世界征服の魔の手! 悪の軍団現る! その2
温泉旅行という悪の計画が着々と進められる中、別の場所でも、また別の計画が進められていた。
*
照明が暗いせいか、集まっているであろう面々の顔はよく見えない。
それでも、数人が丸い円卓を囲んでいた。
「由々しき事態だぞ」
低く響く声に、別の者からウムと音がする。
「左様、あの忌まわしき篠原良めが、またしても支部が落とされたと聞いている」
そんな報告に、円卓を囲む一人がバンと天板を叩いた。
「たかが裏切り者風情にこれほどまでに好き勝手にされようとは! 何故だ!? 奴とてただの改造人間に過ぎんかった筈だぞ!!」
響く怒声に、また別の方から唸る声がした。
「確かに、たかが改造人間ではあるかも知れん、 が、かの者の周りを囲む力は余りに大きい」
嗄れ声を合図にか、壁の一面がパッと灯った。
映画のスクリーン程の大きさに、一人の少女が映る。
何処かの学校の制服を纏って、同級生らしき誰かと歩く姿。
「先ず一人目。 一見する分には大した事もない小娘だが、一度変身をすれば並みの改造人間では手も足も出ない 」
スクリーンに映し出されるのは【魔法少女 川村愛】と実名入りの画像。
次々に、通常の人間とはかけ離れた動きの記録がまざまざと映し出された。
箒にも似た何かをスノーボードが如く乗り、雪の上ではなく空を舞う。
素早く空に線を描く様に動いたかと思えば、航空機には有り得ない直角の旋回。
それだけに留まらず、手の中の小さな杖を振れば、大砲が如き光線を放つ。
そして、何も飛び回り壊すだけが脳ではない。
一度、魔法少女が杖をグルリと回せば、兵隊だろうと改造人間で在ろうと、原理不明の力で捕縛し、捕まってしまう。
「かような化け物を手中に抱えているだけでも、厄介この上ないというのに」
残念そうな声に続き、別の誰かがスクリーンへと映し出された。
傍目には、背広姿の青年という出で立ち。
そんな青年の名を示すが如く【星人】と文字が浮かぶ。
「この者もまた、厄介だ。 今でこそ、奴は組織に席を置いて居ないが、いざという時は篠原良の助力をしてしまう」
ただの青年ではないと、示す様に、映像が移り変わる。
其処には、青年が怪しげな動きと共に、黒と白というモノトーンな構成の巨人へと変わるが映った。
巨人と化したセイントは、目を黄色に輝かせ『デャア!!』と声を張り上げる。
そして、空中から飛んでくる飛翔体に向かって、腕から怪しい怪光線を放ってみせた。
「この者などは正に怪物そのものだよ。 こんな厄介な宇宙人が居ようとは」
溜め息混じりに、またしても映像が切り替わる。
「怪物……という点に置いては……此方もですな」
そう言う声を合図に、スクリーンには、実に怪しげな機械が映し出された。
傍目には人型だが、有り体に言えば、子供の玩具のロボットに見えなくもない。
売り文句を付けるなら【新発売、変形ロボ!】と付くだろう。
だが、それは玩具ではなく、大きさはビル程も在った。
「一体全体、何処からあんなモノを引っ張り出したのだ? 大型の人型機動兵器など机上の空論の筈だぞ?」
「空論だろうがそうでなかろうが、脅威で在ることに変わりはない。 事実、我々の有する兵器ではとてもではないが破壊も出来ないのだ」
夢物語としか思えない映像が、スクリーンには在った。
巨大なロボットが、陸海空を問わずに八面六臂の戦いを見せ、終いには可変して飛び去っていくという、馬鹿げた映像。
これだけでも、顔の映らない面々には悩ましい。
「では次に、篠原良への資金提供者と思しき女だが、ただの女ではない」
パッと映像が変わるが、今度の画は動かない。
それだけでなく、誰かが慌ててカメラを使ったかの如く不鮮明であった。
ただ、解るのは、確実に撮ったであろうカメラを見ているという点がある。
パッと映像が変わるが、スクリーン一杯に【UNKNOWN】と映った。
「なんだ? この不明というのは?」
投げ掛けられる疑問に、誰かが唸る。
「ソレなのだが、この女の素性に付いては、全く持って見当が付かない。 如何なる国のデータベースにも載って居らず、本当に居るのかすら疑わしい。 この画像に付いても、高倍率の望遠を用いてようやく一枚だけ撮れたものなのだ」
報告に対して、ムンと誰かが声を漏らす。
「撮れただと? 衛星で監視すれば良いではないか」
最もらしい声だが、報告者は力無く首を横へと振った。
「ソレが出来る様なら誰も苦労はせんのだよ。 やろうと試みた者だが、瞬く間に基地内のコンピューターをハッキングされ、挙げ句の果てには基地内の自爆装置を遠隔にて起爆、中身ごと蒸発させられてしまった。 たったの十数秒で、な」
円卓の場を、重い空気が覆った。
誰もが、暗い故に見えては居ないが、苦悩を顔浮かべている。
