恐怖! 超人エックス出現! その7
廃ビルへと入るなり解るのは、意外に中は広いという事だった。
ただ、単に開いていると言うよりは、誰かがそうした様にも見える。
数階建ての建物なのだが、床がブチ抜かれ、階段の類は見えない。
その様は、縦に大きな箱と言える。
電気は通ってないのか、灯りの類は見えないが、その代わりに屋上すらも抜かれて居るからか日光が射し込んでいた。
「はぁ、こら趣が在りますなぁ」
とりあえずと、良は軽い感想を漏らす。
ただ、カラッと小石か何かが落ちる音がした。
「誰だ! 其奴らは!」
そんな声と共に、暗がりから何人かが姿を見せる。
それだけでなく、全員が腕を武器へと変えた。
相手の反応に、舌打ち混じりに構えを取る。
「…っ…やっぱり罠か」
このままでは、また始まり兼ねない。
其処で、良は慌てて両手を広げる。
「おいおいおい、ちょちょちょ、待てって」
目的に関して言えば、人捜しであり、殺し合いではない。
行き掛かりの末に、多少の交戦は起こってしまったが、それは仕掛けられたからである。
で在れば、無益が戦いは避けたい。
良が止めようとしたからか、仲間を担ぐ二人もいきり立つ面々へ顔を向ける。
「待って!」「違うんだよ!」
焦る声に「何がだ!? 仲間がやられたんだろ!」と反応が返る。
事実、良に投げ飛ばされた一人はぐったりとしたままであった。
「ソレは……先に、私達が仕掛けたから」
「それに、この人は……あの日皆の為に戦ってくれた人なんだ!」
なるべく短時間で事情を説明しようとしたのだろう。
意外な事に【この人】という単語には周りの面々もざわつく。
「え? あの人が?」
「化け物と戦ってたあの人か」
どうやら、以前に世界中へと拡散した動画は有名らしい。
但し、此処で問題なのは、その目線は良ではなく、橋本へと向いている。
お洒落に頓着が無い良とは違い、橋本は身嗜みは行き届いていた。
「あれ? 俺……なんだけど」
かつて起こってしまった化け物騒動の際、世界中へと拡散されたのは変身後の良である。
が、面々が見ているのは、変身前の橋本であった。
元の顔の造りが違い、どちらかと言えば、橋本は端正な顔立ちなのだ。
武器と変えていた腕を、元へと戻すなり、一人が顔を覆う覆面を取った。
「すまない。 まさか、あの人だなんて知らなくて……」
「そっちの冴えない兄さん、止めてくれてありがとう」
一応は争いを止めようとしたからか、良にも声が掛かる。
それに対して、橋本は思わず口を手で覆った。
「冴えないって……ちょっと、橋本さん?」
「篠原……お前……すまん」
肩を揺らしている事から、笑いを堪えているのは見て取れる。
余りの扱いに、良は頬を膨らませたかった。
*
この際、橋本か良のどちら側が有名なのかを競っている場合ではない。
ともかくも、意外な程に謎の超人達は二人を迎えてくれた。
そして、何故だか仲間を担ぐ二人は建物の奥へ奥へと進む。
「おい、良いのかよ、医者連れて行かなくて」
自分でやってしまったという以上、良にも負い目がある。
そう思うと、一刻も速く治療をするべきと言いたい。
「此処に医者なんて居そうもないが」
廃ビルである以上、お世辞にも小綺麗とは言い難い環境に、橋本は素直か感想を漏らす。
「大丈夫、奥にはマスターが居るから」
一人はそう言うが、何が大丈夫なのかと問い正したい。
ぼそりと漏らされた【マスター】という単語もまた気掛かりと言えた。
程なく、橋本と良は廃ビルの最奥へと辿り着く。
其処で二人は、思わず目を丸くしてしまった。
「なんだ……」「……アレは」
良と橋本だが、困惑しか出来なかった。
廃ビルの奥底に潜むモノ。 ソレは、一言で言うならば【巨大な餅】である。
まるで誰かが、思い付きで大きな餅を作り上げ、其処へポンと置いたとしか見えない光景。
「マスター! 怪我人が出てしまって」
「助けてください! マスター!」
仲間を巨大な餅の前へと下ろす二人。
そんな声に呼応したのか、餅が揺れ始める。
「なんや……またかいな?」
果たして、何処から声が出ているのかは定かではない。
だが、確実に餅は喋ったのだ。
「なんだぁ? 餅が喋ったぜ」
思わず、そんな本音が口を突いて出てしまう良。
それに対して、餅が少し動く。
「おん? お客はんかいな、ちょっくら待っててくださいや。 ちょお、コッチ何とかせないけんので」
訛っているのか、微妙に言葉遣いが怪しい餅。
何とかする言う事から、経緯を見守る良と橋本。
にゅっと餅の一部が伸び上がる。
伸ばした先が尖ったと思った途端に、それを仰向けに寝かされた者へと突き立てた。
