第15話 『レジスタンス』
盗まれた宝剣を追って大都市までやってきたキラ達。
だが街には大きな罠が待ち受けており……。
新たにユーリを雇い、黒蜘蛛団の目的地と思しき都市へとキラ達が進路を向けてから、早くも3日が経過した。
敵の奇襲を警戒していた一行だが、結局あれ以来盗賊団が襲撃を仕掛けてくることもなく、無事に夜を過ごしていた。
目当ての街が目前に近付く中、一行は馬車から降りて並んで街道を歩いていた。
長い上り坂であり、馬の負担を減らすためにも各自自分の足で歩いているのだ。
一応周囲を警戒しながら足を進めているが、今のところ特に異常もなく、長閑な風景がただ続いている。
周りには同じく荷馬車を引く商人や旅人の姿もあり、盗賊団の目的地とは思えない程に平和だった。
「なぁ、あのユーリって野郎、本当に信用できんのかよ?」
ちょうどユーリは今、馬車の中で眠っている。夜襲に備えて夜の見張りは彼が担当しており、その代わりに昼間はこうして寝ている。
それをいいことに、ディックは今まで抱えていた不満を口にする。
「どうも辛気臭くていけ好かねぇ。何考えてるか分かんねぇし。苦手なんだよな、ああいう奴」
活動時間が昼夜逆転していることもあって、仲間と会話する機会はほとんど持っておらず、ユーリは未だにパーティの中の異物であり続けていた。
本人が寝ている間に、ディックは言いたい放題だ。
「私、あの人がちょっと怖いです」
メイと並んで歩いていたキラも、ぼそりと一言こぼす。
彼女に悪気はなかったが、そのあまりの冷酷さに恐れを抱いていたのも事実だった。
何故ああも躊躇いなく人の命を奪えるのか、キラには理解できなかった。
「無理もねぇよな、初っ端アレだったし。まぁ、あいつは腕はいいと思うぜ?けどよ、態度が悪いよな。何か壁作られてる感じっつうか……」
旅の仲間に加わった後も、一線を敷いて距離を置き続けるユーリ。
その在り方が、フレンドリーながらも厚かましいこの男にとっては、不愉快でならなかった。
「……警戒しているのでしょう」
同じく坂道を歩いていたルークも、その会話に加わった。
「傭兵の中でも、汚れ仕事を主に請け負っていたようですからね。雇い主や味方も、すぐには信用しないのでしょう」
カイザーの下で働いていた時に、その仕事ぶりは垣間見た。
他にも内乱が続くアルバトロスへ侵攻しようとしていた隣国への破壊工作など、表沙汰にできない任務を任されて来たと聞く。
即戦力として安い金で命を張らされ、都合が悪くなれば即使い捨てられる。
傭兵という人種は、友軍やスポンサーにですら、いつ裏切られてもいいように警戒しているのだ。
汚れ仕事専門となれば、口止め料を払うより手っ取り早く口封じをしてしまう例も少なくない。彼はそういう世界の住人だ。
「何でそう分かるんだよ?」
「以前話したように、彼とは一時期一緒に仕事をしていました。彼の技術は……破壊工作や暗殺に特化しています。まるでそのために訓練されたかのように。それを専門に、恐らく相当な場数を踏んできたと見えます」
ルークもかつては皇帝暗殺を狙っていた暗殺者だ。ある程度その道には理解がある。
そのルークからしても、ユーリの気配を殺し、闇に紛れ、一瞬で急所を見抜き、迅速に迷いなくそれを実行するそのスキルは、プロ中のプロと言って過言でなかった。
「ふーん。それで人間不信にってか?そんなにキツい仕事ならやめちまえばいいのに」
ディックは空を仰ぎながらそう言った。
この能天気な男に、傭兵稼業の辛さなど分かるはずもなかった。
やがて、御者の当番として馬車の手綱を握っていたギルバートも御者席の上から話題に参加した。
「あの男の目を見たか?これでも武芸者としてあちこち旅して回った身じゃ。目を見ればそいつがどんな相手か、大体分かる。あれは……冷酷な殺し屋の目じゃ。目的のために手段を選ばず、リスクとなる存在は徹底的に抹殺する。そこに迷いはない」
若い頃、旅の中で何人かそういう人間を目にしたことがあった。
まるで抜き身の剣のような鋭く冷たい雰囲気を漂わせ、人らしい感情というものを感じさせない、それこそ敵を殺す目的で作られたキリングマシーンのような存在だ。
同時にギルバートは、過酷な戦いの中を生き延びる上でそういった人材が必要不可欠であることも知っていた。
時に冷酷な判断を下し、実行できる人間が最低でも一人は居なければ、窮地を乗り切れないこともある。
「へっ、所詮俺達とは違うってことかよ。お友達にゃなれそうにねーな」
ディックのその言葉が全てを物語っていた。
ユーリには絆や仲間意識などというものは存在しない。あるのは契約の遂行だけ。
彼は所詮、ソフィアの雇われ兵であって旅の仲間ではない。
口にこそ出さなくとも、全員がそれを感じていた。
「なら本人が起きている時に、面と向かってそう言ってやることじゃな」
御者席の上からギルバートは、笑いながらしれっとそんなことを言い出した。
「冗談じゃねぇ。俺だって命は惜しいぜ」
冗談を言い合う二人の後ろで、ルークはうつむきながら考えていた。
ユーリが捕虜の盗賊を始末しようとしたあの時、ルークはキラの心が傷つくことを恐れて止めに入った。
だがそれが結局、キラの身を危険に晒すことに繋がってしまった。
キラを守るためには、誰かが非情にならねばならない。しかしそれは彼女の心を傷つけ恐れさせてしまう。
(私は……以前のように冷徹であるべきなのか?それとも、キラさんの側に立つべきなのか?)
