嘘か真か、理想の世界!? その6
三姉妹に留まらず、とうとう姉妹の母親迄もが良に迫ってくる。
至極単純に考えれば、こんなに都合の良い事もない。
四人もの異性に囲まれ、甘い生活を送る。
どうせなら、このまま夢に任せたい。
その時点で、良は在ることに気付いた。 余りに現実味が無さ過ぎる。
「そうか……コレは、夢か」
人は、夢を見ている際にソレが夢だと気付く事は難しい。
ソレが出来る者達は【明晰夢】と呼称する。
夢を夢と知りつつ、操る事が出来たなら、この上ない甘美な世界に間違い無い。
何故ならば、其処には一切の制約が無いのだ。
何処で、何をするにせよ、全ては自由である。
何の決まりも無ければ、何をしても許される。
仮に超能力を備えたスーパーマンに成るにせよ、百人美女を侍らせるにせよ、気に入らない星を丸ごと壊す事も可能ではある。
想像力の限り、限界は無い。
だが、良は気付いてしまった。 自分が見ているのは、夢なのだと。
在るモノ、起こる事全てが余りに自分に取って都合が良く、理想的と言える。
しかしながら、気付いた時点で、視界は暗転した。
*
次の瞬間、ガンと頭がぶつかる。
「……いてぇ」
目を開けて見れば、良は自分が何か寝かされている事に気付いた。
「あん? なんだ? 何処だ、此処は」
頭を動かし、とりあえず自分の状態を確認する。
すると、どうやら何かの筒に入れられている事に気付けた。
背中側は水枕の様な緩衝材で覆われ、寝心地は悪くはない。
とは言え、居心地が悪くはないとは、言えいつまでも筒の中には居られない。
両手を突き出すと、透明な蓋を押し始める。
改造人間の力ならばと、良は両腕に力を込め掛けた。
「そんな事をせずとも、蓋を開けるよ」
唐突に掛けられる声に、ハッと顔を向ける。
蓋が透明だからこそ、声の相手が見えた。
「あんたは……」
「……久し振り、かな? 友よ」
良を友と呼ぶのは、見知った女性である。
但し、彼女は別に女性とは決まっていない。
あくまでも、女性らしい外観を持っているだけなのは、良も知っていた。
声に嘘は無く、蓋が開かれた。
ソッと身を起こす良だが、見てみれば身体のあちらこちらに線が繋いである。
「お? なんだ、これ」
軽く引っ張って見れば、線を外すのは難しくはない。
とりあえずと、ヒョイと出て見れば、良は今まで謎の筒に入れられていたらしい。
「何なんだ? コレは?」
怪しげな機械だが、見たことも無かった。
強いて云えば、筒型の棺桶という印象が在る。
「なぁ、いきなりで悪いんだが、俺は……どうしてこんな所に?」
先ずはと、事態の把握に努める。
そんな良に、女は苦く笑った。
「やはり、夢では君は誤魔化せないか……友よ。 君は、何処まで憶えている?」
「は? あぁ、そういや……」
先程まで見ていた夢の事は記憶の片隅へと押しやり、急ぎ頭を働かせる。
すると、自分達悪の組織は異界から出た筈であった。
「そうだ……俺達は、あの訳の解らん場所から出たんだ」
そう言うと、良は女に顔を向けた。
「なぁ、此処は……地球、だよな?」
恐る恐る、良は尋ねる。
リサの造った機械とは言え、実際に稼働させたのは初めてであった。
つまり、異界を出た所で、地球へ帰れる保証は無い。
そんな良の質問に、女は小さく頷いた。
「あぁ、そうだ。 此処は、間違い無く地球だ」
「そうか! じゃあ、彼奴等は? 皆は何処なんだ?」
無事に地球に帰り着いた筈なのに、自分は訳の解らない場所に居る。
とりあえずと仲間の居場所を尋ねると、女はソッと手招きをした。
「……話さないといけないんだ、友よ」
その声を合図に、少し離れた場所に出口が現れる。
光が差し込む事で解るが、良と女はどこかの箱の中に居るらしい。
「さ、行こう」
何も解らない以上、他に選択肢は無かった。
*
箱を出ると、目が眩む程に外は眩しい。
どうやら、長い間暗い場所に居たからか、ソッと手で日光を遮る。
すると解るが、良と女はどこかの平地に居た。
見渡す限り、何も無い。
慌てて振り返れば、其処に倉庫の様な箱が在るだけだ。
「おぁ? なんだ、此処は何処なんだ?」
遙々と地球に帰って筈なのに、見覚えが無い。
慌てる良に、女は微笑む。
「焦る事は無いんだ、友よ。 此処は異世界ではない。 今、迎えが来る」
「迎え? 迎えって……」
思わず、辺りを見渡す良だが、ふと何かが見えた。
ソレは、一見する分には車だろう。
だが、近付けば近付く程に解るが、車と呼ぶには余りに簡素なモノである。
単なる板に、車輪だけ取り付けた様な見た目。
一応椅子は備え付けだが、後は脱落防止の為の柵しかない。
そして何よりも、その車には運転手の姿が無かった。
「なんだ、こりゃあ?」
余りに貧相な車に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
