悪の組織 最期の日 その22
全身全霊を込めた一撃でも、相手を倒せない。
倒せないだけでなく、傷すらあっという間に塞いでしまう。
常識外れの力を持つ少女に、リサは戦慄して居た。
「あれあれ? どうしたの? 始まったばかりでしょ?」
先程迄は死に掛けた筈が、今では平然と近寄って来る。
そんな同じ顔の少女に、リサは足を下げ掛けていた。
得体の知れない化け物相手に、背中を向けて逃げ出した所で、それは恥とは言えないだろう。
首をハネろと言われても、出来るのか自信は無い。
かと言って、逃げ出そうとは思えなかった。
乗ってきたバスは既に大破しており、直すにはそれ相当の時間を要するが、そんな暇は無い。
退路は既に絶たれている。
意を決し、自分と向き合う。
どうせ殺さねば成らぬのであれば、せめて自分の手で。
そう思ったリサだったが、その動きが止まる。
面と向かっている少女にも、それは見えていた。
「は? なに? 急に油でも切れたわけ?」
相手の唐突な動きは動揺を誘うが、停止は困惑を誘う。
その意味では、リサの機微に少女も反応してしまっていた。
相手が動かないという事は、幾つか理由が上げられる。
何かしらを考え敢えて止めたのか、はたまた、何かを見て思考が停止したのか。
その事に、少女はハッとした様に振り返る。
「よくぞ気づいた」
言葉と共に、細首に狙いを定めた刀が振られる。
脅威的な力を持つ少女の背後から、剣豪が近付いていたのだ。
背後からの攻撃は卑怯かも知れないが、実のところそれは言い訳に過ぎない。
勝負に置いての結果が生か死か無いので在れば、自分が倒れるか、相手が倒れるかである。
魔法少女である笠原卯月の時とは違い、剣豪に遠慮は無かった。
首を切断しない限り、死なないと言うのであらば、それはせざるを得ない事である。
悪戯に手を拱き、仲間に被害が及ぶならば、躊躇いは捨てて居た。
剣豪の振るう刀が、マトモに細い首を捉える。
誰もが、少女の首が飛ぶ事を想像してしまうが、実際は違う。
キンと高い音を立てはするのだが、刀は表皮で止まっていた。
「とっくに硬化させといたから、刃物ぐらいじゃ通らないよ?」
クスクスという笑いと共に、少女の足が剣豪を蹴り飛ばす。
極僅かに、首筋には凹みは穿たれて居たが、それすらも直ぐに塞がっていた。
『人間、じゃない……』
率直な意見を呈するリサに、同じ顔の少女は笑う。
「は〜あ? そんなの今更でしょ?」
向き直る丸腰の少女に、博士を含めた戦闘員達も言いしれぬ何かを感じていた。
「こちとらね、ナノテクノロジーで強化された最新鋭の人間な訳よ? 古臭いのと一緒にしないでね」
言いながら、少女は手を挙げた。
単なる挙手だが、彼女にとっては別の意味が在る。
少女の挙手を合図に、周りで何かを過ぎ捨てる者達が居た。
『……いつの間に、囲まれた!?』
戦闘員達とリサの目が少女に向かっている合間に、姿を隠す為に頭からレインコートにも似たモノを着ていた者達が悪の組織を包囲していたらしい。
「廉価版の光学迷彩だけど、馬鹿の目誤魔化すだけなら十分でしょ?」
恐らくはコソコソとは動いて居たのだろう。
それでも、誰かが目立てば小さい事は注意が向かないのも無理はない。
「じゃあ、頑張ってね? え~と、高橋……リサさん?」
同じ顔の挑発とも取れる声だが、ヘルメットの中でリサは唇を噛んでいた。
バッと動き出す一団だが、一気に小銃を構え撃ち始める。
包囲してからの射撃は、本来ならば味方への誤射を考慮して厳禁の筈だが、リサと戦闘員達を囲む一団はソレを気にしない。
グルリと取り込んでの射撃である以上、味方へも弾の一部が飛んでしまう訳だが、当たった所で気にした様子は無かった。
一応、着弾の際に身体は揺れはする。
それでも、直ぐに体勢を立て直してまた引き金を引く。
この時点で解るのは、リサと同じ顔の少女が連れて来た者達には、どうやら同じ力がある事は明白であった。
『博士を中心に円陣防御!!』
古株の戦闘員は、何とか大幹部を護らんと声を張り上げた。
彼等の纏うスーツもまた、一定の対弾性がある事から、致命傷は避けられる。
だからといって、無傷であると問われれば、それは違った。
響く衝撃は、確実に体内へと影響をもたらす。
蓄積されれば、それは大きな損傷を招く。
『止めて! みんな!』
自分を護らんとする戦闘員に、博士は必死な声を漏らしていた。
大幹部とは言え、今の組織に在っては戦闘員は消耗品ではない。
誰もが、大事な仲間なのである。
『……どうしたら……どうしよ』
前線にて戦う機会など稀有だったからか、リサは今の状況に対処が思い付かない。
前ならば、良や愛、アナスタシアやカンナが助けてくれた。
だが、その助けが期待出来ない状況では、自分が何とかせねば成らない。
無力な自分を呪いそうに成ったが、リサは顔を上げた。
頭を抱えて丸まった所で、なんの助けにも成りはしない。
であれば、例え怖くとも前へと出ねば始まらない。
そんなリサの願いに、腕輪が光る。
『……えぇ? 何?』
変身用の腕輪には、ある一つの秘められた機能が在った。
その効果は、長らく忘れ去られ久しい。
