悪の組織 最期の日 その12
何はともあれ、グラスやジョッキが悪の組織へと行き渡る。
そして、誰もが固唾を飲んで、ある方へと顔を向けていた。
その視線の集まる先に居るのは、首領である篠原良。
「え~、行き渡りましては、乾杯」
長々と話す事も無い。
これ以上待たせては、折角の飲み物が温く成っては意味が無い。
良の短い音頭に「「乾杯!」」と声が掛かった。
首領がそう言えば、皆がそれぞれに軽く器を当てる。
本来の会釈に留める、という作法には反するかも知れないが、別に貴族の食事会でもない。
中でも、アナスタシアとカンナの大幹部二人は、揃ってジョッキを呷っていた。
外聞を考えると、些か品性に欠けるが、ソレはそのままに二人が如何に【飢えていたか】を示していた。
グビグビと喉を通らすと、揃ってドンとジョッキを置く。
「……あぁ、なんて言うのかな」
「生き返る、だろうな」
カンナの呈した疑問に、アナスタシアが補足を入れた。
改造人間に成って以来、飲食とは無縁だった筈。
酒を嗜みはすれど、その実感を感じられた事は無い。
「もっパイ行こうよ、ね?」
「はしゃぐな、大幹部がみっともない」
「良いじゃん、こういう時ぐらいはさ、忘れようよ」
絡むカンナに、眉を寄せて鼻を唸らせるアナスタシア。
そんな二人の様は、何処かの会社の同僚を思わせる。
自由奔放な方が、堅物な方に絡む。
良にしても、自分の分を軽く呷る。
そうすれば、何時ぞやに味わった【無意味】とは違う感覚を味わえた。
「でもさ、良かったよね?」
目の前に座る愛は、モクモクと言った大人しい食べ方ではなく、ガバガバと言った食べ方をしながらに、そんな事を唐突に言う。
その隣に座るリサが、チラリと目を向けた。
「愛さん。 食べるか喋るかどっちかにした方が……」
助言とも取れる声に、愛は口の中のモノを一気に喉の奥へと送り込む。
先程まで、栗鼠かと言わんばかりに口内に詰め込んで居たモノを、どうやって飲み下しているのかは、乙女の七不思議だろう。
「だってさ、前に来た時なんか、私達二人だけだったし」
言われて見れば、リサと良も思い返す。
その時はまだ、良は改造人間であり、飲食は不要であった。
故に、適当な理由を付けて席を離れていた。
ソレが、今では共に宅を囲んでいる。
「まぁ、餅田のお陰か……な」
感謝の念を込めつつ、顔を向けると、其処には異様な光景が在った。
座席に座る餅というだけでも異様なのだが、その餅からは二本の腕が生え、間断なく食べ物を自らの体へと摂取して居る。
一応、自重せよとの言いつけが下って居るからか、複数の腕を同時に生やすという無茶はして居ない。
それでも、中には餅田を訝しむ店員も居なくは無かった。
「大丈夫ですかね? なんか、写真メッチャ撮られてるみたいですけど」
隠し切れない怪しさからか、他の客の中には、餅田を携帯端末でコッソリ撮っているらしい。
ただ、当の本人はと言えば、特段気にした様子は無い。
心配する愛に、良は軽く笑って見せる。
「良いんじゃないか?」
「……でも」
餅型超人がインターネットに晒された所で、果たしてソレを信じる者は居るだろうか。
良く出来たCGと切り捨て御免で在ろう事は想像に難くない。
それ以前に、仮に見られた所で、問題は無いと良は思っていた。
何故ならば、そもそも嫌なら餅田はこの場には居ない筈である。
で在れば、余計な口を挟まないというのが、良の立場と言えた。
ソレよりも、良が気にしているのは、ある意味派手なのはすぐ隣で何やら騒がしい二人である。
「ちょっと! ソレ、あたしが乗せた奴じゃん」
「ん? 良いではないか、食べ放題なのだから、また頼めば」
どうやら、カンナがじっくりと待って居たらしい焼肉を、アナスタシアがヒョイと食べている。
「ねぇ、アナスタシア。 親しい仲にも礼儀あり、って知らない?」
嗜めるカンナに、女幹部はフフンと笑う。
「何を言う。 この場に限って言えば、戦場だろう? ボケっとしていては、取られても文句は言えまい」
アナスタシアの言う事も間違いではない。
場に在る食べ物飲み物には、一々名札は付けられてなど居ないのだから、誰が飲み食いするにせよ、法的には問題は無いだろう。
ただ、場に居る者はにすれば、勝手に取られて良い気はしない。
「あんたさぁ、食べ物の恨みって、怖いんだよ?」
「解った解った。 ほれ、好きなモノを頼むが良い」
いまいち、納得が行かぬという顔をしながらも、カンナは注文用の機械を手に取る。
そんな二人に、愛とリサは戦々恐々だった。
「大丈夫かな、あの二人」
「ホントに、あのまま変身しそうな勢いですけど」
喋りながらでも、変わらず食べる歩調落ちない愛に、時折チョイチョイと摘むリサ。
ある意味では、二人の関係は良好に見える。
そんな二人が心配する女幹部と虎女を見ても、良は大して動じては居なかった。
「なぁに、大丈夫だろ」
実に適当な答えに、リサは眉を寄せるが、無視するどころか、良は微笑ましいと言わんばかりに大幹部達を見ていた。
「あの二人だってさ、あんなだけど、嫌なら飯食ったりしないだろ?」
そう言われれば、愛とリサにも納得は出来る。
