嘘か真か、理想の世界!? その7
遠くで崩れ行く街が在れば、何故だか新品同様の平屋が在る。
その一軒家の玄関前にて、女はソッと手で指し示す。
「とりあえず、上がってくれ。 茶でも出そう」
言葉だけを吟味するならば、大したこと事では無いのかも知れない。
友人に自宅に呼ばれ、茶を振る舞って貰う。
が、事はそれだけに留まらない。 先程のやり取りを良は憶えていた。
単に聴かされただけだが、組織の仲間は良と同様に何処かで筒に入れられているという。
とは言え、闇雲に探すよりも、知っている者に尋ねる方が速い。
「……じゃあ、まぁ、お邪魔します」
玄関を潜り、良は女に続いて家へと入った。
*
家の中だが、拍子抜けするほどに普通である。
何か特別なモノはないかと見渡しても、監視カメラ一つ無い。
精々が、下駄箱の上に一輪挿しが飾ってある程度だろう。
「どうした、友よ? 土間でお茶というなんだろう?」
奥へ来いと言われ、とりあえず良は靴を脱ぐ。
上がって見て想うが、木製の床は偽物ではない。
ソレは足の裏の感触で伝わる。
「居間はすぐ其処だ、座って待っていてくれ」
そう言われ、中を窺う。
見てみれば解るが、平屋の中はみた目通りに余り広くはない。
チラリと見てみれば、八畳程度の部屋が二つ在るだけだ。
促されるままに、居間へと来るが、やはり肩透かしを喰らった気がする。
豪華な部屋を想像したが、そんな事は無く、畳敷きであった。
余り大きくない卓袱台に、座布団が二枚。
まるで、昭和の映画から切り抜いた様な居間である。
仕方ないと、座布団へと座ってみるが、やはり特段の仕掛けは無い。
精々が、ヤケに真新しいという事だけである。
程なく、トストスという足音が響く。
「お待たせした」
「……いや、お構いなく」
何とも言えない違和感に、良は悩まされる。
ふと、卓袱台の上に置かれたモノを見て、やはり何かを感じた。
色味から、紅茶らしい茶葉、フレンチプレス、湯気が漂わせるやかん。
それらは見たことが無い筈なのに、見たような気がする。
とにもかくにも、女は茶を煎れ始めた。
ガラス製の圧搾機が付いたフレンチプレスへと茶葉を入れ、湯を高い位置から注ぐ。
注がれた湯は、透明な筒の中で踊った。
後は蓋を兼用している圧搾機にて茶葉を下へと押しやり、抽出された茶をカップへと注ぐ。
ふんわりと紅茶らしい香りが届くが、それは果たして本物かどうかを良は訝しむ。
「……どうぞ」
「どうも……」
ソーサーに乗せられたカップを受け取るのだが、やはり何かを感じた。
経験は無い筈なのに、ソレが在る。
せっかく出されたのだからと、一口含む。
発酵した特有の香りに加えて、苦味、渋み、酸味、酸味、甘味といった複雑な味である。
「美味いっすね」
改造人間とは言え、一応の味や香りは解る。
良の感想に、女は苦く笑った。
「あぁ、ダージリンのセカンドフラッシュだよ」
僅かに交わされる会話。
それも初めての筈なのだが、やはり何かが引っ掛かった。
違和感は拭えないが、良はカップをソッと置く。
「なぁ、まさか此処も……夢の中……ってことは?」
一応の確認を込めて確かめるが、女は首を横へと振った。
「いいや、此処は間違い無く現実だよ。 夢の夢、という事も無くはないがね」
やはりと云うべきか、女は自分の分の茶には手を付けない。
その理由だが、良は知っていた。
機械と混合されている良とは違い、対面の女は完全に機械である。
「なぁ、此処は、地球だって云ったよな? じゃあ、なんだってこんな事に……」
「友よ。 君が聴くべきなのは、今が何時か、という事だろうな」
いまいち解らない答えに、良は鼻を唸らせる。
「じゃあ、いつなんすか?」
「正確には西暦二千百二十年だ」
ポンと云われた数字に、良は目を丸くする。
自分が知っている年月日よりも、遙か先の未来に良は居た。
「は? いや、俺達は」
「申し訳ないが、君の頭の中の記録装置は見せて貰った。 どうやら、君は過去から来たらしいね」
来たと云われたが、良にとってみれば寝耳に水である。
地球とは違う異界に飛ばされ、ようやっと戻ったと思ったら未来に居る。
事態を受け入れろという方に無理が在った。
「浦島太郎の気分だろう? しかしながら、これは事実だ、友よ」
過ぎてしまった時間は戻せない。
しかしながら、良は在る言葉を思い出す。
ソレは別の世界に放り出された同じ自分の言葉である。
【多次元宇宙論】
同時に複数の時間、世界、宇宙が存在するという仮説。
それでも、今はその仮説にすがる他はない。
「つまりはアレだ……俺達はだいぶ先の時間に来ちまったって事だろ?」
一度で成功するとは思って居ない。 であれば、もう一度試せば良い。
異界から出た時と同様に、あの装置を起動する事を良は決めた。
となれば、やるべき事は一つである。
「なぁ、茶までだして貰って悪いんだが……彼奴等は何処に居るんだ?」
