悪の組織 最期の日 その9
落ちて行く少女に、良は向かう。
空中を泳ぐという事に余り意味は無いかも知れないが、必死に足掻いていた。
『この! くぬ!? どうせなら、ロケットでも付けときゃ良かったぜ』
少女とは違い、飛べない事がもどかしい。
それでも、近寄った分何とか愛の身体を掴まえる。
意識が無いのか、愛の目は閉じていた。
そんな彼女の頭を、良は自分の胸へと抱える。
『……痛えだろうなぁ……』
そう言いながら、ギュッと愛の身体を抱き締める。
せめて、着水時の衝撃を肩代わりしようと、良は身体を硬くした。
瞬き程の後、水面にはまるで魚雷が爆発したかの如き水柱が上がった。
✱
不時着は無理と判断し、その代わりに、バスは良と愛が落ちたで在ろう場所の辺りを旋回する。
バッと外を覗くのは、アナスタシア。
首領が不在の場合、大幹部である彼女がその役目を代行せねばならない。
其処で、迅速な判断が求められる。
「餅田!! 飛べ!!」
他に適任が思い付かない以上、いの一番に呼ばれたのは餅型超人だった。
「そない殺生な……飛べやなんて」
高い所から落下傘どころか紐も無しで跳べという女幹部。
生理的な恐怖に、思わず身を硬くする餅田だが、悪の組織に置いては、上役の命令は絶対なのだ。
「ごちゃごちゃ言ってないで、行けぃ!!」
「あぁ!?」
もはや相手の意を待つ事無く、女幹部は餅田を蹴り出す。
自分の数倍は在るであろう超人を蹴飛ばせるのは、流石であった。
一秒と掛からず、餅田が水面に落ちた。
後は、組織総出で首領の安否を確認するのだが、一人、別の方を睨む者も居る。
剣豪だけは、もう一人の黒い少女の動向を窺っていた。
首領が居ない以上、いざと成れば自分が立たねば成らない。
だが、剣豪の憂いとは裏腹に、上空を回っていた魔女は、相方を助けようともせずに、何処かへと飛び去っていた。
「……ふむ、自軍が劣勢と在れば、迷わず退く……か。 良い将の気質だが……」
剣豪が思うのは、軍に取って良い将軍と、兵に取っての良い将兵の違いだった。
軍に置ける良い将軍とは、躊躇無く勝てる方法を選べる者である。
いざ戦いに置いては、自軍の損害や良心を考慮せず、結果を出す。
必要と在れば、迷わず自軍の兵を見捨て、必要ならば、即座に撤退する事を持さない。
退き際を弁え、勝てる時に勝つ事こそが、軍が求める将の気質と言えた。
対して、兵に良い将軍とは、その命を重んじるかどうかである。
戦の勝ち負けという結果には拘らず、最も大事にするのは率いる部下の命。
絶望的な状況であっても、決して諦める事は無い。
其処には、死にさえしなければ、またやり直せる、という願いが込められていた。
その意味で言えば、首領である良は後者である。
誰が見ても【将軍としては失格】の烙印を押されるだろう。
だからこそ、悪の組織の面々は良について行こうと決めていた。
対して、バスの中で動けない様にとグルグル巻きにされているウヅキは、戦々恐々にま青い顔を隠さない。
もしも、川村愛が死んだと在れば、どうなるかという自分の処遇に付いて恐れて居るのだろう。
思う事は多々有れど、今は、剣豪も二人が落ちたで在ろう方へと目を向けていた。
✱
改造されて以来、風呂を除けば良は水に入る事を避けていた。
別に何らかの恐怖症を患っては居ないが、その理由は、単純に浮くのが困難だからである。
改造人間とは、御世辞にも軽くない。
寧ろ、通常の人間に比べて遥かに重いのだ。
塩水は浮力を増加させてくれるが、それでも、多少真水よりは幾分かはマシという程度に過ぎない。
重い潜水艦が浮き沈みが出来るのは、艦内の容器中に水を出し入れする事で、ソレを実現して居る。
対して、良の体にはそんな便利なモノは付いては居なかった。
酸素確保の為の空洞は在るが、浮力を生み出すほどではない。
死に物狂いで、片腕と両脚を動かす事で何とか水面を目指そうとする。
悲しいかな、それでも水面は遠い。
何とか少女だけでもと思うが、手を放して浮き上がるという保証も無かった。
そんな良の目に、何やら得体の知れないモノが伸びてくる。
溺れる者は、藁にも縋るというが、文字取りに良はソレを掴んでいた。
一気に水面へと引き揚げられる良と愛。
見えるのは、膨らんだ餅田である。
その体の特質上、改造人間とは違い、空気を入れて浮く事など雑作もない。
「篠原はん! 大丈夫でっか!? たくぅ、あん人も無茶しますわ」
馴染んだ声に、思わず笑いが込み上がる。
『助かったぜ。 あのまんま海の底かと思ってたが、餅田さん組織に引き込んだのは、大正解だったな』
「せやろ? ほんなら、ボーナス期待してまっせ、首領?」
冗談か本気かは兎も角も、その声は実に頼もしい。
命を拾って貰ったとあれば、多少の報奨は惜しむべきではないだろう。