命懸けで共闘せねば成らない筈の魔法少女ですら、一歩離れれば、其処からの付き合いは無いという。
利害の一致を見れば、敵同士ですら共闘する事は珍しくは無い。
ただ、其処からの付き合いは無いのが実情であった。
「そういやさ、二人は、何処行くとか決めたのか?」
話のタネにと、良はそんな言葉を振った。
今回の戦いを終えれば、真首領からの心配は無くなる。
そもそも、此度の戦いにの始まりは、向こうが悪の組織の温泉旅行を邪魔した事が発端であった。
問われた二人の少女だが、ウ~ンと鼻を唸らせる。
「海行ったし、温泉はしょうがないけど……」
あれやこれやと頭を巡らせる愛に対して、リサが良を見た。
「良さんは、どうです?」
「うん?」
「何処か、行きたい所とか、したい事とか、無いんですか?」
言われて見れば、新鮮であった。
今までの良からすれば、周りからの催促の為に、自分の事を疎かにしていたのである。
それだけ忙しく、考える暇が無かったとも言えなくもない。
ただ、考えて見れば根源的な問答とも言えた。
遡れば、前首領を倒したのも、今のリサの質問に近いモノなのだ。
【世界征服をして、その後は?】と言ったのは、他でもない良である。
以前の首領は、良の質問には答えられなかった。
世界征服とは、あくまでも目的地への到達の為の手段であり、目的ではない。
往々にして、手段と目的を履き違えている者は多い。
目標達成の為の手段が、いつしか目的そのモノと入れ替わっている場合もあるだろう。
では、ソレをするのは、如何なる目的の為なのだと、良は前首領へと問うていた。
そして、いざ自分に【貴方の目的は?】という質問が来ると、答えに困ってしまう。
餅田の細胞を受け継いだ良は、今や改造超人と化していた。
何を何処まで出来るのか、実のところ餅田自身ですら全てを把握はして居ないという。
魔法少女の如く空は飛べず、博士の如く機械に詳しいという訳ではない。
だが、それだけが選択肢という訳でも無かった。
何かが駄目でも、他を当たれば良いのだ。
つまり、しようとさえすれば、無限の可能性が広まっている。
如何なる道を往くべきなのかを、今、良が問われていた。
「ははぁ、コイツは、難問だぜ」
腕を組んで、うーむと鼻を唸らせる。
意外にも【したい事】を問われると答えるのは難しい。
悪の組織の首領へと治まって以来、次から次へとやるべき事が在った。
それに対処するのに忙しく、考える暇が今は在る。
アレをしてはどうか、コレをしてはどうかと、様々な事が思い浮かぶが、纏まらない。
悩む良に、愛が目を向けた。
「そんなに悩みます? 色々在るじゃないですか、スキースノボーしたいとか、サーフィンとか、ビーチ……ばれー?」
「スポーツばっかりじゃないですか」
「別に良いじゃん? だったらさ、リサは何が良いの?」
「え? え~と、絵を描いたり、アッチコッチ見て回ったりとか」
頭より身体を動かすのが得意だからか、愛は自分の頭に浮かぶ事をポンポンと口に出す。
ソレに対して、余り運動が得意でないリサは、出来そうな事を零した。
二人の意見に耳を傾けつつも、良は自分と向き合う。
果たして、自分がやりたい事とは何なのか。
そう考えると、ふと、ある姿が思い浮かぶ。
誰も居らず、何も無い場所で、ただポツンの座る一人の良。
その姿は、思い出しても余りに寂しい。
ただ、なんとなくではあるが、朧気に何かが見えた気がした。
「アッチコッチ行ってさ、遊んだり、運動したりってのも良いんだが、やって見たいのは……」
一旦言葉を区切る良に、愛とリサが目を向ける。
「こう……さ、どっか……景色が良いとか、気候が穏やかな所で、デッケぇ椅子にでも座って、のんびりしたい……かな」
良が語るのは、贅沢な時間の使い道と言えた。
命ある者、何連はソレは終わりが来る。
だからこそ、生きている間は楽しもうとあれやこれやと試す。
ソレに対して、良が語ったのは【何もしない】という事だった。
ただ座り、何に追われる事も無く、漫然とした時間を楽しむ。
「えぇ? ソレって面白いですかぁ?」
活発な愛からすれば、ただ座るでは時間の浪費としか思えない。
「ね、リサ……リサ?」
愛が横を向けば、何故だがリサ迄もが惚けていた。
「あ、はい?」
「いや、はいじゃなくて、どう思う? 篠原さんの案は」
「え? 凄く良いと想いますけど?」
「えぇ〜、なんで?」
問われたリサは、少し顎を上げた。 そうすれば、必然的に頭は上を向く。
「だって……忙しく動き回った後にでも、その後でのんびり座れたら……素敵とは思えません?」
具体的に【ナニを忙しくして居た】とはリサは口にして居ない。
だが、短くも濃密な付き合い故に、愛にも言わんとする事は理解出来てしまった。
其処に居るのは二人。
二人は、汗に塗れる程の激しい運動の後に、寄り添ってまったりと過ごす。
あくまでも【二人という設定】なのが、愛の性格を現している。
「……う~んと、確かに……良いかも知んない」
果たして、少女達が良のしたい事を本当に理解出来たかは不明だが、提案が無碍に断られるという事も無かった。
苦笑いを漏らしつつ、自分のコップを傾ける良。
目的が決まったにせよ、ソレを成す為には、まだすべき事が残されている。




