悪の組織 最期の日 その28
脳味噌を改造されてしまった者に、後から超人の細胞を移植したならば、如何なる反応が起こるのか。
外科的な処置に因って、当人の意思など無視して従わせるのが脳改造である。
その意味では、餅田の身体は少し事情が違う。
見た目は兎も角も全身は、基本的に人間の全ての部位を含んでいた。
全身は考える筋肉であると同時に、運動する脳味噌とも言える。
ソレを移植された良もまた、完璧ではないにせよ同じ事は出来る。
今ならば、仮に脳味噌だけで放り出されても動き回る事が可能だろう。
そして今、真首領に脳を弄られた篠原良に、超人の細胞が分け与えられていた。
拘束されている以上、多少身体を動かしても台座から落ちるといった事は無い。
問題なのは、本来の細胞が餅田の細胞を組み込んだ時にどうなるのかであった。
「良さん」
不安そうなリサを、ソッと自分の背中へと押す。
万が一何かが起こっても、それならば良は自分盾とする事か出来るからだ。
「ちょお、篠原はん? わては?」
そんな声には【なんで博士だけ?】という疑問が含まれていた。
「え? いやだって、餅田さん……大丈夫じゃ?」
「ひど!? 聴きましたリサはん! こん人見た目判断してまっせ!? そら殺生や」
見た目や言動は兎も角も、餅田の中には男性だけでなく、女性の記憶も封じられていた。
餅田からすれば、良がやっている事は立派な差別だと憤慨ものなのだろう。
「もう! じゃあほら! 私の後ろに!」
「いやん、そない引っ張ったら延びますぅ」
餅田と良のやり取りに業を煮やしたのか、リサが餅田の身体を掴み引っ張った。
「……あーるぴーじーじゃあるめぇに」
良を先頭に、次にリサ、殿に餅田。
隊列だけを見れば、有名なテレビゲームさながらである。
三人の並びが何であれ、台座に固定されていた鎧の動きは止まった。
恐る恐る、先ずは良が近付く。
その背中からは、左右にそれぞれリサと餅田が覗いていた。
程なく、急に鎧がガクンと跳ねる。
すわ何事かと三人は身構えるが、黒い兜からは咳きが漏れ始めていた。
何かが喉に引っ掛かったが如く、咽ている。
程なく、その揺れも止まった。
『……おい、悪いんだが……兜、外してくれないか』
懇願とも取れる申し出に、良は腰を捻ってリサと顔を合わせた。
「どうするよ?」
変身状態の強制解除に付いては、やはり専門家でなくては解らない部分が多い。
と言うよりも、誰でも簡単に出来てしまう様では、技術の秘匿性という点から鑑みても、甚だしい問題である。
「やりましょ、リサはん」
良に問われ、餅田に促される。
博士と異名を持つ少女は、ウンと首を縦に振った。
外し方に付いては、実はそう難しいモノではない。
知っていなければ外し方は解らない様に成っているとは言え、それはあくまでも偽装の為である。
でなければ、緊急時の整備や対応に困る。
別の世界から連れて来られた良にしても、それは同じであった。
幾つかの留めを外せば、兜はズラせる。
程なく、その下の顔が露わになっていた。
「……すまねぇな」
顔が晒されるなり、先ずはと出されたのは詫びの音。
ただ、その声には違和感が在る。
何かを歯で噛んでいる様な違和感。
その原因だが、直ぐにペッと吐き出された。
「なんだぁ、こりゃ……」
思わず、吐き出されたモノを見た良がそんな声を漏らす。
怪し気な機械が、線で繋がれているソレは、まるでクラゲの様であった。
「コレは……」
ソレが何なのか、博士だけは知っている。
本来ならば、改造人間の頭脳に入れるべき機器。
当人の意思など無視して、組織に従わせる為の洗脳装置であった。
ソレを吐き出したからか、その口からは長いため息。
「あ~、もうゴメンだぜ……脳味噌ん中を何かが這い回る感覚なんてのはよ」
本来の脳味噌には運動する機能など無い。
つまり、一度装置を脳髄に入れられてしまえば、排出するのは不可能である。
が、その脳髄自体が動けるとなれば、話は違った。
人が身体に、張り付く異物を手で除去する様に、同じ事が出来る。
その際の感覚は、著しく良くないと語った。
果たして、機器が排出されたとて、洗脳は解けたのか。
ソレを確かめる為に、良は同じ顔へと目を向ける。
「で、気分はどうなんだ?」
良の問いに、同じ顔を持つ篠原良は苦く笑う。
「喉につっかえてた小骨が……抜けた……って所かなぁ」
酷く抽象的な表示ではあるが、意味は解る。
ずっと良の中に在ったであろう装置は、今や意味を為さなかった。
✱
洗脳は解かれた。 だが、まだ黒い鎧の拘束は解かれていない。
それは偏に、今の今まで敵対して居た相手を信用出来ないからである。
口頭にて【俺は洗脳が解けた】と宣った所で、言葉だけで信用をするほど悪の組織はお人好しではない。
加えて、まだ胸の修復も終わっては居なかった。
「ところで、他の連中に付いてはどうなるんだ?」
そんな疑問はある意味では良らしく、最もな事でもある。
「さぁてね、今ん所は全員大人しくしてる……っつーか、動けない様にはしてあるぜ?」
良の声に、う~んと唸りが響いた。
「どうしたもんかねぇ……俺は」
今までずっと真首領の意のままに動かされていた以上、その事恥じたところで何も変わらない。
問題なのは、急に首輪を解かれて放たれてしまったという事である。
「好きにすりゃ良いだろうが……って言いたい所だが、此処じゃあちょっとな」
