばかりに遮蔽物から飛び出し、やむを得ず中断していた地上への援護射撃を再開する。

 屋上からの援護が始まったのを、セレーナと切り結ぶルークも横目で確認した。

「……アルベールさん、ここまでで大丈夫です」

 条件を満たしたと判断したルークは、アルベールに合図を出す。

「いいんだな?しくじるなよ」

 事前の打ち合わせ通り、ここでアルベールは背中合わせに戦っていたルークから離れ、レジスタンスの指揮へと戻っていく。

(さあ、ここからだ……!)

 だが時間がルーク達の側の味方であることは、セレーナも重々承知だった。

 仮にここでルークを討ち取れたとしても、レジスタンスが雇い主の領主を追い詰めてしまえば全てが終わりだ。

 このままでは埒が明かないと考えた彼女は、直撃すれば人間の胴体を両断する程の威力を持つ風の刃を食らう覚悟で、ギリギリをかすめて一気に踏み込んだ。

 そしてその勢いを乗せて、セレーナは刺突を繰り出す。

 ルークは剣でそれを受け流そうとするが、傷が原因で力が入り切らず、攻撃を逸らし切れなかった。

 仕方なく、わざと体勢を崩すことで急所への致命打を避ける。

 転倒したルークを追撃しようと迫るセレーナだが、ルークは倒れ込みながらも左手で投げナイフを投擲し、相手を牽制する。

 セレーナは左手を盾代わりに追撃を強行し、手傷を負いながらもルークの脇腹をレイピアの切先で捉えた。

 激痛が走り、次の瞬間には電撃の痺れが襲う。

 ルークも負けじと蹴りで応戦し、肉薄するセレーナを引き剥がした。

 一旦距離を取ったセレーナだが、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

「どうやら、勝敗は決まったようね、Mr.ルーク?」

 ルークがセレーナと切り結んでいる僅かな間に、彼の周囲は何十人もの敵兵に取り囲まれ、味方のレジスタンスから分断されていた。

 今はもうアルベールの援護もなく、ルークは一人で孤立した状態となる。

「……そうですね、これで決まりのようです」

 ゆっくりと立ち上がったルークは、それでいて勝負を諦めてはいなかった。

 一見敵に有利に見える包囲だが、友軍と分断されているということは、味方を巻き込む危険性を考慮しないで済むということでもある。

 これこそルークが望んだ状況だった。

「封印術式、限定解除」

 そう宣言しつつ、ルークは左手ではなく右手に持った剣の切先で宙に印を描き始める。

 風刃や暴風の呪文とは違う、もっと大掛かりなものだった。

 それに合わせて、彼の魔力が異常に増大していくのを感じたセレーナは、大きな驚異を感じ、番兵に急いで攻撃指示を下す。

「撃たせてはいけないわ!その前に殺しなさい!」

「遅いですよ」

 そう言いながら、ルークは左手を頭上高く掲げる。

 その手の上には、これまで行使した風の呪文とは全く異なる、どす黒いエネルギーの球体が見る見る膨れ上がっていく。

 球体は放電するかのように稲妻を放ち、それは何と術者自身であるルークの身を引き裂いていく。

 風や炎のような自然現象を引き起こすのではなく、魔力というエネルギーを破壊という目的のためだけに純粋に収束させた姿。

 その異様さに、番兵達は浮足立った。

 そして次の瞬間、ルークは魔力の球体を地面に叩きつけるかの如く、左手を勢いよく振り下ろした。

 激しい爆発によりけたたましい爆音が鳴り響き、地面はえぐれ、衝撃波と共に破片が周囲に飛び散る。

 ルークを中心として小規模なクレーターが出来上がっており、先程の術の破壊力を物語っていた。

 これ程の術、周囲に味方が居ては危険過ぎて使えない。アルベールを途中で離れさせたのも、この切り札を使うためだ。

 ルークを囲んでいた数十人の兵隊は、術の射程内だったために全滅。跡形もなく木っ端微塵に消し飛んでいた。

 彼が皇帝の首を無謀にも単独で狙っていた頃、勝てる根拠としたのがこの魔力解放だった。

 皇帝に近付き、護衛ごとこの大魔法で吹き飛ばせば、捨て身で相打ちまでは持っていけるはず。ルークはそう考えていた。

 結局、皇帝暗殺はカイザーと手を組むことで見事実現し、幸いにもこの術を使う機会はなかった。

