悪の組織 最期の日 その14
基地奪還の為に、遠路遥々から来た悪の組織。
一度は撤退させられたとは言え、一度負けた程度で諦めたと在っては、悪の組織を名乗れない。
如何なる苦境に立たされようとも、決して諦めない事が肝心である。
その事は、バスに乗っている全員が承知していた。
だが、そんな組織の気勢を削ぐ様に、サイレンがバスの後方から鳴り響く。
『前を走ってる……あ~、バスの運転手さーん! 左に寄って停車してくださーい!』
何故、いきなりパトカーが赤灯を回してバスに止まれと言うのか。
その理由は、単純に外観であった。
長々と乗っていた為に、今まで忘れて居たが、エイトが腕によりを掛けて改造したバスは、否が応でも目立ってしまう。
増加された装甲は歪であり、天井の上に装着された怪しい機械は余計に際立たせる。
加えて、魔法少女が穿った跡も痛々しい。
警察官の静止を求める声に、良は頭を抱えた。
「うぬぅあぁぁ……そら、目立つよなぁ」
今更ながらに、何故、バスを街に入れなかったのか。
職務質問を掛けられては困るからだ。
さて、何か物騒なモノは無いかと問われれば、実のところ山程に搭載されている。
そして何よりも、乗っている面々こそが一番の問題と言えた。
乗っているのは、一般人の団体さんではない。
世間的には真っ当な企業に殴り込みを仕掛けようとして居る悪の組織であった。
『友よ、どうする?』
耳に響く声に、良は頭を痛めた。
「どうするもこうするもよ……どうしたもんかなぁ」
一応、手が無い訳ではない。
何せ篠原良という肩書の効果は既に実証済みで在った。
仮に止められても、ソッと顔を出して言えば良い。
顔を出し【すみません、ちょっと急いで居ますので】と。
「しゃあねぇ、エイト……ちょっと留めてくれや」
『解った』
運転手は居ないが、大型のバスは素直に路肩へと身を寄せると、停車した。
一人で乗降口に向かう良は、組織の面々に振り向く。
「ちょっと、大人しくしててくれよ?」
軽く手を振って、自制を求める。
無論、戦闘員達を送り込み、警察官を制圧は可能だが、無関係な者を事に絡めるつもりは良には無い。
自分の顔を出して、それで事が済むならと、余計な波風を立てる必要も無かった。
✱
「すみませ〜ん、と、なんか在りました?」
速度を超過したり、蛇行したり、他車を煽ったりと言った道交法を違反した覚えは無い。
バスの後ろに付けたパトカーからは、二名の警察官が降りて来た。
二人共に、怪し気なバスを訝しむ事を隠さない。
「お忙しいとこすんませんね。 あ~、コレ、おたくのバスですか?」
「え? いやぁ、レンタル……なんですけど」
掛けられる質問に、適当に答えつつ、顔を敢えて晒す。
すると、若い方警察官が、目に見えて顔を変えた。
「……ぁ、もしかして……篠原、良……さん?」
やはりと言うべきか、顔は割れているらしい。
そんな声は、先輩らしい方にも聴こえているのか、ウッと呻く。
「え~と、はい、まぁ」
自分でない自分と混同される事は気分は宜しくない。
だが、悪の組織がそっくりさんを悪用するのはある意味常套手段であった。
使えるモノならば、何でも使えの精神である。
「ち、ちょっとすみません、お待ちください」
慌てた様に、二人の警察官は顔を寄せて何やら話し合う。
良が顔を出しただけだが、何せそこら中で良の顔は見えるのだ。
民家の壁、店舗の窓、電柱と、上げればキリが無い。
である以上【知りません】では通らない。
目が見えないのであれば、或いは知らないと言い張れるが、見えている時点で、言い訳にも成りはしないだろう。
其処で、話し合った二人の警察官は、姿勢を正す。
「あの~、申し訳ないのですが、その、一応……免許証等を拝見出来ますれば」
そんな事を言うが、気持ちは解らないでもない。
百歩譲って、良がこの世界の篠原良と同じ顔をして居るだけのそっくりさんでない事の証明として、身分証明書の提示を願う。
そして、良にしても、丁重に頼まれれば嫌とは言い難い。
「はいはい、そんじゃ、まぁ」
促されるままに、免許証を差し出す。
当たり前だが、ソレは【篠原良】の免許証であった。
顔と名前を確認するが、他の誰でもない。
こうなると、警察官達の方が困った顔を浮かべる。
「……すみません。 お忙しい所、お手間を取らせました」
「いえいえ、ご苦労さんです」
敢えて大物ぶる事で、余計な事を詮索される事を避ける。
ただ、二人の内、一人が肩の無線が鳴っている事に気付く。
「すみません……はいコチラ……」
そんな声を聞き流しつつ、良は待つ訳だが、無線の応対に出ていた警察官は、何やら在ったらしい。
「はい? あや、しかし……はい、了解しました」
無線を終えた警察官だが、スッと息を吸い込むと、良を見る。
「大変申し訳ありませんが、そちらのバスに、盗難届けが出ている様でして……お手数ですが、少し所の方へご同行願いますか?」
取って付けたような理由だが、言われて見れば間違い無い。
