悪の組織 最期の日 その26
如何に良と同型の型とは言え、出せる力には限りが在る。
更には、胸の大きな損傷が本来の実力を出させなかった。
抑えられては、為す術もない。
だが、口は塞がれては居なかった。
『……川村が来たって事は、結局はイオリの奴も逃げちまったかな……』
残念そうな声に、愛が眉を寄せた。
「違う、逃げてなんか居ない」
『ほう? じゃあ、どうしてだ?』
「あの子は……倒れるまで戦ったよ」
同じ魔法少女同士の戦い。
具体的に説明しようと思えば出来なくはない。
それよりも、細かい部分は省き、元同僚の名誉という大事な点だけを伝える。
『……そうか』
納得した様な声は、何か感慨深く思っているのかも知れないが、胸の内迄は見えない。
兎も角も、前回とは違って相手を完封した悪の組織。
今や、その生殺与奪は良達が握っていた。
『さてさて……と。 どうしたもんかねぇ』
相手を拘束した以上、今や襲撃の心配は無い。
但し、ソレはあくまでも抑えられているからであり、抑えが解かれたならどうなるか。
気は進まないが、良は縛られる自分へと近寄っていた。
『よう』
『なんだよ』
今の今まで戦っていたからか、お互いに言葉は鋭い。
それだけに、未だに相手が諦めて居ないのは明白である。
一言何かを言いたくも在るが、ソレを良は飲み込み、目的を話す。
『一応聴いとくけどよ、解放してやったら、止めるか?』
物は試しと、良はそんな事を同じ姿の自分へと問うていた。
無論の事、言葉だけで【もう止めます】と言わせる事はできるかも知れない。
一時の言い訳では意味が無い。
良の問いに、縛られる良は笑う。
『なぁ、あんたも俺なんだ、解ってんだろ?』
『これっぽっちも解んねぇな。 命令されたから、考えもせずにそれに従う、なんてな』
同じで在りながら、全く違う。 何方が正しいと言う事も無い。
ある意味では、赤と黒の鎧を纏う良は、本来の自分が成るべきだった姿とも言えた。
脳味噌まで改造を施され、命令を疑う事も無く実行するだけの傀儡と化した篠原良。
ソレが、偶々に別人として良の前に居る。
『なぁ、ホントは解ってんだろ? 俺達を止めたいんなら、どうすべきなのかは』
その声は、一見すると挑発とも取れる。
【自分達を止めたいなら、殺すしかないぞ】と。
だが、声色からは違う意味が聴こえていた。
【頼むから、俺を解放してくれ】と。
真首領の命令に因って動くだけの駒ならば、其処に自由は無い。
あくまでも、多少は動く権利を与えられているだけなのだ。
つまり、操り人形を解放する為には、壊すしかない。
もう二度と、動かぬ様に。
押し黙ってしまう良の耳に、何かが聴こえる。
はたとそちらを見れば、其処には放送用の拡声器が在った。
『あん?』
怪訝に思う良を他所に、ザリザリと音が出る。
『見事だ、篠原良』
名乗りはしないが、今更尋ねる必要も無い。
響く声に、良の兜からは鼻笑いが漏れていた。
『……へっ……ようやっと親玉の登場かよ? 随分と悠長だぜ』
そんな声に対する拡声器の反応は、笑いだった。
『随分と勇ましいが、どうするのだ? その篠原良と部下達を止めたいなら、殺せば良いだろう?』
僅かな言葉ではあるが、ソレは雄弁に物語っていた。
良達が倒した者達など、単なる【捨て駒】なのだ、と。
『はぁ、そうかい? まぁ、連中は後で煮るなり焼くなり置いといて、だ。 先にテメェをブチのめしてやるから出て来いこの野郎』
異界の地の自分との約束を果たすべく、良は真首領に向かって啖呵を切っていた。
そもそも、わざわざ世界を巡ってまで帰って来た理由はその為である。
『そうイキるものではない。 どうだろう? 君がその篠原良と代わり、我々に尽くすと言うのは?』
真首領の提案に、辺りがザワつく。
向こうからすれば、壊れた駒よりも優秀な新しい駒を欲していた。
ただ、そう言われて【ハイそうですね】と言える様ならば、悪の組織はこの場には居ない。
『あのな、耳が腐ってんのか? それとも無いのか? こんだけやらかして置いて、今更、宜しくお願いします、なんて言う訳がねぇだろ』
鼻息荒い良に、拡声器からはフゥムと唸りが響く。
『何故そこまで意地を張る? 篠原良、お前が軍門に下れば、出来ない事など無いぞ? 富も名誉も、地位も、全てが手に入るぞ? それこそ、人間が望む事だろう?』
真首領の言葉に嘘は無い。
その軍門にさえ下れば、恐らくは想像を絶する褒美が在るのは明白である。
豪華な住まい、使い切れない財産、まつろう人々。
ソレは、人が思い浮かべこそすれど、先ず手に入らない願望。
今の良には、目の前に人参の如くぶら下がっている様に見えた。
少し手を伸ばせば、届く筈。
大変に魅力的ながら、ソレを得るには一つだけ捨てねば成らぬモノが在った。
それは自由である。
