誰も居なくなったソラの果てにて その3
終わり掛けた宇宙の果てで、自分が何もしていない理由を聴かさせる。
納得出来る部分は在れど、良もいつまでも付き合えない。
その先がどうなるかなど知らないが、やるべき事が残されていた。
*
フゥと息を吐いてから、すっくと立ち上がる。
『まぁ、ソッチが色々大変だったってのは……まぁ、解った』
云いながら、良は肩を竦めてみせる。
『で? 神様がわざわざ俺を呼んだ理由ってのは、愚痴を漏らす為か?』
如何なる道筋を辿ったのか、興味は残るが、ソレを聴いているだけの時間が良には無い。
既に、最も重要な【とどのつまり】は聴き終わっていた。
良の質問に、色の無い良は静かに笑う。
「そういうせっかちな所は、あんま変わんねーみたいだな」
『おうよ、三つ子の魂百までってな』
果たして、見える自分が何歳なのか残るが、本人がマトモに数えているのか怪しい上に、知ったところで何か出来る訳ではない。
『話しは終わりか?』
良からすれば、仲間の事が気掛かりである。
今どうして居るのかを確かめる術は無いのだ。
「本当はな、俺と代わって欲しいって想うんだが……」
在る意味では、魅力的な言葉である。
特に何の代償も無しに、身代わりに成るだけで【力】が手に入る。
恐らく、やる気さえ在れば全ては可能なのだろう。
仮想現実でも、全てが可能では在るが、今度は現実すら改変が出来る。
身代わりに成りさえすれば、良はもはや敵は居なくなる。
文字通りに神の力を顕現させても無双は出来るだろう。
山を持ち上げ、海を割り、星を砕く。
しかしながら、そんな事は力の浪費でもある。
そもそも戦いに赴く必要が無い。
何故ならば、相手を消してしまえば良い。
【初めからそんなモノは居ない】という事すら可能だろう。
唐突に居なくなる所の話ではなく、誰も知りもしないという世界への改変。
理を書き換える事ができれば、全てが変えられる。
それこそ、太陽が西から登らせる事も出来れば、空の色を青から赤へとも変えられる。
だが、色の無い自分にはその在るべきモノが窺えない。
見えるのは、悠久の時に疲れ果てた顔であった。
『前にも答えたが、俺の答えは……知ってんだろ?』
良の声に、力無く首が縦に振られる。
「あぁ、知ってる」
笑ってこそ居るが、その顔は酷く寂しげに見える。
『なぁ、ビッグなお世話だろうが、こんな所に燻ってねぇで、どっか行ったらどうだ?』
想うこと全てが可能で在れば、何処へ行くにも自由であると想像は出来る。
何時、何処へ、別の宇宙や違う世界線へと、悩む事もなく、迷いもしない。
良の言葉に、白い良はやはり苦く笑っていた。
「色々出来るように成るとな、余計なモンまで見えるし、聞こえんだよ。 例え、ソレが聴きたくないし見たくないことでも、な」
出された言葉が、神と同等にも関わらず、独りで居る答えなのだろう。
その気に成れば、良の知ってる誰かをその場に呼び出す事も難しくはない。
文字通り、呼べば直ぐにでも現れる筈である。
実際、良はいきなり宇宙の果てに放り出されていた。
出来る筈にも関わらず、それをしない理由の一端を語っては居る。
誰かを呼び出すだけでなく、新たに作り上げる事まで可能だろう。
呼ぶのが嫌ならば、或いは本物そっくりな複製品を出せば良い。
事はそれだけに留まらない。
何でも出来るという事は、全てを変えられる。
それこそ見た目から性格であれ、思いのままに。
但し、果たしてそれが自分に出来るのかと言えば、良は出来ないと思った。
もしも全知全能の神が居て、ソレに出来ない事が在るかと問われれば【したくない】事だろう。
出来る出来ないではなく、したくないからしない。
『便利過ぎんのも、難儀だな』
「だろ? ホントにそうさ。 物事なんてのは、思い通りに成らないからこそ面白いんで、なんでもかんでも出来る様に成ってみりゃ解るが、そんなモン面白くもねぇ。 直ぐに飽きが来る」
果たして、どう声を掛けるべきかを良は悩んだ。
見える自分は全てが可能にも関わらず、楽しそうな色は無い。
やろうとさえすれば、何もかもが出来るにも関わらず。
それどころか、燃え尽きた様に真っ白である。
恐らく、一言【帰らせてくれ】と頼めば、それは可能だろう。
来た時と同様に、瞬く間に帰れる筈である。
だが、それをするとなると、ただ独り残される自分が気に掛かった。
その終わり方がどうであれ、死ぬという終わりが生き物には来る。
事実として、その残骸が足下では固まっていた。
如何様な死に様であったかを知るのは難しいが、見えなくはない。
それらの自分とは違い、白い自分は死ねるのかという疑問が残る。
全てが可能で在れば、死のうとすればそれは出来るのか。
『つい想ったんだが、その、なんだ……』
自分に【死ねるのか?】と問うのは気が引ける。
但し、良が思った時点で、白い自分は笑っていた。
「……死ねるかって? あぁ、出来なくはねぇさ」
やはりと云うべきなのか、良は良の胸の内を知っていた。
読心術という術が使えると言うよりも、全ては見え、聞こえているのだろう。
