戦慄の作戦! 地球からの追放!? その31
国を挙げた決戦の筈が、蓋を開けて見れば結果は違う。
総力戦と集めた筈の者達は、尽く捕まっていた。
*
手足をへし折られ、痛みに呻く者も在れば、ただ心配そうに辺りを窺う者も居る。
そんな中でも、荒縄と布でグルグル巻きにされた指揮官と、逆に手首だけを拘束された女騎士を、鬼神が見ていた。
『さぁてと……どうしたもんかね?』
もはや戦の勝敗は決している。
敵を皆殺しにするなり、全員を拷問に掛けるなり、煮るも焼くも自由であった。
一カ所に集められた一団の前で、鬼神は左右へとゆっくり歩いていた。
『なぁ、お姉ちゃん。 どうしたら、止めてくれんだろうな?』
指揮官が動けず喋れない以上、別の者に鬼神は交渉を持ち掛けていた。
他の者に関して言えば、誰も喋ろうとはしない。
其処で、唯一無傷の女騎士が歯を剥いた。
「貴様が……」
『お?』
「貴様が国を脅かす化け物だからだ! だから、我々はこうして……」
『で? 俺が何かしたのか? 女の下着でも盗んだってか?』
声を遮られ、何も云おうとしない女騎士だが、実は答えに窮して居た。
国の伝わる【シノハラリョウ】という魔人の伝説は数多に渡る。
専らは、その戦いの記録の様なモノだが、実は魔人が何かを仕出かしたというモノは多くない。
寧ろ【勇者や英雄達が魔人へと向かって行った】という話は山ほど存在して居る。
そんな伝説とも言える鬼神は、少し腰を折り曲げ膝に手を当てる。
『ことわっとくぜ、お姉ちゃん? 何時だって、襲って来るのはソッチさ』
云いながら、鬼神は騎士を指差し、云われた女騎士だが、必死に頭を巡らせた。
何か言い返せずには終われない。
何も手が出せない以上、せめて口だけでも動かそうとする。
「……嘘だ! 貴様が、先に街一つ燃やしたんだろ! 記録だって残ってる!」
火の無い所に煙は立たずと云う通り、物事には原因が在る。
何も無ければ、何も起こらない。
書物の中には、魔人が一つの街を焼き払ったという伝説も残されていた。
必死に文章を読みあさった騎士の声に、鬼神が唸る。
『街を燃やした?』
数秒間、必死に唸った鬼神がハッと成った様に兜を揺らす。
『あぁ! アレかぁ……まぁ、確かにそういやそうだったなぁ。 別に放火なんざしちゃいねぇが……』
何かを思い出した様に、ポンと手を鳴らす鬼神。
『……でもよ、俺がなんでそうしたのか、お姉ちゃんは知ってんのか?』
問われた所で、答えられない。
何故ならば、書物には【魔人か街を焼いた】としか書いていなかった。
その理由についての詳細な記述は無い。
ただ、坦々と如何に魔人が恐ろしいかが残されているだけである。
何も言わない騎士に、騎士は鼻で笑う。
『知らねーみたいだな? 俺はこう見えて長生きでな、色々憶えてんだ。 だから、教えてやるよ。 あの街じゃな、彼奴等みたいのが大勢居てな、屑な連中に奴隷にされてた。 だから、ムカついたんで街ごと潰してやったんだよ』
そう言うと、鬼神は自分の後ろに待機している黒装束達を示す。
亜人の扱いに付いてだが、女騎士も知っては居た。
単純な労働力として使われるモノも居れば、別の使い道も在った。
見目優れるモノは、その容姿から愛玩物として飼われている者もいる。
だが、何にせよ扱いは誉められたモノではない。
幼子の内から飼われても、気に入らなければあっさりと捨てられる。
中には、玩具の如く扱われ死んでいった者も居た。
歴史や記録を記す者が、都合が悪い事を削除するのは珍しくはなかった。
『あんた貴族ってんだろ? 知らねーとは言わせねえぜ?』
表面的には整った貴族階級でも、ひと皮剥けば中身は変わらない。
住む家や食べ物が違っても、生き物が変わる訳ではなかった。
仮に、小さい鉢の中の金魚を大きい硝子の箱に移した所で、金魚は金魚に過ぎない。
また別の場所へと移しても、本質はそのままである。
『ま、だからって今更特権階級はやめらんねーよなぁ? 辞められる様なら、お姉ちゃんはこの場に居ないだろ』
戦う事でしか、生きる術を知らず、今までそうして来た。
だが、事此処に至るまで【負けたらどうする?】という点が抜け落ちている。
この場にて首を切り落とされても、文句は言えない。
「……どうしろと云うのだ」
『あん?』
「他に生きる道など、知らない……」
騎士として産まれ、騎士として育てられ、今に至っている。
何一つとして他を知らないという女に、鬼神は鼻で笑った。
『脳味噌どっかに置き忘れたか? 生きるだけなら難しい事じゃねぇだろ。 そんだけの器量が在りゃ、何やったって良いだろうに?』
意外な程に、騎士の悩みを鬼神は文字通り吹き消した。