暴力の応報が避けられぬ危険な旅に身を置く中で、血を見ることを極端に恐れるキラ。
彼女に寄り添う者として、どうあるべきか。ルークは思い悩んでいた。
揺れ動くルークの思いを他所に、一行は目的の交易都市へと進んでいく。
ついに姿を見せた目的地は、キラ達の想像以上に大きなものだった。
交易都市ファゴット、フォレス共和国の交易路の要として重要視している都市で、行商達がひっきりなしに出入りしては取引を行う大都市である。
平野にそびえるそれは立派な城壁に守られ、大きな門からは絶えず人が出入りしている。
「ほんっとーにでかい街だな。俺の居た田舎とは大違いだ」
ディックの産まれた南部の田舎村では、こんな賑やかで活気のある都市は存在していなかった。
時折訪れる旅人や冒険者からその大きさを言葉で伝え聞いていたものの、幼い頃から脳裏に思い描いていたものと実物とではスケールが違いすぎた。
「昔からの交易の要所じゃからのう。人が集まればそれだけ、街も大きく発展する」
ギルバートの言うように、ここファゴットは長らくアルバトロス領内を行き交う交易路の上に陣取っており、長旅を続ける行商人の宿と、彼らと品物を売買する商店街が合わさり、時代と共に膨れ上がってきた大都市だ。
一行は旅人や商人の列に混ざりながら門に向かって進む。
「アルバトロスの首都も大きかったけど、ここも立派ですね!中もきっと凄いんだろうなぁ……」
歩きながら城壁や門を眺めてはしゃぐキラに、隣で歩くメイも顔を綻ばせる。
キラはまだ大都市と言えばアルバトロスの首都アディンセルくらいしか見たことはなく、しかもアディンセルは革命戦の混乱の中に急ぎ足で出てきたもので、じっくり眺めている時間もなかった。
メイはと言えば仕事柄あちこちで大小様々な都市に立ち寄ったことはあったが、ここまで大規模な街は中々お目にかかったことはない。
「きっと色んな物が売ってるよ」
何せアルバトロス領内のあちこちから行商人が集まる都市だ。各地から珍しい品物も沢山集まってきている。
中には東側の国境を接するロイース王国や、更に北にある教皇領中立地帯から入ってくる珍品もある。それを目当てに、この街を訪れる者も少なくないと言う。
盗賊団のことも忘れてすっかり観光気分に浸るキラだったが、そこに異を唱える声があった。
「……ここの領主には黒い噂が出ている。気をつけることだ」
目を覚ましたのか、馬車で眠っていたはずのユーリは、いつの間にか一行の後ろに来て唐突にそう言った。
「詳しく聞かせてもらえませんか?」
そう言ってルークは眉をしかめる。
火のないところに煙は立たない。しかも裏事情に詳しいと見えるユーリが言うからには、聞き流せない情報だと彼は思った。
「黒蜘蛛団の取引先の一人だという情報がある。盗品の中から珍品を買い取っているらしい、とな」
暗にユーリは、盗賊団と領主との癒着を警告していた。
もし敵が領主と手を組んでおり、味方につけていたら厄介なことになる、と。
「領主が敵かも知れない、ということですか」
「真相は行って確かめる他ない」
そう言い残し、ユーリはさっさと自分の荷物を背負って先に行ってしまった。
観光気分で浮かれていた状況から一変、一行の間には不穏な空気が漂っていた。
だがギルバートやソフィアなどは、これでいいと考えていた。
そもそもこの街には観光で来たのではない。敵を追って来たのだ。
盗賊と領主がつながっている可能性まであるとしたらなおさら、気を引き締めておく必要がある。
「気になる話ね。ここの領主がどういう人物かについても、調べておく必要がありそうだわ」
人の口に戸は立てられず、何かやましいことがあれば自ずと噂は広まるものだ。
現地で聞き込みをしてみれば、先程ユーリの言っていた黒い噂も然り、領主について何か分かるだろう。
「もし本当に領主が盗賊団と組んでいたなら厄介ですね。対応を検討すべきでは?」
領主を敵に回すとなると大問題になる。
相手は何十何百という警備隊を引き連れており、たった数人の旅人で太刀打ちできる相手ではないからだ。
「いざという時は……逃げるというのが現実的な選択肢かのう。盗まれた剣は諦める他なくなるじゃろうが、領主と争って命を落としてしまっては元も子もない」
ルークやメイも、ギルバートの言葉に賛同した。
権力を相手に戦うには戦力が少なすぎる。
それを聞いていたキラは、うつむいて押し黙った。
(どうしてだろう。私はただ自分の記憶の手掛かりを探していただけなのに……。何で今こんなところまでやってきて、領主から逃げる相談なんてしてるんだろう?)
