誰も居なくなったソラの果てにて
以前にも、移送機を使った際、視界は暗転した。
だが、その時とはだいぶ違う。
体感で云えば【放り出される】と云う方が正しかった。
『どわ!?』
ドタンと転がった事から、思わず良は声を漏らす。
ゴロゴロと転がりつつも、バッと手を着いて立ち上がった。
『一体なんだって……んだ?』
見えた光景に、良は絶句していた。
自分は、バスの上で【元の世界】へと戻る筈だった。
その筈が、訳の解らない場所へと放り出されている。
見て解るのは、今居るのはヤケに小さな星であるという事だ。
『あ? なんだ、此処は?』
地球にしては、余りに小さい星。 加えて、何も無い。
山も無ければ海もなく、それどころか、草の一本も生えていない。
『おい? エイト!? おい!?』
何とか事態を把握すべく声を掛けるが、返事は無い。
「よう」
直ぐ近くから、そんな声が聞こえる。
慌てて振り向けば、其処には誰かが奇妙に椅子に座っていた。
先程までは椅子どころか誰も居なかった筈にも関わらず、あたかも以前から在った様に見えなくもない。
『んぁ? 誰だ、あんた?』
「ん? まぁ、ソレは今は別にどうでも良いことだろうな」
不思議なモノで【どうでも良い】と云われると、そんな気がしてくる。
何故そうなのかは、良自身にも解らない。
『あ、でも、俺は……』
「あぁ、知ってるさ。 地球へ戻る所ってんだろ?」
云うより速く、答えが返ってくる。
その答えをくれる人物だが、不思議であった。
頭から目深く覆いが被せられている為、顔が窺えない。
唯一、口元は見えては居るが、見えるのはソレだけだった。
『おい、此処は何処なんだ?』
「此処か……まぁ、分かり易く云えば……終わり掛けた宇宙、かな」
そんな声に、良は慌てて辺りを見渡す。
『終わり掛けた宇宙だ? 何だってそんな……』
すると、ずっと遠くの空の方に、有り得ないモノが見えた。
全てを吸い込む真っ黒な穴の様な周りを、光が必死に足掻く様に回る様。
『あ、れは……ぶらっくほーる?』
実物の画像が世界に広まった事はあるが、それは不鮮明なモノに過ぎない。
今、良が見ているのはより鮮明な姿だった。
「そうだ、所謂ブラックホールって奴さ。 結構デカい奴だがな」
端的な説明だが、良には理解が及ばない。
そもそも、何故訳の解らない場所に独りきりで放り出された挙げ句に、仮説の天体を見上げて居るのか。
『おい、やべーんじゃ……』
研究者の発表によれば、黒色のソレは全てを吸い込んでしまうと云う。
捕まったならば、光ですら逃れられない。
「直接入ったらそうかも知れないが、もう一個在るからな。 まだ、当分は大丈夫だよ」
要を得ない説明に、良はよく見てみる。
すると解るのは、真っ黒な穴が少しずつだが月の如く移動していた。
「此処はさ、二つの間に在るからな、丁度良いだろ?」
何が丁度良いのかすら定かではない。
それ以上に、良には尋ねなければいけない事がある。
『ブラックホールだかなんだか知らねえが、此処は何処だ? あんた誰だ?』
思い付くままに口走ると、謎の人物からは溜め息が漏れた。
「俺が誰かは別に良いが……此処は、遠い遠い未来、遥か彼方の宇宙の果てって所だな」
説明をして貰っても、いまいち良には理解が及ばない。
せっかく世界を出たのに、また別の場所に居る。
『俺は、なんだってこんな所に……つーか、みんな!?』
慌てて、良は辺りを見渡すが、バスが無い。
動揺を隠さない良に、座る人物は小さく鼻を唸らせた。
「悪いと想ったんだが、ちょっとな、話したくて呼んだんだ」
『あ? 呼んだ、だと? あんた誰なんだ!? 神様とか言い出さないよな?』
敢えて最も信じていない例えを取る良に、返ってくるのは「違う」という返事。
「俺は、別に神様なんて上等なモンじゃないさ」
『だったら、誰だ!』
しつこく尋ねたからか、苦い笑いが響く。
「強いて云えば……間違った選択を選んだ大間抜けだよ」
顔を隠す人物が誰なのか、良は気付いた気がする。
にも関わらず、何故かそれが解らない。
『なぁ、俺は……あんたを知ってる気がすんだが?』
「そら知ってるだろ? ただ、俺がそうしたくないからな。 でも、別に知ったところでどうなるもんでもないか」
したくないと云われると、そんな気がしてしまう。
『……で? 俺を呼んだ理由ってのはなんなんだ? 生憎こちとら忙しいんだが』
良からすれば、今すぐにでも仲間の元へと戻りたい。
しかしながら、戻る方法すら解らなかった。
「云ったろ? ちょっと話したいってさ」
『解ったよ。 で、要件はなんだ?』
急ぐ良の声に、顔を隠す人物は僅かに頭を揺らす。
「良かったらなんだが、ちょっと、代わってみないか?」
