悪の組織 最期の日 その7
取り急ぎ、攻撃を弾きはした。
それだとしても、相手の戦力が削がれた訳ではない。
刀を構え直す剣豪だが、未知の魔法使いにどう対処すべきなのかを倦ねいて居た。
魔法少女とは、如何なる存在なのか。
答えを単純に現すならば【空飛ぶ要塞】という表現が正しい。
傍目には、派手な衣装を着込んだ小娘という出で立ちながらに、その戦力は馬鹿げて居た。
要塞とは、本来重要な拠点であり、ソレを護る為に建築される強固な城塞である。
つまり、魔法少女とは移動可能な【城】その物と言って差し支えない。
堅牢な城壁、潤沢な弾薬、豊富な人員。
本来ならば、用意するだけでも莫大な予算や手間暇が掛かる筈が、ソレを意図も容易く、たったの一人で顕現させる。
言葉にすれば、正しく【化け物】そのものと言えた。
空飛ぶ要塞から逃げ出した所で、ソレを笑う者は居ないだろう。
何せ、剣豪の眼には、少女は見える姿とは別のモノが見えていた。
どれだけ大きいのか、測るだけ馬鹿らしい程の巨大な城が、多数の砲台を備え、ソレを操る兵隊が所狭しと犇めく。
一騎当千という言葉を、そのまま形にした見姿。
並の兵隊ならば、武器を投げ出し、失禁しながらに逃げ去った所で可笑しくは無い。
にも関わらず、剣豪は自然と笑っていた。
何故ならば、相手が大きければより大きく、より強い程に良い、と言う願いが在るからである。
「久し振りだ、こんなのは」
戦いから離れた筈が、またしても戦地に身を置く。
数えるのも馬鹿らしい過去、剣豪はその頃を思い返して居た。
✱
剣豪がウヅキの相手をする中。
少し離れた同じ空の上では、愛がイオリとぶつかっていた。
「……っ……マジカル……アロー!!」
イオリの言葉に応じて、彼女の操る杖兼用の箒から、戦闘機のミサイルが如く暗い矢が放たれた。
通常ならば、真っ直ぐにしか飛べない筈の矢が、意思を持ったかの如く愛を追う。
ただ、追い掛ける速度が速過ぎる故に、全く避けられないと言う事も無かった。
軽く左に身体を振って、襲い来る矢が自分を追い始めた時点で、一気に真逆の方向へと転換する。
通常の戦闘機では再現不可能な機動にて、愛は矢を避けていた。
とはいえ、相手も黙って待ってなど居ない。
一の矢が避けられたなら、二の矢を放つ。
「マジカル!! アロー!! アロー!! アロー!!」
機関砲の如く矢が放たれる際、イオリは叫ぶが、決しておふざけではない。
元来の魔法の習得とは、凄まじい時間の浪費と言えた。
莫大な量の学問を学び、その技術を理論体系化し、その力を行使する為には山程の準備と念入りな支度が必要なのだ。
其処までしても、出来る事には限りが在る。
だからこそ、過去の魔法は当の昔に廃れてしまった。
紀元前に台頭し始めた【化け学】は、誰もが魔法とも取れる力を使う為の学問である。
誰も使える技術は繁栄し、逆に一部の者にしか使えないモノは淘汰されるのは自然の成り行きであった。
対して、魔法少女はと言えば違う。
膨大な準備と長大な時間を必要とする魔法の筈が、たったの一言で済む。
使いたい術の名を云い、その強弱は声の大きさに比例する。
其れ等全ては、直感的な操作の為であった。
だからこそ、その存在を怪物と表現しても、決して差し支えない。
散弾の雨の如く飛んで来る矢となれば、流石の愛も避け切れない。
「マジカル……シールド」
薄い膜状に青白い光が広がり、さながら傘の如く矢を弾く。
実力が拮抗して居るからこそ、簡単にケリがつかない。
互いに互いの周りをグルグルと巡る様は、戦闘機同士の尻を取り合う空中戦闘に酷似していた。
魔法少女同士の戦いとは、愛の想像以上に不毛な戦いである。
本来ならば、戦いの必要が無い者同士が、歪み争う。
其処には何の利益も感じられない。
「……ねぇ、もう止めたら?」
唐突に、愛はかつての同僚へと声を掛けていた。
戦闘機同士では不可能であるが、風防ガラスやエンジン音と言った遮るモノが無ければ、その声は通る。
愛の声に、イオリは目を細めた。
「ふぅん? なに? いきなりヤル気が失せた?」
若干消極的な愛に対して、イオリは違う。
目を血走らせる様は、獲物を追う捕食者同然であった。
「なんだって、そんな風に成っちゃったの」
愛の記憶の中にある少女は、もっと溌剌としていた。
今見える様に、血に飢えた獣の様では無かった筈である。
問われたイオリは、一瞬目を丸くする。
「はぁ? 逆でしょうが、訳の解んない誰かに押し付けられて、なんてのがおかしかったんだよ」
かつては、呪縛に囚われていた。 そうせねば成らないという事に。
その愛の呪縛を解いたのは、他でもない篠原良であった。
囚われの身から解かれて以来、少女を悩ませたのは急な自由である。
毎日責務に追われた筈が、唐突に放り出された。
漫然とした普通の生活に恋い焦がれた筈が、いざソレを手に入れると退屈この上ない。
必死に普通を演じようとも、違和感が拭い去れなかった。