抗い切れない運命の理不尽さ、そしてそれに巻き込んでしまった仲間達への申し訳無さと、いざという時戦力になれず足手まといになるばかりの自分への不甲斐なさが混ざり合い、浮かれた気分はすっかりどこかへ消えてしまっていた。
緊張感を抱きながらキラ達は門をくぐる。
番兵のチェックを受けた後、彼らはすんなりと中へ入ることを許された。
城壁内は想像通り活気に満ち溢れ、大通りの両脇には商店や露天が並び、行き交う人々でごった返している。
その中を一行は緊張した面持ちで進み、まず最初に門に近い場所にある宿で部屋を取った。
宿の一階は酒場になっており、そこの一角のテーブルに各々腰掛け今後の方針を話し合った。
「まずは情報収集からじゃな。盗賊団の目撃情報と、領主の噂を集めるとしよう。それから、いざという時の退路の見通しもつけておかないといかんのう」
年長者のギルバートが纏め役となって、話し合いを進めていく。
「私は市内の魔術師ギルド支部を当たってみるわ。何か情報は聞き出せるはずよ」
ソフィアは魔術師の間では名の知れた賢者の一人。ギルドに立ち寄れば、魔術師達は喜んで手を貸すだろう。
「ワシは城壁付近をぐるっと見て回ろう。警備の甘い場所がないか探ってみる」
「では私も退路の確保に……」
ルークがそう言い出そうとしたところで、ギルバートが止めた。
「お前さんはキラと宿に残れ。いつ何が起こるか分からんからのう、用心するんじゃ」
場合によってはここは敵地の真ん中だ。後詰めと言う程のものでもないが、拠点となる宿に残る人手も必要となる。
キラの身の安全の確保も欠かせないため、ルークは用心に用心を重ねてそれに同意した。
「ディックとメイの二人は手分けして聞き込みを頼む。何か質問はあるかのう?」
ギルバートがそう聞くと、早速ディックがわざとらしく右手を上げ、冗談めかしてこう言った。
「はーい先生!ユーリ君がいませーん!」
彼の言う通りで、門の前で一人先に行ってしまったっきり一行はユーリとは別行動だった。
一緒に宿も取らなかったし、もちろんこの会議の場にも居ない。
「ふぅ。どこかで先に情報集めをしているのだと思うけれど、一応ついでで探しておきましょう。見つけたらこの宿の場所を教えてあげて」
ため息をつきながら、ソフィアはそう言った。
「他にないか?では行動開始じゃ。日暮れ前にまたここに集合しよう」
ギルバートの一声で一同は一斉に席を立ち、外回りの面々は宿の外へと出かけて行った。
「よっしゃ、任せとけ!待ってろよキラちゃん、必ず役立つ情報を吐かせて来るからな!」
最後に振り向きながらキラに手を振るディックを見送り、宿に残ったキラとルークの二人は、階段を登り三階の部屋に向かった。
特にキラは馬車を使ったとは言え、この間の旅路でかなり疲れており、ベッドに身体を横たえるとそのまますぐ眠ってしまった。
ルークは彼女を側で見守りながら、外の様子を警戒しつつ仲間の帰りを待つことにした。
やがて日が傾き、集合の時間が迫る。
そろそろだと思ったルークはキラを起こし、一階の酒場へと降りて行った。
テーブルには既に聞き込みを終えたディックとソフィアが席についており、残りのメンバーを待っている状態だった。
「お待たせ」
間もなくしてメイが戻ってきた。
一言挨拶すると、彼女は一行が使っているテーブルにつく。
ギルバートが合流したのも、そのすぐ後のことだった。
「遅くなってすまんのう。途中でユーリと合流して、裏通りの酒場を回っておったら遅くなってしまった」
そう言ってギルバートも席に座り、その後ろに続いてきたユーリも同じく腰を下ろした。
これで全員集合となり、それぞれが今日一日の成果の報告を始める。
「ではまずワシから話そうかのう。城壁を一通り見て回ったが、やはりどこも隙がない。脱出する場合は門を正面突破する他ないじゃろう」
領主が敵に回りいざ逃げ出すとなった場合、かなり厳しい戦いになる恐れがあるということだった。
一同それに頷くと、今度はソフィアが話し始める。
「魔術師ギルド支部で話を聞いてきたわ。盗賊団の所在は掴めなかったけれど、領主についてはよく聞けたわ。セオドア・トムソン男爵、非常に評判が悪いそうよ。この街の主な収入は宿と交易の取引税らしいのだけれど、年々その税率を上げて住民を苦しめているそうなの」
深刻な表情で彼女は続ける。
「逆らう者は警備隊をけしかけて公開処刑……。魔術師達は口を揃えて『最悪だ』と話していたわ。どうやら体制は旧帝国時代から変わっていないそうなの。一応、中央の革命には賛同する意思を示しているようなのだけれど、実際の行いは真逆ね。新政府の監視がここまでちゃんと回っていないということらしいわ」
彼女の不吉な報告に、メイも続く。
