悪の組織 最期の日 その19
かつて、魔法少女達は呪いという借金の返済の為に、来る日も来る日も戦い明け暮れた。
日の在る内は人間を演じ、夜の帳が降りれば、空を駈ける。
ソレは、別に好きでやっていた訳ではない。
欲しいモノを得る代わりに、少女達は自らを代償として差し出していた。
そして、時には限界を超える者が現れる。
出せる限界以上の力を出そうとすれば、今度は残された魂すらも失い、自分が誰なのかすら忘れ果て、化け物に成り下がる。
そして、その化け物を倒す為に、また次の新たな少女が、魔法少女という呪いの輪へと引き摺り込まれた。
誰もが捨て切れない、欲という本能に餌を与えて。
売春婦が、売春婦宿を経営し、また別の売春婦を雇い入れ、次には経営する側へと回り、また同じ事が繰り返され、ソレには終わりが来ない。
そんな呪いは、既に無い筈であった。
「駄目だってば!? イオリ!!」
今まで戦っていた相手にも関わらず、必死に声を掛けるのは、愛の中に在る何かがそうさせていた。
本来ならば、変身中は格好の的である。
変化をして居る最中には、ろくに動けない。
叩こうとするならば、絶好の機会であった。
愛の声に、イオリの口から三日月を想わせる形へと変わる。
『すっごく、良い気分……なんだろう、なんでがまんなんてしてたのかな?』
変わり始めたからか、既に呂律が回っていない。
残された自我の絞りカスが、僅かに言葉を喋らせる。
このままでは、彼女は【イオリだった何か】へと変わってしまう。
ソレには、愛も経験が在る。
ただ、川村愛の場合は、篠原良に因って愛が自分が誰なのかを忘れる前に助け出された。
そして今、追い込まれた事によって、少女が変わろうとして居る。
そうなれば、愛は元同僚を殺すしか無かった。
事実として、以前の戦いの中では、多くを討ち果たした。
その倒した者の数は、とうに数えるのを止めて居た程である。
ギリリと、奥歯を噛み締める愛だが、妙案が無い。
良の助けを請おうにも、間に合う以前に向こうはそんな余裕は無いのは明白だろう。
変化を止められないならば、魔法少女は怪物へと変わってしまう。
かくなる上は【マジカルカノン】という奥の手にてイオリを消し去る他は無い。
そう覚悟を決め掛けた愛の耳に、溜息が聴こえた。
「はぁ……やっぱ、来て正解だったかな」
ハッと振り向けば、其処には、赤い魔法少女がいつの間にか現れる。
「ウヅキ? なんで」
愛からすれば【何故お前が此処に居る?】という気分なのだが、当人はと言えば、肩を竦めていた。
「まぁったく……見てらんないよ? 電話ぐらいすれば良いじゃん」
そう言うと、ウヅキはイオリへと目を向ける。
「あの馬鹿はあたしが抑えるから、愛は何とかして! マジカルロープ」
杖から放たれる赤い光は一条に伸び、変わりつつ在る少女へと巻き付く。
当然ながら、縛られたイオリの赤い目が、ウヅキを睨んだ。
『テメェ!? このうらぎりものがぁ!!』
「はぁ? あんただってあたし置いてったじゃん!」
必死に足掻くイオリだが、元々燃料切れの為に動けない。
それを見て、愛は一つの事を思い付いていた。
ダンと、乗って居た箒を蹴って跳ぶ。
動けない相手ならば、組み付く事は容易であった。
『ばなぜ!? ざわるな!! じのばらざん、だずけで!!』
既に変わりつつ在るイオリの口からは、言葉の意味が失われつつ在った。
そんな元同僚を止めるには、どうすべきか。
良の力が頼れないならば、彼のやり方を真似る。
サッとイオリの首へと腕を回し、首を絞めるのではなく、頸動脈を圧迫する裸絞めを愛は用いて居た。
如何に空飛ぶ要塞とは言え、魔法少女は不死身ではない。
その体は、元と大きな変化は無かった。
首をへし折る事は避け、絞め上げる。
血流を止められては、イオリも意識が保てない。
故障し、限界以上に回ろうとするエンジンの止めるには、給気口を塞いでしまえば良い。
であれば、如何に故障して居ようとも、そもそも回る事が出来なくなる。
意識が無ければ、以前の愛が落ちて行った様に、イオリも同じであった。
青と黒が落ちていくのを、赤が必死に追い掛ける。
僅かの後、地表辺りにボンと音を立てて埃が舞った。
✱
土埃が舞う中、咳き込む声。
「えっほ、げほ……あ~、いたたた」
強かに地面に身体を打ち付けたからか、痛みに愛は呻く。
高所から減速無しに落下したのだから、それも無理はない。
重傷どころか、多少痛いで済む所が、魔法少女足る所以であろう。
「あ~、死ぬかと思った」
如何に自信在っても、空から地表へと落ちた経験は無い。
だが、直ぐに愛はハッと成って後ろを振り向いた。
風が土埃を払う。 すると、其処には変身が解けたイオリの姿。
慌てて駆け寄り、胸に耳を当てる。 耳を澄ませば、鼓動が聴こえた。
心臓の動きと、胸の上下から、死んでいない事は解る。
ホッと成る愛だが、まだ終わっては居ない。