その光景は、正に敗戦の将といった様である。
重い空気に耐えかねたのか、在る一人が顔を上げた。
「……いっそのこと、降伏……というのは?」
出された案に、場の視線が集まった。
このまま続けたとしても、勝てる要素がない。
影の組織どころの話ではなく、首領である篠原良率いる悪の軍団はもはや手が付けられない程に大きくなっていた。
負けて消えるぐらいならば、寧ろ組織の裏切り者へと降伏を申し出る。
在る意味、光明とも言えなくもない。
方法がどうであれ、篠原良が率いる軍団は確実に世界征服を企んではいる。
最も、そのやり方はお世辞にも悪の組織とは言い難いモノがある。
このまま皆殺しに成るよりはマシと言うものだろう。
だが、次の瞬間、降伏を申し出た者の身体に、全身が光る程の電流が走った。
「うぎゃああぁあああああ……」
悲鳴が上がったと思った途端、瞬く間に、黒焦げの炭と化してしまう。
「ど、どうした事なのだ!?」
焦る面々に応えるが如く、スクリーンに何かが映った。
『久しく、顔を出して居なかったが、まさか降伏の相談とはな』
部屋を覆う様な重苦しい声に、場の面々は慌ててスクリーンへと目を向ける。
「ま、まさか!? その声は!?」
「首領!? 大首領様!? し、しかし」
組織を束ねて居たはずの大首領は、篠原良によって滅んだ筈。
疑問に応えるが如く、部屋に低い低い笑いが響いた。
『我々が、滅んだとでも? 高々一つの端末が落とされた所で、微々たる変化に過ぎん』
自分は健在だと示す声に、オォと声が挙がった。
『我等、真首領が顔を出すからには、もはや勝手はさせん』
現れたであろう親玉に、場の者達は平伏する。
余計な事を口走れば、どうなるかは既に示されていた。
『さて、諸君等が頭を痛めているという篠原某だが、何故手を拱いて居る?』
部下の報告を期待する声に、一人が口を開いた。
「し、真首領、御言葉では御座いますが、かの改造人間は尋常成らざる頑強さ故に、並みの者では手が出せませぬ」
恐る恐るといった報告に、フゥムと音が響く。
『確かに、篠原が纏うスターライト成るモノは人類が創ったにしては頑丈と言えるだろう』
「は、現状の分析によりましては、広島型原爆の九十四個分の衝撃と熱に耐えうると」
『ならば、もっと大きいモノが在るであろう? 確か、ツァーリボンバだったか? それを直接撃ち込めば良かろう?』
真首領が言い出した事に、場の者達は息を飲んだ
語られた爆弾の異名は【爆弾の皇帝】である。
かつて使用されたリトルボーイ級が、TNT換算にて十五キロトン。
比較すると、ツァーリボンバはその三千三百倍となる。
威力だけを考慮すれば問題は無いだろう。
『その様なモノであれば、如何に改造人間とて一溜まりも在るまい?』
出される声に、一人が顔を上げる。
「しかし、真首領。 恐れながら、高が篠原良一人を消し飛ばす為とは言え、周りへの被害が余りに甚大な事に……」
『被害? それがどうかしたのか?』
死の皇帝を使用した場合の被害を全く考慮していない真首領。
それに対して、場の面々は悩む。
確かに、馬鹿げた爆弾を使用すれば、或いは裏切り者を倒せるかも知れない。
しかしながら、その代価としては余りに大き過ぎる。
下手をすれば、たった一人の為に国一つ焼けと言わんばかりであった。
真首領の言葉は絶対ではあるが、同時に問題も在る。
如何に敵が打ち倒せたとしても、そもそも支配すべき人類が居なければ意味が無い。
押し黙る部下達に、スクリーンに映る怪しい影が揺れた。
『フゥム、確かに、裏切り者一人如きの為に他が死んでは意味が無い……か』
どうやら、真首領は爆弾の使用を躊躇っている様である。
その事には、場の者達も思わず胸をなで下ろす。
『では、かねてより進めさせては置いた超人計画は、どうなっている?』
報告を求める声に、場の視線が在る一人に集まった。
尋ねられれば、応えねば成らない。
「は、はい! 真首領様!」
声を張り上げながら立ち上がると、円卓の一部へと手を伸ばす。
真首領が映っているスクリーンとは別に、もう一つが壁に現れた。
映し出されたのは、何やら怪しげな水槽。
単なる水槽ではなく、中に何やら正体不明なモノが浮かぶ。
「ご注文の超人計画ですが、現在の完成度は、ほぼほぼ九割は完成しております!」
『で? 実用化は何時なのだ?』
出来たかどうかを真首領は問うては居ない。
頼んだ武器が、果たして使えるのかが知りたかった。
「真首領の御指図が在りますれば、何時でも……」
『そうか? ならば、今すぐに外に出して試験したまえ』
真首領から命令が出される。
で在れば、部下の返事は決まっていた。
「「「仰せのままに!」」」
それ以外の返事を、彼等は許されては居ない。