嘘か真か、理想の世界!? その20
ボタンが押された事に因って、筒に変化が起こる。
あちらこちらから駆動音が響くと同時に、蓋がゴンと音を立てて開かれた。
サッと身を起こし、見てみれば、餅田の身体が少しずつ元の形へと戻ろうとして居た。
「餅田? おい、餅田?」
とりあえず、声を掛けてみると、ブルブルと餅が揺れ出す。
「お、おぉ? れ? 此処は? 餅田帝国の戴冠式っちゅうのが……」
果たして、如何なる夢を見ていたのか、唐突に皇帝に成る筈だったらしいと語る餅田。
「おい、大丈夫か?」
何処が頬なのかは怪しいが、とりあえずペチペチと叩いてみる。
すると、餅田がパッと丸まった。
「すわ!? しの、原はん? あれ? なんでおるんです?」
「なんでって云われてもなぁ、なぁ、餅田」
「あー、はい?」
「何処まで憶えてる?」
良の問いに、餅田はウーン唸る。
「……何処まで、ゆわれても、なんや、バケモンおっ倒して、国のヒーローに……」
やはりと云うべきか、餅田もまた、良い夢を見ていたのだろう。
内容に関して、全てを知っている訳ではないが、其処から出してしまったのは他でもない良であった。
「あーせや、篠原はん、此処何処でっか?」
今すぐ話しても差し支えないのだが、どうせなら全員の前で話したい。
「……ま、ちょっと在ってな。 悪いんだが、少し休んでくれ」
「はぁ、さいですかぁ、まぁ……ほんなら」
未だに夢の余韻が強いのか、餅田の困惑は消えていない。
そして、見えるのは嘆息と落胆である。
実際には、良もまた自分が見ていた夢を忘れては居ない。
それ故に、今の勿論がどの様な気分なのかは尋ねずとも解っていた。
終わらない素晴らしさが、まるで盗まれたかの如く消え失せる。
その喪失感は、胸に穴を空けられた様なモノといえた。
ただ、幸いな事も無くはない。
あくまでも、見ていたのは夢であると言いくるめる事も出来なくはないだろう。
【良い夢だった? 夢は、夢だろう】と。
ソレであれば、組織の者達は誰もが納得はしてくれるだろう。
それこそ、エイトが語った様に、甘い嘘で苦い真実を誤魔化せる。
その事は胸に留め置き、良は次の筒のボタンを押していた。
*
最後の筒の蓋が開かれる。
誰もが夢から解放はされたが、その顔色は優れない。
何故ならば、皆が夢の余韻を忘れられないのだから。
開いた蓋から、アナスタシアが身を起こす。
普段ならば、凛とした女幹部の彼女も、この時は寝ぼけ眼である。
「……ん、え……良?」
「よう、アナスタシア。 目が覚めたか?」
普段であれば、女幹部は首領を名で呼んだりはしない。
それは、彼女が半分夢の中にいる事を示している。
パッと起きるなり、急に抱き付いてくるアナスタシア。
ンフフと、何とも言えない笑いを漏らす。
「……ね、あなた」
「いや、あの、アナスタシアさん? ちょと、起きてくださいよ」
とっくに目が覚めてる良からすれば、実にマズいと言えなくもない。
いつもであれば、他の三人が黙ってなど居ないだろう。
但し、この時ばかりは違う。
組織の面々誰もが、夢の余韻を引きずっていた。
「え、あ? 首領!? て、でも……」
ようやく意識がハッキリして来たらしく、女幹部も言葉がしっかりとして来る。
「お目覚めの様だな」
良がそう言うと、女幹部は頷きこそするのだが、顔からは力が抜けていた。
「……ゆめ……夢だった? 全部? 今までのも……」
そう言うと、アナスタシアは手で顔を覆う。
恥ずかしさで顔を隠した訳ではない。
彼女が肩を震わすのは、素晴らしい夢を壊されたからに他ならず、解っては居ても、見てしまうとやるせない。
慰めるにせよ、方法が思い付かなかった。
*
一応の解放を見ても、組織の面々誰もが浮かない顔を覗かせる。
夢の余韻が無ければ、或いは誰もが驚いただろう。
【此処は何処だ?】【あの機械は何だ?】
しかしながら、誰もそうは叫ばない。
誰もが、夢を忘れては居らず、寧ろハッキリと憶えていた。
意気消沈な組織を見渡す中、良はポンポンと手を鳴らす。
「あー、皆……ちょっと聞いて欲しい」
首領として声を掛ければ、一応は注目される。 ただ、いつもとは違った。
まるで道を見失ったかの如く覇気が無い。
浮かない顔を見ている内に、良は迷ってしまう。
耳障りの良い嘘ならば、幾らでもでっち上げられる。
ああでもないこうでもない、と。
唯一残念なのは、良はそれほど口が巧くなく、そう言った事が苦手である。
であるならばどうするか、話せる事を話すしかない。
「先ず、皆は、夢を見ていただろう?」
良の声に、戦闘員達は顔を見合わせるが、それは幹部達も変わらない。
唯一、動じた様子が無いのは、壮年だけである。