代われという言葉の意味に、良は唸る。
『それは、俺と……いや、あんた、俺がなんて答えるのか知ってんだろ?』
「そらな、知ってる」
『だったら、なんだってそんな事聞くんだ?』
目の前の人物が、所謂【全知全能】なのかと疑う良。
問われた方は、寂しそうに笑っていた。
「ま、アレだよ。 音楽とか、歌詞とか、全部知ってても、頭の中で響かせるのと直接耳で聴くのは違うだろ?」
噛み砕いた説明に努めては居るのだろう。
云わんとしている事は理解は出来なくはないが、全てを理解は出来そうもない。
「でと、呼んだ理由か。 そうさな、俺とは違う選択を選んだお前を、ちょっと見てみたかったんだ……この目で直接さ」
返答代わりに、良は両手を広げた。
『へぇへぇ、だったらもう良いだろ? さっきから云ってるが俺は……』
少し足踏みをして、足裏から伝わってくる感触に、下を見る。
すると、見えたモノに思わず良は声をあげた。
『……うぉ、おい、コレ』
形こそ丸い星だが、地面である其処は、良の纏う鎧で造られていた。
どれだけの数が在るのかは、定かではない。
「今更気付いたか……そうさ、此処は、お前と云うか……篠原良で出来てるんだよ」
『どういう意味だ!?』
響く怒声に、相手は僅かに首を傾げる。
「どうもこうも無い。 運が悪かった奴、少し間違った奴……色々な篠原良が居た」
居る、ではなく、居た、という過去形の言葉。
つまりは、小さな星が作り上げれるだけの数の良が居た事になる。
その全てが今や動くことも無く、宇宙の果てで一つに固まっていた。
『おい、いい加減教えろ! あんたは……』
今更ながらに、訪ねずとも答えが頭に思い浮かぶ。
だからか、相手も顔を覆い隠すフードを外して見せた。
中から現れたのは、色が無い良であった。
肌から髪の毛、何から何まで、一切の色が無く、真っ白に見える。
「まぁ、コレが間違った俺達の成れの果てって訳だ、奇遇だよな?」
何処かも解らない場所にて、良は自分と出逢っていた。
*
焦った所で、出る方法すら解らない。
だからか、良はその場に座り込んでいた。
自分の上に座るというのも気持ちの良いモノではないが、文句は聞こえて来ない。
『で? 話したい事ってのはなんだ? わざわざこんな所まで呼び出したんだ、理由を聴かせてくれや』
黙っていても事態は進展しない。
そんな良の声に、白い良は笑う。
「どうやったとか、気にしないんだな」
『聞いたら答えてくれんのか? じゃあ聞いてやるが、どうやったんだ? 皆は? エイトは?』
「別に難しい事はしてない。 ただ、俺が呼んだのはお前だけだからな」
呼んだ、とは云うが、良からすれば意味が分からない。
考えただけで、ソレが出来ると云わんばかりである。
『まるで神様だぜ。 で、そんな偉く成っちまった奴が俺に用が在るとは想えないんだがな』
偉く成った、という言葉に、色の抜けた良は苦い顔を見せる。
「どうなんだろうなぁ? 何でも出来るってのは、何にも出来ない、何をしても意味がないって事と同じだろ?」
何も出来ないとは言え、既にこの世界の自分は現に良を呼んで見せていた。
こうなると、他の事も頭に浮かぶ。
『なぁ、そんだけ出来るんなら、真首領とか云うのどうにか成んねーのか?』
思い付いたままに尋ねると、目が窄まるのが見える。
「神頼みってか? らしくねーだろ、んなもん」
云いながら、色の無い目がソラへと向けられる。
宇宙にぽっかり浮いている星の割には、見えるのは回転する二つのブラックホールだけ。
他には何も見えない。
『宇宙の果てってわりにゃ、何も無いな。 星も見えねぇ』
「そらそうさ、この宇宙の全ては、少しずつ消えるように成ってんだ。 だから、彼処に浮いてるのが消えたら、ソレで終わりだよ」
まるで、全ての終わりだと云わんばかりである。
同じ自分ながらも、見えているモノか同じとは限らない。
『そういや、他のは?』
「他……他って云われてもな、此処には俺達だけさ」
言葉に嘘が無ければ、この宇宙には篠原良が二人居るだけという意味である。
『いや、別に離れた所なら……』
「誰か居るってか? 誰も居ないさ。 云ったろ? 此処は、もう終わるんだってさ」
云いながらフゥと息を吐くが、果たして本当に呼吸しているのかは怪しい。
寧ろ、ただ癖としてやっている様にも見えた。
『だいたいよ、何だって出来るんなら、なんかやってみりゃ良いだろ?』
具体的に無色の自分が何をしたいのか、良は知り得ない。
云われたからか、仕方無さそうに、ウーンと鼻が唸る。
「なんか……なんかねぇ……まぁ、例えばこうかな」
程なく、椅子の裏から一匹の何かが現れていた。