驚く良を後目に、女はサッと車に乗り込む。
乗ると言うよりは、板に上がっただけだが、一応は椅子へと腰掛けた。
「さ、友よ。 先ずは乗ってくれ」
差し出される手を、良は掴んだ。
*
走り始める乗り物だが、内燃機関の類ではないのか、静かだった。
車輪の回る音に、微かなモーターの駆動音だけが響く。
舗装路などは無く、標識の類も見えない。
風防などが無く吹き曝しの為か、女の長い髪が風に泳いでいた。
行き先が解らぬまま、何処かへと連れられる。
勝手に走っている為に楽では在るが、不安も在った。
「なぁ、教えてくれ。 俺達は地球に帰って来た筈で、それならなんだって俺はあんな所に居たんだ?」
良の問い掛けに、女は髪をソッと抑えながら顔を向ける。
「何故、君だけがあの離れに居たのか? という意味かな?」
「うーん、まぁ、そうかな……」
箱の中に在った筒の事も気になるが、今は夢を考えている場合ではない。
確かに、あの筒の中で見ていた夢には惹かれるが、夢は夢である。
先ずは、仲間の安否を知りたかった。
「簡単だ、友よ。 我々の危惧していた通り、君だけが夢から覚めてしまったからだ」
女の言葉に嘘が無ければ、良をあの筒に入れたのは彼女という事になる。
「どういう意味だ? あの筒は、いや、あの夢は……」
「君に楽しんで貰おうと調整はしていたんだ。 だが、人の心は難しい」
一旦言葉を句切ると、フゥと悩ましい息を吐く。
「他の者達は、難儀せずに夢を受け入れてくれるのに、君だけが欲望をはね除けてしまう。 何故だろうね? 改造人間の生活が長かったからかな」
そんな声に、良は女を訝しむ。
今更訪ねずとも、筒へと良を入れたのは彼女だった。
「なんだって、俺をあんな筒に放り込んだ?」
理由を尋ねると、女は良の目を見る。
じっくり見れば解るが、彼女は人間ではない。
整い過ぎた顔立ちに体躯、乱れの無い髪型、人とは違う光彩の動き。
それら全てが彼女が人間でないと告げる。 その事は、良も知っては居た。
「友よ。 かつての君の言葉、憶えているか? 世界平和というモノを」
云われてみれば、言った事の記憶は残っていた。
ずっと前、まだ組織の首領として収まって間もない頃。
良は、組織の目的を女の言った【世界平和】と定めていたのだ。
「あー、まぁ、そんな事も云ったなぁ……でも、それが何なんだ?」
「周りを見てくれ」
景色を見ろと言われ、顔を向ける。
すると、遠くに在るモノが見えた。
「……アレ、は」
恐らくは解体中なのだろう。 良の目に見えたのは、崩れ行く街である。
思わず、椅子から立ち上がる。
「おい!? どうなってんだ!!」
放って置けば、街は消えてしまう。 そんな良の手を、女の手が掴んだ。
「落ち着いてくれ、彼処にはもう……誰も住んで居ないよ」
「誰も、住んでない?」
言葉の意味を吟味するならば、街に人は居ないという。
その理由を、良は知りたかった。
尋ねる前に、先ずは頭で考える。 すると、在る想像が浮かんで来た。
機械に支配された人々が、仮想の現実へと閉じ込められる、そんな古い映画。
「おいまさか、街に居た人間をかき集めて、どっかの機械に接続してる……なんて言い出さないよな?」
良の訝しむ声に、女は頷いた。
「如何にも……その通りだ、友よ」
「どういう事だ!?」
思わず、女の衣服を掴む良だが、彼女は薄手のワンピースしか着ていないからか、引っ張ればその下は露わに成ってしまう。
その体は作り物かも知れないが、だからといって無碍には出来ない。
「……すまん」
頭に来ては居ても、女性の衣服を引き千切る様な真似を良はしたくなかった。
自分を制して、手を緩める。
女にしても、怯えもせず怒りもせず、ただソッと衣服のズレを直した。
「……やはり、君らしいよ。 コレがその辺の粗野な者なら、私の衣服を破り捨てて罵倒して居ただろうね、この人形の癖に、と」
寂しそうに語る女の声に、良は強く拳を握り締めるに留めた。
如何なる経緯が在って、何が起こったのか、知らねば始まらない。
「頼む、教えてくれよ、どういう事なんだ」
噴き出しそうになる感情を抑えながら、尋ねると、女は椅子を示す。
「云っただろう、友よ。 話さなければならない、とね」
焦った所で何も始まらず、寧ろ事態は悪化するだろう。
であれば、先ずは女の云う通りに落ち着いて事態を把握せねば成らない。
今すぐ街へ駆け付けたいが、良は敢えて椅子へと座った。
*
良と女を乗せた車は、勝手に走る。
何処へ向かって居るのかは聴かされて居ないが、良はある想像をしていた。
巨大な建造物に、人々が繋がれる。
其処で行われるのは【機械による支配】といった想像。
しかしながら、行けども行けども、どうにも巨大な建築物は見えない。
「……ん? アレは……」
それどころか、やっと見えたのは、どう見てもただの平屋であった。




