悪の組織 最期の日 その4
通話中に、相手の電話が壊れたならどうなるか。
その過程が操作とは違う物理的なモノが原因にせよ、通話が一方的に切られる形であった。
携帯端末片手に持って居た篠原良だが、女幹部の怒声を最期に、ブツンと電話が切られた。
『……現在、お掛けに成った電話を呼び出して居りますが、お出に成りません……』
機械的な声に、ソっと電話を止めた。
耳から端末を離すなり、フゥと息を吐く。
「……まぁ、こうなるよな」
結果は既に想像していたのか、焦りも無ければ苛立ちも無い。
寧ろ、背広姿の篠原良は、とても残念そうである。
「フラレちまったんだったらしょうがねぇ……プランBしかないかね」
そんな声に、秘書が顔をある方へと向ける。
その先には、愛と同じ年頃の少女が二人、椅子に座って暇そうに携帯端末の画面を眺めている。
「御二人共、御用意を」
そんな声に、二人の少女はフゥと怠そうに息を吐くと、スックと立ち上がった。
「はいはい……」
「腐らない腐らない、お仕事なんだから」
如何にもやる気が感じられない無い一人に対して、もう一人は一応は弁えているのだろう。
その場を去ろうとする二人だったが、一人が振り返る。
「あ、そう言えば……同僚を殺る訳だしぃ……特別ボーナスなんか、在ると嬉しいかなぁ……」
露骨な催促に、篠原良は肩を竦めた。
「解ってる。 前金払いで何時もの十倍振り込んで置くよ」
やれやれと言う声に、振り返った一人は笑顔を見せる。
「やったぁ! 篠原さん大好き!」
好意とも取れる声だが、甘ったるい声色は実にわざとらしく在る。
二人の姿が見えなくなった後、篠原良は露骨に舌打ちを漏らした。
「……金食い虫共が」
心底嫌そうな声に、秘書の目玉だけがグリっと動く。
「社長、今回の事が終われば……」
言葉を区切り、その後は言わない。
忠実な部下とは、自ら進言はしないという姿勢でもあった。
「いや、あんなんでもな、下手な空母丸ごととか軍隊飼うより、よっぽど安上がりでな。 ソレに、一発云千万もするミサイルをボコスカブッ放した所で、当たらなきゃ無駄だろ?」
そんな声に、秘書は深々と腰を折った。
「差し出がましい真似を……お赦しください」
丁重な謝罪に、篠原良の鼻が笑う。
「おんなじ顔なんだけどなぁ……」
その声が何を意味するのか、ソレは、本人にしか解らない事だった。
✱
とある場所で会話が交わされる中。
また別の空の上では、やはり会話が為されていた。
最初こそ【次の旅行先は何処が良いか?】で姦しく話していた四人だが、ふと、その中の一人であるカンナが息を吐く。
「あれ? どうかしたの?」
虎女の溜め息に気付いた愛の声に、カンナが苦く笑う。
その笑いは、何かや誰かに向けてのモノというよりは、自嘲めいていた。
「首領も大概だけど……あたし達もさ、大バカだよね」
そんな声に、三人は眉を一瞬潜める。
馬鹿と言われては良い気はしないが、ソレでも、憂う様な虎の顔には気付いて居た。
「どうして、そう思うんです?」
博士からの質問に、虎女の鼻がウンと唸った。
「だってさ、考えても見なよ。 声掛けて来たのがさ、世界一の金持ちだよ? 普通なら、そんな人からの誘い断るとか、バカっしょ?」
そんな声に、アナスタシアは目を瞑り、愛とリサは何とも言えない顔を覗かせる。
惜しい惜しく無いで言えば、惜しく無いと言えば嘘だろう。
仮に、向こうの篠原良の陣営に付いたなら、如何程の報酬が与えられるのか。
現時点に置いて、世の中の力を一番簡単に現すなら、如何に金を操れるかに尽きる。
そして、金さえ在れば不可能な事の方が少なかった。
目の回る様な財宝の山から、考え付く限りの贅沢三昧。
誰もが、妄想で終わる事が実現可能となる。
そんな想像を振り払う様に、愛がカンナに目を向けた。
「だったら、カンナはなんでコッチに居るんです?」
ソレは、ある種の根源的な質問と言えた。
「あんな啖呵を切らず、お願いしますって、言えば良かったのに」
虎女は既に【首を取りに行く】と宣言して居た。
愛の質問に、カンナは唇をニヤリとさせる。
「だってさ、あたし、虎だもん。 お金じゃなくてさ、あたしより強い人の側に居たいんだよね」
虎もまた、猫化の動物である。 自分よりも弱い雄を求める雌など先ず居ない。
「でしょ? アナスタシア」
同じ大幹部に声を掛けるが、女幹部は動じない。
それどころか、胸の下で腕を組んで強調すらさせていた。
「無論だ。 私は大幹部だぞ? 首領を御守りし、その命に忠を尽くす」
自分なりの矜持を語る大幹部達である。
ただ、其処には【バカ正直】に従うと言う恭順がある訳ではない。
二人共に、自分の意地を張り通す覚悟が見て取れた。
