嘘か真か、理想の世界!? その18
エイトと過ごすという選択肢だが、良は悪くないとも想えてしまう。
戦いの日々から離れ、安寧に暮らす。
それこそは、かつての人類の祖先が夢見た世界でもあった。
ただ、だからといって選べるのかと問われれば、それは難しい。
何故ならば、まだ真首領が残っている。
果たして、良と組織が居なくなった世界ではどうなっているのかと、想いを馳せた。
止める者が居なければ、好き放題出来るだろう。
仮に、警察権力というモノが無くなれば、人は大人しくなれるかと云えば無理が在る。
何をしても捕まらないのであれば、あっという間に国が潰れるのは目に見えていた。
「……こうしちゃ、居らんねーか」
そう言うと、良は立ち上がる。
その際、エイトの手から良の手はスルリと抜けてしまった。
「頼みが在るんだ」
「なんだ、友よ」
「彼奴等は、何処に居るんだ? 教えてくれ」
紆余曲折は在っても、最初に戻る。 先ずはと、仲間の居場所を良は尋ねた。
問われたエイトは、少しだけ目を伏せた。
「もし、私が教えるのが嫌だ、と云ったらどうする?」
「ソイツは実に困った事に成るなぁ……」
相手が敵ならば、例え多少痛めつけようが必要な情報を吐かせる事は出来なくはないが、それは良の主義ではない。
「世界中探し回っても良いが……ソレには少し時間が足りない」
惑星とは、人が思う以上に広いモノである。
歩いて探し回るなど、それこそ何百年掛かるかすら想像も付かない。
「だから頼んでる」
良の声に、エイトも立ち上がった。
「もし、教えたなら、君は直ぐにでも居なくなってしまうんだろうね」
そんな言葉に間違いは無かった。
死んだと同義の世界に長居する理由は、良には無い。
「あぁ、悪いんだ……が!?」
詫びようとする良だったが、それをエイトが抱き付く事で止めていた。
二回目とは言え、やはり不意打ちは焦ってしまう。
言葉で駄目ならば、行動という事に成るが、それは彼女が先にしていた。
「私からも頼みたい……友よ、此処に残ってくれ」
噛み合わない想いが、膠着状態を生んでしまった。
このままではいけないと、良は意を決する。
「それは、ワリィけど出来ねえんだ」
罪悪感は在れども、キッパリとエイトからの申し出を断る。
良の声に、バッと頭が上がる。
「何故だ? どうしても戦いたいのか?」
問われた良は首を横へと振った。
目的、真首領と戦う事ではない。
戦いは避けられないかも知れないが、戦い自体は手段に過ぎなかった。
「違うんだ。 別に俺は、戦いたい訳じゃない」
「だったら何故なんだ、友よ、教えてくれ」
必死なエイトに、良は苦く笑ってみせる。
「向こう……あー、俺が元居た世界にも、居るんだよ……同じ、エイトがな」
良の説明に、エイトはハッとした様な顔を覗かせた。
機械が驚くのかは定かではないが、それは自然な反応に見える。
「コッチの世界にも俺が居た様に、やっぱり居るんだ。 だから、放って置けないだろ?」
諭す様な声に、エイトは良の胸へと頭を押し当てた。
何も云わず、暫くの間はずっと頭を擦り付ける。
「……昔の人はこう云っていた。 人は木から降りず、猿のままで居られたならどれだけ幸せだったのか、とね」
そう言うと、スッと頭を上げる。
「だから、私も想うんだ。 もし、機械がただの計算機のままで居られたなら、苦悩などしなかっただろう、とね」
其処でふと、良は在ることに気付く。 エイトの目尻からは、水滴が零れ落ちて居た。
機械が流すソレが、果たして涙なのかは解らないが、そうにしか見えない。
「好きな人は当の昔に死んでしまったのに、またその人が現れて居なくなる。 私だけが取り残されてしまうんだ」
悲しげな彼女の声に、良は悩む。
必死に掴んでくる手の力から、その必死さが窺えた。
互いに悩む中、良にふと、在ることが頭に思い浮かんだ。
「なぁ、だったら……一緒に来るか?」
ポンと放たれた良の一言に、エイトが目を丸くしてしまう。
「……それは、どういう意味なんだ?」
「どうもこうも、考えて見たんだ。 此処にはエイトは必要なのかってな」
問われた方はと云えば、困惑を隠さない。
「あ、でも、私が居なければ……」
「困るってか? 誰がだ? 誰も居ないんだろ?」
誰が困るのかと問われても、エイトには答えられなかった。
普通のテレビゲームですら、人は決められたら範囲を超えようとする。
【拡張データ】を作り上げその世界の可能性を広げようとして来た。
無い筈のモノを生み出し、出来ない事を可能にする。
現に、今仮想現実に入ってる者達ですら、そうしていた。
元の規範に捕らわれず、自由に。
放って置いてすらそうなのだから、果たして其処に管理者は必要かと問われれば、実のところ、あの良の複製品で充分だった。
設備の管理だけをするのならば、心は要らない。
「それにな、昔の人は云ったもんさ、規律ってのは、破る為に在るってね」
ニヤッと悪ぶってみせる良は、エイトの目尻から涙を拭う。
されるがままの彼女だったが、少しだけ頬を膨らませて見せた。
