悪の組織 最期の日 その23
ピンク色のスーツを纏うリサが、ヘルメットの下と同じ顔の少女へとバットを振り下ろす。
ソレは、味方にという概念で見れば勝ちを確信する絵面だったが、良は胸の奥に嫌なモノを感じていた。
周りに目を配れば、やはりと言うべきか其処でも同じ様な光景が在る。
五色の蝦蛄が真っ黒な蝦蛄と真っ向勝負で殴り合い、虎もまた、色違いの自分と爪に等しい刃にて切り結ぶ。
そしてまた、良も同じ鎧を纏う篠原良と対峙していた。
全く同じかと言えば、色違いである。
そして、考え方も違っているだろうと、良は探りを入れる事にした。
『よう、リサが怪我してるぞ』
もしも、立場が逆ならば、良は今すぐ顔を晒しているリサの救援に向かっただろう。
何を差し置いても。
だが、黒い良はそれをせずに、ジッと睨み合う。
『あん? あぁ、別に平気だろ? なんだったか、りじぇねれーしょん……とかいう自己再生機能が付けたっつってたからな』
やはりと言うべきか、同じであっても違いは在った。
『治れば、ソレで良いってか?』
咎める良に、黒い良が向かう。
拳を突き出しながら、紛れ込むのは笑いだった。
『治んだから良いだろうが? つーかよ、そんなに言うならなんだって喧嘩吹っ掛けてんだよ!』
突き出される拳を払いつつ、良は自分と同じ声を吟味して居た。
喧嘩を仕掛けたのは自分かと問われれば、少し違う。
『吹っ掛けたのかそもそもソッチだろうが!? 勝手に訳の解らん世界に放り込みやがって!!』
良の認識からすれば、最初にこの戦いを始めたのは相手である。
大首領と、その残党を倒してからと言うもの、特に目立った襲撃は無かった。
だからこそ、組織を挙げて温泉旅行へと行こうとして居た。
その楽しい行楽をぶち壊されただけでなく、必死に帰って来てみれば、基地まで奪われて居る。
怒るなという方に無理があった。
『んな事で怒ってんのか? 俺だって元々いた世界とは違う場所に放り込まてんだぞ? お互い様だろうに』
『だったらなんだぁ!? 真首領とかいうボケをブチのめそうって思わねーのかよ!!』
拳と拳がぶつかり合い、派手な音を立てた。
本来ならば、拳を合わせた時点で、互いの胸の奥にある装置が働いて居るが、プラスとマイナス同士であり、打ち消し合う。
故に、二人の良が打ち合っても、ソレは他者に影響を与えない。
純粋に、二人は自分達のみに集中していた。
ガキンも甲高い音を立てて、互いを弾き飛ばす。
後ろ足で倒れる事を防ぎつつ、また相手を睨んだ。
『あん? なんでブチのめそうなんて思ってんだよ? 言われるままの方が楽ってもんだろ?』
発言を鑑みれば、黒い良の方が、ある意味ではずっと悪の首領に向いていた。
自分というモノを持たず、背後に居るであろう者の言われるがままに傀儡として動く。
同じ声で在ろうと、良にすれば相入れぬ考え方で在る。
『わっかんねぇな……なんでもかんでも、他人の言いなりってか?』
『それで楽が出来るんなら、一番だろ』
黒い鎧が、肩を竦めた。
ついでとばかりに、両手を軽く左右へ揃えて見せる。
『左に右に前倣えってな。 寧ろ逆に聴きてぇな、なんだってそんなに頑固なんだ?』
同じ声と姿による質問は、ある意味自問自答と言えなくもない。
色味が違うだけで、ほぼほぼ同じである。
一つだけ絶対的な違いを挙げるとすれば、良は背中に赤い布を纏っていた。
そして其処には【不撓不屈】の四文字が踊る。
『あぁん? んなもん簡単よ、俺様が稀代の大馬鹿野郎だからさ』
時勢や逆らおうとする事自体は、実に馬鹿げた行為に他ならない事を良は知っていた。