持ち主が窮地に陥り、それでも尚且、諦めないという意思を持ったからこそ、腕輪は光っていた。
そして、ソレはリサ一人の事に留まらない。
場の誰もが、同じ願いを持ったからこそ、ソレは繋がり呼応し合い、共鳴をする。
バッと目が眩む様な光が、リサと戦闘員達から放たれた。
✱
リサと同じ顔の少女に蹴り飛ばされた剣豪は、今や残骸と化しているバスに手を掛け、立ち上がる。
「あの光は……」
見ている光景に、思わず声を漏らすと、バスから微かにザラつく音がする。
『アレは、超変身……というらしい』
響く声は、エイトのソレだった。
「おう、まだ生きていたか。 アイアンヘッド」
大して驚いた様子は無いが、一応は驚いたという風に見せる壮年に、バスの中からは嘆息にも似た息遣いが漏れる。
『随分と、懐かしい名前だ』
「ソレはそうだろうな。 それと、超変身とは?」
『……ふむ』
果たして、機械に咳払いが必要なのかは兎も角も、ソレは為される。
『生き物の進化とは、本来緩やかなモノだ。 環境に適応すべく、長い時間と淘汰を重ねて、ようやく果たせる。 だが、高橋リサや戦闘員達が纏うスーツは、少し事情が違う。 窮地に陥ったなら、即座に適応、進化するんだ』
丁寧な説明に、壮年は鼻を鳴らす。
「なるほど、かつての君は、アレを纏った連中にさぞや手を焼いただろうな」
『貴方は、何処まで知っているのだ?』
唐突な質問に対する答えは、薄い笑みだった。
「さぁてな。 耄碌爺の戯れ言に過ぎん、と言いたい所だが、知っているのは、見ているモノだけ、さ」
答えとしては曖昧に極まり無いだろう。
ただ、鉄頭と呼ばれたエイトと、剣豪には通じるモノは在るらしい。
「それはそうと、ソチラの出し物は、お終いかい?」
『やはりと言うべきか、何処までもお見通しらしいな』
もはや動かない筈のバスが、ガタガタと音を立てて蠢く。
ガンゴンと鈍い音を立てながら、後部の装甲が弾け飛んだ。
空いた隙間からは、何かが這い出してくる。
ソレは、かつて未来の世界で良が纏った鎧であった。
「おほう、コレはまた、からくり仕掛けの甲冑とはな」
『せめてパワードスーツと呼んで欲しいが、贅沢は言うまい』
バスから現れた巨人と思しき甲冑は、拳をガンを打ち鳴らす。
対して、剣豪もまた、スッと息を吸い込んで立ち上がった。
『そう言えば、貴方と肩を並べて戦うのは、初めてかな?』
「なに、誰にでも初めてとはある物だよ。 例え、大幹部でもな」
声を掛け合うと、巨人と剣豪が走り出していた。
✱
眩い光に、腕で目を庇っていた少女が舌打ちを漏らす。
「……っ……何なわけ? いきなり」
光が弱まった事から、腕を目の前から退かす。
すると、以前とは違う姿が見えた。
ピチピチスーツにヘルメット。
そういった基本的な部分に変化は無いが、細部が違う。
肩パッドが増設され、身体の急所にはソレを覆う装甲部位が足されるが、どう言う訳か、装飾がやたらと派手である。
『へ? なにこれ?』
超変身を果たしたとは言え、事前の説明も無しでは状況に理解が及ばない。
戦闘員達もまた、全員が驚いている様であった。
そんな変化に、リサと同じ顔の少女は苛立ちを隠さない。
「はん!? ちょっとぐらい変わったからなんだっての!! サッサと撃ち殺しちゃえ!」
バッと腕を伸ばし、指示を飛ばす。
出される指示に、射撃が再開されたが、違いは在った。
身を縮めて屈んですら居た筈が、リサを筆頭に戦闘員達は平然と立っている。
まるで、豆撒きの豆をぶつけられた程度にしか反応していない。
実際には、鉄板にすら穴を穿つ筈の完全被甲弾にも関わらず。
『なんだか解んないけど……みんな!!』
あちらこちらから銃撃を浴びせられながらも、博士は戦闘員達の前に立つと、腕を挙げた。
『サッサと片付けちゃおう!』
いまいち締まりに欠ける掛け声とは言え、ソレは大幹部の声に他ならない。
博士の合図に、戦闘員達がバッと広がった。
戦闘員に指示を飛ばしたリサだが、何もしない訳ではない。
彼女には、相対すべき相手が居る。
「で? ちょっと変わったからって、強気に成っちゃった?」
同じ声による挑発は、酷い違和感を覚える。
何せ、鏡に写った自分がそう言っている様にしか見えないのだ。
『私は、負けられないんです』
一見する分には独りしか居ないリサだが、心持ちは違った。
かつて、別の世界で帰りたいと願いながら死んでしまった自分の分まで生きねば成らないという想いがある。
「あっそう……」
そう言うと、少女はペッと唾を吐き捨てる。
「たかがコスプレ女に負ける訳がねぇだろ!」
『だったら、試せば良いじゃないですか』
駆け込んで来る相手に、リサはどっしりと構えを取った。
単にバットを前にしただけでは、へっぴり腰に成ってしまう。
それでは、どの様な素晴らしい得物であろうと、役には立たない。
技術や練度もモノを言うが、何よりも、意志と気迫無しでは始まらなかった。
飛び掛かる少女だが、その動きは余りに単調に過ぎた。
圧倒的な力を纏っているという過信と、平常心の欠如が、そんな愚行に走らせたとも言える。
寧ろ、単調な動きは、相手にして見れば的でしかない。
『えぇい!!』
気合と共に、博士の棘付きバットが振り下ろされた。