「アレは、其処に在る皆が入れられていた機械が見せていた、仮想現実って奴なんだ」
僅かに困惑の声が聞こえるが、良に顔を向けたのはカンナだった。
「どういう事?」
まだまだ余韻から抜け切れて居ないのか、声が弱い。
飼い主に捨てられ、道に迷う子猫を想わせる。
「カンナだけじゃないんだ。 皆は、憶えているか? 此処へ来た時の事を」
良からの問いに、誰もが考える様な素振りを見せる。
そして、中でも博士がハッとした様に顔を上げた。
「そう言えば……なんか、変なタコみたいなのが来て……」
博士の声に、愛も頷く。
「……そうそう、急に眠く成っちゃって……」
この時点で、組織の面々がどうして捕らわれたのかか解った。
特段に難しい策を弄さず、笑気ガスなり麻酔剤をブチ撒けたのは想像に難くない。
改造人間には通じないにせよ、如何に大幹部であるアナスタシアとカンナでも、あの機械蛸に襲われては抵抗も難しい。
だが、問題は如何に夢に入れられたかではない。
此処から、果たしてどうするか、と云うのが問題であった。
いつもとは違い、覇気が無いアナスタシアが良へと顔を向ける。
「首領……しかし、此処は何処なんですか?」
道に迷ってしまったと言わんばかりの声に、良は息を吸う。
「驚くなよ? なんと、俺達は百年先に来ちまったんだ」
誤魔化す気ならば、もっと気の利いた答えは幾らでもあるだろう。
それでも、嘘を付かないのは良の性格からだ。
嘘に嘘を塗り重ねた所で、事態は良くは成らない。
例え残酷でも、嘘偽り無く真実をぶつける。
「どういう……意味ですか?」
不安げな愛の声だが、それは、無理もない。
いきなり百年先に来てしまいました、と云われれば、困惑するなという方に無理が在る。
誰もが、良に説明を欲していた。
「俺達は、あのバスに乗せた機械で世界を出た。 此処までは良いんだが、どうにも出口がズレたらしくてな、似て非なる世界にきちまったって所かな」
科学的な説明ではないが、良は自分なりに知っている事実を簡潔に伝える。
辿々しい説明だからか、博士がソッと手を挙げる。
「あの、でも、あの機械は……」
「あぁ、アレな……リサ、前に居たところで、俺が居たのは知ってるよな?」
異界の事に付いては、博士も憶えているらしく頷く。
ソレを受けて、良は少し目を伏せた。
云うには、あまり気持ちの良い話でもない
「まぁ、なんてか、この世界にも居たんだよ……俺がな」
云いながらに、良は自分の説明が正しいか迷ってしまう。
厳密に云えば、本来居た篠原良はとっくに死んでいた。
その上で居たのは、自分の複製品であり、然も造ったのは身近な四人である。
「でも、なんで? 良さんが居るなら……」
そう言う博士だが、彼女の頭には【前の世界の良】という名残が在る。
ただ、それは博士の頭の中に居る想像に過ぎない。
実際に会った良からすれば、あの地下の機械を自分とは想いたくなかった。
「……んまぁ、ちょっと一悶着在ってな、ソレは良い……」
在った事全てを語れなくはないが、良にしても話しても気持ち良いモノではない。
重要なのは、此処からである。
「でだ、皆が入ってたあの機械、アレは……仮想現実に入る為のモノなんだ」
自分なりの説明を説く良の声に、今まで黙っていた壮年がフフンと微かに笑う。
「なるほど、実に都合が良いと想っていたが……夢幻の幻術に掛かっていたという訳か」
自分なりの解釈にて、一応の納得をして居るような壮年。
「だが、随分と久しく、妻と息子に逢えた」
見ていた夢の内容は、人による。
餅田の如く、異世界にて英雄を夢見たのに対して、壮年はかつて亡くした家族を思い出していたと云う。
誰もが、夢を思い出したのか顔を俯かせる。
今までも何度となく危機には際したが、此処まで意気消沈した組織を見るのは初めてであった。
「せや、篠原はん」
「おう」
「なんで、ワテら起こしたんです?」
新入り故か、餅田は恐らく誰もが胸に秘めているで在ろう疑問を呈した。
当たり前の事として、ソレが何であれ、人が何かを楽しんでいる最中に邪魔をされれば、良い気分はしない。
良い夢に身を浸して居た面々を起こした以上、良は答えねば成らない。
「コッチの俺に、云われたんだ……喧嘩してぇなら、独りでやれってさ」
落としていた顔を、スッと上げる。
「ホントなら、皆にワリィから起こさないってのも在ったんだが、どうしても聞いてお置きたくってね」
敢えて起こした理由だが、ソレはこの世界の過去に在る。
誰もが、強制されて仮想現実へと入った訳ではない。
それどころか、自ら進んで入っていったという。
だからこそ、良は皆に問いたかった。
「起こしちまっといて、云うのもなんだが……どうしたい?」
急な問いに、誰もが困惑を隠せなかった。