 それを今、ルークは切り札として使ったのだ。

「な、何だぁ今の?!すげぇな!」

 少し離れた場所で戦っていたディックを始め、仲間達も思わず手を止めて驚愕の声を上げた。

 これまで一緒に旅をしてきたが、ルークがあれほど強力な術を行使したところを見るのは初めてだったからだ。

「あれは……?!」

「ヒューッ!やるじゃねぇか、ルークの奴!」

 リカルドとフランツも、その破壊力に驚嘆する。

 辛うじて飛び退いて直撃を避けたセレーナも、余波を食らってかなり痛手を負っていた。

 肩で息をし、血と冷や汗を流しながらも、それでもなおセレーナは不敵に笑う。

「へぇ……こんな隠し玉があったなんてね。正直、見くびっていたわ。今回はあなたの勝ちということにしておいてあげる、ルーク」

 対するルークは、セレーナ以上に満身創痍といった様子で、剣を杖代わりにしながら辛うじて立っているというような状態だった。

 全身は傷だらけになっているが、傷をつけたのはセレーナでも、ましてや兵隊でもない。

 彼自身の術の反動によるものだ。

「はぁっ……はぁっ……そうしていただけると、助かりますね……」

 試合としてはルークの勝ちかも知れないが、最終的な勝負は体力を残しているセレーナの方が優位に見えた。

 ルークはもう動けそうにないが、セレーナはそんな彼にトドメの一太刀を入れるだけの力が残っている。

 それでもあっさりと負けを認めてそれ以上戦おうとしないセレーナに、二人の戦闘を傍観していた領主は苛立ち、怒号を飛ばす。

「何をしているセレーナ!早くそいつにトドメを刺せ!」

「嫌ですわ、領主様。この今の戦況がまだお分かりにならないの?」

 セレーナは呆れ返ったという様子で首を横に振る。

 見渡せば、もう領主の兵隊も、盗賊も、ほとんど広場に残っていなかった。

 ルークから離れた後、少しでも早く決着をつけるべく剣を振るい続けたアルベール。

 老体にも関わらず誰よりも傷の治りが早く、味方の盾となりつつ豪腕で敵を殴り倒したギルバート。

 ひたすらがむしゃらに槍を振るい、並み居る敵を薙ぎ払ったディック。

 体勢を立て直し、四人の連携プレーを見せたリカルド達傭兵隊。

 新人ながらも破竹の勢いを見せたエリックとエレンのコンビ。

 素人でありながら勇敢に最前線で味方を鼓舞し、指揮を執ったレオナルド。

 そして突然の横槍を受けたものの、本隊から離れて遊撃隊として狙撃で敵を撹乱したユーリ。

 立っているのは、雑多な武器を手にした民兵達と、それを率いる猛者数名。

 ルークの計画通り、彼がセレーナの相手をしている間に、仲間達が戦局を決定的なものに固めてくれていた。

 最早こうなれば、手負いのセレーナ一人でどうこうできる状況ではない。

「残念ね、トムソン男爵。あなたは我々の仲間に加わるには、少々小物過ぎたようだわ」

「な、何……だと……?」

 間抜けな声を上げつつ、呆然と立ち尽くす領主セオドア。

 そうしている間にも、彼を取り囲むレジスタンス達はジリジリと詰め寄ってきている。

「見事な手腕だったわ、ルーク。後はあなた達のお好きなようにどうぞ」

 それだけ言い残すと、セレーナはレイピアの先から閃光を放ち、民兵が目くらましで怯んだ隙に自慢の俊足で逃げ出す。

 民兵の何人かが追跡しようとしたが、レオナルドはそれを制した。

「待て、深追いしなくていい。それよりも、今はトムソンだ」

 領主は今、文字通りに四面楚歌。八方をレジスタンス兵に囲まれ、逃げ場はなかった。

 窮して命乞いでも始めるかと思いきや、気が触れたのか領主は突然笑い出した。

「はーっはっはっは!お前達、”これ”を忘れているのではないかね?!」

 そう言うと領主は、それまで大事に懐に抱えていたキラの宝剣を取り出し、おもむろに抜剣した。

「馬鹿共め!これがただの剣だと思うなよ?これは、強大な魔力を秘めた古代の魔法剣なのだぁ!私がこれを一振りすれば、貴様らなど全員纏めて木っ端微塵よ!!」

 レジスタンス達も、ソフィアが鑑定の結果、あの剣を魔法剣だと判断したことを知っている。

 一斉にどよめきが走った。

(ま、まずい……!今あの剣の力を解放されたら、何が起こるか……!)

