戦慄の作戦! 地球からの追放!? その32
迫り来る敵を、現地の組織と共闘し退けた悪の組織。
ひとまずは、一時の安息を得たといえる。
だが、まだやるべき事は残されていた。
それは、元の世界への帰還である。
その為に、先ずはと調査が行われていた。
*
悪の組織から【博士】と異名を取る高橋リサが造ったという謎の機械。
鬼神の言った通り、木箱には装置と紙切れが数枚入っていた。
先ずはと、装置と紙を取り出し、目を通す。
「……って、私……こんなに字が……」
印刷されたモノに比べると、擦り切れた紙に残された文章はお世辞にも綺麗な文字ではない。
字の上手い下手はともかくも、とりあえずと、先へと目を進めた。
「ええと……何々?」
設計図ではない為、装置の具体的な構造といった事は書いていない。
在るのは使用方法と、少し長めの文である。
どうやら、過去の高橋リサは、この土地に来てからと云うもの、長い年月を掛けてこの怪しげな機械を造ったという。
それだけでなく、多少の手記も残されていた。
【コッチに来てから一週間 左も右も解らないけど、良さんが居るから何とかなると思う だから、私も何かしないと思って、コレを書こうと思う】
「あ、そう……なんだ……二人だけ……かぁ」
手記を書いたのは他でもないリサだが、あくまでも同じ人物ではない。
顔も遺伝子も同じ人物では在るが、違う。
ふと、リサは二人きりという事実に複雑な気持ちを抱いていた。
【良さんの悪い癖が出ちゃった 奴隷制が気に食わないって、街一つ丸ごと相手なんかするから、私達はこれでお尋ね者】
「うわぁ……ムチャクチャだよ」
実際に見た訳ではない。 それでも、リサには想像が容易と言えた。
何処かの街で、暴れ回る良が頭に浮かぶ。
【コッチに来て、1ヶ月くらいだと思う 何とか帰りたいけど、何から始めたら良いんだろう】
設備どころか、マトモな工具すら無い世界にて、如何に苦労したのかは想像に難くない。
次に目を通すと、博士の鼻がウンと唸った。
【記念日だから書いておこうと思う 良さんと、しちゃった ホントは、そんな事は書き残さなくて良いって言われてるけど、せっかくだから残そう あの三人が見たらどう思うかな?】
具体的に何をした、とは記されていない。
それが何故なのか、本人にしか解らないが、リサは同じ自分の文字に唾を飲んだ。
「いや、ホントに、書かなくて良いのにぃ」
実際には何も体験した訳ではないが、やけに胸の辺りにむず痒い感覚。
有り体に言えば、こっぱずかしいである。
ふと、落ち着こうと深呼吸をした。
「変なの……自分じゃないのに、自分からの手紙とか」
思えば奇妙な話だった。
既に居ない自分が書いた手紙を、別の自分が読んでいる。
ただ、同じ人物故か、何故だかリサは紙に文字を書き残したであろう自分に、親近感を感じていた。
【何年か経ったのに、まだ、帰れる方法が思い付かない チョコレート食べたい】
リサの目線で言えば、彼女は異界に来てから数日しか経っていない。
それに比べると、手紙の中の自分は長い時を過ごしていた。
【正確には解らないけど、たぶん、ハタチになった 大人に成った私を見たら愛さんはなんて云うだろう? 声が聞きたい いまごろ、どうしてるのかな】
年月の経過というのは、手紙を読んでいるだけのリサには解らない。
あくまでも、手紙の中に書いてあるだけなのだ。
「そっかぁ……二十歳……かぁ」
何時かはリサと年を取るが、それはまだ先の話であり、未来である。
しかしながら、手紙の過去の自分は、あまり喜んでいる様子ではない。
【大発見!! いっぱい時間が掛かっちゃったけど、とうとう思い付いた! 腕にはめてるブレスレットと、バッテリーの切れたスマホを加工しようと思う】
過去の自分の言葉に、思わずリサは手首の腕輪を見た。
ソレは、過去にとある場所にて発見した変身用の道具である。
如何なる原理にて動作しているのか、まだ調べていない。
「時間だけは、いっぱい在ったんだね、私……」
希望を見出したからか、手紙の文字は力強い。
続きが気になり、目を戻す。
【何とかなると思うけど、部品がぜんぜんたらない でも、良さんに頼んだら予備を使って良いって云われた 帰れば、すぐに代わりは作れる】
此処で、リサは何故に鬼神の身体がボロボロだったのかの理由を知った。
ソレは、過去の自分が装置を造る為に使ってしまったという。
「うーん……でも、仕方ないのかなぁ」
無いので在れば、修理など出来る訳もない。
【どうしよう 結婚して欲しいって、いわれた】
「へ? うそ? 誰に?」
意味は無いのだが、思わず問い返してしまう。
しかしながら、返事が返ってくる筈が無く、手紙を読み進める。
其処で解ったのは、求婚の相手は良ではないということである。
【良さんに聞いたら、良いよって どうしよう 止めてくれない】
「え、なんで……」
リサは理由を想像した所で、口を噤んだ。
至極当たり前の話だが、改造人間は子供を為せない。
そして、他でもなく良を改造人間に変えたのはリサだった。
だからこそ、過去の良が、悩むリサを敢えて突き放したという事は伝わる。
それに対して、自分がどう思ったのかも。
【子供が産まれた 名前はリルムって付けてくれた 名付け親は良さん 父親のガルムと私から取ったんだそう】
一文を読んだリサの目が、丸くなる。
過去の自分には、夫が出来て、然も子供まで居るという。
