嘘か真か、理想の世界!? その14
此処で、初めて良は在ることを気付いた。
何故、組織の面々は捕らえられてしまったのか。
その答えが、今、良に迫っていた。
『んだ……この野郎!!』
遅い掛かってくる蛸に、良は向かった。
実物のソレの如く、触手が獲物を捕まえんと蠢く。
だが、改造人間の目ならば追えない程ではない。
仮にもし、この蛸らしき何かが【やぁ、こんにちは!】と和やかに話し掛けて来たのであれば、或いは良はそれなりの対応をしたかも知れない。
挨拶すらせず、いきなり触手を伸ばされては、良も黙っては居られない。
迫り来るモノを避けつつ、その本体へと近寄ると、拳を叩き込んだ。
柔らかいかと想われた感触だが、直ぐに硬さを感じる。
『……んな!?』
改造人間の拳すら弾くソレは【液体装甲】というモノに近い。
非ニュートン流体力学を用いた未知の防御策。
衝撃に際して速やかに硬化しつつも、周りの部分が衝撃を緩和拡散させてしまう。
構想自体は21世紀から在るものの、まだ実現されては居なかった。
しかしながら、今、良が居るのは百年先の未来である。
その筈が、この場には現物として存在し、良の拳を弾いてしまう。
だが、驚いてばかりも居られない。 蛸の触手は、良へと巻き付こうとして居た。
バッと跳び、触手を避けつつ飛び乗ると、蛸の頭を捕まえる。
『殴りが効かねーってんなら!?』
打突で駄目ならと、良は蛸の頭を全力め締め上げる。 そして、その判断は正しい。
液体装甲は瞬間的な衝撃ならば弾き返せるが、断続的な圧力は抵抗力が無かった。
並みの人間とは違い、圧倒的な膂力を持つ改造人間だからこそ、蛸の中身を潰せる。
ギシギシと何かを潰す感触が、良の腕に伝わる。
中身が何なのかを良は知らないが、潰した効果は在った。
あれほど暴れていた触手が嘘の様に落ちる。
『どうだ!? このやろ……どわ!?』
一体を行動不能にした良だが、在ることを失念していた。
蛸は、一体ではない。
良が立ち上がった隙を、別の蛸が背中から叩いた。
背後からの攻撃が卑怯かと問われれば、そもそも勝負に卑怯も正々堂々も無い。
倒すか倒されるか、そのどちらかである。
強かに身体を打ち付けた良だが、直ぐには動けない。
身体は機械でも、それを動かして居るのはあくまでも人間の脳味噌である。
つまり、脳震盪といった事は往々にして起こり得る。
兜が守ってくれたからこそ、致命傷ではない。
ただ、戦いの最中に動けないという事は、致命的であった。
『なる……ほど、な……こら……彼奴等が手こずる訳だぜ……』
視界は不明瞭に揺れ動き、重力が何処から来ているか判断が付かない。
典型的な症状に、良は動けなかった。
何とか立ち上がろうとはするが、蛸はそれを待つ必要が無かった。
相手が倒れたなら、その機会を生かせば良い。
あっという間に蛸が良を捕まえるのだが、次の瞬間、良の身体がガクッと揺れた。
どれだけの電圧を掛けているのかは解らないが、蛸は電気を発して居る。
やはりと云うべきか、この世界の良は同じ改造人間の欠点を熟知していた。
良が纏う装甲は、例え対戦車用の徹甲弾ですら弾く事が出来る。
理論上は核爆弾の直撃にも耐えうるが、その中身まではそうではない。
強い電撃は、実のところ良にとっては弱点と言えた。
『が……ぐ……』
身体が動かせず、反撃もままならない。
にも関わらず、ジリジリと他の蛸までもが寄って来ている。
其処で、ふと良は今まで自分が何故戦えたのかを想い出していた。
何時でも、組織と仲間が共に居てくれた。
無論、時には自分勝手を仕出かして孤立した事も無くはない。
その為に窮地に陥った事も在る。
自分の力を過信した訳ではないが、如何に改造人間でも、此処までの戦力差が在っては文字通り手も足も出せなかった。
『んが……』
電撃から来る全身の強張りに、マトモに言葉も話せない。
そんな中、部屋の光が僅かにチラつく。
~まだ抵抗する意志が残ってるのか。 普通の人間なら心臓が止まってる程なんだが~
響く声に、何とか一言言い返してやりたくもある。
しかしながら、とてもではないが喋るのは無理があった。
~なぁ、いい加減に全身力を抜いてリラックスしろって。 何もかも忘れて、終わらない夢を見れば良いだろう?~
相手の言葉に嘘は無い。
真首領との決着など忘れて、仮想現実へ入れば、苦しみは終わる。
しかしながら、良は異界の自分を忘れては居なかった。
見知らぬ土地へと放り出され、当て所も無く、頼れる者も居ない。
絶望的な状況にも関わらず、あの世界の自分は諦めずに居た。
リサを失い、ただ、独りきりに成っても、命の限り抗う。
降り懸かる運命にもメゲずに、ただそれに立ち向かう。
そんな背中を見ていたからか、良は無理やりに笑っていた。
『……ごんなもなぁ……おでにどっちゃまっさぁじだぜ』