 ようやく勝利を掴んだと思いきや、恐れていた事態が発生する。

 追い詰められたセオドアは、鞘から抜かれた剣を大きく振りかぶった。

 ルークは体力の限界で、二発目の圧縮エネルギーを放つどころか、戦闘を継続できる状態ではない。

 他の仲間達も激しい乱戦でかなり消耗している。

「ア、アルベールさん!」

「分かっている!」

 絞り出すように声を上げるルークに、応答するアルベール。

 もしセオドアが魔法剣を使って最後の悪あがきに出るようならば、アルベールが側面に回り込んで剣術による勝負で畳み掛ける予定だった。

 それでもどうしようもないような力を魔法剣が秘めていた場合、レジスタンス側は完全に”詰み”となる。

「ふははは!我が声に応えよ、魔剣よ!こいつらを吹き飛ばせぇ!!」

 浮足立つ民兵達に向けて、セオドアは吠えながら振りかぶった剣を振り下ろす。

 が、何も起こらなかった。

「あ、あれ?おかしいな、故障か?」

 領主は何度も力を込めて剣を振り回すが、警戒していたのが馬鹿らしくなる程に何も起こらない。

 こうなっては最早、ただの飾り付けされた剣に過ぎなかった。

「な、何じゃこりゃあー!まるで役に立たんではないかぁー!!」

 最高に間抜けな表情を浮かべた領主は、情けなく絶望の声を上げる。

 抜剣に怯えて後ずさっていたレジスタンス達は、また少しずつ領主に詰め寄り始めた。

 今度はもう、こけ脅しに使う小道具すら残されていない。

 この状況には、警戒して慎重に回り込んでいたアルベールも呆れ返った。

「……何だ、使い方も知らなかったのか。よくもまあ、あんな大見得が切れたもんだ」

 拍子抜けしたアルベールがため息をつく間にも、レジスタンスの民兵達は雑多な武器の矛先をセオドアに向ける。

「ま、待て!話し合おうじゃないか!私と君達との間には、何かこう……そう、誤解のようなものがあるんだよ!そ、そう思わないか?!」

 これまで散々圧政に苦しめられてきた民兵達は、そんな言葉に耳を貸しはしなかった。

 皆憎悪の表情を浮かべ、今にも手にした武器で斬りかかりそうな勢いだ。

「私はこの街の領主だぞ!男爵なんだぞ!私を殺してみろ、貴様らは犯罪者として処刑なんだぞーっ!!」

 それでも構わない、とレジスタンスの一人が手にした武器を振り下ろそうとしたところへ、凛とした声が広場に響き渡った。

「その通りよ!その男は法によって裁かれるわ!」

 その場に居た全員が、声のする方へ振り向いた。

 そこには、近隣諸侯からの協力を取り付けて戻ってきたソフィアが立っていた。

 背後には、万が一セオドアが抵抗した場合にと連れてきた、諸侯から借り受けた兵士達も控えている。

「おお、ソフィアか!いいタイミングじゃ!」

 期待の援軍が帰ってきたことに安堵し、ギルバートはソフィアに道を譲る。

 領主の眼前まで進み出たソフィアは、一枚の書類を彼に突きつけた。

「近隣諸侯が、あなたを罪人として糾弾するとした署名よ。セオドア・トムソン、たった今からあなたは爵位を剥奪され、裁判にかけられるわ」

「そ、そんな馬鹿な!いつの間に諸侯の説得など……!」

 周辺の貴族達が一斉に敵に回った事実を突きつけられた領主は青ざめた。

「そう言えば、はじめましてね。”元男爵”様?リリェホルム家の影響力を甘く見てもらっては困るわ」

 ソフィアはローブの裾をつまんで優雅に一礼しながらそう言った。

「リリェホルム家?!な、何でそんな名門の者が、こんな薄汚い平民共の味方を…?!」

「色々あるのよ、色々と。ひとまず、剣は返してもらうわね」

 唖然とする領主を軽くあしらいながら、ソフィアはさっきまで彼が振り回していた剣を丁寧に鞘に収め、回収した。

