嘘か真か、理想の世界!? その17
降りる時よりも、格段に楽に登れる。
何せ鎧には良には理解不能の飛行装置が取り付けられていた。
ただ、快適な空の旅とは行かない。
段々と地下の墓地から離れ、地上へ向かうというのに、良の気持ちは晴れなかった。
*
本人からすれば、何の意味も意義も無い戦いを終え、建物から出る。
ズシンと音を立てて、鎧の足が地に付くなり、正面部が蓋の様に開いた。
だいぶ長い時を過ごしていたのか、昼間だった筈が、既に日は落ち掛けている。
そんな橙色に染まる景色の中に、エイトが立っていた。
先ずはと、鎧から降りるなり、変身を解く。
最初とは違う形で、良は女の姿をエイトと向かい合った。
バツが悪そうな顔を覗かせるが、暖かく柔らかい風が長い髪を揺らす。
「友よ……怒っているか?」
不思議なモノで、そう言うエイトは、まるで飼い主に叱られた犬を想わせる。
ただ、果たして本当にその顔を意識してしているのか、それとも、単純に良の機嫌を取ろうとして表情を操作して居るのか、それは解らない。
如何に作り物とは言え、女の子に怒鳴れる良ではなかった。
怒るよりも、虚しさの方が強いとも言える。
ソレは、死んだ自分を見てしまったかも知れない。
「どうなんだろうなぁ……アイツだったら……怒るのかなぁ」
良の云う彼奴とは、他でもないこの世界の自分であった。
大首領との戦いに付いて言えば、良も忘れては居ない。
【地球の平和の為】といった、俗に言う正義の味方ごっこをした訳ではない。
単に、自分の意地を張り通す為の戦いでもあった。
結果的には、謎の敵から辛くも地球を守り通したとも言える。
「なぁ、聞いて良いか?」
「あぁ、何なら、スリーサイズでも答えるよ」
冗談のつもりなのかは解らないが、エイトの声はヤケに懐かしいと良に想わせる。
何故懐かしいのかは、定かではない。
懐かしさと、侘しさから、良は苦く笑う。
「……ソイツも魅力的だが、今はいいや」
云いながら、スッと顔を上げて目を合わせる。
「どうしてだ?」
具体的に【何を】とは問わない。
良からすれば、筒の中で目を覚ます以前の全てに付いての事が聴きたかった。
問われたエイトだが、今度は彼女が目を下へと落とす。
「もし、多少強引にでも君達を夢に誘わなかったら、どうしていた?」
質問に質問で返すのは、エイトも重々承知ではある。
ただ、質問というよりも、前置きに近い。
「恐らくだが、君の身体を調整が終了次第、直ぐに出て行ってしまったんじゃないか?」
起こって居ない仮定に付いて、答えるのは難しい。
それでも、少し頭を巡らせれば答えは導き出せる。
エイトの云う通り、此処が【目的地】ではないと解った時点で、良と彼が率いる悪の組織は直ぐに次へと旅立っただろう。
未来の技術や、他の事を調べるのは魅力的とは言え、ソレは目的ではない。
「んまぁ……たぶん、な」
恐らくはそうであろうと、良はエイトの声に肯定を示した。
良の声を聴いてか、スッと落ちていた目が前を向く。
「だからだよ、友よ。 私は君達に、いや……君に、居て欲しいんだ」
エイトの声に、良は思わず目を丸くしていた。
「……え?」
聞き間違いでなければ、彼女は良にこの世界に留まれという。
それ自体は、前にも云われたが、直接云われると戸惑いが立った。
「前にも私は言ったが、君に、此処へ残って貰いたい」
そう言うと、エイトは良へと近寄る。
戸惑いが良の動きを抑えて居たからか、苦もなく彼女は良の胸へと収まってしまった。
いきなり抱き付かれ、良は焦った。
「おい、ちょっと……」
振り払おうとすれば、難しい事ではない。
それでも、細い腕はがっちりと良を捕まえている。
「君が望むなら、私は可能な限り何でもしよう。 どんな事でも」
そんな急な申し出に、良は思わず想いを馳せる。
可能性とは、在る意味無限大である。
あれやこれやと出来る事は様々に頭に思い浮かぶ。
世界中を旅する事も、考え得る限りの贅沢をする。
もしくは、胸に収まる美しい彼女と楽しい時間を過ごす。
そして、現実では不可能な事でも、仮想現実に入ればその限界すら突破出来る。
ありとあらゆる事が可能であった。
「どうしたい? どうしたら、君は此処に居てくれる?」
どう、問われて良は答えに詰まってしまった。
今頭に浮かぶのは【如何にしてこの世界を出るのか?】なのだが、それをするとなると、エイトの願いを退ける事になる。
在る意味、良の一番困る事なのだが、彼女はそれを知っているからこそ、そうしていた。
「……参ったな」
死に掛ける程の攻撃に対しても、決して弱音を吐かない良なのだが、女の子からの願いには弱かった。
*
