嘘か真か、理想の世界!? その15
聞こえた【エイト】という単語は、英語の8を意味している。
そして、女も自分を【八番】と語っていた。
其処から解るのは、女の名前がエイトという事だった。
*
部屋に響く残念そうな声に対して、鎧からは溜め息にも似た音が漏れる。
『確かに、取り決めはして在った。 手出し無用と。 しかし、友が傷付けられたと在っては、黙って居られなかったんだ』
意外と言えば失礼に当たると良は想い、口にこそ出さなかった。
ただ、エイトという女は、規律を曲げている。
果たして、機械にソレが出来るのか。
事実として、エイトはそれをして見せた。
~そういうズルをしたくなるほどに、其奴は大切って事か~
響く声は、辛辣とは程遠い。 寧ろ、寂しげである。
何故、そう言うのか、良は未だに理由は知らないが、ソレとこれとは事情が違う。
『……んっんぅ……お取り込み中に、申し訳無いんだが』
巨大な鎧が、咳払いを一つした。
『話し合いも良いが、どうすんだ? まだやるってのかい?』
そう言うと、鎧は自分の胸の当たりをゴンと叩いた。
その動きは、主の動きを忠実に実行する賜物と言える。
形勢は既に逆転して居た。
少し前ならば、良はあのまま電撃で焦がされるか、意識を失い負けていただろう。
しかし、今の良はあの蛸を何体繰り出した所で倒せるのか怪しい。
その答えなのか、部屋にはフンと鼻笑いが響いた。
~そういや、俺に会いたがってたな。 良いさ、来なよ。 直接会ってやる~
声が響くと同時に、床が振動を始める。
最初は、良一人を下ろす分だけ降りもしたが、今度は違った。
なんと床が扉のごとく左右へと割れたのだ。
ただの床だった其処へ、穴が生じる。
見てみれば、其処が在るのか疑いたくなる。
『うわ……真っ暗だな』
思わず、そんな愚痴を漏らす良だったが、鎧の中にフフと軽い笑いが聞こえた。
『友よ、案ずるな。 私が着いている』
聞こえる声に鼓舞され、良を覆う鎧の爪先が穴の縁へと掛かった。
『そらそうだったな、俺には守護天使が居る』
声と共に、鎧は穴へと飛び込んだ。
*
普通に穴に落ちれば、重たい鎧は真っ逆様に落ちていく筈。
その筈が、落ちる速度は緩やかだった。
『どうなってんだ、コイツは?』
理屈は解らないが、まるで落下傘でも開いているかの如く鎧が落ちる速度は遅い。
『超伝導を応用した飛行装置を用いてるんだ』
パッと説明してくれるのは有り難いのだが、鎧さ空中にて腕を組んだ。
『……えーと、つまり?』
原理を説明されても、チンプンカンプンといった良である。
だからか、鎧の中にはウームという唸りが聞こえる。
『友よ、簡単に言えば、磁石は反発するだろう?』
『あー、そうね。 こう、いやんって成る奴な』
酷く抽象的な良の表現に、会話が途切れる。
『……まぁ、此処で説明しても良いのだが、数時間は掛かってしまう。 今は、先を急ごう』
『あ、さいですか』
説明を省略された理由は遺憾ともし難いが、実際に講義を聞きに来た訳ではない。
真っ暗を降りているというのに、不思議と良には不安が無かった。
天下無双の鎧を纏い、守護天使が共に着いていてくれる。
そんな事を考えている内に、何かを視界に捉える。
『……ん、なんか、在るな』
落ちていく際は気付かなかったが、どうやら、良はあまり広くない縦穴を降りてきたらしい。
そして、一気に視界が開ける。
見えたのは、地下とは思えない広さの空洞であった。
『なぁ、なんだよ、アレは?』
『アレか、あれは……一言で言えば人の居るところだよ』
エイトは【人が居る】と言うが、見ている良からすればそうは見えなかった。
浅葱色に淡く光る様は一見すると夜景に近い。 ただ、他に色が無い。
段々と降りていけば見えてくるが、其処には、あの筒が文字通り山ほど置いてあった。
慌てて辺りを見渡せば、それこそ壁にもその筒らしきモノが在る。
『コレが……』
街、と形容するには無理がある。
強いて云うならば、実験室の標本が飾ってある方が近い。
その内、偶々に良の纏う鎧が壁の一部へと近付いた。
筒の蓋は透明ではなく、単に記号しか印されていない。
左右へと目をやっても、見渡す限り筒が在るだけ。
『……どんだけ居るんだ?』
『現在の稼働率は九十パーセントという所だろう。 多少の増減は常に在る』
エイトの言葉に嘘が無ければ、此処が人の辿り着いた楽園という事になる。
仮想現実という夢の中で過ごす意識は別に、その肉体は筒の中で産まれ、一生を終える。
『出たいって奴は、居ないのか?』
思わず、そんな事を尋ねる良だが、鎧の中にはウームという苦しげな響き。
