悪の組織 最期の日 その8
愛と剣豪に任せた筈だが、良は敢えて自分からバスの上へと乗り出して居た。
本来の首領ならば、組織が壊滅寸前まで姿を現そうとはしないモノである。
何故ならば、将棋にせよチェスにせよ【王】が取られてはお終いだからだ。
ただ、今悪の組織を束ねて居るのは以前の首領ではない。
そして、仲間や部下を放置して平然と構えて居られる性格を持ち合わせては居なかった。
ウヅキは、自分の手首を掴む異形を忘れては居ない。
何せ、絶大な力を持っている筈が、その異形の前では何の役にも立たないのだ。
『折角、前は逃したってのに、結局は突っ掛かってくんのか? どうすりゃあ止めるんだろうなぁ? そう言うアホはよ』
怒って居るのか、兜から漏れ出る光は強い。
目線は定かでないが、赤い目が、確実に少女を睨んでいた。
今更ながらに、ウヅキは自分の失敗を嫌という程に自覚させられる。
金に目が眩んだかと言えば、その通りなのだが、だからといって何の言い訳にも成りはしない。
寧ろ、どう異形に対して弁明と命乞いをすべきかに悩んでいた。
「……あ、あの……」
『あぁ?』
「……ごめ、ごめんなさい」
取り急ぎ、口から出たのは謝罪であった。
声を荒らげて、罵る事は出来るかも知れないが、余計な怒りを買おうとは思わない。
ズイッと、少女の顔に兜の先が近付く。
『言うに事欠いて、ごめんなさい、だ? おうネェちゃん、馬鹿にしてんのか?』
荒れた口振りは、それだけ良が怒って居るかを示していた。
相手が如何に無力な少女だろうが、それはこの際関係が無い。
今まで戦って居ても、武器を捨てれば【ハイ終わり】かと言えばそれは違う。
規定に置いては、武装解除した者は捕虜として確保、もしくは逮捕され、その身体は人権の名の下に保護されるべきだろう。
だが、それで事が収まるようであれば、これ程楽な話も無い。
そして、そんな事は有り得ないと言えた。
捕まった者は、一方的に嬲り殺しにされたとて、文句は言えない。
殺し合いとは、本来そう言うモノだった。
このままでは少女を殺し兼ねないからか、剣豪が刀を先に鞘へと納める。
「首領。 武装解除した相手を責めるのは、君の流儀ではあるまい?」
落ち着いた大幹部の声に、兜から漏れ出る光が窄まった。
その代わりに、深い唸りが漏れ出る。
『ま、それも、そうだわな』
唐突に、声色を変える良。
それを聴いたウヅキは、思わず腰を抜かしてしまう。
口には出さないが、内心では【助かった】とすら感じる。
ただ、良の手は未だに少女の手首を掴んでいた。
『おう、そうだ。 そういや子分共がよ、あんたに話があんだってさ』
普段ならば絶対に使わないで在ろう良の言葉に、ウヅキは訳が解らない。
直ぐ様、まるで枯れ枝でも放る様にその少女の身体を良は片手で振った。
✱
一瞬、空と海がウヅキの視界を掠める。
放り出されたと思ったが、体は強かに何かに打ち付けられ、落ちるという事は無かった。
「……痛」
変身していなければ、未知の力の加護は無い。
痛みに呻きつつ、顔を上げれば、少女はバスの中で悪の組織に取り囲まれて居た。
川村愛は、普段から慣れている為に気付いて居ない事が在る。
良が来てからというモノ、組織自体の運営も 丸くなったとは言え、元々の彼等は【悪の組織】であった。
ほぼ無表情にて、ジッと少女を見下ろすのは、女幹部である。
良の手前、普段は無い筈の胃を痛める中間管理職と言えなくもない彼女だが、実態としては人間ではない。
思わず、唾を飲み込む少女の横では、クスクスと軽い笑いが響いていた。