「それ、酒場でも聞いた。皆怒ってたよ、『トムソンなんざクソくらえ』って」
メイが語るように、この街の領主はお世辞にも人がいいとは言い難いようだ。
それに続き、ギルバートも口を揃えた。
「裏通りの酒場でも大体同じようなものじゃな。その点に関して、ワシより先に聞き込みをしていたユーリ、お前さんの方が詳しいんではないかのう?」
話を振られたユーリは、ゆっくりと話し始める。
「盗品売買の噂の裏は取れた。黒蜘蛛の連中も確実にこの街に入っている。恐らくは取引のためだ」
ユーリがどこから情報を仕入れて明言しているか一行には見当もつかなかったが、真っ当に生きていれば一生関わり合いにならないところだろうという予測はつく。
「盗賊団はまだ街を出てはいないのですね?」
「ああ。どこかに潜伏している」
盗賊団が市内にいるのなら、ここでようやく追いついたということになる。
うまく領主と事を構えずに剣だけ奪い返せれば、一行は目的を達せられる。
「で、お前さんはどんな収穫があったんじゃ?」
ギルバートは最後にディックに尋ねた。
しかし彼は歯切れ悪く答える。
「いやぁ、それがさ……。何も。気合い入れて全力で聞き込みしてたんだけどさ、だんだん避けられていくような感じで……」
一行には、戦いの時と変わらぬ勢いでまるで食って掛かるかのように人々に物を尋ねるディックの姿が目に浮かぶようだった。
力み過ぎなのが問題なのだと一同内心で思う中、ギルバートが苦笑しながら言った。
「それでよく街のチンピラに絡まれなかったのう。お前さんは運がいい」
それぞれ報告を終えたところで、ソフィアはひとつ咳払いをして纏めに入る。
「コホン。まず、盗賊団はまだこの街の中に居る。出て行く前に発見すればチャンスはあるわ。これはいいニュース、で悪い方は……領主ね。悪政を敷き、街の住民からは反感を買っている。盗品売買に手を染めていて、盗賊に味方する可能性もある。万が一は無理せず逃げ出すこと。このくらいかしら」
盗賊団に追いついたはいいが、不穏な領主の存在にキラ達は表情を険しくする。
「事を荒立てずに、目的の剣だけ奪い返すことじゃな。もし剣が領主の手に渡っていたら厄介なことになってくるがのう……」
「ひとまず今夜は休憩して、明日行動を開始しましょう。剣だけ取り戻したら戦わずに逃げればいいだけの話です」
最後にルークがそう締め括る。
頷いた一行は、そのまま夕食を摂ると明日に備えて部屋で眠ることにした。
この間盗賊団の追跡で忙しい旅を続けており、全員疲れが溜まっていた。
のろのろと階段を登って三階の部屋に辿り着くと、それぞれベッドに倒れ込むように横になった。
「あぁ、やっぱ宿のベッドっていいよなぁ。野宿とは雲泥の差だぜまったく……」
馬車や土の上とは違う柔らかで温かい感触が身体を包み込み、ディックだけでなく全員の眠気を誘う。
各々睡魔に身を委ね、程なくして眠りが訪れる。
疲れた身体をゆっくり休める一夜になる、はずだった。
宿の外から大声で叫ぶ、警備隊長のがなり声を聞くまでは。
「この宿に指名手配犯が滞在しているとの通報を受けた!全員直ちに表に出て来い!さもなくば火を放つ!」
街中に響き渡りそうなその怒声を聞いて飛び起きたキラ達は、慌てて装備を掴むと窓の外に目をやった。
宿の前には警備隊の衛兵達がずらりと勢揃いしており、そのうち先頭の列の何人かは言った通り松明を掲げている。
どうやら本当に宿屋に火をかけるつもりのようだ。
その様子を見た一行は思わずそれぞれ顔を見合わせた。
恐らく彼らの言っているのは自分達のことだろうが、指名手配など身に覚えがない。
「どうなってんだよ。俺何もしてねーぞ?」
「……盗賊と手を組んだ領主がけしかけた可能性もあります」
険しい表情を浮かべたルークがそう呟く。
「どうする?打って出るか?」
そう尋ねるディックに、ルークは判断し難いと首を振る。
「キラさんもいます。荒事は避けたいところです」
「そうも言っていられないようだ」
突然、廊下の方に目をやっていたユーリがそう言った。
「連中、裏口から侵入してこっちへ向かってきている。見かけた者は全員殺しているところからして、生かして捕らえる気はないらしい」
「何でそんなことが分かるんだよ?でまかせ言ってんじゃ……」
まさかとキラ達が窓の方を見やると、勧告通り素直に宿を出た宿泊客は次々と警備隊の手にかかって殺されている。
表も裏口も完全に固められており、逃げるに逃げられない状態だ。
「先手を打たれたようじゃのう」
この宿に泊まっている者全員を無差別に抹殺するつもりだと気付いた一行は、ここをどう切り抜けたものかと顔を見合わせる。
「悩んでいる暇はない。来るぞ」