必死に歯を食いしばって居るせいか、言葉は不明瞭である。
それでも、何とか一言云いたかった。
こうなると、相手もまた困った事態と言えた。
散々繰り返して居たが、何も良を殺したい訳ではない。
単純に、抵抗を止めて仮想現実に入って欲しいだけである。
少しずつ、良の全身から煙がうっすらと立ち始めていた。
如何に改造人間とは言え、中身まで焦がされれば死ぬ。
お互いに攻め手に掛ける中、部屋に振動が走った。
それは、少しずつだが確実に大きくなっていく。
部屋を占める蛸達ですら、揃って天井を見上げた。
『……んぎぁ』
思わず、何事かと自分も見てしまう良。 その視線の先で、天井に亀裂が走る。
亀裂は徐々に大きくなり、天井が割れた。
砕かれた天井は、瓦礫と成って落ち来る。
如何に蛸が瞬間的な衝撃に抵抗力を持って居ても、圧倒的な質量を支えられる訳ではない。
良に電撃を浴びせていた蛸もまた、天井の崩壊に巻き込まれる。
その時点で、解放された良は飛び退いた。
『なんだ? どうなってる』
未だに、痺れは完全に抜けきっていない。
加えて蛸も全てが潰れた訳でもなかった。
残った蛸の内、一体が良を見るが、それをグシャリと踏み潰す者が現れる。
一見する分には、大凡で四メートル程の巨人。
装甲を纏い、傍目には巨大な鎧だが、良は驚くよりも何かを感じていた。
『……アレは』
記憶を探った所で、見た記憶が無い。 にも関わらず、酷く懐かしいのだ。
巨大がグンと動き、良の方を向く。
『友よ……無事な様だな』
鎧から響くその声を、良は知っていた。
『あんたは……』
この怪しげな建造物に入る際、女は良に云っていた。
【其処へ入ったなら、私は、手助け出来ない】と。
だが、その言葉を裏切る様に、鎧は喋る。
『話は後だ』
そう言うと、良の見ている前で鎧が変形する。 蓋を開くように、中身が見えた。
何を云われた訳でもないが、良は思わず動いていた。
バッと鎧の中へと。
良が収まるなり、鎧の解放部は閉まる。 閉まると同時に、鎧の目がカッと光った。
*
操縦席というには狭いが、その分中ではある程度は自由に動ける。
そして、良が動けば、鎧は追従してくれた。
『おお、すげぇぜ……まるで俺が巨人に成ったみてーだわ』
何も知らないが、何故だか知っている。
『それはそうさ、君用に誂えたのだからな』
良の声に答える様に、女の声が鎧の中へと響く。
その感覚もまた、良にとっては酷く懐かしい。
『でもよ、こういうのって、もっと面倒くさい操縦桿だのスイッチとか……』
自分で云いながら、何かを思い出す。
『あぁそうか、馬鹿でも操縦出来る様にしてくれたんだっけか?』
何故かは解らないが、良は先に答えを頭から導き出していた。
『なぁ、こういうのって、なんてんだって? 前にも、在った様な……』
良の質問に、クスっと笑いが聞こえる。
『既視感……デジャビュだよ』
女の説明に、良は頭から言葉を想い出していた。
『あぁ、そうだ……一度も無い筈なのに、在った様な気がするって奴だ』
云いながら、良は鎧を動かす。
実際には、中身の良が動けばその通りに鎧は従ってくれる。
『……何でだろうなぁ、使った事なんかねー筈だってのに』
鎧の中で、良が意気込む。
そうすれば、鎧の両手から剣が突き出した。
空気すらねじ曲げる程に、赤々と剣は熱を発する。
『ヤケにしっくり来んだ』
そんな声を外部へと発しながら、鎧は蛸へと駆け出す。
実際の良に比べると、鎧は遥かに重いのか、その足音も大きく重い。
だが、その巨体に似合わぬ速さで、鎧は動いていた。
改造人間の拳すら防ぐ液体装甲も、場合によっては弱点が露呈する。
もしも、鎧の使うのが単なる剣ならば、或いは弾けただろう。
但し、その剣が赤々と光っていれば話は違う。
衝撃とは別に、熱というエネルギーその物をぶつけられては、如何に優れた装甲でもその真価を発揮する事は出来なかった。
料理人が蛸を捌いて料理する様に、鎧の剣は蛸を寸断せしめる。
『オラァ!? 無駄に死にたくねーだろ!! サッサと失せろ!』
本来ならば、一々戦う相手に気を使う意味は無い。
その意味が無い筈なのに、良はそうしてしまう。
その理由は、単純に【弱い者イジメが好きではない】からである。
圧倒的な立場に立ったならば、人はその力を振るいたがるのが性だろう。
そうしない事に、鎧の中には笑いが響く。
『お、なんだよ? なんか変か?』
『いや、変じゃない。 君は……変わらないんだね』
女の声に、鎧の中で良が首を傾げたが、鎧には首の部位が無い為に其処までは再現出来ていない。
良の声が効いたのか、蛸は徐々に後ろへと下がる。
その代わりに、部屋の空気が揺れた。
~なぁ、エイト。 なんでだよ? 手助けしないって取り決めじゃなかったのか?~
露骨に残念そうな声だが、ソレよりも、良は聞こえた単語に何かを感じていた。




