悪の組織 最期の日 その21
『博士!?』
誰がソレを言ったのか、この際、それは問題ではなかった。
解るのは、リサが独りでに宙を舞った事である。
そんな光景は、合流しようとして居た誰もが見ていた。
『リサ!?』
ピンク色をして居る以上、否が応でも目立つ。
だからか、良は慌てて駆け出していた。
何故に博士は浮かされたのか、原因がどうかよりも、その安否を気遣う。
ただ、一つの事に集中するという時点で、周りが見えなくなってしまう事は往々にして起こり得る。
『……ぬが!?』
急に横からの衝撃に、良は無防備に転がるのだが、直ぐに手を着いて立ち上がった。
『なんだ、こんちくしょう』
見て見れば、良を蹴り飛ばしたのは、同じ姿。
『よう、まぁた会ったな?』
軽い挨拶とも取れるが、それは友好的なモノではない。
ソレに対して、良は背中の赤い布を手で翻す。
『親玉直々に参上とは、随分と余裕じゃあねぇか? てっきり、奥に引っ込んでるモンだと思ったが』
『あん? そらこっちの台詞だろ。 首領直々に特攻仕掛けてるアホに言われたくねぇな』
本来ならば、お互いに出るべきではない立場の者同士である。
禁忌であるにも関わらずに、そうしてしまうのは、やはり互いの性格故であった。
『悪いんだが、邪魔しねぇでくれや』
良からすれば、今すぐにリサの元へと駆け寄りたい。
対して、同じ鎧を纏う篠原良の兜からは、笑いが漏れる。
『そらコッチの台詞だって言ったろ? リサの邪魔すんなや』
『あぁ?』
チラリと目をやれば、見えて来る。 ボヤケていた輪郭は定まり、色も戻る。
現れたのは、高橋リサその物であった。
自分以外のそっくりさんの存在に、良は目を見張る。
『冗談じゃねえ……が!?』
いきなり兜を襲う衝撃に、言葉は中断された。
『よそ見してんじゃあねぇぞ!? 喧嘩してんだろうが!!』
振り抜いた拳をそのままに、腰を撚る事で次の拳を放つ。
何もしなければマトモに拳は的を捉えるかも知れないが、良にしても、黙って殴られる理由は無い。
『痛えだろうが、ボケ!!』
相手の拳を手で止めつつ、身体を捻って蹴り飛ばす。
僅かの間、漆黒の鎧は宙を舞うが、火花を散らしながら着地をして居た。
『良いねぇ、喧嘩ってのはこうこなくっちゃな!』
『黙ってろアホが!!』
首領と呼ばれる良と、社長と呼ばれる良が打つかる。
ソレを邪魔する者は、この場には居ない。
✱
良以外にも当然の如く、飛ばされたリサの姿を見て、慌てて救援に向かおうとする者は居た。
『カンナ!!』
アナスタシアの呼び掛けに、虎が頷く。
「言われなくたって見えてるよ!」
鈍重なモンハナシャコに比べ、虎女は速い。
急ぎ動こうとするが、その足は止まっていた。
自分と同じ姿がその場に現れたなら、どうすべきか。
鏡写しと言えばそうかも知れないが、色が違う。
「嘘……」
本来、自分とは世界に一人しか居ない筈である。
一卵性双生児にしても、違う育てられ方をすれば如何に似ていても違う人格だろう。
その意味では、カンナには双子が居たという記憶は無い。
「まさか、あたしのそっくりまで居るとか」
思わず、そう口走るが、そっくりな虎は何も言おうとしない。
ただ、ジッとカンナを見ているのは窺えた。
「似てるのは見た目だけってわけ? あっそ、まぁ良いけど」
見姿を真似されるのは気分が良いとは言えない。
ただ、無言にて突っ立っている者に絡む程に、カンナも暇では無かった。
相手が何もして来ないのであれば、関わらない。
それは、ある意味では自然の掟でもある。
但し、相手が何もして来ないという保証も無い。
カンナが同じ虎の間合いに入り込んだ時、スッとその場から一歩下がる。
見て見れば、相手の腕から刃が一本延びていた。
微かではあるが、カンナの喉にも痕が在る。
ソッと自分の首を指で擦ると、フウンと鼻を唸らせた。
「口は効けないけど、手は動くんだ?」
挑発めいた声を出すが、ソレには【退け】という含みが在った。
獲物を襲う際、わざわざ【仕掛けます】と宣う馬鹿は居ない。
唸り、吠えるのは【関わるな】という意味である。
つまり、一切声を出さず、唸りもしないのは【どうやって相手を殺すべきか?】を考えているからだ。
「上等じゃん……最近運動不足だったし、丁度いいや」
声と共に、自らも刃を腕から生やす。
二体の虎が、ジリジリと時計回りに回りだしていた。
✱
『ええい! カンナは何をしておるか!』
鈍重故に、なかなか追い付くのは難しい。
虎が虎と睨み合う中、アナスタシアは仕方なしに自分が進もうとするのだが、彼女にもた、道塞ぎが現れた。
『ぬぅ!? 貴様!?』
五色に鮮やかなモンハナシャコに対して、道を塞ぐのは、真っ黒な蝦蛄である。
虎が居るという時点で、想像はして居た。
とは言え、いざ目の前に現れると奇妙である。
『退けい!! 邪魔をするならタダでは済まさんぞ!』
『そちらこそ、降伏すべきでは? 戦いは無益です』