同じ世界に、二人の同じ人間は必要かと問われれば、答えは難しい。
であれば、本来居なかった方には帰って貰うのが最善と言える。
ただ、そのなると問題も在る。
現在修復中の改造バスを使えば、確かに次元は超えられる。
ただ、行き先が厳密な指定は難しい。
良が率いる悪の組織が帰って来れたのは、運の良さ故である。
更には、移送機自体もこの世に一つしかない。
帰る為にソレを貸してしまえば、悪の組織が真首領の居場所へと向かう事が出来なくなる。
何か妙案は無い物かと、二人の良は鼻を唸らせていた。
「あんの〜」
行き詰まりと思えた所に、餅田が声と手を挙げる。
「はい、餅田さん」
挙手をした生徒を指すように、良が続きを促す。
「次元移送機を拵えたんは、リサはんでっしゃろ? せやったら、もう一個ぐらい作れんとちゃいます?」
ポンと出される餅田の提案だが、難しい問題であった。
そもそも、あの装置を造ったのは確かに高橋リサである。
但し、厳密にこの場に居るリサとは違った。
異界にて読んだ手記にて、何十年と掛けてソレを造ったのは他でもない彼女が一番良く知っている。
「どないだす?」
問われたリサは、僅かに目を伏せる。
創ろうと思えば、実のところ作れない事も無い。
何せ、今の博士が置かれてる状況は全く違うのだ。
何の設備も道具も無い世界にて、文字通りイチから始めねば成らなかったのに対して、今の状況は遥かに良い。
専用の設備、精密な工具、潤沢な材料。 全ては揃っていた。
ただ、一つだけ必要なモノも在る。 それは、博士の力の源である腕輪だった。
思わず、リサは自分の手首に巻かれた腕輪を触る。
ソレを用いて、異界の自分が残した設計図と合わせれば、今一度世界を渡る機械を創り出せるかも知れない。
だが、ソレをすれば、もう彼女は変身が出来なくなる。
その結果に付いては、手記にて嫌という程に知っていた。
「う~んと……なぁ……」
唸る良にしても、方法は在るだろう。
無理にリサから変身用の腕輪を取らずとも、或いは戦闘員の誰かのモノを流用すれば良い。
モノが同じであれば、効果も変わらない。
但し、ソレをされた戦闘員の戦力低下は著しく、ましてや、そんな指示を出せるかと問われれば、良には難しい事だった。
悩む三人を見ていたからか、拘束されたままの篠原良が軽く笑った。
「あ~、その腕輪、一個あればいいのか?」
ポンと出される声に、場の目が集まる。
対して、拘束をされている良はリサを見ていた。
「どうなんだ?」
「それはまぁ……一つ在れば十分ですけど」
「だったら、リサのを使えば良いだろ?」
如何にも当たり前といった声に、若干眉を寄せる博士。
だが、少女の反応に、意見を出した方の良が苦く笑った。
「違う違うって、そう怖い顔すんなよ。 リサっても、もう一人居るだろ?」
思わぬ声には、誰もが僅かに驚いていた。
とは言え、言われてみれば当たり前とも言える。
篠原良が二人居るならば、当然の様に高橋リサと二人居た。
「でもよ、くれって言えばくれるんかね?」
思い付いたままに語る良だが、内心では薄々わかっても居る。
果たして、今まで戦っていた相手から【それ頂戴】と言われて【ハイどうぞ】となるかと言えば、それはあり得ない。
無論の事を、無理矢理に剥ぎ取ろうとすれば可能だろう。
相手が動けない様にしてあれば、何かを毟り取る事はそう難しい事ではない。
「……俺が、やる」
そう言ったのは、拘束されている良だった。
「あんたじゃ、無理だろ?」
「どう言う意味だ、そりゃあ?」
返される質問に、顔だけを器用に動かし、リサへと目を向ける。
「なぁ、俺が腕輪貸してくれって言ったら、貸すか?」
そんな質問には、当然の事の様に首を横へと振る。
「だよな? じゃあ、そっちの俺が、貸してくれって言えばどうだ?」
言わんとして居る事を、誰もが理解した。
リサにしても、共に過ごした良に【お願い】されたなら、吝かでもない。
「だったら、解るだろ?」
他に案が出せないのであれば、選択肢は一つしか無かった。
✱
暫し後、ある場所では変身済みの戦闘員達が門番の如く並び立っていた。
背後の部屋に閉じ込めた者を出さない為である。
響く足音に、二人の戦闘員達はバッと構えた。
『誰か!?』
確認の為に声を掛ければ、現れたのは良であった。
「よう、手間掛けさせてるな」
軽い調子の挨拶に、戦闘員達はビシッと腕を姿勢を正す。
『は! 首領! して、何か御用が?』
「悪いんだが、部屋の戸、開けてくれっか?」
如何に首領の頼みとは言え、戦闘員達も困ってしまう。
閉じ込めている者は、単なる少女ではない。
適当な言葉を当てるのならば歩く戦車である。
『しかし、首領。 奥に居るのは……』
「頼むよ、な?」
片手念仏にて頼まれれば、戦闘員達も嫌とは言えない。
互いに目を合わせ、頷き合った。
『気を付けてください。 今は静かですが、少し前迄はかなり暴れて居ましたので』
首領の後ろには、博士と餅田も同行している事から、戦闘員達も何とか納得出来た。
もし、良が一人だったならば、二人もウンとは言わなかっただろう。
戦闘員の手によって、施錠が解かれる。
「どうも」
「お疲れさんでーす」
それぞれに、労いの言葉を贈るリサと餅田。
この際、僅かに餅田の体積が増えていたが、戦闘員達は其処まで見ては居なかった。