「そう言えばさ、リサ。 何か言ってやれば良かったのに」
ポンと思い付いたらしいカンナの声に、博士は首を横へと振った。
「前になりますけど、言われたんですよ」
「え~と、なんて?」
続きを促す愛の声に、リサは、少し目蓋を落とす。
半開きの目でも、見える光景は在った。
見えるのは、過去に起こった出来事である。
異界の地に置いては、其処に居た自分は当の昔に死んでいた。
その自分にせよ、良から離反して別の道を行く機会はごまんと在った筈である。
何故そうしなかったのかを、今更問う事は出来ない。
ただ、後の世で良の側に居た者の事は忘れては居なかった。
本当に嫌なら、わざわざソレを宣言したりはしない、と。
「好きと嫌いは反対じゃ無いんです。 ホントに嫌なら、そもそも側に居たりなんかしない……って」
リサに限らず、他の三人にも言えるが、興味が無ければこの場には居ないだろう。
同僚の声に、カンナは目を細めて軽く笑う。
「でも、あの人鈍感ってか、奥手って言うのかなぁ」
チラリと視線を向ければ、其処では、良がクシャミを漏らしていた。
「くしゅ……ぶえっくしょい!? なんだ、あれ?」
何故クシャミをして居るのか、本人は気付いて居ないらしい。
悪の組織を束ねる悪の首領としては、些か威厳が無いと言えるが、寧ろ、良らしさであった。
「なんだかなぁ……あの人らしいっちゃ、そうなんだけど」
若干残念そうな虎女に女幹部もウムと頷く。
「首領に、今少し威厳があれば良いのだが……」
アナスタシアが散々口を酸っぱくしながら注意しても、中々に首領らしく成らない事には、ヤキモキとさせられていた。
想いはそれぞれに在るだろう。
其処でふと、リサが愛の方を向いた。
「そう言えば、愛さんはなんでなんです?」
「はい?」
「だって……」
正式には、魔法少女は悪の組織の一員ではない。
特に役職がある訳ではなく、食客という立場に近かった。
「そんなん決まってんでしょ? 篠原さん、放って置くと、なんか独りで宇宙の果てまで行っちゃいそうなんだもん」
何故そんな想像が浮かんだのかは定かでない。
ただ、朧気に何かが見えた気がするだけである。
愛の放った【放って置けない】という一言に付いては、誰もが同じ事を考えて居た。
「やっぱさ、あたし達って大バカかなぁ」
その気に成れば、道は幾らでも選べる筈だが、敢えて困難を選んでしまう。
今度の声には、アナスタシアも苦く笑った。
「そうだな。 確かに……そうかも知れない」
敢えて否定はしなかった。
端正な顔立ちをして居る彼女からすれば、面倒くさい女幹部をして居るだけ無駄と言えなくもない。
やろうとすれば、可能性は無数に在るだろう。
「バカもバカ……大バカ者さ。 だが、女には女の意地も在る」
挙げた手をグッと、握り締めるアナスタシア。
そんな声に、愛も思わず笑い掛けた。
ただ、ふとバスの外へと目を向けた時、少女は目を見開く。
バスが空を飛んで移動するという事自体、馬鹿らしい話なのだが、愛の目線の先には、箒の様な何かに跨って空を飛ぶ者が居た。
「……イオリ?」
見える顔に、思わずそう漏らす。
硝子の向こうでは、かつて共に肩を並べ戦った同僚の魔法少女が飛んでいた。
「……どうして」
困惑する愛に、かつての同僚は軽く手を振ると、向こうを見ろと言わんばかりに指でさし示す。
パッと顔を反対に向ければ、やはり、バスの横に別の魔法少女が飛んでいた。
「ウヅキまで……」
以前に、三人掛かりで良と相対し、敗北を喫した。
その際には、良は魔法少女三人の在る呪縛を解いている。
それ以降、戦いからは二人は離れた筈だった。
その筈が、どうした訳か二人がこの場に居る。
当然ながら、バスに乗っている者達からも並走する様に飛ぶ魔法少女は見えていた。
「なんや、川村はんの同輩でっか? そん割にゃあ、随分と真っ黒な色しとりますけんど」
餅田の言葉に間違いは無い。
かつては、赤に黄と、愛の青を加えて派手な三人であった。
それが今では、濃い紫色をへと変貌し、ソレは黒に等しい。
黒い衣装を纏い、唇を赤く染める姿は、魔女という言葉のままである。
ふと、愛と目を合わせる黒い魔法少女が、片手念仏をしながら、片目を瞑る。
その仕草はまるで【ゴメンね】と言っている様だった。
何故二人がこの場に居るのか。
愛は二人に助力を願ったりはして居ないのだ。
ハッと成った少女は、その場で立ち上がる。
「篠原さん! 避けて!!」
慌てて声を張り上げるが、急に人は動けないモノである。
✱
鈍重なバスとは違い、クルンと後方に宙返りする魔法少女二人。
背後に付くなり、示し合わせた様に、光線をバスへと放っていた。