装置付きのバスさえ見つかれば、この世界からの移動は可能だ。
ならばと、先ずは仲間と合流したい。
そんな良の声に、女は何とも言えない顔を覗かせる。
「友よ。 私からの提案だが、もう休んではどうか?」
「はい? なんだ、急に……」
いきなり休めと云われても、はいそうですか、とは成らない。
何せ、良は自分達を地球から放り出した真首領と戦わねばならなかった。
良からすれば、休んでいる暇などない。
「君が、何処から来たのか一応知っている」
良の中には、記録装置が埋め込まれている。
ソレは、本来は博士が【他の女の子とイチャイチャして居ないか?】という良の動向を監視する為のモノだが、当たり前の事として別の使い道も在った。
篠原良が見聞きした全てを、可能な限り記録収集する。
そして、女は既にソレを見ていた。
だからこそ解るのは、目の前の良は女が知っている良とは別人であるという事。
「恐らく、君は自分達を放逐した者達に報復をしたいのではないか?」
報復という丁寧な言い方は間違いではない。
とは言え、良からすれば【殴られたままでは黙って居られない】と言うのが本音であった。
「ほうふく、なんて……んな格好良いもんじゃないさ。 ただ、一発ぶん殴ってやんなきゃ気が済まねーんだ」
拘るという感覚に、女は眉を寄せた。
「友よ。 ソレを諦める訳には行かないか?」
問い掛けられた良は、鼻を唸らせる。
「諦めるって……それでどうなんだ?」
「君は、少し前に尋ねたな? 人々が、機械に繋がれているのではないか、と」
頷く良に、女は困った顔を見せる。
「君は恐らく……我々が人々を無理やりそうした、と思って居ないか?」
「違うってのか?」
訝しむ良に、今度は明確に首を横へと振る。
「云って置くが、我々は一切強制などしていない。 人々は寧ろ、我先にと率先して仮想現実へと入って行ったよ。 最初は数時間、次は数日、数ヶ月と、最後にはもう死ぬまでで良い……とね」
「我々? いや、それよりも、どういう事だ?」
良が知っているのは、古い映画である。
機械による支配がされた地球にて、人々は機械に繋がれている。
その中で、人々は気付かぬままに仮想現実で生き、その中で死ぬ。
だが、女は違うと云った。
「君がどう感じるのか迄は解らない。 それでも、現実に生きるとは辛い事だ。 柵に縛り付けられ、終わらない消費活動に従事し、他人との競争を強いられ、社会に消費される」
思わず、良は押し黙っていた。
女の語る全てが正しいとは言えないが、強ち間違っても居ない。
「其処で、我々はこう考えた。 話しても駄目、強引にしても駄目、ならば、どうすれば人々は幸せに成れるのか……とね」
一旦言葉を区切ると、女は立ち上がる。
窓際まで近付くと、今のガラス戸を開けた。
外から、澄んだ空気が優しく吹き込む。
「結局、誰もが自分さえ良ければ良いという欲望を捨てきれない。 ならば、どうすればその欲望を満たせるか。 穴の開いたバケツに水を満たすにはどうすべきか。 考えに考え抜いた結果、誰もが夢の中で生きる方が幸せだと結論付けたよ」
云われて見れば、良にも解る。
懸命に努力したところで、全てが報われる事は多くはない。
其処には、運という不確定の要素が大きく絡む。
同じ宝くじを買っても、当たる人も居れば、大半の人は生涯当てられない。
品行方正に努め、清廉潔白に生きるより寧ろ、品性下劣、悪逆無道に生きた方が幸せという事もある。
他人の為に生きるよりも、寧ろ自分勝手で栄華を極める。
行き着く先が死である以上、辿る道が違うだけであった。
「でもよ、それって生きてるって言えるのか? 死人と同じなんじゃないか?」
良の声に、女は振り返る。
「まぁ、確かに……仮想現実に入り浸る以上、人は外では何もしてない事になるな。 しかしだ、友よ。 考えて見て欲しい。 人が誰も居ないという事は、この星に住まう他の者達に取ってはその方が良いんじゃないか?」
サッと片腕を広げて見せる女に、良もチラリと外を見た。
其処で見えるのは、かつて見た映画とは違う光景である。
晴れる事のない黒雲に空は覆われる事もなく、地上は荒涼とは真逆に在った。
単純に、手付かずの自然が其処には在る。
在る意味、未来の地球は平和であった。
人が居なければ、河川や海は汚染されず、山や森が切り開かれる事もない。
邪魔する者が居なければ、淡々と自然の周期が繰り返される。
「ま、そらそうなんだろうな」
一応の理解は出来る。
だが、問題なのが【誰がそうしたのか】という事だった。
「そういや、我々つってたけど、他に誰が居るんだ?」
思い付いたままを尋ねる。 すると、外を眺めていた女は振り向いた。
「友よ、解っている筈だろう? 私が信頼出来るのは他でもない、篠原良だよ」
意外と言えば意外だが、その答えは良には想像出来ていた。