ユーリが腰の剣を抜き放つのとほぼ同時に、部屋のドアが蹴破られて警備隊が突入を開始する。
彼らが手に持つ剣は、既に他の哀れな犠牲者の血で赤黒く染まっていた。
そして他の犠牲者にしたのと同じように、衛兵はキラ達を見るなり襲い掛かってくる。
「くそっ、問答無用かよ!」
仕方なしにそれぞれ武器を抜き、警備隊に応戦する。
と言っても狭い宿の一室でのこと、大型の長柄武器を扱うメイは主武装ではなく非常用の小剣を抜いて戦った。
閉所でしかも乱戦であるため、長柄武器を振り回すスペースはなく、味方に当たる危険性もあったからだ。
「キラ、そばについてるからね!」
恐怖で固まるキラにそう声をかけつつ、彼女を庇うようにメイは短剣と体術で兵士の前に立ち塞がる。
その点、ディックは長物である槍を完全に持て余してしまい、しょっちゅう天井や壁に穂先を引っ掛けてうまく戦えないでいた。
「まずいぜこれ!どーすんだよ?!」
倒しても倒しても、兵士は次々と扉からなだれ込んでくる。
一体どれだけの兵員をここに割いたというのだろうか。
キラ達は徐々に部屋の奥へと追い詰められ、立ち回る空間すら失いつつあった。
「窓よ!窓から飛び出すの!」
何を思ったか突然、ソフィアはそう叫ぶ。
「ここは三階ですよ?!」
ルークは驚いた。
人間はおよそ二階の高さから落ちても死ぬ。
身軽なルークやユーリ、頑丈なギルバートやメイはまだいいとして、キラやソフィアはまず無事には着地できないだろう。
「私が魔法で何とかするから、今は跳んで!」
他に逃げ道もなく、ギルバートは闘気で硬化させた拳で窓ガラスを叩き割る。
そして一行は、ソフィアの言葉を信じて一斉に窓から飛び降りた。
その間にもソフィアは魔術書を開いて呪文を詠唱する。
キラ達がそのまま落下し地面に激突するかと思われた瞬間、ソフィアの術が完成した。
地面から上空へ吹き上げる突風が巻き起こり、落下の勢いを緩和させる。
「うおぉ?!」
「いたたた……」
全員折り重なるように地面に落ちたが、無事だった。
メイの下敷きになったディックが呻き声をあげる。
「メイ……重い、どいて……」
「あ、ごめん」
一行がそれぞれ立ち上がると、着地した先は表の警備隊の包囲のちょうど外側だった。
「賊が出てきたぞ、殺せ!今すぐに!」
警備隊長はキラ達を見るなりそう叫び、命令に従って兵士たちは武器を手に次々と襲い掛かってくる。
陣形を整える間もなく、待った無しの乱闘が再開された。だがもうここは屋内ではない。
真っ先にメイは戦斧を構え、目の前に迫っていた兵士目掛けて振り下ろす。
初手はかわされたものの、メイはすぐさま斧を下段で横薙ぎに振り払う。
足元をすくわれた兵士達は次々と転倒し、そこへ本命の一撃が下された。
甲冑を着ていても致命打となり得る戦斧の一撃を受けて、無事で済まされるはずもない。
続いて矢面に立つメイに側面から攻撃を仕掛けようとする敵に、今度はソフィアが魔法の矢を次々と撃ち込む。
その矢の嵐を掻い潜ってきた兵士に、ディックが猛然と突撃し、とどめを刺していった。
ギルバートもメイと並んで敵の攻撃を食い止め、ユーリは剣から弓へ持ち替えて後方から援護する。
「キラさん、無事ですか?」
「は、はい」
その間にルークはキラを抱き起こし、前線から引き離した。
「このままでは負けます!脱出しましょう!」
恐れていたことが現実になった。もはや逃げるしか手段は残されていない。
剣の奪回を諦めたルークは、キラの命を最優先に街からの脱出を提案する。
「俺が先導する。こっちだ」
弓で敵兵を射抜きながら、ユーリは下がって移動する。
キラ達は考える猶予もなく、それに続いた。
最後にソフィアが照明に使っていた魔法の灯火に一気に魔力を注ぎ込み、目眩ましの閃光を放つ。
眩い光で敵兵が怯んだ隙に、キラ達はその場から逃げ去った。
「追え!一人も逃がすな!」
逃げる一行の後を警備隊が追跡する。
静かだった夜に、慌ただしい追走劇が始まる。
どこまで逃げても敵兵はしつこく追いかけてきた。
けたたましい警笛と、甲冑が擦れ合う金属音、大勢の足音がキラ達の背後に張り付いてくる。
「おい、こっちで合ってるのか?!門からどんどん離れてくぞ!」
ユーリが向かったのは、一番近い正門とは全く違う方向だった。
街のより奥深く、寂れた裏路地へと入り込んでいく。
路肩には物乞いが何人も座り込んでおり、ユーリはその中の一人の老人の前に立った。
「おお、あんたじゃったか。腹は決まりましたかな?」
「相談次第だ。一旦匿ってくれ」
ユーリがそう言うと、老人は一行を裏路地の片隅、建物の影へと招き入れた。
意外な展開に困惑しつつも、キラ達は促されるままにボロ布で身を隠し、浮浪者に紛れ込んだ。
