悪の組織 最期の日 その24
正しさなど、元からこの世には無い。
その【正しさ】という概念自体、誰かが勝手に拵えたモノである。
【こうであるべき】と言う意見は一見する分には、時に正しく見えるが、立ち位置を変えればソレは間違いだと見える。
事の真実にしても、見方の一つに過ぎない。
だからこそ、二人の篠原良は殴り合っていた。
無論の事、戦わずに済ませられるならば、それに越した事は無い。
だが、関わってしまった以上、其処には争いが生まれる。
元来、争わない生き物は存在しない。
植物ですら、自分の生存圏を拡大せんと相手に巻き付き殺す者も居れば、誰よりも速く成長し、他者の栄養を確保せんと動く。
生きようとする以上、其処に戦いが起こるのは必然であった。
✱
全く同じである筈の篠原良だが、違いは在った。
色も違えば、片方は赤い布布を翻しながらに戦う。
そして、真っ赤なマントを翻す良だが、もう一つ違いが在った。
ソレは、本来ならば自分を倒す為に造られた超人から贈られた細胞である。
物自体は小さいのだが、ソレは確実に良に変化を産み出していた。
機械とは、実のところ出せる力に限界が定められている。
限界を超えてしまえば、故障を起こし、最悪の場合はその物が壊れて使い物に成らなくなってしまう。
事実として、良はそのせいで何度も死に掛けていた程である。
だからこそ、その限界を抑える為の工夫が為されていた。
ソレに対して、餅田の細胞を受け取った良は違った。
本人には自覚は無くとも、確実に生き物は成長して行こうとする。
少しずつ、少しずつ。 襲い来る困難に対応すべく。
超人の細胞は、良の中に残っていた本来の彼の細胞と結び付き、確実にその在り方を変えていた。
その差は、僅かとはいえ確実に現れ始める。
改造人間である篠原良と、改造超人へと進化した篠原良。
その差は、先ずは反応速度として現れて居た。
黒い良が繰り出す拳は、最初こそ良を捉えては居た。
だが、長々と殴り合う内に、差が如実に現れる。
良自身もまた、ソレを実感として感じられた。
自分が繰り出す拳は相手を捉えるのだが、それに引き換え、自分に向かって来る拳や足を避け、時にはいなす。
良は解っていないが、何故そんな事が出来るのか。
ソレは単純に、如何なる窮地に晒され様と、賢明に生きようと足掻き藻掻こうとする生物の根本的な本能の為せる業であった。
『チィ!!』
渾身の突きを、良は掴み取ると腰を用いて相手の腰を払う。
単純な【払い腰】では在っても、黒い良は地面に背中を強かに打ち付けて居た。
ドゴンと鈍く重い音を立てながら、舗装部分が穿たれる。
黒い兜からは、ブシュッと嫌な音を立てて赤黒い液体が噴出した。
一見すると油の様だが、ソレは改造人間の体液である。
衝撃に因って圧迫された事で、逃げ場を失ったソレが出口を求めていた。
✱
餅田から細胞を贈られたのは、良一人ではない。
女患部であるアナスタシアと、虎女であるカンナの二人共に、同じく受け取っていた。
やはり二人共に、首領である良と同じく、自身の変化を体感して居る。
同じ規格で造られた以上、本来ならば決まった性能しか出せない筈の改造人間だが、二人共に改造超人であった。
黒い蝦蛄が一発殴る合間に、アナスタシアは倍は殴る。
カンナにしても、同型の虎を上回る動きを見せた。
無論の事、如何に餅田から超人の細胞を分け与えられたとはいえ、そのままでは大した変化は無いだろう。
ただ、二人は大幹部でありながら、常に首領の如く前線にて身体を張っていた。
長い時間を研鑽に当てた事による、力の差は大きい。
全くのド素人と、玄人では、その技の差も大きい。
だからこそ、アナスタシアとカンナは全くの同型である筈の二人を圧倒しつつ在った。
そんな中、鈍い音と共に四人が見たのは、首領に投げ飛ばされる社長の姿。
ソレを見てか、アナスタシアと対峙していた蝦蛄がバッとそちらへと顔を向けた。
『社長!!』
猛然とその場から駆け出す黒い蝦蛄。
『オイこら、待て!!』
何とか追おうとするアナスタシアを、色違いの虎が背中に乗る。
『あぁくそぅ!? カンナ!!』
『解ってる!!』
自分が邪魔され動けないのであれば、虎女に託す他は無い。
黒い蝦蛄はカンナに任せて、アナスタシアは自分の背中に乗った虎に対処せねば成らなかった。
凄まじいパンチと、堅牢な装甲を誇るモンハナシャコだが、実は完全無欠という事でもない。
甲殻類の最大の欠点である背面。
殴ろうにも届かず、振り払おうとしても装甲の構造上、その動きには制約が在った。
『ええい!? 退けい!? 貴様!! 誰の許可を取って乗って居るか!?』
必死に背中に張り付く虎を払わんとするアナスタシアだが、乗っている虎の口が、僅かに開く。
「あの人の邪魔は……させない」
ボソボソと絞り出される様な声。
それと共に、アナスタシアは背後に何かを感じる。
複雑な動きを実現する為に、装甲は多数に分割されている訳だが、其処には当然ながら隙間が存在した。
