悪の組織 最期の日 その16
邪魔が無くなれば、機器は動き出す。
その連絡を受けた秘書は、背広姿の良へと目を向けた。
「社長、妨害が止んだそうです」
端的な報告に、篠原良はヒュウと軽く口笛を鳴らす。
「さっすが、仕事が早いや」
頼んだのは、僅かに数分前の事である。
世界で指折りのハッカーやクラッカーを雇っても、其処までの速い仕事は望めない。
無報酬にて、仕事をしてくれるだけでなく、非常に優秀な道具であると言えた。
ただ、この篠原良はエイトとの付き合いは深く無い。
それどころか、名前すら知らず、知ろうとすらしていなかった。
「んじゃ、適当に放り込んどいて」
「はい社長、畏まりました」
一声置いてから、秘書は携帯端末を顔に側に寄せた。
「発射せよ」
短い言葉にて、命令は伝わった。
✱
通常の世界とは違う電子の世界では、情報はより速く伝わる。
その中で、二人のエイトは互いに顔を見合わせた。
『ミサイルが来るぞ到着時間は二分ほどだろう』
『知っている。 それは問題ではない。 ソレよりも、彼を任せるよ?』
機械の思考速度は、人のソレを遥かに上回る。
単に二分と言えば短くも在るが、電子の妖精達に取ってはより長い。
任せると言われたエイトは、困った様に眉を寄せた。
『良いのか?』
具体的な言葉は無いが、同じ存在である以上、話す言葉はより多くの情報は相手へと伝わる。
『私の中のあの人は、ずっと昔に居なくなってしまった。 その彼を、元カレ、と言ったら失礼に当たるかな?』
死んだ相手に操を捧ぐ、という言葉も在れど、それが全てではない。
『いいや、ただ……』
『君には今がある、そして、私にも、今は在るんだ』
同じ存在ながらも、違いを示す。
そんな声に、過去のエイトが笑う。
『なんだか、そちらは友に似てきた様だが』
愉しげな声に、未来のエイトも釣られて笑った。
『ソレは、そうだろうね。 癖が移ったのかも知れない』
互いに笑うエイトだったが、ふと、過去の顔は曇る。
『聴きたくはないが、教えて欲しい。 彼は、いつ頃、居なくなる?』
現時点では解らない事も、未来ならば解るだろうという問い。
過去の常識が、未来では非常識といった事は往々にしてある。
未来の人間は過去の人間を愚かと笑うが、実際は後だからこそ、ソレを知っているからだった。
ソレを踏まえれば、未来の事を知りたくなる。
例えそれが、殆ど全ての情報に触れる事ができる妖精であっても、未来は未知数だからだ。
問われたエイトだが、目を細めて自らの身体を抱いた。
『まだ……先だ』
答えようとすれば、何年何月、何日の何時何秒まで答える事は出来なくはない。
但し、ソレが絶対の数字とは限らない。
未来とは、決して決定されて居ないのだから。
同じ材料でも、作る者が違えば全く違う料理が出来上がる。
抽象的な答えに、配慮を感じるからか、過去のエイトは苦く笑った。
『そうか、解らない……か』
『全ては未知数だ、これからどうなるか、見守ろう。 お互いに』
『でなければ、守護天使は名乗れない』
誰にも操られぬが故に、したい事をする。
ソレが、エイト達の答えであった。
✱
電子の世界から出れば、視界は一気に開ける。
すると、見えるのはカメラを介した世界と、そして、バスへと向かっている飛翔物。
『ミサイルとは……博物館行きの代物か』
自分を含めた悪の組織が狙われていると言う割には、バスの上に映し出されたエイトの顔には余裕が在った。
その余裕は、決して根拠の無い自身とは違う。
研鑽を重ねる様に、積み上げられた技術力によって裏打ちされた自信であった。
敢えて、バスの飛行速度を緩める。
通常の戦闘機やヘリコプターならば、速度を落とせば良い的だが、そうする事には意味が在った。
『攻性 防衛 機構 起動』
短い指示に、バスの外が僅かに開く。
其処から、何やら得体の知れないモノが散布されていた。
散布されたモノは、ほぼ人の目には見えない。
バスの横から、何やら霧吹きが吹いている様にしか映らないだろうが、実際には別の意味が在る。
バスへと向かっているミサイルだが、散布範囲内に到達した時点で、爆発を始めた。
凄まじい爆音と煙を広げるが、その中を、空飛ぶバスは悠々と進んで行く。
ソレを操るエイトはと言えば、実に呑気な顔を外へと見せていた。
✱
当たり前の事だが、爆発が起こればソレは見える。
「おいおいおい……どうなってんだ?」
車内に居る者達から見れば、何かが周りで爆発をして居るのは見えていた。
ただ、何故そんな事が起こっているのか、理解は出来て居ない。
困惑する良の耳が、チリチリとした。
「んぁ? エイトか? さっきのは何なんだ?」