 そして領主は、ソフィアが連れてきた兵士達に呆気なく拘束された。

 これが、交易都市を揺るがした『ファゴットの乱』の顛末だった。


 その後、逮捕されたセオドアは、法廷に引きずり出されることとなる。

 ソフィアの計らい通り、判事達は完全にレジスタンス側の味方で、レオナルドは市民の代表としてセオドアの悪行の数々を証言台に立って訴えた。

 ルークもまた、盗賊団との癒着や権力乱用などを証言し、セオドア元領主の必死の自己弁護も虚しく、彼は有罪判決を貰ってしまったのだった。

 爵位を剥奪されたセオドアは監獄へ収監されることが決まり、ファゴットの街から遠くへと運ばれていった。

 代わりに新たな街の領主として、今までレジスタンスを纏めて来たレオナルドが市民によって選出された。

 彼は恐縮しながらも、これまでの苦しい生活の分を取り戻すべく、市民のために交易都市を再建していくと公の場で約束した。

 カイザーが唱えた連合国思想にも通ずるもので、市民達からは歓迎の拍手でもって迎えられた。

 これらが僅か一週間程の間に目まぐるしく起こり、戦いの疲れも落とせぬままに関係者は走り回った。

 これで無事、キラ達にかけられた指名手配も解かれ、大事な記憶の鍵である宝剣もキラの手に戻ってきた。

 事態が一通り終息した後、一行は英雄として熱烈な歓待をファゴットで受けながら疲れを癒やした。

 ディックはリカルド達と一緒になって毎日昼間から酒を飲んでは酔っ払って騒ぎまくり、時々度が過ぎてはギルバートに鉄拳制裁を食らうのだった。

 ようやく面倒な事務手続きなどを終えて戻ってきたソフィアは、浮かれている一行を呼び集め、今後の方針について話すことにした。

「その剣、強力な防護魔法がかけられていて、私の工房の設備では解析できそうにないの。だから更に北の、ドラグマ帝国の魔法大学を目指すつもりよ」

「魔法……大学?」

 キラは聞き慣れない単語に首を傾げる。

「簡単に言うと、魔術師を養成する学校ね。大陸内に何箇所かあるのだけど、ドラグマの魔法大学がここからだと一番近いわ」

 魔術師ギルドが管理する魔法大学は、世界各地から優秀な魔術師が集まり、日夜魔法の研究と新人の育成に励む専門機関だ。

 設備も当然、最高級の物が揃えられており、そこならば強固に守られた魔法剣の解析も可能だとソフィアは言う。

「けど、この剣って本当に魔法剣なんでしょうか?前の領主さんが剣を抜いた時は、何も起こらなかったらしいんですけど……」

 キラは半信半疑に自分の抱える剣を見つめる。

「ワシもこの目で見たぞ」

「ああ、俺も見た。必死でブンブン振り回してたよな」

 ギルバートとディックが口を揃えた。

 ルークもその場に居たのだが、意識が朦朧としていて、あまり当時の状況をよく覚えていない。

「うーん……ただの宝剣ということはないと思うのだけど……。こればかりは、魔法大学で調べてみないことには分からないわね」

「その魔法大学ですが、ドラグマ帝国は10年程前に統一されて以来、鎖国しているのでは?入国できるんですか?」

 ルークの指摘はもっともで、大陸北方一帯を支配するドラグマ帝国は今、国境を封鎖したまま不気味に沈黙を保ち続けている。

 南下して領土を増やすでもなく、かと言って他国の侵略があれば圧倒的な戦力で叩き出す。

 外交もほとんど行わず、何がしたいのかよく分からない国、ということで有名だった。

「その点なら問題ないわ。魔法大学があるのは帝国領の南部、国境線に近い場所よ。それに、魔法大学は国際機関として魔術師ギルドが噛んでいるの。あそこだけは、他国からの人の出入りを拒めないわ」

