悪の組織 最期の日 その5
味方に居たならば、頼もしい者も居る。 では、逆に敵に回ればどうなるか。
頼もしさがそのままに敵になると成れば、ソレは脅威であった。
一騎当千の魔法少女が放った光線は、バスの下部を抉った。
元々の姿が解らない程に改造されては居ても、その改造はあくまでも通常の戦力を相手にした場合にしか効果を示さない。
だからこそ、異能という力を防ぎ切れなかった。
空飛ぶバスが、火と煙を吹き出す。
黒い魔法少女の片割れがトドメを刺すべく近寄ろうとする。
だが、それをもう片方の少女が近寄り押し止めていた。
「ちょっとウヅキ?」
「まぁまぁ、待ってよイオリ」
そう言うと、赤黒い少女はスッと火を吹くバスを指差した。
「ほらほら、アレの上の方にさ、変なの付いてるでしょ?」
変なの、と表現されたソレは、異界に飛ばされたリサが創り上げた次元移送機である。
ソレを見てか、イオリという少女は目を細めた。
「だから?」
どうにも興味無さげな声に、ウヅキがハァと息を吐いた。
「だからさ、アレはね、異世界に行ける機械なんだって」
小難しい理屈を抜きにして、端的に解り易く応える。
「だからさ、何なわけ? 別にそんなの……」
「もう! わっかんないかなぁ? 異世界に行けるんだよ? だったらさ、ソレをぶん取ってオークションにでも掛ければ、幾らになると思うの?」
時に、人は現在の世界とは違う世界を求める。
【もしかしたら、今の世界から出て、別の世界へ行けばどうなるのか】と。
そう言った空想を書いた作品は、古今東西、無数に在った。
ソレを実現可能な装置とも成れば、欲しがる者が群がり、その値段は青天井に跳ね上がるだろう。
ようやく、ウヅキの意図を理解したのか、イオリが舌打ちを漏らす。
「あんたさ、お金なんてもういっぱい貰ってるでしょうが」
乗り気で無いイオリの声に、ウヅキはフフンと笑う。
「そりゃあ、ね? でもさ、やっぱ沢山有るに越したことないっしょ? 折角の稼ぎ時なのに、勿体ないじゃん」
金の為ならば、元同僚ですら平気で手に掛け様とする。
だからか、同時にその手は金儲けの匂いに止まっていた。
未知の技術を手に入れたならば、如何程の莫大な富を得るだろう、と。
✱
魔法少女からの襲撃を受けたバスだが、今の所そのまま落ちるという事は無い。
ただ、明らかに元よりその高度は落ち始めていた。
「くそったれが!? エイト! どうなってる!!」
緊急事態である。
もはやあれやこれやと何かをどうこう気にしている場合ではない。
焦る良の耳が、チリチリと成った。
『現状では確認するのは難しい。 ただ、恐らく推進装置が損傷を被った様だ』
耳に響く声は、どことなく冷たい。
ソレは寧ろ、現状の確認の為に容量を割いている余裕が無いという現れでもあった。
「おい、じゃあ……」
このままバスごと墜落し、悪の組織は一網打尽かと慄く。
そんな良に『いいや』と否定の声が走った。
『未来の技術を見くびるなよ、友よ?』
「お?」
『双発のエンジンが積んで在る飛行機でも、片方在れば航行は可能だ』
「ソイツは心強いな」
『しかしだ、友よ。 もし、先程の攻撃を何発も喰らったなら、保証は出来ない。 何故、向こうが続けて射って来ないのかは解らないが』
頼もしくも在るが、同時に現実も突き付けて来る。
その意味では、エイトは優れたOSと言えた。
そして、その判断は使用者である良に担わねば成らない。
こうなると、良には迷いが生まれる。
端的に、いま外部に居る敵の少女を殺そうとする事は実は難しくは無い。
以前の経験から、胸の装置の反転方法は既に体得して居た。
今すぐに変身を完了させ、起動すれば事は終わる。
あっという間に、魔法少女達は、ただの少女へと戻る。
そうなれば、後は勝手に地球の引力に引かれ、勝手に落ちて行くだろう。
下が地面であれ、コンクリートであれ、水面であれ、高さが伴えば答えは其処まで変わらない。
飛び込みを失敗すれば、水面に身体を打ち付けてしまい痛みを覚えるが、高さが増せば【痛い】では済まない。
航空機事故等で、下が水にも関わらず、生存者が居ない理由でもあった。
仲間を助けたいなら、相手を倒さねば成らない。
悩む良の元へ、愛が駆け付ける。
「篠原さん」
揺れるバスの中で、愛は不安げな顔を見せた。
ソレは、墜ちるという恐れからではない。
かつての仲間が、自分を含めた悪の組織を倒しに来てしまったという事にある。
「……川村さん」
何かを尋ねようとしたが、良は口を閉じていた。
言おうとすれば【君の同輩を殺しても構わないか?】である。
だが、それが言えない。
悩む良へと、アナスタシアが寄った。
「首領! 如何に!?」
女幹部は、決断を迫っていた。
誰かが生きようとすれば、誰かが犠牲に成らねば始まらない。