また無ければそもそも動けない。
『……ぐぶ』
アナスタシアを襲う吐き気にも似た感覚は、装甲の隙間に刺された刃物による損傷である。
如何に堅牢なモンハナシャコであっても、中身までそうは行かない。
引き抜かれた虎の腕に生える刃先には、赤黒い粘液が纏わりつく。
ソレを、虎は舌で舐め取って居た。
赤黒く塗られた唇が、笑いへと形を変える。
「バラバラにしてやる」
そんな声に、モンハナシャコの触覚がグンと天を衝き、全身を真っ赤色へと変える
『ぬがぁああ!! 貴っ様ぁ!? 首領でもないのに私の身体に傷を付けたな!?』
身体を巡る損傷よりも、傷を付けられた、という事実がアナスタシアを怒らせる。
死物狂いでアナスタシアは虎を振り払おうとはするが、それで剥がされる様な相手でもない。
このままでは、次の攻撃を防げない。
其処で、アナスタシアは以前の記憶を想い返していた。
自分の欠点は、嫌という程に知っている。
カンナに乗られた際、バタバタとするばかりでは効果も無い。
ではどうすべきなのか。
『……せい!!』
思い付くままに、地面を強く蹴り、同時に背筋を目一杯反らす。
通常、甲殻類は腹部を晒す事を嫌う。
何故ならば、全身の中で最も脆い部分だからだ。
だが、相手が背中に居るのであれば、話は違う。
自重を支える為の強靭な脚力は、凄まじい速度でアナスタシアの身体を浮かした。
バク転やバク宙という、派手な動きは出来ない。
その代わりに、そのまま相手を背中に乗せたままに地面と打つかる。
アナスタシアの装甲と、地面という硬い二つに挟まれた虎に、逃げ場は無かった。
見えては居ない。 だが、グシャリという音と感触は、手応えとして伝わっていた。
✱
「ほいっ、と」
同型の虎をアナスタシアに任せて、カンナは黒い蝦蛄を止める為に素早く前へ出ると、その脚を払った。
単純かも知れないが、効果は確実である。
元々の自重と、走っていた勢いのままに、地面に転がる黒い蝦蛄。
一応はコレで止められた。
ただ、黒い蝦蛄は虎になどには目もくれず、地面に捕脚を着いて立ち上がると、また走り出していた。
「駄目かぁ……おんなじだもんね」
任されたカンナだが、実のところ攻め手に悩んでも居た。
ブレードタイガーという異名こそ誇るのだが、相性が悪い相手ではその力を存分に発揮出来ない。
特に、単純に頑丈な相手とは最悪である。
無論の事、止めようとすれば、手段は無くもない。
しかしながら、ソレは相手を殺すという結果を伴う。
以前のカンナならば、それ自体を躊躇いはしなかった。
組織に忠誠を尽くし、言われるがままに動くだけ。
その筈が、良が首領に収まって以来、彼女も変化をして居る。
似て来てしまったと言えばその通りなのだが、殺す事に躊躇いを覚えてしまっていた。
但し、同時にある事もカンナは身に付けている。
「あ……そっか」
何かを思い付いた様な声。
ソレは、単に身体の性能に頼るだけではなく、臨機応変に事態に対処する知恵。
長い時間を実戦にて培わねば、身に付かないモノだった。
軽装な分だけ、虎は蝦蛄よりも素早く動ける。
猛然と前進する蝦蛄の前に、敢えて身を晒す。
凄まじいパンチを誇る蝦蛄の前に身体を出すのは、愚かかも知らないが、ある意味賭けである。
『邪魔をするな!!』
「そうも行かないんだよねぇ、悪いけど」
必死な訴えに、虎の口からは詫びとも取れる声が漏れる。
スッと息を吸い込み、目を凝らす。
アナスタシア同様に、黒い蝦蛄のパンチは装甲の薄い虎に取っては脅威に他ならない。
ただ、その欠点もまた、知り尽くしていた。
強力であっても、軌道そのモノは単純に過ぎる。
やり方自体、所謂【デコピン】と変わらないのだ。
加えて、如何に相性が悪かろうと、逃げ出したと在っては大幹部を名乗れない。
スッと身を屈めると、更に低く低く構え、前へと出る。
飛び出したカンナへとパンチが向かうが、地を這う様に構えた為に、僅かに髪の毛を掠める事しか出来ない。
対して、相手の懐へと潜り込んだ虎は、全身から出せるだけの刃物を繰り出し、更に身を捻った。
真っ向勝負では、蝦蛄の装甲を抜くのは難しいが、唯一脆い部分となれば話は違う。
刃を纏った弾丸とも言える虎は、黒い蝦蛄の腹と脚を斬り裂いていた。
前に後ろに、それぞれ転がる蝦蛄と虎。 先に立ち上がったのは、カンナである。
バッと構えを取るか、先程まで猛然と前進して居た黒い蝦蛄は地面に突っ伏し、僅かに動くだけ。
ソレを見てか、フゥと息を付く。
「あ、そうだ! アナスタシア!?」
自分と同型の虎の相手をして居た同僚に気を向けるが、見えた先に立っていたのは、色鮮やかなモンハナシャコである。
そして、その足元には仰向けに転がる色違い虎の姿
『どうやら、ソッチも終わった様だな』
「まぁね……だけど」
勝ちはした。 とは言え、ソレは勝利の美酒とは言えない。
立場は違えども、同じ自分達を倒す事に、余韻など無かった。




