悪の組織 最期の日 その6
普段は余り組織の活動にも積極的ではない剣豪。
可能であれば、釣りをし、茶を嗜み、瞑想して居るという。
そんな彼だが、朦朧して居るという訳でも無かった。
現役引退から長らく【マトモに戦える相手が居ない】という理由から、普段は特に何もして居ないと言うだけである。
艷やかな銀髪を風になびかせる片角の青年が其処には立っていた。
見える顔立ちは、魔女二人が思わず手を出す事を躊躇う程である。
そんな剣豪の背中では「とぅ!!」と気合いが弾けていた。
開かれたバスの窓から、青白く光る粒子を伴いつつ、一人の少女が空中へと跳び出す。
そのままでは、単なる投身自殺になってしまうが、跳び出した川村愛は、普通ではなかった。
瞬き程の瞬間で、姿を変える。
少女もまた、同輩と同じ様に竹箒にも似た杖を従えるが、跨がるのではなく、その上へと乗る。
スケートボードやスノーボードさながらに、空の上を滑る。
良以前の悪の首領が恐れた、異能を操る魔法少女がその正体を現して居た。
「支度は整った様だね」
掛けられる声だが、寧ろ愛の方が驚いていた。
「あれ? そーど、ますたー……さん?」
普段とは似ても似つかない姿に、思わず訝しむ少女の声。
「なにを驚く、君に限らず、皆が変身するだろうに?」
そう言われてしまえば返す言葉が無い。
思わず見惚れそうに成るが、慌てて首を横へと振ると、愛はバス後方に回った。
如何なる原理にて、宙空にて仁王立ちを決めているかは定かでない。
ソレでも、愛はかつての仲間の前に立ち塞がった。
そんな様を、フワリと飛ぶ二人からも見えている。
「随分とさ、久しぶりじゃん? なんだか、変わったみたいだけど」
記憶に在る姿とは違う二人に、そんな言葉を投げ掛ける。
すると、二人の内のウヅキがクスクスと笑った。
「そっちこそさぁ、何処か行ってたの?」
「まぁ……ね? ちょっと、あっちこっち飛び回って忙しくて」
別の世界を知っている少女だが、別にソレを自慢しようとはしない。
「で、そんな事よりもさ、いきなり何な訳?」
世の中、盗人にも三分の理、と言う言葉も在る。
だからこそ、愛も一応は理由を尋ねたかった。
何故に、戦いから離れた筈の二人がこの場に居るのかを。
問われた二人だが、イオリが目を細めた。
「愛もさ変な事を聞くよね。 前は、悪の組織倒すんだって息巻いてたのに」
時間的にはそれ程前ではないが、体感的には随分と前に思える問いである。
確かに、愛も一度は啖呵を切って悪の組織の首領である良と対峙した。
その際には、少女は良には文字通り手も足も出なかった。
ただ、その際には僅かのズレに因って、戦っていたに過ぎない。
「それなのに、今じゃすっかりとその組織の一員みたいだけど?」
からかうというよりも、疑る口振りである。
間違いではない。
加入自体はして居ないのだが、既に何度目か忘れる程に、共闘をしていた。
「そんな事よりさ……」
チラリと、愛はバスを窺う。 見てみれば、後方下部が抉られていた。
「コレ、どうするつもり?」
ちょっとブツケた、どころではない。
明らかに攻撃を受けた痕に、愛は二人を睨んだ。
問われた二人だが、それぞれに怪訝な顔を覗かせる。
「どうって、何が?」
「悪の組織を倒しに来たんだけど?」
まるで悪びれる事が無い声には、無邪気という色が在った。
「それよりもさ、愛も一緒にやろうよ。 昔みたいに」
イオリからの急な勧誘に、愛が露骨に顔をしかめる。
「今ならさ、スッゴイお金稼げるよ?」
二人にして見れば、愛の行動自体が不可解と言えた。
何の得にも成りはしないにも関わらず、悪の組織へと加担する。
ウヅキから掛けられる申し出だが、以前の愛なら、或いは乗ったかも知れない。
しかしながら、今は事情が違う。
「絶対、やだ」
端的に、拒否の言葉を示す愛である。
小難しい理屈を抜きにして、そう言うのは、彼女なりの意地を張り通す覚悟を示して居た。
短いながらも、これ以上無い程に明確な返答に、二人の魔女はそれぞれに首を傾げ、肩を竦める。
「……あっ、そう。 じゃあ、しょうがないよね」
「私等、正義の味方だし。 悪者は倒さないと」
自称では在るが、二人はそう言うと左右へと分かれる。
「此処、任せます」
「無理はするなよ? 川村女史、君が居なくては首領が悲しむ」
背中に掛かる声援に、愛もバスを離れて行く。
青白い粒子を放つ姿に、銀髪の青年は息を吐いた。
「無理はするなよ……か、我ながら勝手な事を言ってしまう」
如何にして助太刀すべきかを考える剣豪だが、先ずは少女に頼らねば成らない事に関しては、眉を寄せていた。
✱
戦闘機やヘリコプターでは不可能な機動で、空を駆ける。
ただ、その色分けは遠くからでも見て取れた。
青白い線が一つ、黒い線がソレを追うように二つ。
「考えて見たらさ!! 私ら、喧嘩とかしなかったよね!!」
愛を追い掛ける形のウヅキは、ヤケに愉しげにそう声を張る。
愛が良と戦って以来、三人は別の道を行く筈だった。
