戦慄の作戦! 地球からの追放!? その17
夜が明ければ、朝が来る。
そんな中、家の外から差し込む光と音に良はふと気付いた。
「……うん?」
小鳥の囀りとは違い、規則的なソレは、人の声。
「なんだぁ? ラジオ体操なんか在んのか?」
改造人間の耳は、小さい音でも拾ってしまう。
チラリと窺って見れば、隣の壮年は起きているのか寝ているのか、相も変わらず夜が明けても壁に凭れていた。
「ウーン……」
起床時間の制限は受けては居ない。
とりあえず、音の正体を探らんと、良はベッドから降り立った。
*
戸から出れば、音の正体が見える。
夜明け早々にも関わらず、人が集まっていた。
年の頃中学生か高校生ぐらいの者達は、二人一組にて組み手を行う。
若い見た目ながらも、その技は実に本格的である。
もっと幼い子供も集められては居たが、彼等はと言えば、ひたすらに反復練習に励んでいた。
「「「せぃ! やぁ!」」」
掛け声と共に、拳を繰り出し、蹴り上げた。
まだ子供にも関わらず、整列しての訓練は非常に見栄えがする。
無論の事、誰もが好き勝手にそんな事をしては居らず、指導役が目を光らせる。
その中には、昨夜のクラウディアも含まれて居た。
「ほぉ……こりゃあ……大変だ」
一見する分には、街の道場なり体育の授業を想わせる。
だが、直ぐに何故そうするのかを良は理解した。
まだ遊びたい盛りの子供達にも技を仕込むのは、それが必要だからだ。
決して健康の為や冗談としてやっている訳ではない。
研鑽が足りなければ意味が無く、戦場では死ぬ。
中途半端では、その命を投げ捨てる事になる。
だからこそ、訓練に励む誰もがその顔は必死であった。
「そっか、遊びじゃないんだよな」
ボソッと良が、そう言ったからか、ふとクラウディアが顔を向けてくる。
「おはよう御座います。 き……しのはら様」
「いやいや、別に様なんて付けなくて良いさ……あ、クラウ、ディアさん?」
「クラウで良いですよ、貴方なら」
「えぇ、あ、はい」
別に自分が彼等に技を仕込んだ訳ではない。
謙遜する良だったが、ふと、在ることに気付いた。
「……ところで、武器とかは練習しないんすか?」
良の質問に、クラウは困った様な笑みを覗かせる。
「えーと、はい。 一応の練習はしますが、専らは素手ですね」
そんな説明に、良は首を傾げる。
「どうしてまた? 武器使った方が、楽じゃないですかね」
思い付いたままを質問すると、クラウが苦く笑う。
笑われる様な事を云ったつもりが無い良は頭を掻いたお茶を濁す。
「あー、その……」
「いえ、貴方を笑った訳ではないのです。 ただ、昔に私も、鬼神様に全く同じ事を尋ねましたので」
どうやら今の良と全く同じ質問を、昔のクラウはしたという。
その質問を誰にしたのかは、云うまでもない。
「じゃあ、なんて答えたんです?」
自分の言葉を他人から尋ねるというのも奇妙だが、湧き出た疑問が答えを欲する。
「武器は確かに便利では在ります。 ですが、何時でも在る訳でもなく、ましてや、奴隷が持たされる訳も在りません」
クラウの声は、昔を思い出す様な色があった。
在る意味で、良は彼女の過去を聞かされている様な気がしてくる。
「でも、素手の技ならば、身に着けてしまえば誰も奪えません。 決して奪う事が出来ず、持たざる者に取っては最良の武器でも在るんです」
恐らく、今のクラウにその言葉を仕込んだのはこの世界の自分なのだろうと、良は自然に察していた。
「ところで」
「はい?」
「一汗、かきません?」
「へ?」
いきなりのお誘い合わせに、良は素っ頓狂な声が漏れた。
*
何の因果にて、異界でこんな事をしているのか、良にとっては甚だしい疑問である。
朝っぱらから何故だか人前にて組み手を行わねば成らない。
そんな自分に【寝ときゃ良かった】と良は内心思う。
クラウと対峙するのは、コレが初めてではない。 ただ、違いは幾つもある。
先ず、前回とは違い彼女は顔を晒し、黒装束ではない、
加えて、幼子達は興味津々と目を爛々とさせて見物している。
「……やり辛ぇなぁ」
戦う事が好きかと問われれば、別に良にはそんな趣味は無かった。
敵が襲い掛かって来るからこそ、払い除けはするが、仕掛ける気は無い。
ましてや、知り合いの女性が相手という事に一番気が引ける。
「どうぞ、遠慮は無用です」
「いや、そう言われましても」
組み手はとうに始まって居るが、良とクラウはお互い動かない。
先にじれたのは、見物客の子供達である。
「ねぇ、あのオジチャンどうしてうごかないの?」
舌っ足らずな声には、遠慮が無かった。
幼さ故に、思った事をそのままに出してしまう。
「おじちゃ……どいつもこいつもまぁ」
改造人間とは言え、自分の年齢までは忘れた訳ではない。
だからこそ、良にとって【オジサン】という声は辛かった。
