悪の組織 最期の日 その10
川村愛を回収した悪の組織。
そんな組織は、先ずはと陸地を目指していた。
本来ならば、相手の本丸へ突っ込む筈だが、途中で墜落しては敵わない。
バスを司るエイトによれば、直ぐには落ちはしないと言う。
其処で、問題が無いかと言えば、一つ在る。
ソレは、捕らえた魔法少女ウヅキの処遇であった。
✱
力の源である杖は既に奪われて居るが、念の為にと、ロープでグルグル巻にされている姿はある意味痛ましい。
さながら、頭と尾だけを出した海老フライの様である。
そんな動けない少女に、元同僚が近付く。
元より拘束などされて居ない愛と、口は一応塞がれて居ないウヅキ。
二人は、互いに互いの目を見るが、言葉は無かった。
重苦しい沈黙に、流石の悪の組織も口を挟まない。
そんな中、先にハァと息を吐いたのは、ウヅキだった。
「……ダッサ……こんな格好見られてさ」
最初に出たのは、襲い掛かった事へと詫びではない。
寧ろ、ソレが少女の性格を表していた。
ムッとするリサが立ち上がろうとするものの、ソレをカンナが抑える。
今は、魔法少女同士の問題であり、外野が口を突っ込むべきではない、という配慮である。
そして何よりも、良の手前という事も在る。
「面と向かってだけど、最初に言う事が、それ?」
「じゃあ何? はい、ごめんなさい……ほら、謝ったけど?」
一応は侘びている。 ただ、其処には誠意らしき欠片も見えない。
それについては、流石の愛も眉を寄せた。
「ウヅキ……あんたさ、随分と強気じゃん」
「だったら何? 殺したきゃ殺しなよ」
まるで、やけっぱちと言った少女だが、ある種の打算も在った。
そもそも、殺すつもりならば、とっくに殺されている筈である。
しかしながら、ウヅキはまだ生かされていた。
其処に、何らかの取っ掛かりが在るかと模索して居る。
「イオリに期待してるなら、とっくに逃げちゃったよ」
そんな愛の言葉には、さしもの強気も引っ込むのか、ウヅキは唇を噛んでいた。
「……アイツ……」
一瞬、悔しがる少女だったが、直ぐに嗤いへと顔を変えた。
「別にいっか、だってさ、あたしら友達でもなんでもないし」
そんな声は、嘘ではない。
同じ魔法少女とはいえ、偶々顔を揃えただけなのだ。
同業である以上、一応の協調は在ったかも知れないが、ソレは仕事を円滑にする為の方便である。
ウヅキの言った【友達ではない】という言葉には、愛もかつての事を思い返して居た。
何度となく、三人で共に戦った筈ではある。
だが、其処には友情と言ったモノが在ったかと問われれば、答えるのは難しい。
職業上の同僚と言えば、ソレが一番近いだろう。
「まぁ、そうかもね。 私達、一回もご飯行ったり、遊んだりしてなかったし」
「そりゃあそうでしょ? 好きで集まった訳じゃないしね」
互いに見合う二人の目に、情らしいモノは見えない。
「そんな事よりさ、ねぇ、愛」
「なに?」
「この縄、解いてくんないかな。 こんなグルグル巻にされてさ、痛いんだけど?」
妙な強気は、果たして無知の蛮勇からだろうか。
少女には、捕まっているという自覚は余り見えない。
事実上、ウヅキは悪の組織の捕虜という立場である。
そして、逆に愛はと言えば、そんな組織の客分であった。
「随分さ、偉そうに成ったよね、ウヅキ」
「そりゃアンタの方でしょ? 何? この変な連中に囲まれて、味方いっぱいだからって偉そうにしないでよ」
捕まっている事に苛立ったのか、余計な一言が出てしまう。
ソレには、女幹部が憤慨したらしい。
変身せずとも、真っ赤に成るのは見て取れた。
「何を貴様!? 我々の何処……ムググ……」
「まぁまぁまぁ、アナスタシアさん。 落ち着いて、な、な?」
慌ててアナスタシアを抑えたのは、良であった。
他の者がそんな事をすれば、後が怖いが、首領が止めたと在れば、女幹部も怒りを引っ込めるしかない。
でなければ、女幹部が少女の頭を砕いて居ただろう。
「なんでもいいからさ! サッサとやるんならやれば!? 裸にひん剥くんだっけ? は! 輪姦したきゃすれば!!」
無鉄砲この上ない発言だが、別に片意地を張っているという訳でも無かった。
形の上とはいえ、ウヅキは愛が居ない間もイオリとは組んでいたのだ。
そんな仲間に、まるでゴミの様に見捨てられたという絶望感が、彼女にヤケを起こさせて居る。
事実、一頻り騒いだ後、少女はグスグスと鼻を鳴らしていた。
「なんでよ、なんで、アイツ……」
持ち上がっていた意識が一気に落ちる。
逃げ場が無いという事からも、その落差は大きい。
処遇に倦ねる組織と愛だが、ふと「いいかな?」と声が掛かった。
場の誰もが、声の主を見る。 割って入ったのは、剣豪であった。
「お嬢さん。 ヤケを起こすモノではない」
そう言う壮年が、先程戦った片角の青年だと気付いたからか、ウヅキは目を剥く。
「……え、あれ」
「私の変わり身は気にする事は無い。 君もするだろう? それよりも、だ。 恐らく君は、我々を敵と見ていないかね?」
問われたウヅキは一回鼻をグズっと鳴らす。
「違うっての? だって、敵じゃん」
嗚咽混じりの声だが、壮年は動じない。
それどころか、思慮の浅い少女に、深い憐憫の目を向けていた。
「ウヅキ……とやら、苗字を伺っても?」