ハッと顔を向ければ、其処にはしゃがみ込む虎女。
「あ~らら、変身解けちゃったんだぁ」
妙に優しい声だが、虎女は片手をスッと挙げると、その手から刃を出して見せる。
剃刀以上の切れ味を誇る刃が、ウヅキの髪の毛の先を落とす。
「ね、確か杖、持ってるよね? 出してくれないかなぁ?」
長々と、魔法少女と付き合う内に、虎女は幾つかの事には気が付いていた。
愛が何らかの力を行使する際、必ずと言ってもいい程に、その手には杖が在った。
厳密に言えば、愛のソレは子供用の飴であるロリポップに酷似しているが、この際、その形がどうであるかは問題ではない。
友人であれば、その力を奪おうとはしないが、他人であれば別である。
況してや、組織の敵対者とも成れば、虎も猫被る事をしない。
首領の流儀に倣い、殺さないにせよ、無力化は必須と言える。
命までは取らずとも、大切なのは、その力を出しているで在ろう源を絶てば良いのだ。
自身の秘密を知られてか、ウヅキが震える。
もしも【力】を奪われてしまえばどうなるのか。
それについては、彼女自身がよくよく知っていた。
篠原良による力の無効化だが、無限ではない。
時間が経てば、隙きをついてまた変身する事は可能だ。
「えと、あの……」
何とか、時間を稼ごうとするものの、痺れを切らしたらしい女幹部が動く。
「面倒だな。 この場で裸に剥いてやろう。 そうすれば、何処かしらから出て来る」
良の前では幾分かは自重するアナスタシアも、この時ばかりは自制が働いていない。
何せ、先に先制攻撃を仕掛けたのは他でもない少女である。
戦いに赴く以上、殺すつもりならば殺される覚悟が無ければ始まらない。
止める者から居なければ、女幹部が止まる事は無かった。
丸腰の少女を囲むのが卑怯かと問われれば、そもそも周りの全員が悪の組織である。
誰も品行方正に努め、清廉潔白である正義の味方等では断じて無い。
「そりゃあそうだね〜」
アナスタシアの声に、虎女がウヅキの背中を踏み付ける。
「……ぃ、ギャ!?」
思わぬ悲鳴が、バスの中に響くが、ソレは意味を為さない。
「ね、あんまり抵抗しないでよね? 怪我したくないでしょ?」
良の居る前では、絶対に出さないで在ろう虎の冷たい声。
その声に、少女は全身から汗が吹き出していた。
「たす、助けて!! 誰かぁ!!」
もはや、自分が魔法少女という自負など無い。
恥も外聞もなく、ウヅキは悲鳴を上げて助けを乞う。
「何言ってるんですか?」
救援を乞う声に対する返事は、冷たい声だった。
背を抑えられ、動けないウヅキに声を掛けるのは博士である。
「私達は悪の組織なんです。 此処に居るのは、全員悪党なんですよ? それなのに、誰が敵を助けるって言うんです?」
普段は近い歳の愛と冗談を言い合う博士も、怒っている時はそうでもない。
「忠告してあげますけど、今すぐ何処に在るか言った方が貴女の為ですよ? でなきゃ、頭蓋骨開いて中身掻き回してでも調べますから」
そう言う博士だが、決して脅しなどでは無い。
脅しとは、その気が無いにも関わらず、相手を威嚇し、萎縮させる為の方法である。
対して、博士が言った忠告は似て非なるモノだ。
必要が在るならば、手段を厭わず行使するという意志の現れでもある。
親しい川村愛ですら、知らない悪の組織の本来の顔。
ソレを、同じ魔法少女のウヅキは嫌という程に見せ付けられていた。
✱
バスの外では、中がどうなってるかは見える者ではない。
それよりも、良の横では剣豪が腰を落としていた。
先程迄は精悍な青年だった筈が、見る間に壮年へと変わる。
