嘘か真か、理想の世界!? その10
案内役の女だが、その後に続きつつ、ふと良は在ることを思う。
考えて見れば、何故だか彼女の名前を知らない。
となれば、尋ねて見たくなる。
「そういや、ずっと失礼してたが、名前を聴いてなかったな? なんてんだ?」
良がそう言うと、女は足を止めた。 振り向かない為に、顔は窺えない。
「……友よ。 私は、君に名乗れないんだ」
「は? いや、別に名前ぐらいは……」
何故だか名乗りたがらない女の背中に、良はウーンと鼻を鳴らす。
「まぁ、どうしても聞くなって云うんなら、止めとくわ」
嫌がる相手に、無理に尋ねる事はしたくない。
その理由までは知らないが、良は質問を止めていた。
「でも、理由くらいは聴かせてくれないか? 恩人をあんた呼ばわりはあんまりに失礼だからな」
個別の名前を知らない以上、他の呼び方をする必要が在る。
しかしながら、いつまでもソレでは非礼と良は想っていた。
「私は……八番だ」
女の口からは、呼び名とは思えない答えが出る。
番号という点もだが、良は何かが引っ掛かった。
ソレは胸の奥に何かが在るのに、出てこない。
解らないのであらば、方法は一つしかないだろう。
古い本にも【尋ねよ、されば見出さん】という言葉も在る。
「……なぁ、もしかしたら俺が憶えていないだけで何か在るのか?」
良には見えて居ないが、女は複雑な顔を浮かべていた。
本来、機械には表情は必要無い。
その気になれば、必要無いと顔を無表情にも出来る。
にも関わらず、女は寂しげな顔を覗かせていた。
「頼む……ソレは……」
立ち止まる女に、良は慌ててその細い肩をポンと軽く叩いた。
「悪かった……誰にだって、云いたくない事だって在るもんな」
そう言うと、良が先を行く。
「ほら、案内を頼むぜ」
普通で在れば、案内役の前に行くことは間違いだろう。
それでも、良は前へと行こうとしていた。
そんな良の言葉に、女は胸ので拳を握る。
「わかってる……友よ」
*
辿り着いたのは、あの巨大な建築物。
ただ、真っ黒であり、傍目には単なる大きな墓石としか見えない。
そんなに建物を見上げて、良は腕を組んだ。
「はっ! 馬鹿と煙は高い所が好きって云うけどよ、まっさかデカいな」
とりあえず解るのは、その建物は数百メートルは在ると云うことだけだ。
「で、と? まさか……此処を登れ……なーんて言い出さないよな? 俺はヤモリやらトカゲの真似はちょっと……」
如何に改造人間とは言え、何でも出来る訳ではない。
垂直の壁に張り付いて登るには無理がある。
そんな声に、八番と名乗った女は首を横へと振った。
「いや、その必要は無いよ」
声に応える様に、建築物の壁の一部が開いた。
それはまるで、建物その物が良を誘っている様でもある。
「よぅし、ほんじゃあま……」
意気揚々と建物へと入りそうに成る良だが、足は前へ出ない。
何故かと言えば、女が良の肩を掴み止めて居た。
「……えーと?」
何事かと思うが、その目はジッと良を見ている。
「友よ。 其処へ入るという事は、私は手出し出来なくなる」
警告とも取れる声に、良はフッと笑った。
「それは良いさ。 それに、彼奴も云ってたんだ。 喧嘩したいなら、独りでやれってな」
元々、助太刀を頼むつもりは良には無い。
相手が自分ならば、なおのことである。
飄々とする良に、女は眉を寄せる。
「何故だ、友よ? 何故其処まで意地を張る?」
機械である女にしてみれば、良が其処まで片意地を張ろうとする理由が解らない。
意地を捨てて、仮想現実に入れば、其処では幸せが待っている。
仮想現実は現実ではないかも知れないが、脳への電気信号に因って体感としては変わらない。
人間の感じる全ては、在る意味脳が見ている夢の様なモノだからだ。
五感にせよ、何にせよ、全ては脳が【こうだ】と思いこんでいるに過ぎなかった。
だからこそ【水槽の中の脳味噌】という仮説すら在る。
もし、其処から解き放たれたなら、進んで自ら苦難や困難に立ち向かう必要性など無い。
問われた良は、困った様に笑った。
「未来だからかなぁ? 俺みたいのは古臭いだろうな」
何かを思い返す様に、良は頭を後ろへと少し反らす。
「あの夢じゃ出てこなかったけど……オヤジは、よく言ってたよ」
そう言うと、良は女と目を合わせた。
「女の子は殴るもんじゃねぇ、優しく撫で回すモンだ……ってね」
その言葉は、記録装置には無い。
何故ならば、それはまだ良が人間だった頃のモノだからだ。
「女の子が困ってたら、助けてやれって、酔ったオヤジは口癖みたいに云ってたんだ。 だからかな、女を駒やら盾にして、後ろでコソコソしてる様な奴は許せねーんだ」
良の声に、女は酷く困惑した顔を覗かせる。