すぐに追手の警備隊がやって来て、周囲を捜索し始める。
「おい、爺さん。この辺りを武装した集団が通らなかったか?」
兵士の一人が、物乞いの老人に尋ねる。
「はてさて、見たような見なかったような……。何か恵んで頂ければ思い出せそうですじゃ」
「ふん、いいだろう」
そのやり取りを聞いたディックは槍を持って立ち上がろうとするが、それをユーリが押さえ込んだ。
「武装した怪しい連中なら、ここから西へ向かって行きましたよ」
「そうか、狙いは西門か。急げ、今ならまだ追いつく!」
身を潜めるキラ達が固唾を呑んで見守る中、警備隊は偽の情報に従ってそのまま西へと走っていく。
「ほら、褒美だ」
そう言って兵士は去り際に、老人に銅貨一枚を投げてよこした。
警備隊が走り去り、裏路地に再び静寂が戻る。
敵の気配がないことを確認した一行は、恐る恐る物陰から這い出した。
「い、一応味方ってことでいいのか、このジジイ?」
ディックの言葉に、老人は深く頷き、笑った。
「ワシだけではないとも。さあ、こっちですじゃ」
老人に案内され、キラ達は更に路地の奥、入り組んだ道へと足を踏み入れた。
そこは華やかな表通りとは全く別の顔、貧民街が広がっていた。
痩せこけた住人達は生気がなく、病院に行く金のない病人、怪我人が路肩に転がっている。
「私達はどこへ向かっているのですか?」
ある程度察しはつくが、ルークは仲間全員に分かるように説明を求めた。
「この街には領主に抵抗するレジスタンスが存在する。念のために協力を取り付けておいた」
先に街に入ったユーリは、領主と事を構えた時に備えてレジスタンスと密かに接触し、根回しをしていたとのことだった。
領主に反発する市民によって結成されたレジスタンスは貧民街を拠点に活動しており、今は領主と戦うための戦力を欲していると言う。
ユーリは傭兵として戦列に加わって貰えないかと話を持ちかけられ、その場は独断で決められないと保留にしておいたらしい。
「旅の方々、皆さんが加わって下さるのならばワシらも協力しましょう」
「領主と戦えと?それは……」
老人の言葉に、ルークも躊躇した。
目的は剣を取り返すことであって、悪徳領主の討伐ではない。
これ以上キラを危険な目に遭わせることは避けたかった。
そうこうしているうち、一行は貧民街の奥の教会へと案内された。
一見何の変哲も無い教会だが、老人が床を持ち上げると地下への隠し通路が現れた。
「この先どうなさるか、ワシらの長と話し合ってくだされ」
地下は意外と広く、そこがレジスタンスのアジトとして使用されていた。
蝋燭の火が照らす中、雑多な武器を持った民兵達に迎えられ、キラ達は奥の会議室へと通される。
そこで待っていたのは、レジスタンスのリーダーを務める男だった。
金髪のその男は見た目は平凡ながら、その瞳には強い決意が感じられる。
「よく来て下さった。私はレオナルド、レジスタンスの長をしています」
彼はそう名乗ると、一行に席に着くよう促した。
「あなた方の事情は大体、ユーリさんから聞いています。盗まれた剣を探しているとか。今夜の襲撃も、領主トムソンの差し金でしょう」
「ならば既にお聞きかと思いますが、私達は剣を取り返すためにここに来ました。ですが領主と争うことになるならば、諦めて脱出する予定です」
ルークが一行を代表して、方針をはっきりと表明する。
何よりもこの旅は、キラのためのものなのだ。
記憶を探す手掛かりの剣を失うのは痛手だが、不用意に戦いに巻き込んで死なせてしまっては本末転倒になる。
「この街を出るおつもりなら、その手助けはできます。ですが恐らく、脱出できても何の解決にもならないでしょう」
「それはどういう?」
レオナルドの言葉に、ルークは怪訝そうな顔で聞き返す。
「あなた方の全員が、トムソンによって指名手配リストに加えられました。アルバトロスの領内に居る限り、追われることになります」
キラ達は驚いて思わず各々顔を見合わせた。
剣を取り返されないよう元の持ち主を消したいのは分かるが、果たしてそこまでするものだろうか。
だがレオナルドの話が本当ならば、このままでは一行は旅を続けられない。どこへ行ってもお尋ね者として追われる身となる。
首都のカイザーに話を通せば誤解は解けるだろうが、犯罪者の言い分を聞き入れて国家元首に話を通してくれるような警備隊が存在するとも思えない。
「聡明なあなた方ならお分かりのはず。旅を続けるためには、領主を倒して汚名返上するしかありません。我々としても出来る限りのサポートはします。ここは利害の一致と言うことで、共に戦って頂きたい」
するとここで、それまで黙って話を聞いていたソフィアが口を開いた。