等しく皆が手を繋ぎ、全員が生きるというのは夢物語なのだ。
「ねぇ! この前のさ、出来ないの!?」
話に混ざるカンナにせよ、大幹部としての立場がある。
戦闘員達の上司である彼女には、部下の命を預かるという責務が在った。
彼女からすれば、巨人であるセイントすら圧倒したのは記憶に新しい。
だが、良は首を横へと振った。
「俺のはさ、そんな器用に出来てねぇんだわ。 コッチだけ増幅して、向こうは打ち消す……なんてのはよ」
元々から良の胸の奥にある装置は、一方的に【異能を消す】為だけのモノだった。
ソレを無理矢理に改造し、反転させている。
つまり、使用すれば、川村愛の力に対しての増幅装置として機能するが、逆に言えば、向こうの力も増幅させてしまう事になるのだ。
悪の首領としてならば、迷う事自体が無駄だろう。
掛って来る愚か者を躊躇いなく殺せば良い。
だが、篠原良という個人で言えば、年端も行かぬ少女を殺す事には躊躇いが在った。
悩む良の姿に、愛が唇を噛む。
魔法少女と戦えるのは、自分しか居ない、と。
「篠原さん……私、外出ます」
そんな声に、誰もが愛を見た。
「川村さん」
「だって、空飛べるの、私だけだし……ソレに……」
思い詰めた様な愛の脳裏に走るのは、在る考えだった。
果たして【二人の魔法少女に一人の魔法少女は勝てるのか?】というモノである。
実力が拮抗して居るならば、完勝は難しい。
真っ向からの勝負となると、負ける事も想定せねば成らなかった。
そんな緊迫した最中へ、咳払いが聴こえる。
「……んっんぅ……良いかな、お嬢さん達」
顔を見せたのは、大幹部の一人である剣豪。
「えと、はい」
キョトンとする愛に、片角の壮年は腰の柄に手を掛ける。
「どうやら、皆がお困りの様だ。 其処で、私がお嬢さんの助太刀をしよう」
「へ?」
唐突な援軍の申し出には、思わず愛も素っ頓狂な声を漏らす。
ソレには取り合わず、壮年は周りを見渡した。
「さぁて? この中で……首領を除いて魔法使いと戦った事が在る者は?」
いきなり投げ掛けられる質問に、誰もが沈黙した。
当たり前だが【魔法使いと戦った事が在る】という者の方が稀有だろう。
「なに、そう可笑しい話では無いだろう? チェスにせよ、首領というキングをわざわざ前線に出したりはしないのだからね」
そう言うと、壮年は良へと目を向ける。
「首領。 君は、首領らしく部下である私に命じれば良いのだよ。 何とかしろ、とね」
代案が出せないのであれば、答えは一つだろう。
「……頼みます」
そんな言葉は、命令というよりはお願いである。
ソレでも、首領から大幹部へと指示が下った。
フフンと笑うと、壮年は愛を見る。
「と、言う訳だ、お嬢さん。 爺が助太刀では不安だろうが、この場は我慢して欲しい」
普段は余り目立とうとしない壮年である。
だが、口から出る言葉は不思議と強さを感じさせた。
「じゃあ、まぁ、宜しくお願いしま~す」
多少の引けは在れど、他に何か無いのであれば、愛も渋々ながらも承諾するしかなかった。
✱
外から高度を落とすバスを見ていたイオリとウヅキ。
そんな二人の目に、奇妙なモノが映る。
バスの窓から、屋根へと這い上がる誰かの姿。
「誰アレ? お侍さん?」
「さぁ……」
ろくに悪の組織と面識が無い者からすれば、剣豪の存在は余り知られていない。
事実として、依頼主からも特に何も言われて居なかった。
「まぁ、良いや、どうせ暇だったしぃ」
そう言うと、ウヅキは自分が跨がる箒の様なモノから、相方であるイオリの箒へと跳び乗った。
「ちょっと!? 邪魔なんだけど!」
「良いから良いから、あんま揺らさないでね」
主を失った箒だが、別に落ちはしない。
それどころか、ウヅキが手を伸ばすだけで呼ばれたかの如く、その手へと帰って来る。
瞬く間に、箒は奇妙な弓へと姿を変えた。
弓だけでは何も飛ばせないが、其処はソレ、細い手が弦を引くとスッと黒い矢が出現する。
「う~んと……この辺……かなぁ」
片目を瞑り、狙いを定めると、指を放す。 甲高い音を立てて、一本の矢が放たれた。
主の意を受けて、狙い目へと飛び行く黒い矢。
その先には、平然とバスの上に立っている剣豪。
迫り来る矢を見て、壮年が腰から太刀を引き抜いた。
刀の刃が矢に触れるなり、硝子が砕ける様な音を立てて散る。
そんな様に、二人の少女は目を剥いた。
「何あれ、あんなの居るなんて聴いてないんだけど」
そんな声が届いたから定かでない。
ただ、壮年は少し鼻で笑うと口を開いていた。
「自分達だけが特別とでも? ソレは少し違うな」
チラリと目を向ければ、其処には少女というよりも、魔女と化した二人が見える。
「あの姿、実に懐かしい……まるで、昔に戻った様だ」
そう言う壮年の顔からは、シワが消えていた。