「君は、あのリサのコピーに付いて怒っているのか? なら……」
複製品である以上、本物そっくりであってもソレは本物ではない。
どれだけ複製品を壊そうが、本人は傷一つ負うことは無いだろう。
しかしながら、価値観というモノは個人に委ねられる。
何に価値が在り、何に価値が無いのか。 全ては個人が決められる。
「偽物だとか、作り物だとか、んなもんは関係無いのさ」
発せられた声は、女の何かを揺さぶった。
機械には動揺など存在しない筈が、それが何なのか、本人ですら解らない。
云いながら、良はソッと女の手を肩から外す。
「俺は、人から見れば価値あるモノは何も持ってないかも知れねぇ。 この体だって作り物だけど、魂だけはまだ此処に在る。 ソイツが云うのさ、女を駒にする様な馬鹿野郎なら、何があっても許しちゃいけねえ……ってね」
ふと、良は起動動作の構えを取った。
「……変……身!」
光を放ち、瞬く間に姿を変える。
ただ、いつもとは違い、良は赤いマントを身に着けていた。
翻る布には【不撓不屈】の四文字が踊る。
文字こそ違えど、その姿は異界にて【悪の大魔王】と称される姿であった。
『世話掛けた、ありがとうな』
別れの言葉ではなく、感謝の意を贈ると、良は建物の中へと消えていく。
良の姿が消えた所で、建物の入り口は封鎖された。
まるで、もう誰も入って来られない様に。
残された女は、ソッと寄ると壁に手を着く。
「……友よ。 君は、何処まで行っても君なんだね……」
その声は、誰にも届かない。 何故ならば、地上には聴くべき人が居なかった。
*
外見からは中身の想像は付かない。
ただ、建物の中は其処まで複雑でもなかった。
寧ろ、多少の照明以外は何も無い。 がらんどうな場所である。
『ぅおーい!? せっかく来てやったってのに、なーんも無しかぁ!?』
出向いた割には、何も無いからか、良は両腕を広げた。
そんな良の声が届いたからか、部屋の中に僅かに変化が起こる。
天井から壁と、至る所に線の様な光が走った。
『なんだなんだ? なんなんだ?』
困惑する良に、何処からか嗤いが聞こえた。
その声は、何処と云わずに建物その物から響いている様でもある。
~良く来たな、待ってたぞ~
自分の声の筈だが、異様だった。
そっくりな声が、上下四方から聞こえてくる。
『んぁあ、気持ち悪い……オイコラ!? 喧嘩すんだろ! 出てこいや!』
相手を挑発するのだが、返事はやはり嗤いであった。
~まぁまぁまぁ、そう焦るなよ。 主菜の前には、オードブルって在るだろ?~
それが合図なのか、音がする。
良が慌てて其方へと顔を向ければ、其処にはモンハナシャコが立っていた。
『……アナスタシアさん? いや、色が……』
本来、大幹部である蝦蛄女が変身すれば、五色の色を纏っていた。
しかしながら、今見えるソレは、色が無い。
抜け落ちたというよりも、始めから色を付けていないプラモデルを想わせる。
~あぁ、悪いな。 突貫作業だったもんで、色までは我慢してくれよ?~
リサの模造品を急遽作ったと、この世界の良は語っていた。
つまり、作る気になれば他のモノも作り出せるという事に他ならない。
だからこそ、大幹部アナスタシアの複製品が其処には立っていた。
『この……くそったれがぁ……』
以前にも、良はアナスタシアと相対した事はある。
その際は、首領を超える大首領に因って女幹部は操られてしまったのだ。
同じ篠原良の筈が、自分が最も嫌うやり方をして来る。
~さ、喧嘩すんだろ? 楽しくやろうぜ?~
響く声を合図に、モンハナシャコが動き出す。 その動きは、正に機械の様だった。
良も慌てて向き直る。
もしも、あの蝦蛄がアナスタシアと同じ性能を備えているとなると、油断は出来ない。
見た目こそ派手だが、実のところその実力もまた大幹部の名に恥じないモノを持っている。
撓められる外股に、良は急ぎ腕を交差させた。
パッと繰り出されるのは、俗称【シャコパンチ】という打撃。
その詳細だが、実際にはデコピンと大差は無い。
溜めを作りだし、一気に力を解放するだけ。
単純この上ないかも知れないが、だからこそ、その威力は凄まじい。
本来は、餌となる貝や甲殻類の硬い貝殻や外骨格を叩き割る為のモノだった。
元となったモンハナシャコですら、水槽を叩き割り、人の指すらへし折る
ソレをそのまま大きくしただけでも、威力はそのままに倍増される。
腕で一応は打突を受け止めた良だったが、その体は軽々と宙を浮いた。
強かに床に背中を打ち付け、そのままずり下がる。
ただのパンチにしても、馬鹿げた威力であった。
『……冗談じゃねぇ……』
とてもではないが、マトモに浴びたらタダでは済まない。
だからといって、そのまま寝ている訳にも行かず、良は立ち上がった。