ザッと立ち上がれば、見えるのは二人を見下ろすウヅキであった。
青と赤の魔法少女が、互いの目を見る。
先に口を開いたのは、赤の方だった。
「……まさか、首絞め上げちゃうとか……そんなの良く思いついたね?」
軽い雑談のつもりなのかは定かではない。
ウヅキの声に、愛が腰に手を当てる。
「まぁね……何でもかんでも、魔法頼りじゃあ駄目だと思うし」
そう言いながら、手を伸ばせば、愛の箒型の杖が主の元へと帰って来る。
急ぎ杖を戻すのは、ウヅキへの警戒が含まれていた。
「で、どうすんの?」
イオリは倒した。
ただ、次にウヅキが襲い掛かって来ないという保証は無い。
敵同士であっても、利害の一致を見れば一時の共闘はあり得る。
つまり、イオリの変化を止めた迄は共闘だとしても、その後でどうなるかを愛は訝しんで居た。
愛の疑う目に、ウヅキがフンと鼻を鳴らす。
「あのさ、あたしが言えた義理じゃないけど、いいの?」
「何が?」
「あんたの仲間、放っておいて」
ポンと言われた一言に、愛は慌てて何かを思い出したらしい。
着地の衝撃にて、頭から吹っ飛んで居たのが帰って来る。
「そうだ! こんな事してらんないんだ!!」
誰に言うでなく、愛は自分へとそう言うと、箒へと跳び乗る。
元同僚二人には目もくれず、飛び去った。
飛び去る愛を見送るウヅキは、フゥと悩ましい息を吐く。
本来ならば、背中を見せる筈が無いが、それを平然とする程に慌てて居たという証明だろう。
「なんか、良いなぁ……一生懸命でさ、生きてるって感じ」
そう言うと、倒れるイオリへと目を移す。
「誰かを好きになるって、案外……羨ましいかも」
ソレは、イオリへ向けてなのか、それとも去った愛に対するモノか、誰にも解らない。
✱
魔法少女達が忙しい中、悪の組織は止まれない。
既にバスの外装は穴だらけであり、未だに飛んで居る事自体が奇跡に見える。
そんなバスの姿を見て、良は兜の中で唸っていた。
『こりゃ、返却どころか買い取りモンだよな』
既に原型を留めて居ないのだから、レンタル会社へと返した所で、どうにも成りはしない。
となると、弁償代わりに買い取るしかないだろう。
そんな事を考えるのは、余裕が有るからではない。
余裕など無いが、未来へと目を向ける事で先を見通す。
そうする事で、良は自分を奮起させていた。
菓子折り持ってレンタル会社へ謝りに行くにせよ、先ずは生還せねば始まらない。
『友よ! 降りるぞ!!』
耳の中に響く守護天使の声に、兜の中で良が笑う。
『まぁ、着陸っつーよりは……墜落だけどな』
良の声をと同時に、バスが地面に当たった。
散々撃たれたせいか、既にタイヤは役目を果たしていない。
損傷が軽いサスペンションが僅かに衝撃を緩めたが、完全には無理である。
舗装された地面を抉りながら止まろうとするバスから、良が跳んだ。
その際、背中に纏う赤い外套が翻り【不撓不屈】の四文字が踊った。
口径が大きい対空砲の心配は無いが、逆に口径が小さい砲塔は良を狙う。
独り跳び出したのは、敢えてバスから標的を自分に向ける為だった。
『次から次へと……』
顔を腕で庇いつつ、未だに銃撃を止めない砲塔へと駆け寄る。
『イッテェだろが!!』
大きく拳を振り被り、力任せに叩き込んだ。
銃座を壊されては、射撃は出来ない。
中で操作して居た者と目が合った。
「ひ、ひぃ!? 化け物だ!?」
慌てて拳銃を抜くが、その手を良が覆う様に掴んで止める。
『おい? 他人様を撃とうってんだ、お手々の一個や二個、無くす覚悟は在んだろ?』
改造人間が直接頭を殴れば、生身の人間では耐えられはしない。
だからこそ、相手を戦闘不能にするには、体の何処かを潰す必要が在った。
躊躇無しに、銃座を任されていた名も知らぬ誰かの手を、良は握り潰る。
引きつった様な悲鳴は上がるが、もはや戦う事は出来ない。
一つを潰したからと言って、終わりではない。
直ぐにその場を離れると、次へと向かった。
良が砲塔潰しに勤しむ中、バスから注意は反れる。
それも無理は無く、既に蜂の巣であり、マトモに動きそうもない。
そんなバスの窓や乗降口が、内側から弾け飛んだ。
『総員!! 突貫せよ! 首領に手間を掛けさせるな!!』
先ずはと顔を覗かせたのは、ギョロリと目を動かすモンハナシャコである。
そんな大幹部の合図に、変身を済ませた戦闘員達が躍り出る。
一見する分には、使い捨てと揶揄される彼等だが、こと良が率いる悪の組織に限って言えば、ソレは違った。
誰もが、改造人間と同等か、それ以上に強い。
当たればタダでは済まない筈の五十口径で撃たれても、怯みもせずに突っ込んで来る。
ろくな兵器どころか、小銃すらろくに持っていない。
にも関わらずに、悪の組織は瞬く間に銃座を潰してしまう。
少人数に関わらず、その力は群を抜く。
だからこそ、篠原良が率いる悪の組織は、世界を裏から操ろうとする者達から恐れられていた。