思わず、無性にその画が見たくなる。
だが、写真といったモノは木箱には無かった。
仕方なしに、続きを読む。
【とうとう私も三十路 こんな歳に成って想うけど、良さんが羨ましい あの人は見た目が変わらないから】
思わず、リサは自分の顔を指先で触る。
果たして、過去の自分はどの様な姿なのか、ソレを知る術は無い。
【どうしよう 良さんが罠に掛けられて、腕が無くなってしまった 穴の中の女の子は助けられたけど でも、部品はもう無い アレをバラす訳にはいかない どうしたらいいんだろう 私は何もできない】
荒れた文字から、如何に当時の自分が焦って居たのかが伝わる。
装置の開発の為に使ってしまった以上、直す術がない事はリサだから解る。
確かに、良の身体には異能を消し去る装置が搭載されている。
だが、それを作動させるには両手を用いねば成らない。
片腕を失った以上、装置は待機状態のままであり、その効果は良の身体から僅かの範囲にしか効果を示さない。
その事を知っているリサだからこそ、背筋に冷たいモノを感じた。
異能に対して、良は天敵とも言える。
だが、腕を失った時点で装置が起動出来ないという事は、圧倒的な利は消え失せる。
【また家を無くした もう数えるのは止めよう】
淡々とした言葉から察するのは、その時の心情。
手紙にはどの様な経緯で家を失ったとは書かれていないが、既に何度となくそれを経験しているのは伝わる。
「どうしよう……」
何かをしたくとも、今のリサには何も出来ない。
既に起こった出来事であり、全ては過去であった。
【あの人が死んじゃった 良さんは謝ってくれたけど、彼のせいじゃない だけど、リルムにお父さんの事なんて言えばいいんだろう】
亜人達と良が戦い続けた歴史に関しては、リサも多少は知っている。
それは、あくまでも【こうであった】という事でしかなく、詳細は解らない。
それに対して、自分が残した手記には、リサの目線が記されていた。
夫が死んだという事に、文字は僅かに滲みが窺える。
出逢った事すら無いの筈なのに、思わず、リサは唇を噛んでいた。
【いっそのこと、逃げようと思った でも、ダメだった 装置は動かない 動かすには電気がたくさん要るけど、発電所なんて無い 良さんに頼んでも無理だと思う 他の人達を置いて、自分達だけ逃げ出そうなんて、私も云いたくない】
夫が死んだ事から、リサは一度は装置を使おうと試みたのだろう。
今のリサには、過去の自分の気持ちは解らないではなかった。
どうせなら、何もかも放り出して逃げたく成る時もある。
【良さんの脚が無くなっちゃったのに、何も出来ない 部品も無い カンナ アナスタシア 愛さん 誰か助けて】
実際には悲鳴が聞こえた訳ではない。
それでも、リサは思わず手で口を覆ってしまう。
書いた際に、指が震えたのか文字も歪んでいた。
【あの子が死んだ 良さんの代わりなんて出来っこないのに どうして私の云うことを聴いてくれないのか 私が戦えたならあの子を助けられたのに どうして私はあんな物をつくったんだろう 後悔ばっかりしてるけど、もうあの子はいない】
其処まで読んだ所で、リサは紙を伏せていた。
過去の良は戦闘不能に陥ったとなれば、其処から先がどうなるか。
生身で異能と戦う事など、自殺行為に他ならない。
願望が人を煽り、希望が人を縛り付け、絶望が心を殺す。
一度は帰ろうと夢見たリサだったが、結局はそれを選ばず、別の道を歩むしかなかった。
此処から先を読むという事は、過去の自分の行く先を見ることに他ならない。
胸の内では、今すぐ過去の自分を助けに応じたい。
だが、それが出来る筈もなかった。
恐る恐る、リサは紙を手に取る。
以前、洞窟の中で出逢った良は抱き付いて来た。 それだけでなく、泣いてもいる。
読みたくない、同時に読みたい。
好奇心は猫を殺すという諺も在るが、どちらかと言えば好奇心が勝った。
裏返しにした紙を、ひっくり返す。
【この世界の一年が地球と同じかはわからない だけど、もしそうなら、私はとうとう50歳という事になる 愛さんが見たら、私だってわかってもらえるかな】
記録を読むのは一瞬の出来事に過ぎない。
だが、コレを記したで在ろうリサは、想像以上の時を生きていた。
【何度も何度も逃げた でも、ようやく落ち着けるかも知れない 動けなくなった良さんはずっと洞窟に居る だけど、訓練の時だけは顔を見せてくれた でも、悪いことばかりじゃなかった ベアトリスに孫が出来て、名前を付けてって頼まれたからカンナって名をあげたら凄く喜んでくれた】
知った名前の記録に、リサは目を見張る。
ずっと昔の自分は、知っている名前を他人に贈っていた。
せめてもの慰めか、はたまた単なる気紛れなのか、それは知りようがない。
【みんなの顔が見たい みんなの声がききたい 病気になっちゃったけど、病院なんて無いのはわかってる 死にたくない 帰りたい でも、私が死んだら、良さんはほんとにひとりぼっち もし、これを誰かが読んだなら、助けてあげて】
其処で、手記は終わっていた。
恐らくだが、書いていた過去のリサが居なくなったという事になる。
全てを読み終えたリサは、ソッと紙を抱いた。
「……謝れば良いのかな、ありがとうかな……わかんないけど……任せて」
装置の使い方に付いては、問題は無い。
今はただ、リサは過去の自分に複雑な想いを馳せていた。