「『魔法大学に行きたい』と言えば、ある程度なら国境を通してもらえる、ということかのう?」

 ギルバートの言葉に、ソフィアは頷いた。

「そもそも、あそこは私が魔法を学んだ学校でもあるの。あそこに限れば、出入りは割と簡単よ?」

「へぇー、ソフィアさんが通っていた学校なんですか!」

 俄然興味が湧いたキラは、思わず身を乗り出した。

「決まりですね」

「うむ、決まりじゃな」

 懸念も払拭され、魔法大学を目指さない理由はなくなった。

 ルークとギルバートは行き先に納得し、頷いた。

「ま、ようやく先に進みそうだよな。俺学校ってどうも苦手なんだが、別に俺が勉強しに行くわけじゃないし、いいか!」

 能天気なディックの後に、メイも続く。

「ドラグマなら慣れてるし、行けるよ」

 方針は決まったが、一行はもうしばしの間ファゴットに留まった。

 バッシュ暗殺の依頼の達成報告に街を離れているユーリの合流待ちと、傷の治療のためだった。

 療養中に、街の中でも一番いい宿の一番いい部屋をあてがわれたキラ達に、面会を願い出る人物が居た。

 新たな領主となったレオナルドだった。まだまだ事務手続きなどで忙しい身でありながらも、会いに来てくれたのだ。

「この街の市長として、改めて感謝を。あなた方のおかげで、ファゴットの街は救われました」

 身なりを整えた彼は疲れからか少々やつれて見えたが、目には希望の光がらんらんと輝いていた。

 何せ念願の領主打倒を果たし、ようやく街を本来あるべき姿に戻そうというところまで持ってこれたのだ。

「いえ、これは市民の皆さんの頑張りの成果でしょう。私達はそれに力を貸しただけに過ぎません」

 ルークは謙虚にそう返した。

 キラ達が盗賊団を追ってこの街に来るそのずっと以前から、レオナルド達民兵は領主と戦い続けていたのだ。

 ルークの頭脳と、ソフィアの交渉が勝敗を別けたのは事実だが、あくまで剣を取り戻し指名手配を解くという、自分達の目的と利害が一致したから手を組んだに過ぎない。

「何より、あなた方の旅の邪魔をし、戦いに巻き込んでしまって本当に申し訳ない。これは心ばかりですが、私共市民一同からの、謝罪と感謝の気持ちです」

 そう言ってレオナルドは、銀貨の詰まった袋を差し出した。

 まだ財政が落ち着かないファゴットの街の予算から、必死に削り出したものだった。

「いえ、そんな……」

 傭兵が受け取る報酬としては相場なものだったが、ルークは思わず恐縮した。

「いいじゃねぇかよ、もらえるモンはもらっとこうぜ!」

 それに異を唱えて、嬉々として金を受け取ったのはディックだった。

 袋を開けて中身を数え、「うひょー!」と思わず声を上げる。

「すみません、今はこれが限界でして……。また旅の途中でファゴットを訪れた時には、宿や食事は無償で提供させて頂きます」

 レオナルド達も生活が苦しい中で出し合った金だということは想像に難くないが、感謝の気持ちを無下に突き返すのもかえって失礼というものだ。

 それに、これから北のドラグマを目指すにあたって、何かと路銀も必要になってくる。

「ありがたく頂戴するわ、市長様。もし困ったことがあれば、リリェホルム家に相談して。もちろん、周辺の領主もあなた達の味方よ」

「こちらこそ、世話になったのう。旅の資金として使わせてもらおう」

 ソフィアとギルバートは路銀の重要性を既に考えており、はしゃぐディックから金の入った袋を取り上げると、パーティ共有の財布の中へと加えた。

 自分達の事情もあったとは言え、この報酬をもらうだけの働きはした。

「重ね重ね、ご助力ありがとうございました。またこの街を訪れてくださる時を、皆で心待ちにしております」