『友よ、案ずることは無い。 アレはADSによる、ミサイルの誤爆だ』
「誤爆だぁ? それに、え~、でィーえす?」
『このバスから散布したナノマシン達がね、電子機器に干渉し、自分達は標的に当たったのだ、と誤認させてるだけだよ』
出来る限り解り易い説明をエイトは心掛ける。
ただ、かと言って良が理解出来るのかは本人次第でしかない。
「……あ~、あぁ、そら、スゲェ頼もしいな」
解ったのか解って居ないのか、いまいち定かではないが、兎にも角にも、ミサイルはバスには届いてすら居ない。
全ては、遥かに遠くで自ら爆発をして居た。
「じゃあまぁ、コレで、安心か?」
『いいや、ADSあくまでも誘導兵器のみにしか効果は無いんだ、友よ。 通常の砲弾や銃弾、光線には意味が無い』
誘導兵器は戦争の在り方を変えた。
だが、それ等全てを無効にして戦いが終わるかと言えば、それは違う。
あくまでも、自分へと向かって飛んでくるモノを落とせるだけでしかない。
「そっかぁ、何でもオッケ~……って訳にゃ行かんな」
『それはそうだろう? そんな事が出来るのは、君の言葉を借りれば神様ぐらいのモノだよ』
エイトの声に、良は思わず笑う。
何でもかんでもやって貰えたとすれば、そもそも自分が居る必然性が失われてしまう。
だからこそ、未来では誰一人として外には居なかった。
「そらそうだ。 第一、ブチのめすぐらい自分でやんなきゃな?」
『その意気だ、友よ。 それと、もう直ぐ着く。 支度をしてくれ』
準備せよとの声に、良は席から立ち上がる。
「よう、そろそろ着くそうだ」
そう言って、スッと息を吸い込むと、目を閉じる。
もはや、言うべき事は多くは無い。
元より作戦と言った上等なモノは無いのだ。
悪く言えば、いきあたりばったり、だろう。
無策上等という、蛮勇にも等しい。
「とっとと終わらせて、どっか行こうや」
別に旅行先が決まっているという訳ではない。
ただ、何も無しでは志気が下がる。
馬の前に人参をぶら下げる訳ではないが、何も無しよりは良いだろうという良なりの配慮であった。
ただ、そんな首領の声に、ウ~ンと声があがる。
「あ~、篠原はん? それ、死亡フラグ……ちゅうんとちゃいます?」
思わず、突っ込まずには居られなかったらしい餅田。
そんな指摘に、女幹部が立ち上がった。
「ぃ喧しい!! ふらぐだかなんだか知らんが、そんなモノはへし折ってしまえ!」
誰にせよ、明日が在るとは限らない。
品行方正、清廉潔白に生きたとしても、ソレが長寿に結びつくかと問われれば、答えは出ない。
精々が、死ぬ確率が僅かに減少するという程度である。
元より悪の組織に参画している時点で、残りの人生を棒に振っている様なモノである。
だからか、アナスタシアに続いて虎女も立った。
「やならさ、今からだって降りたても良いんだよ、餅田?」
この場に居る者達は、誰もが強制された訳ではない。
全員が自らの意思で、意地を張り通すと決めたのだ。
勝ち目が有るから戦うのではない。 したいからこそ、そうするだけである。
「ちょお、そないにいけずせんでも、ちぃと口が滑ってもうただけですねん」
餅田の胸の内は、誰もが解っている。 不安が無いといえば、ソレは嘘だろう。
怖い怖くないで言えば、怖いのだ。
しかしながら、恐怖や脅威と戦うという事も、また人の歴史である。
もし、先人達が皆逃げ出して居たならば、とっくの昔に人類は滅んでいただろう。
危機を避けず、敢えて突っ込む愚か者が居なければ、そもそも歴史は起こらない。
ただ、何も無い平坦な時間が過ぎるだけである。
「まぁまぁ、お二人とも、あんまり新人を虐めちゃいかんよ」
大幹部の剣豪が、餅田を庇いつつ二人を宥める。
その声を受けて、良が構えを取った。
「そろそろやるか」
良の放った一言を音頭に、次の瞬間、バスの車内では「変身!」の声が多数響いた。
✱
空の上でバスの中が光輝く。 その間にも、時間は止まらない。
悪の組織を撃ち落とすべく、ミサイルを放った背広姿の篠原良だが、ただの一発も当たらなかったという報告に、頭を痛めていた。
「……おいおいおい、うっそだろう? どうなってんだ? 一発幾らすると思ってんだよ」
頭を抱える声に、秘書が顔を向ける。
「約5千万ですね。 二十本用いました」
そんな声に、ウ~ンと篠原良の鼻が鳴った。
「はぁ、値段ばっかり高くってよ、その割にゃ十億の不細工な花火で終わりかよ」
心底ウンザリと言った様子で溜め息を盛大に吐くと、椅子の背もたれに身体を預ける。
「コレだから戦争なんざ嫌なんだ、金の無駄遣いしかなりゃしねぇ」
攻め込まれそうにも関わらず、組織の社長が悩むのは、事後に幾ら掛かるかという勘定であった。




