嘘か真か、理想の世界!? その22
数人から求婚とも取れる言葉を受けた良だが、今はまだやるべき事が在る。
それまで、答えは保留であった。
*
倉庫を出た所で、まず目に入るのは移動の要足るバスである。
その姿は、組織の面々が知っている姿とはかけ離れたモノへと変貌していた。
「あの、良さん?」
「うん?」
「アレは……」
元々の改造を担っていたのは博士である。
そんな彼女からすれば、自分が寝ていた間に何が在ったのかは知らない。
そんな博士の質問に対して、首領はと云えば、腕を組んで軽く笑うのみ。
「あ~……まぁ、色々在ってな」
起こっていた事全てを説明出来なくはないが、ソレは、良からすれば武勇伝とは程遠く、話す事が憚られる内容である。
何せ、今話しているリサの偽物が居たなど、本人からすれば気持ちの良いモノではないだろう。
「じゃあ、良さんがしたんですが? あんな改造を?」
疑問は続く。
機械に疎い良に、バスを改造出来るかと問われれば難しい。
無論、社外品の部品を組み付ける程度ならば、素人でも可能ではある。
が、見ただけでそうではないのは明白であった。
車の根本である骨格から、改造はやり直されていた。
見えるだけでも、全てに手が入っている。
博士だからこそ解るのは、その行程の難しさだ。
1から全てをやり直すとなれば、それは途方もない。
大掛かりな設備から、大量の部品と人員が必要になる。
「まぁなんだ、寝てた訳じゃないからな」
素っ気ない一言の説明であった。
逆に云えば、組織の面々が居ない間、良がどれだけ何をして居たのかをバスが物語る。
「そう……ですか」
良が何かを仕出かしている間、リサはずっと夢を見ていた。
僅かな負い目を感じるが、背中をポンと叩かれ、落ちていた顔をあげる。
「気にすんな……それに、誉めてたぞ? 元々弄ってた奴は大した技術者だってな」
誉められれば、悪い気はしない。
ただ、引っ掛かるのは【ソレを云ったのは誰か?】である。
思わず、リサは良の背中を見た。
何時もの様に、飄々とした良だが、僅かに違いが在る。
聴きたいことも在ったが、それ以上に、ヤケに広く見える背中に魅入っていた。
*
発つと決めた以上、まごまごとはして居られない。
何せ、夢の誘惑は強いのだ。
もしも、川村愛が語った様に、長く悩み留まろうとすれば、それだけ夢に捕らわれる確率は上がって行ってしまう。
女幹部にせよ、その誘惑を振り切るべく、バッと腕を挙げた。
「総員! 乗車せよ!!」
果たして、誰が操作しているのかは定かではないが、掛け声に応じてバスの出入り口が開く。
号令に従って、次々に乗り込む戦闘員達。
そんな中、客分の少女はコッソリと良へと寄り添う。
「篠原さん」
「うん?」
「後で良いですから……ご飯奢ってくださいよ?」
少女からのおねだりだが、簡単な様で深い意味がある。
当たり前の話だが、食事を奢ろうとすれば、店が無ければ始まらない。
つまりソレは、【元の世界に帰ろう】という愛なりの声掛けであった。
「わあってるよ。 和食でも中華でもフレンチだって何だって良いさ。 腹がハチ切れるまで食って良い」
この良の声にしても、簡単な口約束で在りながら別の意味がある。
奢るには、先ず帰らねば始まらない。
「やった、約束ですよ? 破ったらそれこそ針飲ませますから!」
良からの返事に、落ちていた少女の気分は高ぶるのか、意気揚々とバスへと乗り込んでいく。
乗り込む面々を見ながら、良は構えを取った。
「……変……身」
静かな掛け声と共に姿を変える。
良の背中に、赤い布が翻るに合わせて【不撓不屈】の四文字も踊っていた。
*
バスの屋根に取り付けられた怪しげな機械だが、コレを動かすには人手が要る。
元々から車体に付けて使用するモノではないからだ。
以前の如く、機械を動作させようとするが、その際、良の耳に僅かに何が鳴る。
『友よ、聞こえて居るか?』
今まで静かにして居たエイトだが、声が聞こえる。
『おー、聞こえちゃ居るが……あれ? 俺のスマホ……ポケットに入れっぱじゃ』
『なぁに、周りに大勢居たからね。 一応は遠慮して居たんだ』
姿は見えないのに、声は響く。
在る意味、今のエイトは【守護天使】という異名に合っていた。
『でも、どうやって……』
『どうやってと云われてもな……あの機器は些か古過ぎた。 だから今は、こっそりと君の中に移らせて貰った』
容量の不足に対して、エイトは確かに【狭い】と苦言を呈していた。
かと言って、勝手に中に入って良いのかと良は鼻を唸らせる。
『まぁ、別に良いけどさ……』
連れて行くと決めたのが自分である以上、文句を云っては始まらない。
ソレよりも、声の理由を知りたかった。
『……でと、なんか在るのか?』
『あぁ、ソレなんだが……どうやら君の中には、別の私が作ったモノが入ってるらしいな』