『全く居ないという訳ではないんだ、友よ。 極まれだが、中には自分は外で生きたいと願う者達も居なくはない』
『じゃあ……』
外で暮らせば良い、と言い掛けた良だが、在ることに気が付く。
この建物に来るまで、かなりの距離を移動した。
にも関わらず、外で生活をして居る人間には出逢っていない。
『友よ、解るだろう? 確かに、そういった者達は意気揚々と最初は出て行くんだ。 自分達は平気だ、選ばれし者が新しい歴史を造るんだ、とね。 だが、往々にしてそれが間違いだと気付くんだろうね。 最短で数時間、最長でも数週間で泣きながら皆戻ってくる』
想像は容易に出来る。
自分こそは特別な存在であると盲信し、誰もが最初は想うのだろうと。
新しい世界を始めるのだ、と。
そして、エイトの語った通りに数時間後には現実に直面せざるを得ない。
何せ建物の外には、文字通り何も無いのだ。
雨や風から護ってくれる家も、寒さを凌ぐ衣服も、腹を満たす食糧も。
木の実を取るなり、草を煮る鍋も無ければ、刃物も無い。
全ては、最初から始めねば成らない。
其処で解るのは、知識だけでは何の役にも立たないという現実である。
こうすればああなる、そうすればこうなる。
誰もが頭では解っていても、実行が可能かは別の問題であった。
単純に【火を熾す】というだけでも、大変な労力を要する。
必要に応じて【石で道具を作る】とは言え、簡単な事ではない。
理屈が解っていても、その通りにするには経験が無くては始まらない。
そして、その辛さに耐えかねれば、仮想現実が恋しくなってくる。
非の打ち所の無い完璧な世界。
飢えも無ければ、乾くことも無い。
打ちのめされる痛みも無ければ、拒否される寂しさも無い。
其処は空想とは言え、優しい世界である事に間違いは無かった。
『みんなは、やっぱり……』
『ああ、口を揃えてこう云うんだ。 お願いします、助けてください……とね』
古い映画の如く機械達は冷たい仕打ちなどしない。
それどころか、暖かく迎えてくれるのは目に見えていた。
一言優しく【お帰りなさい】と。
だからこそ、何処にも人は居なかった。
*
程なく、鎧は空洞の最下部へと辿り着く。
やはりと言うべきか、其処は静かだった。
筒の一つ一つに、人が入っている割には、いびき一つ聞こえない。
耳を澄ませば、僅かに機械の稼働を示す音がしてはいる。
鎧が、音を立てながら左右へと身体を振った。
『これじゃ、ホントに墓場じゃあねぇか』
『どうだろう? いずれにしても、人は何時かは墓へと辿り着くモノだ。 速いか遅いかは在るけれど、ね』
生きながらに、墓へと入る。 その胸中は、良には解らない。
『……っと、そういや、何処へ行きゃ良いのかな』
周りの人間達に付いて云えば、良はどうこうしよう想えなかった。
仮に無理やり仮想現実から引きずり出した所で、結果は見える。
誰もが口を揃えて【何故出したんだ?】と罵るだろう。
良の問い掛けに、目の前の一部が軽く強調される。
『彼処だ、中央へ』
案内するエイトの声に従い、鎧が動き始める。
重い足取り故か、ズシズシと音はするが、反応らしい反応は無い。
本気で走れば、もっと鎧は速くは走ることは可能だろう。
だが、何故だか良はそうしようとは想えなかった。
何故ならば、自分は墓場を歩いているという自覚が在ったからだ。
筒が稼働して居るという事は、中身が生きている証拠ではある。
ただ、外から見ている者にすれば、果たして生きているのかすら定かではなかった。
*
妨害が無ければ、辿り着くのは難しい事ではない。
空洞の最下部にして中央に近付いた所で、良は在るモノを目にした。
『……アレは』
中央には、細く伸びる何かが在る。
そして、目を凝らせば解るのだが、其処では座っていた。
間違いなく、変身した後の自分が。
『なぁ、コレ、脱がせてくれ』
本来ならば、敵地にて武具を脱ぐのは自殺行為と言えなくもない。
それでも、今まで邪魔をして来ない事から、良はそう頼む。
『……解った』
端的な声と共に、鎧の前がグンと開いた。
ソッと降り立つ良だが、イヤに寒く感じてしまう。
今までは、要塞の如き鎧に包まれて居たからかあまり感じなかったが、墓場特有の空気が其処には流れていた。
鎧から離れて、歩いて中枢へと向かう。
段々と座っている自分へと近付くのだが、よくよく見れば、座る自分には彼方此方に線が繋げられていた。
『よう、来てやったぞ?』
最初こそ、一発ぶん殴ってやろうとは頭で思っていた。
しかしながら、今はどうにもそんな気が起きない。
それ以前に、声を掛けたにも関わらず、この世界の良は動かなかった。
まるで既に死んでいるかの如く。