黒い蝦蛄から放たれる声は、アナスタシアのモノに相違ない。
ただ、その丁寧な喋り口調は、女幹部には無いものだった。
『むぅ……貴様……同じ姿を取る割には、随分と殊勝な』
傲岸不遜なアナスタシアに比べると、平身低頭な態度。
同じ姿を取りながら、全く違う。
『私は、戦いは好きではありませんので』
同じ声ながら、抑揚は無い。
とは言え、アナスタシアを苛立たせるのには十分であった。
『い喧しい!! 嫌なら下がれ!』
『それは出来兼ねます。 社長命令ゆえ』
ポンと出された声に、モンハナシャコの触覚が垂れた。
『命令……だと?』
『はい』
『あの首領モドキに命令されれば、お前は死ぬのか? ただの道具か?』
『はい勿論。 ただ、社長はその様な事は仰りませんが』
黒いフトユビシャコモドキの声には、思わずアナスタシアも唾棄しそうに成った。
思想信条は自由とは言え、同じ声、同じ見姿を取る者が、自身とは違う考えを呈してくる。
『狂っているな……まぁいい、邪魔するなら退かすだけだ』
『どうぞ。 それと、社長はモドキではありませんので』
極僅かに、アナスタシアは相手の心中が見えた気がした。
如何様にして、あの黒い蝦蛄は今の様に成ってしまったのか。
気にはなるが、ソレを問い掛けている時間は無い。
✱
首領以下、大幹部達もそれぞれ打つかる。
其処から少し離れた場所では、リサが地面に手を着いていた。
『……ぐぅ』
呻きながらも、何とか顔を上げる。
すると、其処には戦闘員達の奮闘が見えた。
大幹部であるリサを死守せんと、同じ顔の少女に立ち向かう。
但し、如何に見た目が少女でも、その力は異様である。
片手で大人を放り投げ、拾った棒なりパイプなりを振り回せば、それだけでも脅威に間違い無い。
「邪魔なんだけどぉ!?」
一度の攻撃で、戦闘員の、二、三人が飛ばされる。
見た目は兎も角も、大型重機さながらの力には、戦闘員達も圧倒させられて居た。
ふと、立ち上がろうとするリサを見てか、戦闘員の一人が顔を向ける。
『博士! 後ろに下がってください!』
上司を護るのは、悪の組織としては当たり前の事だった。
だが、ヘルメットの中で、リサがギシリと歯を噛み合わせる。
いつまでも、後ろに居ては変わらない。
それが本来に役目ながらも、変わりつつある組織同様に、リサもまた、自分が知らぬ内に、変わりつつ在った。
持ち主の気合に応じて、纏うスーツは力を貸してくれる。
想像以上に軽いと感じる体は、主であるリサに従っていた。
戦闘員達の中をすり抜けて、先頭にへと躍り出る。
魔法少女と同様に、意識を集中させれば、手の中に武器が現れた。
果たして、何処にその体積と質量を内包して居るのかは定かではない。
それでも、現れた棘付きバットを握り締める。
『うりぃやあ!!』
裂帛の気合と共に、リサの振るうバットが、そっくりさんを捉える。
次の瞬間、カキンという金属バットと硬球が打つかる様な済んだ金属音が轟いた。
余り戦うことの無いリサだったが、自分の持つ武器が打ち鳴らす音は忘れては居ない。
事実として、以前には改造人間を屠り去っていた。
打たれたボールの如く、リサと同じ顔の少女が飛ぶ。
見ている戦闘員達からすれば、声を上げそうになるが、見知った仲間と同じ顔が飛ばされるというのは、気分が良くはない。
ドサリと、音を立てて少女は転がる。
『……や、やっちゃった……』
思わず、自分のバットを落とし掛ける博士。
多少殴られたとは言え、まさか殺すつもりは無かった。
殺人とは、想像以上に重い。
相手が今まで積み上げた全て、これから積み上げる筈だった全てを、一切合切を奪う事である。
その事に、思わず膝がから力が抜けそうに成るが、ふと、飛ばした筈の少女は蠢いて居た。
「……いったぁ……」
うつ伏せの状態のまま、少女は痛がる。
痛みを訴えているという時点で、生きている証とも言えるのだが、事はそれだけに留まらない。
本来ならば、リサの棘付きバットは改造人間ですら一撃で殺せる。
そんな攻撃を受けたにも関わらずに、生身の少女は立ち上がっていた。
「あ~……すっごく……痛いんですけどぉ?」
良く見れば、少女の、片腕は骨が折れた様にぶらりと揺れる。
それだけでも、相手は戦闘不能な筈だった。
「やってくれるじゃん? チョビっとだけ、驚いた」
見る見る間に、折れているであろう腕が、元に戻り出す。
それだけでなく、身体の彼方此方に付いた擦り傷もまた、塞がり出していた。
『自己……再生? そんな事まで』
自分と同じ顔の少女は、果たして如何なる者なのか。
解らないだけに不気味であった。
「プログラムしといた酵素が勝手に細胞を構築し直してくれるからね。 私を殺したきゃ、首でもハネなきゃ駄目だよ」
自信満々に、自分の秘密を打ち明けると、トントンと首を叩く。
言葉にすれば簡単かも知れないが、それが出来るのかどうかは別の問題であった。