『おっと、それよりも……』
思い出した様に、良は徐に愛の顔を見る。
変身はとっくに解けていたが、傷は無さげだった。
『川村さん? おーい! 愛!』
普段ならば、少女の事を苗字で呼ぶが、この時ばかりは、名前で彼女を呼んでいた。
物の弾みとはいえ、良の声に少女の鼻が唸る。
薄っすらと開いた目に、赤い目が映った。
「……篠原、さん」
『よう、生きてるみたいだな』
ハッと成って周りを見れば、愛は海面に居た。
「え、あれ……此処」
「川村はん。 感謝するんやでぇ? 篠原はん、落ちるあんさんを見て、いの一番に跳び出しとったんやから。 まぁ、お二人を挙げたんはワテでっけど」
餅田の声に、愛は良へと顔を向ける。
「あの……私」
助けられた事は有り難い。
ただ、同時に解るのは【自分は負けた】という事実である。
油断していたとはいえ、ソレは言い訳とは成らない。
『気にすんなって……一回二回負けたってよ、次が在るさ』
少女の悩みを、良は軽く吹き消してしまう。
だからか、愛はここぞとばかりにその胸に抱き付いた。
装甲に覆われて、些かその感触には多少難があるが、かえって頼もしい。
『あ、ちょ、川村さん?』
「違います」
『はい?』
「さっき、愛って呼びましたよね? 聴こえましたよ?」
少女からすれば、名を呼ばれたのは珍しい。 それだけに、意識を取り戻したとも言える。
『あ~、うん、はい』
慌てて居たからだと言えばソレまでだが、其処まで良も野暮ではない。
ただ、二人はある事を失念していた。
「ちょ、川村はん。 アカンのですわ」
「なんで? だってさ、餅田さん前に言ったじゃない、自分から行けって」
「そらまぁ、言いましたけんども」
餅田の声から解るのは、何かを恐れて居るという事だ。
「あんのぉ、お二人共、なんや忘れとりまへんか?」
餅田の恐る恐ると言った声に『「え?」』と同時に声が出る。
そう、この場に居るのは、三人ではないのだ。
「……しゅりょお……」
何処からともなく、まるで幽霊の如き声が掛かる。
ハッと成って見れば、バスは既に低空飛行に移行していた。
声の主は、海風に髪をなびかせる女幹部。
風で荒らされた髪が顔に掛かり、怨霊さながらである。
『うわぁ……やっべぇ……めっちゃ怒ってるよ』
先程迄の凛々しさなど何処へやら、逃げ場の無い良は弱々しい声を漏らす。
対して、愛は露骨に顔をしかめていた。
「……もぅ、いっつも邪魔が入るぅ……」
愛の恨み節は別にすれば、辛くも魔法少女の襲撃を退けた。
しかしながら、ソレはまた始まりに過ぎない事は、悪の組織の誰もが解っていた。
✱
一人逃げ出したイオリは何処へ行くのか。
特に行く宛が無い以上、出た所へ戻らねば成らない。
下手に身を隠そうとすれば、寧ろ命の危険が在った。
逃げ帰ったイオリが通されたのは、執務室である。
「……すみません」
事の顛末を話し終え、詫びを口にする。
その先には、椅子に座った篠原良が居た。
話を聞き終えた篠原良は、ふーんと気が無さげに鼻を唸らせる。
「あ、そう……相棒は捕まっちゃったんだ」
特に失態を罵る事も無ければ、怒鳴り散らしもしないが、かえってそれが不気味である。
それどころか、まるで気にした様子が無い。
「あの、私は……」
別の報奨をくれと頼んだのはウヅキである。
つまりは、口にしていないイオリに責任が在るかと問われれば、追求するのは難しい。
事に絶対が無い以上、魔法少女が与えられた任務に失敗すると言う事も、考慮せねば成らない事実であった。
「ま、しょうがねぇだろ。 向こうにだって俺が居るんだ」
同じ力を持つ者が居る以上、今回の結果は予見出来るモノである。
その失態を、送り出した少女だけに押し付けるのは筋が違った。
チラリと、自分の横で控える秘書に目を向ける篠原良。
「おぅ、チョイと席外してくれ」
指示を出された女秘書は、ペコリと頭を下げる。
「はい社長」
カツカツと音を立てながら、執務室から出て行く秘書に、イオリは戦々恐々としていた。
二人だけで部屋に残されたとあっては、何が起こるか解らない。
ビクビクと身を縮める少女に、篠原良は笑顔を見せた。
「任せちまったのは俺の責任だからな」
「そんな事は……」
言われた事を否定しようとするイオリに向けられるのは、手招きである。
「ま、良いから、コッチ来なよ」
こわごわとしたイオリだが、手が届く所まで来た時、篠原良の手が少女の手を掴む。
「ヒャ……」
いきなり引っ張り込まれ、鋭い悲鳴を発するが、長くは続かない。
何故ならば、篠原良の手がイオリの背中を撫でていた。
「悪かったな? どうせなら、援軍出しときゃ良かったのが」
「……いいえ」
何を言うでなく、少女は自ら進んで相手へと抱き着く。
その際には、唇も合わされたが、社長と呼ばれる篠原良の目は在らぬ方を見ていた。