云われた良は、頭を巡らせる。 すると、ピンと来た。
以前の【首領脱走事件】の際、組織は首領が行方不明に成ってしまい大事に成った。
そして、其処から組織の頭脳である博士は在る品を発注して居る。
元の世界のエイトが造り上げたで在ろう【怪しい発信機】だが、確かに良の中にソレは在った。
『そういや、無理やり突っ込まれたっけなぁ……』
その時の事は、良にしても良い思い出とは言い難い。
経緯はどうであれ、すっかりと忘れていたのは確かだ。
『でもさ、ソレがどうかしたのか?』
問い掛けに対して、ウームという唸り。
人工知能が唸るというのも奇妙だが、エイトは悩んでいた。
『説明する事は出来なくはないが、時間が掛かるぞ、友よ』
『んじゃ、良いかなぁ』
今から説明や講義を受けているだけの時間は無い。
今は、死んだ世界から去ろうとして居るのだ。
『分かり易く云えば……戻れるかも知れないね』
『オッケイ、だったら、確かめて見ましょ』
機器から伸びる線の先を、自分へと直結させる。
次元を超える機械だが、並大抵の動力源では動かない。
だからこそ、良がソレを担っていた。
電力の供給が始まり、移送機が動き出す。
傍目には単なる機器の寄せ集めだが、僅かにソレは光り始めた。
ふと、良はチラリと在る方へと目を向ける。
うっすらでは在るが、最大望遠ならば見えなくもない。
空気汚れが消え失せ、澄んだからこそ遠くの建物が見えた。
墓石とも思しき、巨大な塔。
『友よ? どうかしたのか?』
掛けられる声に、良は小さく首を横へと振った。
『いや、なんでもないさ』
今更云うべき事もなく、残すべき何かもない。
良の声に合わせて、機器の光が強くなる。
『さぁてと……俺に何か出来る事は在るか?』
厳密に云えば、今の良は動力源を担っている。
である以上、ろくに身動きが取れない。
『座標値は合っている……後は……祈る事かな』
細かい説明を省く為か、エイトは機械とは思えない【祈る】という言葉を用いた。
但し、そうは云われても良には祈るべき対象が無い。
神様という存在とは無縁な自分は何に祈るべきか。
『祈れってか? それなら、自分を信じるしかないかなぁ』
『それでも良いさ』
エイトの鼓舞に、良は思わず自分の中で祈って居た。
他の誰でもない、自分へと【帰れます様に】と。
移送機から漏れ出る光りが一層強くなり、ソレは球体に広がる。
悪の組織を丸ごと乗せたバスを包み込むなり、広がった球体も消える。
そうして、最後の楽園から悪の組織は消えた。
*
以前にも、やはり同じ光景を良は見ていた。
果たして車内の面々が同じ光景を見ているのかは定かではない。
世界と世界の間らしい其処は、星が瞬く宇宙の様でありながら、違う。
相も変わらず、赤紫色の粒子が飛び交う中を、良の乗せたバスが飛ぶ。
行き先も解らずに世界を移動するというのも無茶な話だが、しなければ始まらない。
『やっぱ……スゲェな』
蒼空を超え、更にその先の宇宙をも超える。
二度目にも関わらず、良は眼前に広がる光景へと見入っていた。
『エイト……見えるか?』
自分の中に居るという守護天使に声を掛けてみる。
だが、返事は無い。
聞こえて居ないのか、それとも、実際には良は意識が無いのか。
それを確かめる術が無い。
後でゆっくり確かめれば良いと、良はまた目を前へと向ける。
その際、光る粒子の一つが、偶々に良の近くと来た。
思わず、好奇心から手を伸ばす。
以前はすり抜けた粒子の一つが、掌へと当たった。
当たった粒子だが、ソレはまるで何も無い様に良の掌をすり抜けてしまう。
その際、良は在る光景を見ていた。
何処かは解らないが、知っている様な気がする。
其処では、同じく赤い布を背中に翻す自分が玉座に座る光景。
背中の文字だが、背もたれに隠されて窺えない。
粒子が完全に掌から抜けると同時に、良の視界から見えていたモノも消えた。
『……今のは……彼奴か?』
異界にて出逢った自分か、はたまた違う世界の自分なのか。
其処で、良は在る仮説が思い浮かぶ。
見える粒子の一つ一つが、実は全ての可能性ではないのか、と。
誰が何をし、何をしなかったのか。
小さな事で在っても、それは後に大きな変化を示す。
積み重なる選択の全てが、数多くの世界を生み出す。
多次元宇宙というモノは、誰もが作り出せる。
ソレが、良の目には見えていた。
以前の様に、やはり良を乗せたバスは何処かへと向かうのだが、その先は粒子が集まった塊。
集約された可能性が、一つの出口を作り出す、と、そんな風に見えなくもない。
もう少しで、良はその出口へと辿り着ける。
『……悪いな、ちょっと揺れるぞ』
そんな声が、唐突に良の中で響く。
『あ? 誰だ?』
質問の答えは無いが、その代わりに、良の視界が暗転した。