「数えるのも馬鹿らしい時間を過ごすんだ。 そら試して見たくなるだろ?」
言葉から察するに、どうにも既に試した事があるという風に聞こえる。
何もかも可能にも関わらず、それに絶望し死を選ぶ。
「でもな、結局の所、俺は此処に居るんだ」
そう言うと、白い目がソラに浮か真っ黒な穴を眺める。
「ドデカい鉄砲で頭ぶち抜こうが、爆弾抱えて粉微塵に成ろうが、恒星に飛び込んで蒸発しようが、あの穴に飲み込まれても、やっぱり俺は此処に居る」
そんな自分の声は、良にしても恐ろしさが在った。
何をしようとしても、死ねない。
死なないとは、一見する分には凄い事かも知れないが、逆に言えば、無限に苦しみが続くという事に他ならない。
昔の本で読んだ言葉を、良は思い出していた。
死にたくても死ねないから、考えるのを止めるという。
「どうすりゃ、終われんのかなぁ」
果ての宇宙の放り出された自分は、終わりが無いからこそ、終わりを捜し求めていた。
神と思しき自分の愚痴に、良はフゥと息を吐く。
御為ごかしならば、耳障りの良い言葉を幾らでも言える。
だが、それは救い足り得ない。
『終わらないってんなら、足掻き続けるしかねぇだろ?』
どれだけ失敗しようとも、何度でもやり直せるなら、続けるしか道は見いだせない。
『諦めて何もしないってのも手だろうが、つまんなくねぇのか?』
どれだけの時間と世界を白い自分が渡って来たのか、良はそれを知らない。
本人の談からすれば、それこそ飽き果てる程にそうしたのは解る。
それでも、良の声に対して笑いが漏れていた。
「つまんねぇさ、なんせ、此処にゃあ、なーんも無いんだからな……」
そう言いながら、チラリと窺えば、良が纏う赤い布に染め抜かれた【不撓不屈】の文字が目に入る。
ソレは、白い良が忘れ掛けていた【誓い】でもあった。
莫大な力を手に入れ、世界の波に揉まれる内にすっかりと擦り切れて消え掛けた文言。
「……だからって、座ってても、何もなんねぇよな」
言葉と共に、椅子から立ち上がる。
それだけでも、果たしてどれぐらい振りか忘れる程であった。
普通の人間ならば、数時間も座っていればそれだけで立つ事は困難だろう。
にも関わらず、何の淀みも無く動けるのは【そうしたい】と良が思ったからだ。
「悪かった……つい、愚痴っちまってさ」
『良いさ、誰だってそういう時もある。 神様ってのにもな』
白い自分とは違い、良には相手の心は見えない。
ただ、少しだけ違いが見えていた。
「まだ生きてんだ。 だったら、戦わなきゃなぁ」
何の色も無かった筈が、僅かだがそれが戻った様に見える。
うっすらとだが、目の色が変わっていた。
『でと、俺は戻ったらどうなるんだ?』
短い質問だが、其処には様々な意味が込められている。
果たして、消えた時も全く同じ時に戻れるのか。
もしくは、あの戦いの行く末は。
そして、自分はどうすべきなのか。
それらの胸の内の想いは、云わずとも伝わる。
だからか、色が戻りつつある自分は目を閉じていた。
「ま、あんまりネタバレしても良くねぇからな。 一つだけ忠告してやるぜ?」
一端言葉を句切ると、閉じていた目が開かれる。
「楽じゃあねぇぞ?」
そんな短い答えにも、其処には複雑な意味が込められていた。
此から良が行こうとしている道程は、忠告される程に辛いという事に他ならない。
それでも、在る意味では有り難い啓示とも言えた。
何故ならば【其処へ行けば死ぬ】という警告ではないのだ。
楽ではないが、歩けないとも云われていない。
単に【酷く辛く苦しい】というだけである。
『そうかい? だったら、その先は自分で見てみるわ』
行き着く先を尋ねる事も出来るが、それは止めて居た。
聴けば対処は可能かも知れないが、試練が一つだけとは云われていない。
また、全てを聴いて試行錯誤をしないというのも辛いモノがある。
良の答えに、やはり良が笑う。
「ま、ソッチもしっかりやれよ? 見守ってやるからさ」
それが単なる労いか、それとも手向けなのか。
尋ねるよりも早く、手が良を押していた。
普通に押されただけならば、或いは身体が揺れる。
しかしながら、この時はソレに留まらない。
まるで何かの波にでも飲み込まれる様な錯覚と共に、視界は暗転していた。
*
寝て起きた時。 その意識は曖昧である。
だからか、良は何かが耳元で鳴り響いているのを感じた。
『友よ! どうした!?』
目覚まし時計の音かと想っていたが、実際は違った。
どうやら、必死にエイトが良の中から呼び掛けていたらしい。
見てみれば、まだ自分は世界と世界の合間に居た。
『友よ!!』
『……んぁ、すまん。 で、なんだ?』
『なんだじゃあない! どうしたんだ? 五秒も返事が無かったんだぞ?』
そんな声に、良は目眩がしそうに成った。
果たして、今見ていた何かは夢か幻か、それは本人ですら解らない。
『五秒って……すまねぇ、ちょっぴり……神様に挨拶してたみたいだ』
『神様? 全く何を云ってる! 居眠りでもしたのか? 居眠り運転は事故の元だろう?』
エイトの苦言に、良は思わず兜の中で笑う。
云われた通り、楽ではないのだ、と。