「ひとつ聞きたいのだけれど。『領主を倒す』と言うけれど、それを正当化する手筈は整えてあるのかしら?何もないなら、反逆罪で裁かれることになるわ」
悪政を敷いているとは言え、セオドアは腐っても領主であり貴族。
それを平民が殺害したとなれば、罪に問われることは避けられない。
「それは……。中央政府にかけ合ってみる予定です。我々の言い分が聞き入れられるか保証はありませんが。ただし、責任は我々民兵にあるものとして、皆さんにご迷惑をおかけするつもりはありません」
つまるところ、仮に領主を倒してもその後は出たとこ勝負ということだ。
ソフィアはひとつ嘆息をついた。
「それに関しては力になれそうよ。私が周辺の領主に働きかけて、この街での反乱を”正当なもの”として認めさせるわ」
「そんなこと、できるんですか?」
キラは思わず尋ねた。
いくら魔術師の間で著名な賢者と言えども、領主とかけ合うなど簡単にできるとは思えない。
「私の実家、リリェホルム家は結構名の知れた名家なのよ。その名前を出せば取り合ってくれるはずだわ」
「あんた、貴族だったのかよ?!」
意外な事実にディックは元より、他の面々も驚きを隠せない。
「書状を書いても、代理では門前払いでしょうね。だから私が直々に出向くわ。街から出るだけならば可能なんでしょう?」
「何と!それはありがたい。警備隊に見つからずに街から出るルートならあります。馬車と護衛の者数名をつけましょう」
想定外に舞い込んだ幸運に、レオナルドも表情を明るくする。
「残る問題は私達がどうするか、ですね」
ルークは改めて仲間達に向き直る。
戦えないキラの身柄はレジスタンスに預けることになるだろう。
だが連合軍に任せた時とは違い、今回はどこまで安全が保証されるか分かったものではない。
ソフィアが周辺の街の領主に働きかけるだけでも、大きな助力だ。
無理に戦わず、ソフィアと一緒に街を出てしまうという手もある。その方が安全だと言えるだろう。
「俺は領主の野郎をぶちのめす。キラちゃんの剣も取り返さないといけないからな」
真っ先に意思を表明したのはディックだった。
領主と争うことの危険性などほとんど頭に入っていないのだろうが、彼は彼でキラのことを考えての方針だった。
「俺も残らせてもらう。黒蜘蛛はまだこの街を出ていない。首領を追うなら街の中だ」
黒蜘蛛のリーダーの首を狙うユーリも、先に請けていた仕事を優先する意向を示す。
彼はまず、盗賊団の首領を討ち取らねばならないのだ。
「ワシは脱出した方がいいと思うのう。キラの身の安全を考えるなら、街に留まるのは危険じゃ。話が通れば近隣諸侯がトムソン討伐軍を編成するじゃろうし、剣の奪回はその後でもできる」
「そうだね、そう思う」
ギルバートの慎重な意見に、メイも同意する。
「私も同意見です。時間はかかるでしょうが、ソフィアさんの力があれば領主はいずれ倒せます。ここは安全策を取るのが……」
多数決で脱出する方針に決まりそうなその時、キラが声を上げた。
「待ってください!私のことなら大丈夫ですから、この街の人達に手を貸してあげてもらえませんか?」
意外な一言に、一同の視線がキラに集まる。
「ここへ来る途中に見た人達……皆、痩せ細って辛そうでした。私は戦うことはできないけど、何とかしたいって思うんです。剣のことはもういいんです。でも街の人達を放っておけない、そう思いませんか?」
キラは必死に仲間に訴えた。
自分で戦えない不甲斐なさに引け目を感じながらも、胸の奥から湧き起こる正義感に身を委ねた。
「彼女は我々が全力で保護します。領主を倒した暁には僅かながら報酬も出します。どうか、我々にご助力頂きたい」
畳み掛けるようにレオナルドがそう言う。
これには戦いに反対していた面々も困ってしまった。
やがて、ため息をつきながら帽子のつばを掴み、ギルバートが口を開く。
「……これは、キラよ、お前さんの旅じゃ。お前さんがここに残ると言うのなら、ワシもそうする」
それに続いて、メイも力強く頷いた。
「私もついてる」
最後に残されたルークは、改めてレオナルドに向き直り問うた。
「本当に、キラさんの身の安全を約束して頂けるのですね?」
「いざとなれば、この身に代えても」
レオナルドは強い決意を込めた眼差しで、ルークを見つめ返す。
その言葉に偽りなしと判断したルークは、ゆっくりと首を縦に振る。
「わかりました。私も戦いに加わります」
そのやり取りを周りで見ていた民兵達は一斉に湧き立った。
中央の革命で活躍した英雄が共に戦ってくれるという心強さに、皆士気が高揚していた。
「あなた方のご厚意に感謝します。約束通り、彼女のことは我々で守り抜きます。皆さんには憂いなく全力で戦って頂きたい」