その筈が、またしても三人は同じ空に居る。
「ねぇ! 今からだって遅くはないよ! コッチに来なよ!」
聴こえる声に、愛は奥歯をギシッと軋ませる。
「そっちこそ! 今ならまだ許したげるけど!?」
本来ならば、戦う理由など無かった三人の道が、形を変えて交わる。
以前と違い、其処には在るのは友好ではない。
愛の声にイオリがフンと鼻を唸らせた。
「もう良いよウヅキ。 サッサとしないと、逃げられちゃうよ?」
そんな声は、間違いではない。
悪の組織を乗せたバスだが、空の上という不利がある以上、可能な限り速く陸地に着きたかった。
その為に、愛は敢えて二人をバスから遠ざける方法を選んだのだ。
「あ~、そっかぁ……逃げられちゃったら……不味いよねぇ」
報酬を前払いで受け取った以上【失敗しました】では事は済まない。
ただの一度の失態とは言え、ソレは信頼を大きく失墜させる。
「ね、どうする?」
「片方が、向こうを殺って、もう片方が、あの変なのを墜とせば良いんじゃない?」
イオリの提案に、ウヅキも頷く。
「決まり! じゃあ、アッチ宜しくね!」
長々と話さず、進路を変えるウヅキ。
そんな様は、遮るモノが無い以上、愛にも見えていた。
「……っ……マズ」
慌てて方向を転換し、ウヅキを追撃せんとする愛だったが、彼女の前に、イオリが塞いだ。
「どこ行こうっての? 駄目でしょ、魔法少女が逃げたりしたら」
「そんなのずっと前だよ! てか、何でそんな色して……」
今更ながらに、仲間の色の違いに目が向く。
問われたイオリは、ちょいと指先で身を包む衣装の先を摘んだ。
「さぁ? なんでだろ……ずっと、あの人の為に何かしてたからかな」
イオリの語る【あの人】が誰なのかを、今更問わない。
ただ、二人の色が変わる想像は出来た。
絶対的な力を持つ魔法少女とも成れば、ソレは並の兵器の比ではない。
寧ろ、公共施設と言った日常の生活を支えるであろうモノを温存させようとするならば、彼女達の力は打って付けと言えた。
大砲やミサイルの如く、目標以外を無駄に壊す事も無ければ、人的被害も最小限に留められる。
魔法少女を兵器として使うならば、この上ない適正と言えた。
但し、兵器の本質は【如何に相手を殺すのか】と言う事に尽きる。
またそれでなければ兵器の意義が無い。
兵器として求められる資質は【如何に人間を効率的に殺すのか】であった。
そう思うと、愛の背筋に寒気が走った。
何故に、見知った二人の色は真っ黒なモノへと変貌したのか。
実際には見た訳ではない。
ただ、誰かの返り血を全身に浴びたで在ろう想像は出来た。
鮮血は鮮やかに赤くとも、乾けば、黒へと変わる。
「あんたまさか……ヒトを、殺してるんじゃ」
思ったままを尋ねる愛に、イオリの首を傾げた。
「いけないの? 良いじゃない別に、人間なんて腐る程いるんだよ? 護る、なんてのがおかしかったんだよ」
何が悪いのか、全く気にした様子が無いかつての同僚。
その姿は、別の世界で見た良とは真反対に位置していた。
背中に【不殺不敗】を背負う姿は、愛も忘れては居ない。
「前々から気にはしてたけど……あんたとは合わない」
決別とも取れる愛の声に、イオリは真っ赤な唇の端を釣り上げる。
「へぇ、奇遇だよね? 私もね、ずーっと前からそう思ってたんだよ」
僅かな言葉の次に、青白い粒子と黒い粒子がぶつかった。
✱
元同僚は相方に任せ、ウヅキはバスへと向かう。
此処で、彼女がイオリに任せたのには理由が在った。
余り頓着を見せない相方に任せたのでは、バスの上の装置を確保出来ない。
下手をすれば、二度と再生出来ない程に壊されてしまう。
儲けを至上とするウヅキに取っては、ソレは出来ない相談であった。
「……居た居た…逃さないから……」
黒い粒子を、箒の尻から吹き出しながら飛ぶ様は、正にミサイルと言っても差し支えない。
視線の先に煙を吹くバスを捉えるが、その上には、青年が立っていた。
多くを屠って来た彼女からすれば、今更刀一本持っただけの青年など取るには足らない。
「……スッゴくカッコいいから、惜しいんだけどね……」
並々ならぬ顔立ちを失うのは惜しいが、説得に掛けられる時間も無い。
美麗な青年と山程の金を天秤に掛けたなら、ウヅキに取っては金銀財宝の方が重かった。
邪魔な剣豪を蹴落とすべく、高速にて接近して来る魔女。
当たり前だが、剣豪からも迫り来る魔女は丸見えであった。
青い空に、真っ黒なモノが飛んでいる時点で嫌でも目立つ。
「同じ少女の筈だが、あの空色の川村女史とは似ても似つかんな」
互いの言葉が届いたかは解らない。
ただ、魔女と剣豪が打つかる。
相対速度を考えれば、立ち止まっている剣豪が不利には違いない。
だが、弾かれたのは、黒い魔法少女だった。
空中をクルクルと回りながらも、パッと止まるウヅキ。
顔を上げる訳だが、其処には驚愕が張り付く。
「……嘘」
「悪いが、伊達で大幹部を名乗っては居ない」
片角の青年の声に、ウヅキは目を剥いていた。