魚が一匹流れに逆らった所で、川の流れは変えられない。
寧ろ、流れに身を任せ、従う方がずっと楽なのは解り切っている。
『解んねぇなぁ、そのせいで彼奴等に苦労掛けっ放しだろうに? 何なら、俺が全員面倒見てやるぜ? お前よりずっと楽をさせてやれる』
物言いから察するに、黒い良は大首領や真首領を思わせる。
ソレは恐らく、良が辿る筈だった道の一つなのだろう。
脳味噌まで改造され、魂を捨て去り、操り人形と化した姿。
物理的には在る筈も無いが、良には黒い自分に繋がれた意図という糸が薄っすらと見えた気がする。
『あぁそうかい? だったら、俺様をブチのめしてからにすんだな』
自分が勝つか負けるのか、ソレは未だに解って居ない。
ただ、もしも負けたという場合の未来は、朧気ながらも想像は出来ていた。
空色だった川村愛は、他の二人の魔法少女同様に黒へと染まり、大幹部であるアナスタシアとカンナも、今とは違う姿へ。
そして、リサに至っては、人を辞めていた。
『俺はよ、別にテメェが正しいなんざ思っちゃ居ねぇ』
『ほーん? コリャ意外な答えだな。 てっきり俺様が正しいとか言うと思ってたぜ』
茶化す声に、良も鼻をフンも唸らせる。
『いんやぁ、んな事は口が裂けたって言えるかよ』
『正しくないなんて思ってんなら、なんでこんな事してんだ?』
『簡単よ、誰かに従うってのが、死ぬほど嫌だからな』
従うという事は、楽な反面、致命的な欠点を内包して居た。
何故ならば【死ね】という指示にすら、従わなければ成らなくなる。
『強情っ張りだなぁ、こりゃ、真首領様が嫌がる訳だ』
意見の一致を見なければ、話し合いは決裂する。
話し合いで決着を着けられないのならば、実力行使する他は無い。
『裏でコソコソしてるアホの為に命張る方が、よっぽど、どうかしてるぜ』
『良いじゃないか、それで楽が出来るんなら』
『で? 今楽が出来てんのか?』
良の問いに、初めて黒い良が僅かに震えた。
最新鋭の装備を整え、兵員を揃えても、悪の組織が討伐出来て居ない。
それどころか、懐の奥底まで侵入を許していた。
『あ~はは、出来てねぇわな』
何せ、別の世界に放り込まれた所で、自力で帰って来てしまう程である。
世界を牛耳る者達からすれば、厄介この上ない。
『じゃ、まぁ、お前ら潰して、楽させて貰おうかな』
『やってみろ、悪の組織は不滅だぜ』
互いに言葉を区切ると、バッとその場から前へ出る。
破壊不能の装甲を纏う二人の良は、互いに倒さんとして居た。
✱
リサの渾身の振り下ろしは、迎撃の効果も相まって、確かな手応えを伝える。
頭には直撃しなかったが、鎖骨は確実に砕けた。
「いっ……ぎ……」
転がる少女は、身体を丸めて呻く。
本来ならば、相手の動きを止めた時点で、ソレは絶好の機会と言えた。
何せ相手は動けないのだ。 トドメを刺すつもりなら、今を置いてない。
だが、痛みの呻きに、リサは躊躇をして居た。
どう見ても、自分が痛みの為に動けないとしか見えないのだ。
無論の事、その間にも相手の少女は顔を上げた。
「ばっかじゃ……ないの……こんなの……すぐ直るってのに」
骨が砕かれたというのに、リサと同じ顔の少女は尚も立ち上がると、笑う。
止めるには、首をハネるしかないという言葉は伊達では無いらしく、直ぐに肩をぐるぐると回して見せた。
「ほら、どしたの? まだ終わってないよ? 殺したいなら、頭潰さなきゃ」
ものの数秒で骨折を直してしまう。
攻め手に倦ねるリサだったが、ふと、少女の背後に近付く丸い姿には気付けた。
「……ままま、そう怖いこと言わんと」
『餅田さん!』