レオナルドは笑みを浮かべながら深々と頭を下げた。
「そうと決まれば、早速書状ね。紙とペンを持ってきてちょうだい」
アジトの中の民兵達が慌ただしく動き出す。
革命の英雄に、名家の貴族の協力。どちらも彼らにとって明日の希望に繋がるものだ。
今度こそ勝てる、という確信を胸にしたレジスタンス達の表情にも活気が戻ってくる。
「またわがまま言ってごめんなさい。私、戦えもしないのに……」
「いえ、いいんです」
申し訳なさそうな顔をするキラにそう言いつつも、ルークは内心複雑な心境だった。
(キラさんは、優しすぎる。私には眩しいくらいに)
この調子で旅の行く先々で厄介事に首を突っ込んでいては、いくら強力な仲間が守っても守り切れないかも知れない。
どこかで彼女には妥協点を見つけてもらいたいとルークは考えていた。
同時に、そんな彼女の優しさがギルバートやディック、メイと言った仲間を惹き寄せているのだろうとも。
キラ達がレジスタンスに加わる決意を固めたちょうどその頃、街の片隅の酒場には柄の悪い男達の集団が集まっていた。
粗暴ながらも街のゴロツキとは格が違う、隙の無い身のこなし。
彼らこそ、この辺り一帯で名を馳せる凶悪な盗賊団『黒蜘蛛』の一味である。
「いやぁ、今回はいい値で売れやしたね、お頭!」
上機嫌な盗賊達に囲まれて、その中央に堂々と腰掛ける一際体格に優れた男、彼こそが盗賊団の首領だった。
猛獣のようにギラつく眼光に、傷痕だらけの顔。誰から見ても堅気の人間には見えない。
「まあ今回のは男爵の方から『手に入れてこい』と依頼してきたシロモノだからな。金払いもよかった」
トムソン男爵との取引が上手く行った彼らは、景気良く上物の酒を煽っていた。
だが部下達が浮かれて騒ぐ中、首領だけが難しい表情を浮かべて何やら考え事に耽っていた。
「どうしたんです、お頭?何かまずいことでもあったんで?」
「どうも腑に落ちねぇんだ。あの、いつも値切って来るケチの男爵が、たかが宝剣一本にあれだけ奮発したんだ。よっぽど欲しかったと見える……」
首領の言う通り、トムソンは盗品を買い取ってくれるのはいいものの、支払いを渋ってギリギリまで値切ってくるのが常だった。
それがどうしたことか、今回の仕事に限っては金に糸目をつけないと言い出した。
この時点で、彼の鼻がきな臭い臭いを感じ取っていた。
するとそこへ、神妙な面持ちの部下が酒場へ戻ってきた。
彼は酒に手を付けず、一直線に首領の元へと向かう。
「どうだった?」
「やっぱりお頭の睨んだ通りですぜ。俺達が売ったあの”ブツ”……相当にヤバいもんです」
不審に思って領主に物を売った後、その周辺を探らせていた盗賊が、調べた限りの情報を首領に耳打ちする。
報告を聞いた彼は、口元を釣り上げて不気味に笑った。
「通りであの男爵が大枚叩いて欲しがるわけだ。俺も欲しくなってきたぜ、その”魔法剣”がよ……!」
「するってぇと、男爵から買い戻すんで?」
「馬鹿かおめぇは!」
盗賊の顔面に首領の拳がめり込んだ。
「あんなモン、一度手に入れたら死んでも手放すかよ。欲しい物は力尽くで奪う、それが俺達盗賊の流儀じゃねぇか!」
「た、確かに!でも、つまりは男爵を襲うんですかい?」
恐る恐る尋ねる部下に、首領は自信満々に頷いた。
「そうだ、次の獲物は男爵だ!奴を締め上げて魔法剣を奪う。そんで、今まで値切られた分のツケも全部支払ってもらう!この黒蜘蛛のバッシュ様に奪えねぇ物なんざねぇんだよ!」
今日に至るまで取引先として付き合ってきたトムソンだが、もう用済みだと首領のバッシュは宣言する。
「あの魔法剣さえあれば俺様は無敵になる……。ギャングなんぞに怯える日々とはおさらばだ。盗賊の頂点、盗賊王になるのはこのバッシュよ!」
野心の炎を瞳に宿し、バッシュが立ち上がる。
そしてそれに続く黒蜘蛛の盗賊達。
ここに、キラと旅の仲間、領主トムソン男爵、そしてバッシュ率いる黒蜘蛛が、剣を巡って奪い合う三つ巴の構図が誕生した。
To be continued
登場人物紹介
・キラ
街の人が可愛そうだから戦いましょう。けど私は戦いません。
主人公、只今姫プレイ中。
・ソフィア
賢者得意の大魔法・政治力炸裂。
お前いいとこのお嬢様だったのか。
結局この時代、家のコネが全てなんだよなぁ……。
・ユーリ
陰キャなせいで仲間からも嫌われる。まあそうなるな。
一応、レジスタンスの協力を取り付けたりと仕事はしてくれるぞ!
・レオナルド
ダ・ヴィンチじゃない方。
勇敢な素人だけど、人を焚きつける口先はそれなり。
扇動するのは上手いけど強さは……そう、まあ、そうね……。
・バッシュ
盗賊団のボス。君そんな名前だったの?
こいつが変な野心起こしたせいであーもう滅茶苦茶だよ。