往々にして【贅沢な暮らし】と【自由な生活】は混同されがちだが、実質的には全く違うモノだった。
自由を投げ捨て、尽くすからこそ、愛玩動物は可愛がられ、贅沢な暮らし与えられる。
快適な住まい、栄養豊富な餌、丁重な体調管理。
その代わり、自分という生き物本来の持つ権利すら剥奪され、残りの生涯を他人の玩具として暮らす。
対して、自由な生活とは解放こそされては居るが、それだけだ。
誰かの庇護下に居ないのだから、何によらず、全てに置いて自分で何とかせねば成らず、死に掛けてたとて助けは無い。
もし贅沢と自由の何方も手に入れようとするならば、自分以外の誰かにその割を押し付ける事になる。
欲しい物が増える程に、割を食わされる者の数も増え続け、天井が無い。
それは、良に取っては【したくない事】だった。
真首領の声に、良は高笑いを決める。
『……何を笑う、篠原良』
訝しむ声に、良も笑うのを止めた。
『何が可笑しいって? 誰が人間なんだって? 俺様よ、悪の組織の首領様だぜ! とっくに人間なんざ辞めてんだよ。 その辺のアホと一緒にすんじゃねぇよ!!』
高らかに啖呵を切る首領の姿に、組織の面々も声を張り上げた。
その咆哮は【自分達は自由である】と言う事を示す為に。
『でと、ついでだから教えてくれよ。 あんたは何処に居るんだ?』
良の問いに、数秒間が静寂。
『……ソレを知って、どうするつもりだ?』
『あん? 決まってんだろ、今すぐブチのめしに行ってやるから居所教えてくれよ』
拡声器からは、笑いが響き渡った。
『教えた所で来られはしまい? お前達がどれだけ努力して異次元から帰還を果たしたのかは知らないが、我々にして見れば、それは人間が玄関を出掛けるのとそう大差は無い事だ』
そんな声に、良は足を振り上げて地面を踏み砕いた。
『面倒くせぇ戯言ぶっこいてんじゃあねぇぞ!? 何処にいんだ?』
良が知りたいのは、あくまでも相手の居場所だけである。
他の事は意に介していない。
怒っているのかと問われれば、正にその通りであった。
『そうか、まぁいい、教えよう。 我々の居場所は九次元と十次元の狭間だ。 だが、ソレを知った所で貴様等では此処迄は来れまい?』
語られたのは、厳密な住所といった場所ではなかった。
具体的な場所というには、余りに抽象的である。
それでも、良にとっては十分と言えた。
全く解らないよりも、名前だけでも手掛かりとなり得る。
果たして、相手が正確な居場所を語ったかと言えば、それは懐疑的なモノだが、寧ろ自信たっぷりな声は証拠と言えた。
本来ならば、真首領は良の質問には黙殺も出来た筈である。
真の権力者や裏の支配者が何よりも恐れるのは、自分達が何処の誰で、何処に居るのか、という事の漏洩に他ならない。
それが誰であれ、居場所さえ判明すれば倒す事は出来るからだ。
『そうかいそうかい、随分と余裕そうだ。 まぁ、良い、首洗って待ってろ』
拡声器に向けて指を向けても意味などないのかも知れない。
それでも、良は音の出所であるソレを指差していた。
『楽しみに待っているとしよう。 あまり待たせるなよ、篠原良』
僅かな声と共に、拡声器からはプツンと音がして雑音も止まった。
相手の声が止んだからか、パッと良は組織の面々へと振り返る。
『野郎共! 敵の家が割れたぞ! 喧嘩の支度だ!』
首領である良の声に、戦闘員達はバッと手を挙げる。
ただ、餅型超人と魔法少女は、ソッと顔を寄せていた。
「なんやかなわんなぁ、川村はん」
「ん? なに?」
「篠原はんって、いっつもあんな無茶苦茶しはるんですか?」
新入り故の素朴な疑問に、愛も思わず苦く笑う。
想い返して見れば、無茶苦茶でなかった時の方が少ない。
「うんまぁ、そだね」
言いながら、愛の目は良を見る。
その背中に翻る赤い布の文字も良く見えた。
「相手が何処の誰とか、あんまりあの人気にしないんだよね。 やられたら、絶対やり返しに行く……って感じ?」
愛なりの意見に、餅田からはフゥと息が漏れていた。
果たして、どうやって息を吸い込んでいるのかは定かではないが、溜息は吐けるのだろう。
そんな餅田の肌を、愛の手がペチペチと軽く叩く。
「もしかして、もう嫌ん成っちゃった?」
良の仕出かす滅茶苦茶に、愛が巻き込まれるのは初めてではない。
慣れた様子の魔法少女に、餅田は唸った。
「あかん、わて身の振り方間違えたんとちゃいますかね? しんどい時はしんどいんでっせ? わてなんかただの超人ですねんから」
声こそ不安げにも聴こえるが、寧ろ声色は違う。
愛という先輩からの、助言を求めている様にも聞こえた。
「ご愁傷さま。 悪の組織に入ったなら、逃げ場なんて無いから」
敢えて、愛は魔女っぽく皮肉めいた言葉を後輩へ贈る。
「いややわぁ、川村はんまで篠原はんそっくりやぁ」
そんな声は、愛にとっては褒め言葉に聞こえた。