宥める様な声と共に、少女を抑えたのは、餅田である。
不定形故に、決まった動き等は無い。
「なに、この、はな……」
手脚を瞬く間に拘束し、次いでとばかりに、少女の口と鼻を塞いでしまう。
当然の事ながら、少女は死物狂いで暴れるが、餅田の身体に爪を立てようが殴ろうが効果は無い。
何とか拘束から腕を抜いても、また直ぐに止められる。
「大人しゅうしてや? なんぼ不死身やゆうたかて、息ぃ止まったらあかんやんな?」
撃たれ様が切られ様が、殴られて立ち上がる少女だったが、その体は完全無欠という事も無い。
餅田の言う通り、呼吸を止められては、どうにも出来なかった。
最初は猛烈だった足掻きも、次第に弱まる。
寧ろ、暴れた分だけ、体内の酸素を余計に消費したのだろう。
「ほらほら、そう暴れんと……ちぃと寝ときぃや、なぁ?」
敢えて、寝ることを嫌がる子供をあやす様な言葉を掛ける。
難攻不落と思われた少女だったが、意外な方法一つで意識を失う。
そして、それこそは戦闘員達が手を焼いている兵士の攻略法でもあった。
意識の途絶えた少女を、ソッと地面に放す餅田。
思わず、リサが駆け寄った。
『餅田さん……あの』
ヘルメットの為に、顔は見えないが、心配して居るのは声で解る。
そんなリサに、餅田は身体の一部を伸ばし、軽く左右へ振って見せた。
「まぁまぁ、そう深刻な事もありまへん。 チィと酸欠で気ぃうしのうただけですねん。 そのうち、目ぇ覚ましますわ」
気絶に留め、殺しはしない。
悪の組織に属する以上、餅田もまた、その流儀に倣う。
『餅田さん居てくれて、ホンっトに助かります』
「せやろ? ワテが居らんかったら、そんバットが今頃は真っ赤っ赤ですわ」
その声は、間違い無い。
もしも餅田がリサの救援に入らねば、得物である棘付きバットが今頃は血に染まって居た筈である。
「よっしゃ!! 高橋はん! 他のもやったりましょ!」
『はい!』
新入りの超人が、大幹部である博士に【タメ口】は基本的には御法度なのだが、この時ばかりは、それを咎める者は居なかった。
✱
最初こそ、劣勢だった悪の組織。 その筈が、今では押し返しつつ在る。
今や勢いに乗ったからか、優勢なのは誰の目からも明らかであった。
博士を筆頭に、戦闘員達も窮地による進化を果たした。
剣豪もまた、巨大な鎧を伴い戦列に復帰。
それらは、当然ながら二人の良からも見えていた。
『どうだ? そろそろ降参した方が良いんじゃねぇか?』
良にしても、別に【不殺】を貫いている訳ではない。
可能な限り相手を殺傷しないのは、寝覚めが悪くなるという気分的な理由からだった。
『ほっ……悪の組織って割にゃ、随分とお優しい事で。 つーかよ、なんだって悪党を名乗ってんだ? どっちかって言えば、正義の味方を気取ってる様にしか見えないぜ?』
素朴な疑問は、率直に感じた事を述べているのだろう。
ソレに対して、良は鼻を唸らせた。
『んなもん簡単よ。 薄っぺらい正義なんて掲げるアホが大っ嫌いだからだ』
放り出された異界の地にて、良は嫌という程にソレを見ていた。
自分達が何をして居るのかも鑑みず、他者の迷惑も顧みずに最も安価な旗印を掲げる者達。
ソレに対して、良は辟易して居る。
『それなら、悪党を気取ってる方がなんぼかマシってもんさ』
『解んねぇなぁ、同じだってのに。 全然解んねぇや』
同じである筈なのだが、決してその意思は同じでは無い。
故に、二人の良は拳を交えていた。
しかしながら、全てが違う、と言う訳でもない。
黒い良もまた、自分の意地を張らんとして居る事に、気付けて居なかった。