かと言って、怒鳴り散らすといった大人気なさすぎな行為をする気もない。
そんな困り果てる良に、クラウが「では」と間合いを詰めてくる。
本人にその気が在ろうと無かろうと、向こうから来ると在れば良も渋々と構えを取る。
両者の距離が詰まれば、流石の子供達も押し黙る。
そして、半歩進めば互いの腕が届く距離まで縮まった。
それでも、やはり良は依然と同様に自ら動こうとはしない。
「どうしました、間合いですよ」
「知ってる。 でもな、戦わずに済ませられるんなら、その方が良い」
自分なりの矜持を語る良に、クラウは複雑な顔を覗かせる。
何かを思い返したのか、困った様でもありながら嬉しさも滲む。
「……やはり、同じなんですね」
ポツリとそう言うと、クラウが息を吸った。
意を決した様に、俯かせた顔を上げて動く。
パッと腕を伸ばして、良の手首を取る。
捻りを加えられると、身体は自然と関節を守ろうと反応してしまう。
絡めた腕を起点に、クラウは良を前屈みに倒そうとする。
力任せに逆らう事も出来るが、良は敢えて逆らわずに、寧ろ自分から上半身を前へと倒しつつ、同時に地面を蹴った。
子供達の前で、投げ倒れる筈の良がクルリと身軽に宙を回る。
一回転してしまうと、今度はクラウの方が逆に絡めた腕を決められる形と成った。
その気になれば、肘と肩の関節を壊せるが、良にその気は無い。
ただ、クラウにせよ指導者としての面子が在る。
良が前方宙返りにて技を返した様に、彼女は逆に後方へと宙返りをしてみせる。
絡み合った腕が、元通りに離された。
「さっすが……俺なんかより動きが良いや」
賞賛を贈る良の声に、クラウは僅かに唇を噛む。
「そう、ですね……貴方も」
誉められた割には、難しい顔を覗かせるクラウ。
何故そんな顔を見せるのか、其処までは良には解らない。
頑固だと評された割には、あっさりと引いてしまう。
時間にすれば、数秒間の攻防にも関わらず、子供達から声が挙がる。
「オジチャン、すごーい!」
「せんせいもだよ! くるんと回った!」
子供達からの評価は上々なのだが、一つだけ引っ掛かる。
お誉めの言葉を別にしてみれば、呼び名が変わらない。
その方が、良に取っては辛かった。
「あのなぁ……俺はまだ……ん?」
子供達の声援に混じり、拍手が聞こえる。
音の方へと目を向ければ、其処にはいつから其処に居たのか壮年が立っていた。
「いや、朝から精が出るね、首領」
「どうせなら、どうっすか?」
タダで見物させるというのも何だからか、良は壮年を誘う。
誘われた事に対して、返事として手を軽く振った。
「いや、止めとこう、格闘は得意じゃない。 それに年寄りの冷や水とも云うだろう」
剣豪という異名を持つだけ在り、壮年の剣の腕は確かである。
とは言え、格闘がまるで出来ないという事ではないのだろうが、敢えてわざわざ嫌がる相手に仕向ける程に良は野暮でもない。
「そういや、何か在るんですか?」
「ん? 勘がね……そろそろだって教えてくれたんだよ」
相も変わらず、要を得ない壮年の声に、良は首を傾げる。
「はい? 勘……ですか?」
言葉を吟味するならば、彼は何かを感じ取ったと言う。
では、その【何か?】とは何の事なのかを良は腕を組んで考えた。
よくよく頭を巡らせると、何かを忘れている様な気がする。
然も、それは忘れようモノなら大変な事に成りかねない。
しかしながら、喉に引っ掛かる小骨が如く、パッと出て来てくれない。
「あっるぇ……なんか、忘れてる様な?」
必死に鼻を唸らせる良。
そんな彼に、答えを告げる様に在る声が響く。
「た、大変だぁ!? 何か変なモノが里に向かって来るぞ!」
それを云ったのが誰なのかは定かではない。
大事なのは、遠くから響き渡る警笛である。
誰がハンドルを握るにせよ、必死な形相でハンドルの真ん中を叩いている姿が浮かぶ。
が、知らぬ者に取っては不気味な音だろう。
「なに! なんのおと!」
怯える子供達を、クラウが慌ててかき集める。
「皆! 早く子供達を家に!」
唐突な事態に蜂の巣つついた様な騒ぎが起こってしまう。
そんな中、良が両手を広げた。
「えー、皆さん! 落ち着いて! 大丈夫ですから……たぶん」
良が騒ぎを抑えようとするのには理由が在った。
そもそも、この異界に置いて、警笛を鳴らせるモノがどれだけ在るか。
世界中探し回れば、或いは見付かるかも知れない。
だが、そんな不確かな仮説を建てるぐらいならば、知っている物を思い出した方が速いだろう。
森を蹴破る様に、隠れ里に姿を現したのは、バスである。
傍目には、怪しい巨大な昆虫が現れたと言えなくもないが、その姿を忘れる程に良は呆けては居ない。
ただ、明らかに場違いなモノの登場に、良は頭を掻いた。
「やっべー……完っ全に忘れてたなぁ」
今から、どう言い訳をすべきかに、良は頭を悩ませていた。




