嘘か真か、理想の世界!? その11
異界の自分が信条である【不殺不敗】を掲げる様に、良もまた、背中に【不撓不屈】を背負っていた。
である以上、何が在ろうと折れる訳には行かない。
それが如何に馬鹿げた文言で在ろうとも。
*
対峙するモンハナシャコだが、油断禁物である。
如何に複製品とは言え、その実力は本物と相違は無い。
それどころか、アナスタシアでないからこその脅威とも言えた。
首領に収まって以来、良は女幹部から度々叱責は受けている。
だが、それらの殆どはお小言程度のモノであり、アナスタシアは良を殴ったりはしなかった。
そんな彼女とは違い、目の前の良く似た偽物はただ良を狙っている。
特に恨みが在るわけでもなく、戦う理由は無い。
にも関わらず、戦おうとする。 ソレは機械故に成し得る事だった。
【戦え】という命令を受けたからこそ、疑問すら抱かずにただ指示に従う。
其処に躊躇や戸惑いは存在しない。 ただ命令のままに動く。
起き上がった良へと、白いモンハナシャコが向かっていく。
特に目立った牽制や小細工は無い。
ただただ目標へと向かい、殴ろうとする。
パンチが放たれる瞬間、良は真横へと避ける。
標的を失った蝦蛄の拳は、強かに壁を叩いた。
材質が何であるかは定かではないが、それでも、壁が僅かに抉れる。
『……すんげーパンチだ』
思わず、そんな事が良の口から漏れていた。
良もまた、一応は破壊不能とも云われる装甲を纏っては居る。
しかしながら、実は問題が無くもない。
遥けき過去、まだ戦士達が弓以外の飛び道具を用いない頃。
剣や槍から身体を守る為に、鎧という防具が考え出された。
そして、そんな鎧は確かに鋭い刃物を弾いてしまう。
其処で、人々は別の方法を考えた。
硬い鎧その物を断つのは難しいならば、直接中身を叩くべきだ、と。
こうして、刺突や斬撃といったモノとは違う武器が生まれる。
最も最初に成果を上げたのは、他でもなく棍棒だった。
特に凝ったモノでなく、その辺の木材で造ることが可能な打撃武器。
更には、遠心力を生かした鎖付きの鉄球や金鎚をそのまま大きくした戦鎚。
それこそ数多の武器が鎧を打ち破らんと編み出された。
その全てに共通するのは、打突という点にある。
鎧を通して、中身を壊そうとする。
その意味では、蝦蛄のパンチも同じ事が言えた。
如何に良の纏う装甲が頑強とはいえ、中身まではそうではない。
寧ろ、複雑な分壊れ易いという欠点が在った。
『……さぁて、どうしたもんか……』
良程ではなくとも、蝦蛄の偽物もまた、強靭な外骨格を装甲として纏っている。
かと言って、良には特殊な攻撃方法は無い。
つまりは、戦力的には良が劣っている。
真っ向勝負で殴り合おうものなら、先に倒れるのは良なのは見えていた。
ジリジリと、間合いを詰めてくるモンハナシャコ。
其処で、良は在ることを思い出していた。
異界の地にて、その世界の良と彼が率いる者達は素手に拘っていた。
敢えて武器を廃し、己の五体のみで戦う。 その記憶は、まだ新しい。
『そうか……そういや、そうだな』
良もまた、下手な小細工を捨てて相手へと相対した。
間合いは徐々に詰まり、後少しで、お互いの制空圏が触れる。
当然ながら、別の意識を持たないモンハナシャコは良を殴ろうとする。
此処で、在る問題が顔を出した。
シャコパンチは優れた打撃では在るものの、同時にある欠点が拭い去れない。
ソレは、予備動作の大きさと軌道の単純さに在る。
溜めが必要な以上、構えているのは明白であり、動きも派手なだけでデコピンと変わらない。
つまりは、改造人間の優れた神経速度が在れば、避けられないという事も無かった。
軌道が余りに単純だからこそ、良が僅かに身体を反らせば拳は空を切る。
今一度殴ろうとするにも、また溜めが必要であった。
『貰った!!』
その隙を良は逃さず、蝦蛄に限らず甲殻類の欠点を突く。
強い爪を持つカニやザリガニも、実のところ背中は死角と言えた。
大柄だけに、小回りが効かない相手への背中へ飛び乗る。
身体の構造上、其処に乗られてしまうと何も出来ない。
良に乗られてしまったモンハナシャコは、何とか背中の異物の退かそうと暴れる。
だが、やはり構造上、手は出せず、行ったり来たりと無駄な動作を繰り返した。
そんなシャコの身体を、良はロデオにのるカウボーイの如く脚で抑える。
『暴れんじゃねぇ!! このやろう!!』
そう叫ぶと、良は指先を揃え、シャコの殻の隙間へと貫手を差し込んだ。
甲殻類の外骨格は堅牢ながらも、動きの為に各部位が分かれている。
そして、分かれている隙間こそ、弱点とも言えた。
多少の外からの攻撃ならば、弾けるのだが、内側からとなると話は違う。
良が力を込めれば、シャコの外骨格の一部を引き剥がすのは可能だ。