端から見ていれば、まるで玉手箱を開けてしまった浦島太郎さながらであった。
『あの、大丈夫っすか?』
思わず、声を掛けると、壮年は苦く笑う。
「いいや、大丈夫とは言えないな。 首領、悪いが、年寄は引っ込ませて貰いたい」
一見飄々とした剣豪だが、魔法少女との一戦は彼に取っても楽なものではなかったのだろう。
僅かとはいえ、額に汗を浮かべる事から、疲労の度合いは伺い知れる。
『そりゃまぁ……』
一言、労いの言葉でも贈ろうとした良だが、ある光景を見て、言葉を止めていた。
何処かは正確には把握出来ないが、黒い光線が伸びていく。
その威力を示す様に、光線が通った雲は穴を穿たれて散った。
『……アレは』
黒い以上、光線と呼ぶには憚られるが、他に表現もし難い。
それよりも、黒い何かを放ったで在ろう方へと、良は目を凝らす。
精度の高い双眼鏡と同じ効果を持っている改造された目が、遠くの光景を良に見せてくれる。
其処で解るのは、乗っていた箒の上でグラリと揺れて、倒れ始める青い少女。
ソレを見た途端に、良は壮年へと振り向いた。
『ソードマスターさん! 今すぐ中へ戻って、全員に何かに掴まる様に言ってくれ!』
大幹部へと指示を飛ばした後、兜の耳の辺りに手を当てる。
『エイト!! 今すぐバスを反転させろ!!』
飛行に支障が出ている事は解っては居る。
だからといって、放置は出来ない。
『……簡単に言ってくれる。 只でさえバランスを取るのも一苦労だと言うのに……』
現在、バスの操作を一手に引き受けるのは良の中のエイトだった。
僅かな文句は兎も角も、良の言葉通りに、バスは進路を変える。
元々から損傷していたせいか、その速度は御世辞にも速くはない。
もどかしい気持ちにも関わらず、良の見ている先では、意識が無いのか愛が真っ逆様に落ちて行ってしまう。
ぶつけるモノが無い以上、良は必死に拳を握る事で自分を抑えていた。
でなければ、何かを当たり散らす痴態を晒しかねない。
ソレをしないのは【駄々を捏ね回した所で何も解決しない】と言う事を嫌という程に知っているからだ。
我儘を撒き散らす事は、誰にでも可能である。
但し、ソレをしたところで、何かが変わるかと言えばそんな事はない。
奇跡を起こしたければ、喚いたり祈ったりではなく、何らかの行動を起こすしかなかった。
落ちる少女へと向かい、ソレを空飛ぶバスが追い掛ける。
降下と落下の意味は本来は違うが、今は同義であった。
その間、良はふとある者を目にする。
ソレは、此方を窺う様に空中を旋回する黒い少女の片割れ。
何かをするかと思われたが、良が姿を現した時点で、向こうも手をこまねいて居るのは見て取れた。
何かを一言でも言ってやりたいが、言った所で届くかも怪しい。
そんな事よりも、良は、落ちて行く川村愛へと目を向けていた。
高度計を付けていない良には解らない事も、その中のエイトには解る事もある。
『友よ! 今のままでは無理だ! 水面に不時着は出来ない!!』
損傷の度合いが判明して居ないのだ。
下手に着水しようものなら、そのままどうなるかの保証も出来ない。
危険を告げる声に、良は唸った。 考えて居る時間は殆ど無い。
『エイト、バスに移れるか?』
『ソレは、一秒も在れば可能だが』
『良し、なら今すぐだ』
バスの操作を預けている以上、良は勝手にバスからは離れられない。
であれば、操作をして居るエイトに離れて貰う他は思い付かなかった。
『友よ、どうする気だ?』
『さぁてね、大海のド真ん中で海水浴と洒落込むか』
それだけ言うと、良はバスの上から跳んだ。