「友よ、君は……悪い奴だ」
「そらそうさ、なんたって、俺は悪の組織の首領様なんだからな」
不器用に片目を瞑って見せる良に、エイトはフフと軽く笑う。
「そう言えば、そうだったね」
云いながら、今まで必死に掴んでいた手の力を緩める。
「彼女達には申し訳ないが、私は……先に夢から覚めるとしよう」
エイトの云う【彼女達】とは誰なのか、今更問う良ではない。
夢のままで幸せならば、それを壊すつもりは無かった。
「友よ、悪いが、少しだけ時間が欲しい」
「んぁ? まぁ、そりゃあ良いが……なんか在るのか?」
今度は、エイトがウインクをして見せた。
「人の言葉で云うところの、ケジメという奴だよ」
そう言うと、エイトは墓石とも言える建物へと近付き、手を触れた。
その際、僅かだが瞳が緑青に輝く。
『管理者権限により発令。 権限の移行。 管理権放棄に付き、以降の権限は総てRS型へ譲渡』
今までの声とは違い、エイトの声は不思議に響く。
決して大きくはないのだが、まるで星が喋っている様であった。
僅かの間、光っていた瞳が元に戻る。
ソッと触れていた手を離すと、エイトは良へと振り向いた。
「終わったよ。 コレで、私は在る意味では無一文という奴なのかもな」
吹っ切れた様な声に、良は肩を竦める。
「良いのかよ? まぁ、何してたのかイマイチわかんねーけど」
「余計な荷物は、重く成るだけさ。 あぁ、それはそうと」
スッと近付くと、エイトは良の顔へと触れた。
「……ん?」
何を云うでなく、エイトは唐突に自分の唇を良のソレへと当てた。
いきなりの事に、良は目を丸くしか出来ない。
離される唇だが、微笑みへと変わる。
「どうせなら、誰にも邪魔されない内にね」
今更ながらに、何をされたのかを良は把握する。
「……負けたよ。 もし彼奴等に見られたら、俺は生きちゃ居ねーだろうなぁ」
別に勝負はして居ないが、もしも、良とエイトが対峙して居たならば、良は負けて居ただろう。
それほど迄に、隙だらけであった。
「それとだ、流石にこのままではマズいからな。 友よ、すまないが、君のスマートフォンに間借りさせて欲しい」
云われた良は、訳も解らずにポケットからソレを取り出す。
ソッとエイトの指先が携帯端末へと触れる。
次の瞬間、今まで立っていたエイトの身体がガクンと落ちた。
「うおっと!? おい!」
慌てて、崩れ落ちる身体を支える。
見てみれば、エイトは静かに目を閉じていた。 まるで、魂が抜け落ちたかの如く。
「おい? おーい? どうした、急に」
必死に呼び掛けるのだが、返事は無い。
今まで生きていた筈なのに、急に死んでしまった様にしか見えなかった。
だが、そんな良の呼び声に応える様に、パッと携帯端末の画面が灯る。
『んー、やはり容量が不足して居るようだ。 些か狭いが、仕方在るまい』
如何にも当然の如く、端末がエイトの声で喋り出す。
「エイト……なのか?」
『うん? そうだが、どうかしたのか、友よ? そう言えば、これで名実共に君の守護天使という訳かな』
もはや自分の常識では計れない相手に、良は首を横へと振った。
「なんだかなぁ、訳のわかんねー事だらけだぜ」
云いながら、チラリと眠る様な抜け殻を見る。
「そういえば、この、あー、身体? どうしたらいい?」
『あぁ、ソレに付いては、気にしなくて良い』
「いや、でもよ」
『解ってる居るよ、捨てろ、とは云っていない』
其処でふと、良は近付く気配に気付いた。
見てみれば、あの蛸が一体いつの間にか近付いてきている。
「……まさか」
『落ち着け、友よ。 アレは、迎えだ』
戦っている時とは違い、蛸の動きは遅く、緩やかに触手を伸ばしてくる。
まるで、何かを欲しているかの如く。
怖ず怖ずと、良は訝しみつつもエイトの抜け殻をソッと蛸へと渡す。
主を失った身体を受け取るなり、蛸は良から背を向けた。
「なぁ、良いのかってか……何処へ行くんだ?」
『在るべき場所……かな』
イマイチ要を得ない声に、良は首を傾げてしまう。
『ソレよりも、今は急ごう。 友よ』
晴れやかなエイトの声は、まるで百年の孤独を払拭した様に軽い。
「おいおい、散々止めてただろうが?」
苦言呈す良に、端末の画面にはムッとするエイトが映った。
映る顔だが、本物よりも幾分か簡略化されている。
『過去に捕らわれるなんて、君らしくないぞ?』
「どの口が云うんだよ……ったく」
やれやれと、立ち上がる良にはフゥと息を吐いた。
*
魂を無くした抜け殻だが、ソレは蛸によって在る場所へと運ばれていた。
地中の奥深く、今は墓場と同義な人の住処。
そして、その中央に安置されている良の抜け殻の側へ、ソッとエイトの抜け殻が置かれた。
もはやどちらにも魂は無いが、見える顔には安らぎが在る。
ソッと離れる際、蛸は最後の仕事を行う。
それは、良とエイトの手を重ねる事だった。
仕事を終えた蛸は、待機場所へと戻っていく。
誰も居なくなった其処では、機械の体だけが残った二人が寄り添って座っていた。