人が甲殻類を食べる様に、中身は硬くはなく、寧ろ柔軟である。
装甲の一部が剥がされた事から、その体は危機を察して猛然と暴れ出すが、良を退かす事は出来ない。
『往生せぇや!!』
無理やりこじ開けた骨格よ隙間へと、今一度、貫手を深く刺し込む。
中身を穿たれたシャコは、今までの大暴れが嘘の如く止まる。
一瞬、ピクリと揺れたと思った途端、その身体はぐらりと揺れると倒れ始める。
サッと飛び退く良の見ている前で、巨体は横へと崩れ落ちた。
勝ちはした。
だが、勝利の余韻も無ければ高揚感も無い。
在るのは、良く知っている誰かを殺してしまったという感覚だけが良の胸に蟠る。
せめてもの救いなのか、モンハナシャコからは変身機構は除外されているらしく、その姿は変わらない。
それでも、良の気持ちは重かった。
何も云わず、ジッと床に転がる姿を見ている良の耳に、拍手が届く。
実際の拍手とは違い、何かの破裂音が軽くパンパンと音を立てているだけだ。
~おぉ、やっぱりコピーじゃそんなもんか~
嘲ると言うよりも、感心したといった声である。
それは、今の良の胸の荒らすには充分だった。
大きく足を振り上げ、床を踏み締める。
改造人間の脚力は凄まじく、硬いはずの床を凹ませた。
数秒間、肩を震わせながら鼻を唸らせると、良はバッと顔を上げる。
『っざけんなこの野郎!? コレがテメェのやり方か!!』
リサに続き、アナスタシアにまで手を掛けてしまった。
実際に言えば、良く似ただけのモノを壊したに過ぎない。
とはいえ、その【似ている】という事が良は辛かった。
せざるを得ないとはいえ、楽しい筈もなく、大切な人と戦わねば成らない。
憤る良だったが、返ってくるのは溜め息。
~なぁ、同じ事は言わせないでくれないか? 考えても見ろって。 俺は、出来ればお前にも幸せに成って欲しいだけなんだ~
如何にも自分の事を思ってと云う言葉だが、良からすれば信じられる筈もない。
『幸せだぁ? こんな事の何処に幸せが在るってんだ!!』
~そんな事が解らないか? 簡単だろ? 戦争すんなら、仲間が死ぬかも知れないってどうして理解出来ない?~
思わず、良は自分からの指摘に言葉に詰まった。
今までの戦いに関して言えば、辛くも勝利し、仲間を失っては居ない。
だが、この先も長く戦い続けるという以上、犠牲という可能性はゼロでは無かった。
まかり間違えば、仲間が死ぬ。
この時、良はこの世界の自分の意図を悟ってしまった。
自分の意地を通して、戦い続けるという事は、今の結果に繋がる可能性が在る、と。
アナスタシアがついて来てくれる事に疑いは無い。
ただ、今戦って解った通り、彼女は別に不死身でもなければ無敵でもない。
自分がやってしまった方法を取れば、他の者でも倒せる、という証明だった。
~なぁ、お前がホントに俺なら解ってだろ? 仲間が死に掛けた事だって在る~
黙って、良は自分の言葉を耳を傾けていた。
間違いではなく、本当に死に掛けたことも記憶には残っている。
その際、アナスタシアが生存出来たのは、偶々彼女が改造人間だったからだ。
もしも、リサの複製品同様に生身のままであったならどうなるか。
悩む良の耳が、ガサガサという音を拾う。
『痛い、痛いよ……助けて、首領……たすけて』
ハッと成って見てみれば、モンハナシャコが再起動をしていた。
ただ、立ち上がるという事ではく、床に転がりながら僅かに体を揺らす。
色からして、偽物なのは既に明白だが、声は同じだった。
揺れる蝦蛄から漏れ出るのは、痛みに呻くアナスタシアの声である。
『痛い、たすけ、助けて……良』
必死に助けを求める声に、良は慌てて応じそうになる。
しかしながら、その悲鳴がただの偽装なのか、解らない。
アナスタシアの声に良く似た悲鳴は、良の思考を奪っていた。
機械に疎いという事は、実は自慢に成りはしない。
もしも、良が真面目に博士成りに指導して貰って居たならば、或いは違った結果を生み出せたかも知れなかった。
下手に身体を抉らずとも、解決策を見つけ出す。
だが、それはあくまでも可能性であり、実際の良は改造人間の構造は詳しくない。
何も出来ずに、ただ、立ち尽くす良。
~どした? 助けてやらないのか?~
ワザとらしい誘いに、良は膝を折りたくなる。 その場で跪いて、許しを乞いたい。
それでも、ただ脚に力を込めて立つ。
『コイツは……偽物だ』
その声は、答えと言うよりも、自分へと言い聞かせるモノだった。
本物のアナスタシアならば、今すぐ何とかしたいが、偽物相手に其処までの義理はない。
~偽物か、間違いでもないな。 確かにそうだ、ソイツはニセモンさ。 でもよ、そうなる可能性は在るだろ? 現に今だって、お前は何もしてやれないだろう?~
良は、大きい何かでグサリと胸を刺された気がした。