「あ!?」
「お、おい!」
すわトドメを刺したのかと、慌てる二人に対して、餅が揺れる。
「あー、まぁまぁ、ちょっくら見とって」
怪しげな見た目に似合わず、やけに間延びした口調である。
刺したという緊迫した状況に似合わない。
程なく、伸びていた餅の先が細くなり、終いにはプツンと千切れてしまった。
以前にも、似た事を良は見ている。
その際には良は拘束されてしまったが、今回は違った。
千切れて餅の一部は、倒れる者の腹の中へと入っていってしまう。
余りの事に、場の空気は固まった。
数秒後、ピクリともしなかった少年の身体がピクリと動く。
急に息を吸い込んだと思った途端に、激しく咳き込んで居た。
「よっしゃ、それでとりあえずは大丈夫やろ」
何処で周りを見ているのかは定かではないが、餅には周りが見えているらしい。
息を吹き返した一人を、担いで来た二人が左右から支え立たせる。
「マスター、では」
「おうおう、お客はんのお相手はしとくわ」
相も変わらず呑気な声に、良も橋本は動けない。
自分達が見ている光景は余りに理解とはかけ離れていた。
場に残ったのは、巨大な餅が一つ。 そして、改造人間が二人。
「さてさて……で、用はなんでっか?」
見た目を除けば、どうやら餅に敵意は無いらしい。
それどころか、来客に応じる姿勢すら在る。
「……えーと」
あまりの事に、良は何から言えば良いのかが頭からすっ飛んで居た。
尋ねるべき事は山ほど在るが、どうにも喉に引っ掛かる。
当惑する良に代わり、橋本が口を開いた。
「なぁ、あんた……誰なんだ?」
とりあえず、先ずは相手を知ろうとする橋本。
問われた餅はと言えば、プルプルと少し震えた。
「誰っちゅーか、あんさん達の方こそ誰でっか?」
またしても、場の空気が固まった。
当たり前なのだが、改造人間と餅の間に交流関係は無い。
別に敵対関係でもない以上、居丈高になる必要も無かった。
「えーと、どうも、篠原良です」
先ずはと、良が自己紹介から始める。
すると、餅が少し動きを見せた。
僅かだが、表面に変化が見られる。
「……ほぉん、あんさんが……篠原良でっか?」
まるで確認するかの様な餅の声に、良の鼻がウンと唸る。
「え? 知ってるんすか?」
「はいな。 まぁ、御高名はかねがね伺っとります」
どういった経緯にて、餅が良を知ったのかは定かではない。
「俺……別に名前売りした覚えが無いんだけど?」
「あんさん、アレでっしゃろ? 改造人間っ……ちゅーモンでは?」
餅の一声に、橋本と良が僅かに一歩足を引いた。
名乗った憶えは無く、もしかしたらかの超人達の誰かが話したという可能性も在る。
だが、やはり警戒心が先に立った。
「それ、何処で聞いたんだい?」
幾分か、声が低くなる橋本。
今はまだ敵対しては居ないが、いざという時の備えでもある。
橋本の声に、餅がヌルリと動く。
「そないにコワ~い顔せんでも宜しいでっしゃろ? あんさん、確か組織から抜け出した御方では?」
やはりというべきなのか、餅は橋本に付いても知っていた。
こうなると、いったい何処からそれらの情報を得たのかを知りたくなる。
「なぁ、俺ら名乗った憶えが無いんだが、何故知ってるんだい?」
尋ねよされば見出さん、という言葉も在る。
応えてくれるかは別にしても、尋ねるだけならば可能であった。
「まぁ、アレですわ……コッチもその口ですねん」
「はい?」
餅の答えに、思わず橋本ですら素っ頓狂な声を漏らす。
「や、なんや知らんけど、急に目ぇ覚まして、訳の解らんオッサンとニイチャン居りましてな、わての事をえっくすえっくす呼ぶんですわ。 終いにゃ息子だのと宣いましてな、んなアホな事につき合っとれんと想いましてな」
いきなりだが、餅は身の上話を始めた。
「でまぁ、そんなん知らんっちゅー事で、出られそうなとこから出ちゃったんすわ」
どうにも話がすっ飛んで居るが、要約すれば、餅は橋本と同様に組織からの脱走者であると言う。
改造人間ともまた違う餅では在るが、橋本は肩の力が抜けていた。
ある種の同情すら湧いてくる。
「へぇ、そら大変だったろう」
「いやいや、別に大した苦労やおまへん。 わてはほっそーい所でもスルスル行けますねん」
軽い調子で話す餅。
見た目通りの軟体だからなのか、狭い場所でもお手の物と言う。
しかしながら、どうにも引っ掛かりを良は感じる。
「こんな事言っちゃ失礼かも知れないっすけど、変わってますよね? その、喋り方とか」
湧いた疑問は、解消せねばスッキリしない。
ならば、尋ねて見るのが一番の解決策と言える。
良の怖ず怖ずといった疑問の声に、餅がプルプルと揺れた。