 レオナルドも多忙の身、秘書に次のスケジュールを急かされ、時間に追われるように宿を後にする。

「大丈夫でしょうか……」

 心配そうなキラを、ルークがなだめた。

「苦しいレジスタンス時代を切り抜けてきた方です。この先、よい街を作ってくれるでしょう」

 トムソンの一件で分かったことだが、中央でカイザーが起こした革命の波はまだ地方にまで行き渡ってはいない。

 新体制が布かれた今もなお、トムソンのように悪政を働く領主がちらほらと居るのだろう。

 それを考えれば、いずれは悪徳領主は討伐対象となりレジスタンスに勝利が訪れていたかも知れない。

 だが民衆のための政治を行うというカイザーの意向を反映させるためにも、今回の戦いは避けて通れない道だった。

 何はともあれ激戦を制した一行は、ルークを始めとした怪我人の治療を行いつつ、宿泊中に思う存分いい宿で出されるいい料理で腹を満たし、湯汲みで汚れを落として、柔らかいベッドで身体を休めた。

 そうして数日が過ぎ、キラはリハビリのために街を歩くルークに付き添って宿から出ていた。

「ルークさん、大丈夫ですか?どこか痛いところは?」

 キラは彼の容態をとても心配していた。

 戦いが終わって戻ってきたルークが、全身傷だらけの重傷だったからだ。

「ええ、もう歩くくらいならば問題ありません。アルベールさんの治療薬のおかげもありますね」

 領主との決着がついた後も、アルベールはしばしファゴットの街に留まり、傷付いた民兵や傭兵の治療を手伝っていたのだった。

「錬金術、って言うんでしたっけ。凄いですね……」

 記憶を失っているとは言え、キラは初めて目の当たりにする錬金術の効果に驚きを隠せなかった。

 あれだけボロボロだったルークが、日に日に回復していくのだから、無理もない。

 すると、二人はちょうどその話題のアルベールが、通りの露天で買い物をしているところに居合わせた。

「あ、アルベールさーん!」

 キラが手を振りながら声をかけると、向こうも気付いたのか振り向いた。

「ああ、お前達か」

 そう言うアルベールが左腕に抱えていたのは、露天で買った焼き立てのパンの入った紙袋だった。

「傷の治りはどうだ?」

「お陰様で、もう歩ける程には回復しました」

 ルークはそう言って頭を下げる。

 一方アルベールはと言うと、キラの側へと視線を移していた。

 彼の鋭い目が、キラが腰のベルトに帯びている、領主から取り戻したという宝剣を見つめる。

(さて、得物は無事に返ってきたわけだが……)

 視線に気付き、首を傾げるキラに向けて、アルベールは鋭く言い放つ。

「構えろ」

「えっ?!」

 アルベールは言うが早いか、左手に紙袋を抱えたまま突然右手で抜刀し、そのまま剣の切っ先をキラへと向けた。


To be continued

登場人物紹介


・ルーク

奥の手、見たきゃ見せてやんよォ!

実質自爆なんですがそれは(困惑)

死ぬほど痛いぞ。


・セレーナ

お前に足りないもの、それは――

情熱、思想、理念、頭脳、気品、優雅さ、勤勉さ!

そして何よりも――速さが足りない!!

こうして、セレーナはバクシン教への入信を決意した。


・ソフィア

魔法(政治力)でフィニッシュ。

ほとんど出番なかったくせにオイシイところだけかっさらっていく。


・トムソン男爵

今回の元凶、悪徳領主。

追い詰められて魔法剣を持ち出したはいいが、使い方が分からなかったためあえなく御縄。

この後?豚箱行きSA★

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