『誰かに云われてそのままか? コレしろあれしろ、仰せのままにってな。 そんなもんはよ、家畜ってんだぜ? 奴隷以下だ』
強制的に従わざるを得ない奴隷ですら、反目心は消えない。
あくまでも、命を長らえる為に敢えて苦難に耐える。
だが、それすら失せて相手の云うなりは、もはや奴隷でもない。
鬼神は、騎士を【家畜】と称した。
「私が家畜だと!? 無礼……な!?」
流石に、鶏や豚、牛という扱いに騎士は激昂する。
が、立ち上がった所で、その細首に鬼神の手が掛かった。
『どうする? なんなら、この場でバラバラにしてやろうか? 楽に成れるぞ』
赤々と輝く目に、騎士の膝は震えた。
今まで培った筈の気概など、何の役にも立ちはしない。
恐怖から涙する騎士に、鬼神は手の力を緩めた。
腰を落とし咳き込む姿に、兜からは溜め息が漏れ出る。
元々脅しだけであり、本気で殺すつもりなど無い。
そもそも全滅させる気だったなら、今頃、騎士を含めた全員が地面に虚ろな顔で転がっていただろう。
『どうしたもんかねぇ……』
背中に【不殺】の看板を掲げている以上、殺す事はしたくはない。
かといって、背負った看板を下ろす事もしたくない。
唸り悩む鬼神の近くに、片角の壮年が近寄った。
「悩む事など無いぞ、首領。 いや、此方では……鬼神殿……かな?」
掛けられる声に、鬼神は兜を指先で掻いた。
実際には頭を掻いたつもりなのだが、癖でもある。
『随分と、懐かしいっすね、剣豪さん』
「君も、名前がこそばゆい様だな」
古い友人同士といった二人。
時間がどれだけ経とうとも、それは問題ではない。
『まぁ、そっすけど……あ、そうだ、悩まなくて良いって、どういう意味っすか』
問われた壮年は、チラリと一団を見る。
中には自分では歩けそうもない者も居るが、全員がそうではなかった。
「簡単だよ。 解放してやれ」
唐突な壮年の提案に、黒装束達も僅かにざわついた。
だが、鬼神が手で制せば、声は止まる。
『かいほーたって……』
単純に言えば、見逃せという。
だが、それをするとなると、後でどうなるかが不安であった。
それでも、壮年は余裕を崩さない。
「今更、彼等も抵抗はしまい。 痛い目に散々あったんだからな」
そう言うと、壮年は息を吸い込む。
「君達は、誰一人として殺さなかった。 それだけでなく、ほぼ一方的に彼等を制圧して居る。 コレだけで、国中の者達は君達を畏怖するだろうな。 国中の英雄達を歯牙にも掛けない魔人衆、とね」
云われて見れば解ることだが、壮年の云うことも間違いではない。
此処に集まった集団は、単なる寄せ集めではなく、魔人を倒す為に集結した精鋭である。
その筈が、為す術も無く全滅させられた。
この一点だけでも、あっという間に国中に話しは広まるだろう。
伝説の魔人が復活しただけでなく、ソレが仲間を引き連れて勇者や英雄達を打ち倒してしまった、と。
それだけでなく、殺さないという事はソレほどに戦力に差が在る事を示している。
壮年の声に、鬼神は兜を何度か縦に揺らした。
『それも、そうっすね……それに、看板を簡単に下ろしたら格好が付かねぇや』
そう言うと、鬼神は英雄達に向き直る。
『ま、聴いた通りだ。 今日は、テメェらを生かしといてやる。 精々、俺様達の悪名を広めてくれや……ただな』
一旦言葉を句切ると、鬼神は英雄達を見渡す。
『面は憶えたからな? もし、次に見掛けたら、その場で二度と歩けない様にしてやる』
脅しを兼ねてそれだけ云うと、鬼神は一団に背中を向けた。
誰もが見ている前で【不殺不敗】の四文字が踊る。
『野郎共! 帰って一杯やろうぜ! 祝杯だ!』
そんな鬼神の声に、黒装束達は一斉に勝ち鬨の声を張り上げた。
*
去っていく悪の軍団と悪の組織。
遠ざかる姿に、騎士は目が離せなかった。
既に手首の戒めは解かれ、動きを遮るモノは無い。
にも関わらず、騎士はジッと遠ざかる魔人を見てしまう。
何故ならば、実のところ彼女には、伝説の魔人は別の姿に見えていた。
英雄の軍団に混った凡人の彼女だからこそ、見えるモノも在った。
件の魔人達は、徒手空拳にて、一切の武器を用いない。
姑息な戦法も無ければ、念の入った計略も無く、虚仮威しではない。
捉えた捕虜の女性を辱めもしない。
ただ悠然と立ち、正々堂々と相手に立ち向かい、討ち倒してしまう。
それだけでなく、決して相手を殺さず、あまつさえ倒した敵を逃がすという暴挙。
軍人として言えば、愚か者どころの話ではなく、狂ってすら居ると思えてならない。
しかしながら、同時に魔人は在るモノと重なる。
幼子が親から読み聴かされる様な本に在る御伽噺。
騎士は、かの魔人の背中に【英雄】という言葉を頭に想い浮かべ、重ねていた。