何せ、悪の組織が借りたバスは、元々は他人のモノである。
ソレを、半年間も勝手に乗り回した挙げ句、原型を留めない程に改造を施したとあれば、一応はしょっ引く理由としては問題無い。
問題なのは、無線で如何なる指示が出されたかであった。
その気に成れば、宇宙に浮かぶ衛星を用いて個人を監視する事は可能である。
そして、怪し気なバスを追跡する事も。
つまりは、向こうの篠原良が何らかの手立てをして居たとしても不思議ではない。
その証拠に、既に向こうは魔法少女を送り込んで来ている。
だからか、良はハァと息を吐いた。
「悪いっすね。 申し訳ないんすけど、おまわりさんの指示にゃ従え無いんですわ」
やるべき事はまだ残されている。
大人しく捕まる事も出来るが、そうは出来ない理由も在った。
指示に従わないとなると、警察官達も【はいそうですか】とは成らない。
良を確保せんと動くのだが、止められ無かった。
傍目には普通の人間にも見えるが、その膂力は並の人間の比ではない。
ヒョイと、片手で人一人を持ち上げる良。
「な、わ!?」「なんなんだ!?」
誰であれ、いきなり持ち上げられては驚くのも無理はない。
ただ、良は二人を軽く放った。
尻餅付く警察官を後目に、バスの乗降口へと足を掛ける。
「すんませんね! この礼はいずれ!」
それだけ言い残すと、良はパッとバスに乗り込んでしまった。
「エイト! 今すぐ出せるか!?」
そんな声に、今まで大人しくして居たバスが動く。
単に走り出した訳ではない。
なんと、驚き目を丸くする警察官達の目の前で、巨大なバスが宙へと浮き上がり出していた。
『速度は落ちるが、飛行に支障は無いよ』
「今すぐ逃げろ! スタコラサッサだ!」
そんな声に、フワリと浮き上がったバスが、その場から飛び去る。
如何に警察官とは言え、いきなり空飛ぶバスを見ては、困惑を拭い去る事は出来なかった。
✱
「ふぃ〜……焦ったぜ」
警察官の職務質問を振り切り、飛び去る悪の組織。
思わず額を拭う良に、カンナがタオルを差し出していた。
「首領、ご苦労さま」
「お、あんがとな」
タオルを渡したカンナだが、ヤケににこやかである。
そんな彼女に、良はウンと鼻を唸らせた。
「ところで、首領? エイトって誰?」
にこやかでは在るが、虎女の声色は、まるで浮気した相手を咎める様な含みが在った。
当たり前だが、あれだけ声高に叫べば、隠し立ては難しい。
「え? え~と、何ていうのかな」
良にしても、これまた浮気がバレたと言わんばかりの反応をしてししまう。
其処で、困る良を見兼ねたのか、バスのスピーカーが僅かに鳴った。
『はじめまして、こうして声を掛けるのは初めてかな?』
いきなり響く声に、悪の組織は動揺を隠さない。
「え? ちょ、誰?」
「なんだ、何処からだ?」
愛とアナスタシアは、それぞれに在らぬ方へと目を向ける。
だが、如何に目を凝らした所で、見えない事もあった。
『何を今更、今までずっと君達と居たんだぞ? アナスタシア』
「どぉういう意味だぁ!? ま、まさか!?」
すわ幽霊かと、アナスタシアは焦っていた。
大幹部とは言え、苦手なモノも在るらしい。
たが、エイトは幽霊かと言えば少し違う。
『まぁ、そう気にせずとも良いだろうに? 私が君達の側に居るのは変わらないのだから』
「ええい!? 何を言うか!! 姿を見せろぉ!?」
すっかり裏返ったアナスタシアの声に、車内に設置された一部の装置が動き始める。
ウインウインと音を立てた途端、スッと怪し気な光が各所から一点に向かって放射された。
瞬く間に、半透明な女性がその場へと姿を現す。
ソレは、立体映像によって再現されたエイトの外装である。
『やぁ、アナスタシア。 コレで良いかな?』
朗らかな声と共に、挨拶をするエイトの映像。
そんな挨拶に、女幹部はウ~ンと唸ると、後ろへと倒れ込む。
「わ! ちょっと!」
「危ない!」
白目を向いて倒れ込むアナスタシアを、愛とリサが慌てて受け止める。
どうやら、怖いものなしと言える女幹部にも弱点は在ったらしい。
失神した女幹部は兎も角も、その代わりに、虎女が興味深いと幽霊と思しき女へと手を伸ばす。
立体映像が如何に精密に姿を映した所で、実体は無い。
触ろうとしても触れないからか、フゥンと鼻を唸らせた。
「ま、今更幽霊が居たって驚かないんだけど、あんた、誰?」
当然と言ったカンナの声に、エイトの映像が腕を組む。
その顔には、不敵な自信が浮かんでいた。
『それこそ今更だろう? ちょっと前まで、ずっと、私は、良の、中に、居たんだぞ。 どうやら、君達は気付いて居なかったらしいが』
今更隠し立てするつもりは無いのだろう。
特に誤魔化す事もせず、エイトは自分が何処に居たのかを明かす。
ヤケに【誰の中に居た】が強調されていた理由は定かではない。
バッと六つの目が良を向くが、当人は、そっぽを向いてしまう。
「篠原さん? どう言う事ですか?」
「ちょっと、首領?」
「首領、詳しいご説明を願います」
三人の声は、ヤケに冷たかった。