周りの同級生達が、つまらない事で笑い合うのに混じり、無理に自分を合わせなければ成らない。
自由な筈が、またしても別の何かに囚われてしまう。
だからこそ、少女は良に縋っていた。
「だったら、何の為にこんな事を……」
唐突な愛の声に、イオリは目を丸くする。
「決まってんじゃない。 篠原さんのためだよ」
イオリが言った名だが、愛も勿論知っていた。
但し、二人の少女が思い浮かべる篠原良は同じでは無い。
奇しくも、同じ名を持つ二人がこの世界には居た。
「あんただったさ、そうなんでしょ?」
イオリからの質問に、愛は、思わず口を噤んでしまう。
その反応は【図星を突かれた】というモノである。
「あれ? て言うか……もしかしたら……まだ」
「うっさい!」
何かに気付いたらしいイオリが、ソレを口から出す前に、愛の方が仕掛けて居た。
普通の戦闘機には出来ない事も、魔法少女ならば出来る。
その一つが、文字通りの格闘戦だった。
一気に距離を詰めて、相手を箒から蹴り飛ばそうと試みる。
箒に跨がるのではなく、乗っているからこそ、それが可能だ。
が、相手は動けない訳ではない。
「……っと」
半身傾ける事によって、イオリは愛の蹴りを回避していた。
「やっだもぅ……そんなに怒らなくても良いのに」
からかう様な声に、愛も流石に頭に血が登ってしまうが、実のところ、ソレこそがイオリの狙い目と言えた。
遠くに離れられては、回避も難しくは無い。
ならば、相手を近くに寄せる必要が在った。
「前から思ってたんだよ、愛ってさ、直ぐにカッカ来ちゃうんだって……」
「だったら何!?」
反射的に出た怒声に対して、イオリは目を細めて笑う。
「……マジカルカノン」
淡々と吐き出される言葉に、愛は自分が罠に嵌ったことにようやく気付く。
時すでに遅く、放たれる黒く太い光線が、愛を飲み込んだ。
✱
遠くの攻防について、剣豪も気を向けたいが、他者を気遣う余裕は無い。
友人と言える少女の安否も気になるが、同時に目の前の相手にも対処せねば成らなかった。
魔法少女の戦い振りに付いては、剣豪も何度目か見ている。
ソレ対して、今相手をして居る少女は攻め手が緩い。
理由は定かでないが、何かに遠慮して居るのは見て取れた。
「ねぇ、お兄さん」
黒い魔法少女からの声に、剣豪の眉が片方上がる。
本人からすれば、女性から【お兄さん】と言われるのは随分と昔の筈だった。
「うん?」
「思ったんだけどさぁ、退いてくんないかなぁ」
ウヅキからすれば、バスの上の装置に傷を付けたくは無かった。
素晴らしい商品とはいえ、動かせないのでは価値が無い。
壊してしまっては元も子もないだろう。
であれば、何とかして自分を邪魔する青年を退かしたい。
其処で、物は試しと声を掛けていた。
「異な事を言う。 退けと言われて退くものが居るのか?」
剣豪の声に、ウヅキの鼻がウ~ンと唸った。
「だってさぁ、勿体ないじゃない?」
資産だけで言えば、少女の通帳には唸る程の数字が犇めいていた。
ただ、如何に金が在ろうと、手に入らないモノも無くはない。
その一つが、黒い魔法少女の眼には映っている。
スラリとした体躯に、精悍な顔立ち。 生半には産まれないで在ろう、稀有な青年。
殺してしまうには、余りに惜しい。
「お兄さん殺すの嫌だし、だからさぁ、コッチに来ようよ。 私、お金ならいっぱい在るし。 養ったげる」
「なるほど……魅力的なお誘いだな」
異性から言い寄られる事など、遥かな過去の事だった。
その筈が、空の上にて誘いを受ける。
剣豪は薄っすら笑うと、目を開けた。
「お誘い合わせなら、此方もしよう。 どうだろう? 君も川村女史の如く此方へ来てはどうか?」
逆に誘われたウヅキは、目を剥いていた。
「えぇ、こんな所でナンパしちゃうんだ?」
「いけないか? 戦いの中で芽生えるモノも在るだろう?」
問われた少女は、本気で悩む様に唸る。
ただ【ハイわかりした】とは言えない理由も在った。
「そうかも知れないんだけどね、でも、お金貰っちゃってるし」
拒否と取れる声に、剣豪をフゥと息を吐くと刀の柄を握る。
「お互いに譲歩出来ないのであれば、仕方あるまい」
挑発とも取れる声に、ウヅキは目を細める。
先ずは、邪魔な青年を叩き出さねば始まらない。
「残念……しょうがないよね」
欲しいモノを逃すまいと、接近戦を仕掛けた。
術を使用しないのは、次元移送機を確保する為である。
ただ、彼女は一つ忘れている事が在った。
バスとは本来、多くの乗客を運ぶ為の車両である。
如何に空を飛んでいても、その本質に変化は無い。
剣豪に打つかる前に、ウヅキは別の者に攻撃を遮られる。
そして、黒い魔法少女を止めたのは、以前に見た異形の鎧であった。
『よう。 随分と、久し振りだよな?』
篠原良の身体に触れたならば、異能は消え失せる。 其処に例外は無い。
瞬く間に、変身を解かれた少女の眼には、爛々と光る赤い目が映って居た。