特に脅す様な口振りは無く、寧ろ淡々と嗜める様な声に、少女は徐に口を開いていた。
「笠原……だけど」
ポンと出された苗字だが、愛からしても、意外な事だった。
何せ、魔法少女同士はお互いの名前すらろくに知らなかったのである。
「なるほど……では、笠原女史。 君は、一つ勘違いをして居る」
「何がよ」
「我々は、別に君の敵ではない」
剣豪の一言には、流石に悪の組織の面々は勿論、愛も驚いた顔を見せていた。
ただ、ウヅキだけは、信じられないといった顔で壮年を見ている。
「解らない……という顔だね? まぁ、まだ君は若いからな。 白か黒か、赤か青か、右か左か、上か下かという尺度でしかモノを測れないのも無理は無い」
そう言いながら、壮年は少女へと近付く。
ウヅキが見て見れば、深い相貌が自分を憐れむ様に見ていた。
「敵など、始めから居ないんだ」
全く理解出来ないという少女に、壮年は構わず口を開く。
「ただ、誰もが相手を知らず、知ろうともしない故の争いが在るに過ぎない。 だからこそ、ウロウロと彷徨い、その途中で、出逢った者が偶々に集まり旗を掲げ、別の旗を掲げる者達を見て、旗が違うとぶつかって居るだけだよ」
壮年の言葉全てを、理解出来た訳ではない。
「……でも」
「事実、君は自分から我々に向かって来たのかな? 仮にそうなら、ソレは何の為だ?」
問われたウヅキは、言葉に詰まる。
彼女からすれば、悪の組織などは別に気にする程の事も無かった。
同僚の川村愛が入り浸っている事は知っては居ても、ソレはそれだけの事に過ぎない。
にも関わらず、今回、ウヅキが組織を襲撃したのは、報酬を条件に頼まれたからである。
「だって……頼まれて……」
「ほう? 誰かに頼まれてか、ソレは、慈善の気持ちからかな?」
問い掛ける壮年にしても、答えは既に解っていた。
何の理由も報酬も無しに、死ぬかも知れない戦いに身を投げ出すのは愚かな話でしかない。
小さな虫ですら、生きる為にそうせざる得ないからこそ、生きる為に命を懸ける。
「……どうせ、お金でしょ? 昔っからそうだもん」
愛の一言に、ウヅキが顔を上げた。
「なに、悪い? 別に関係無いじゃん」
馬鹿にされたと思った少女は苛立つが、愛の顔には嘲りは無く、寧ろ可哀想なモノを見るような色が在った。
たじろぐウヅキに、壮年は軽く息を吐く。
「ふむ……笠原女史。 金銭の為に命を懸けることは珍しい事ではない。 君が何をどれだけ欲してるのかは知らないが、ソレを続けるなら、君にはいずれ、全ての者が敵に見える様に成るだろうな」
ウヅキは、思わず唾を飲む。
表面的な友達と言う者は多いが、果たしてソレが深い付き合いかと問われれば、無理がある。
単純に、怖いからだった。
戦力的には恐れる事はなくとも、誰もが離れて行く。
ただ、実際には、離れようとするのはウヅキの方であった。
寂しいから近付くものの、信頼が築けないからこそ共には居ない。
気の向いた時だけ、軽く触れ合うだけに留める。
気付けば、ウヅキの周りは敵だらけに成っていた。
昨日笑い合った友達も、血の繋がった家族ですら、信が置けない。
積み上げたモノを奪われまいと、人を遠ざける。
近付く者は、全てが味方とは思えず、笑顔の裏には何かが在ると猜疑心だけが残った。
何も言わず、頭を垂れる少女に、壮年は目を細める。
長く生きている以上、少女と同じ立場の者を、数多く見ているが、その先を言うつもりは無い。
「笠原女史。 君は君だ。 好きにすれば良い。 ただ、出来れば、我々の邪魔はしないで欲しいがね。 女人を向こうを回すのは、本望ではない」
軽く言い残すと、壮年は自分の席へと戻る。
その際には、良ですら思わず道を譲っていた。
「えっと、なんか……深いっすね」
「何を言う、首領。 君はとっくに気付いていた筈だぞ」
「え? あ、いや」
「感覚だけでは言葉にするのは難しい。 ただ、既に君は知っている。 いずれ、言葉に出来る様に成るさ」
壮年の言う事の全てを、理解出来た訳ではない。
ただ、今の良には、色を失った魔法少女は可哀想な相手に見えていた。
何も言わなく成ったウヅキに、愛が近寄る。
「ね、ウヅキ」
呼び掛けても、返事は無い。
「どうする?」
具体的に何をどうすると問われて居ないのだから、答えるのは難しい。
ただ、ゆっくりと落ちていた顔が上を向いた。
「……助けて、愛」
そんな声に、少女はどうしたものかと悩む。
果たして、今の殊勝な態度は本心からか、はたまた、単なる演技なのか、他人の胸の内は如何に魔法少女でも見えない。
「おーい、川村さん」
声を掛けられ、振り向けば、良が何かを差し出していた。
「コレ、ずっと借りっぱなしだったわ。 後で橋本さんに返さないとな。 ま、今ぐらい良いだろ?」
そう言って、良から渡されたのは、小さなポケットナイフ。
小振りだが、縄程度ならば切れる。
本来ならばモノを切る為の道具だが、切る事に由って、或いは別の何かを紡げる事も在る。
その気に成れば、自分の杖を刃物だろうと変えられる愛だが、この時ばかりは、渡されたモノを握っていた。
「ありがと、篠原さん」
渡された意図を、何も言われずとも愛も理解する。
端的に、良は、少女に古い友人の過ちを許してやれと言っていた。