すっかり日が落ち、夜が来る。
あの墓石の様な塔は、その闇夜の中でも淡く光っていた。
まるで、遠くからでも見える灯台の如く。
そして、その下では、良とエイトが腰掛けて居た。
共に肩を並べて座る二人といった風情だが、実情は違う。
片方の良は、世界を出て行く事を望んでいる。
そして、その傍らで座るエイトは、引き留める事を望んでいた。
「……どうしたもんかなぁ」
どんな事でもする。
そうは云われたが、良には特に思い浮かばない。
思い浮かびはすれども、単なる座興に終わるだろう。
例え性交渉を持ち掛けた所で、エイトが嫌がらないのは目に見えている。
そもそも、彼女の身体自体は人の形をした携帯端末の様なモノであった。
やろうとすれば、どんなにムチャクチャな事も出来なくは無い。
ただ、良にそれが出来るかどうかは別である。
あれやこれやと考える内に、ふと、良は在ることを考え付いた。
「なぁ、聴いても良いか?」
「友よ、何が知りたい?」
尋ねるべきか、迷ったが、このままでは何も始まらない。
「そのな、訳を聴かせてくれよ。 何で俺に留まれって言うのかを、さ」
問われたエイトだが、眉を少しハの字にした。
唇は微笑んで居ながらも、困っている様でもある。
「友よ、君は……朴念仁と云われた事はないか?」
逆に問われ、良の鼻がウンと唸る。
「意味はね……頑固で、物の道理が解らない……分からず屋って所だよ」
「あー、まぁ、えーと?」
説明を受けても、いまいち理解したのか怪しい良に、エイトはフゥと悩ましい息を吐く。
「……コレは、彼女達が困っている訳だ」
厳密に云えばエイトは呼吸を必要とはして居ない。
それでも、溜め息がしたくなる。
「ハッキリ言おう、私はね、君が好きなんだ」
遠回りせず、大胆とも言える告白に、良の目が泳ぐ。
「そら、え?」
様々な協力をして貰った事に関しては、良も忘れては居ない。
過去の世界でも、実際に何度となく助けて貰っていた。
「だからこそ、君には何処にも行って欲しくない……そう頼んでいる」
人を縛り付けるには、各種様々な方法が存在する。
手だけを拘束する手錠から、指だけを止める指錠。
または、縄等で縛り付ける事から、全身を拘束衣にて止める事も在る。
実際、組織は良を捕まえる際など、大掛かりな固定台を用意した程だ。
しかしながら、それらのどんな方法よりも、エイトが用いた方法は良には効果がてきめんと言えた。
女の子が困っているなら、助けるという信条を持っている。
それ故に、どんなに大掛かりな仕掛けよりも、良を抑えていた。
「参ったなぁ、ホンっトに」
至極困ったといった良に、エイトが身を寄せた。
少し離れていた距離はもはや無く、身体は触れ合う。
「ほら、肩に腕を回しても構わないよ」
そうして欲しいからか、自分からそんな事をエイトは云う。
普段であれば、良も躊躇ったかも知れないが、この時は思わず願いに応えてしまった。
小柄な身体を抱えつつも、良にはまだ解らない事も在る。
エイトという名前自体も、ついさっき知ったばかりだが、彼女の本質を知っている訳ではない。
存在自体が【人工知能】という事以外、殆ど何も知らなかった。
「あんたなら、何だって出来るだろうに」
果たして、何処までの事が可能なのか、それは推し量るしかない。
何でもすると云った以上、恐らくソレはその通りなのだろう。
そんな全てが可能なエイトが、何故自分に拘るのかを良は知りたかった。
名で呼ばれなかったからか、ソッと小さい手が良の手に重ねられる。
「私だって、本当の所は何でも出来る訳じゃないんだ」
「んなことは……」
「事実、君は私を名前で呼んでくれないだろう?」
云われたからか、良は思わずウッと唸った。
「どうすれば、君は私を好きになってくれるんだろうね?」
実に答えるのに難しい質問であった。
極単純に友人としてならば、それなりの好意を良は持っては居る。
ただ、エイトが求めるモノはソレとは違うモノであった。
「私は……以前に世界を変えてしまった。 だからか、その報いなのかも知れない」
独白とも取れる声に、良は首を傾げるしかない。
そもそも、エイトが何のことを云っているのかすら、解らなかった。
内心では【何の話をして居るんだ?】とすら良は思ってしまう。
ソレが過去なのか、それとも別の世界線の事か、知る術は無い。
ただ、彼女から伝わる寂しさはひしひしと感じていた。
「なぁ、何だって俺なんだ?」
思わず、良はそう尋ねていた。
他に居ないのかと言い掛けたが、それは飲み込んでいる。
問われたエイトは、スッと良へと顔を向けた。
「君だからだよ」
そうは云われても、やはり思い当たる節が良には無かった。




