悪の組織 最期の日 その3
腹拵えが済んだなら、バスでの移動となる。
それだけならば、或いは何処かの会社の保養旅行に見えなくも無い。
ただ、その一行を乗せたバスが、フワリと浮かべば、話は違う。
そんな光景を、宿泊所の管理人だけは見ていた。
「あんれまぁ……だぁれも信じねぇだろうなぁ、こんな事があったなんて言っても」
車が空を飛んでいくという不自然な姿には、ただ一人の目撃者しか居なかった。
✱
如何に空を飛んでいくとは言え、出せる速度には限度が在った。
ソレもその筈で、元々が飛ぶ為に造られた形状をして居ないのだ。
急造品である以上、出来る事には限りが在る。
さて、そんなバスに揺られる悪の組織御一行だが意外な程に静かであった。
乗る誰もが、此れから行くのは【旅行先】では無いことは既に承知して居る。
ある意味、戦地に赴く兵士の心持ちと言えた。
そして、その組織を束ねる長である首領はと言えば、窓際の席にて、空を見ていた。
やる気に成れば、カラオケでも映画でも、暇潰しも無くはない。
ただ、首領としての良は、どうすべきかに頭が向いている。
良の耳が、チリチリと成った。
ソっと手を挙げ、受話器に見立てて耳へと当てる。
「はい、もしもし?」
別に電話をして居る訳ではないが、意味としては近い。
『友よ、憚りながら、進言させて欲しいのだが』
「どうぞ」
続きを促すと、フゥと溜め息にも似た音が聴こえる。
電子の妖精が溜め息を吐くかは定かでない。 ソレでも聴こえるモノは聞こえた。
『君は、もう少しこう……賢い戦い方は出来ないものか?』
「お?」
『何も、バカ正直に突撃するだけが能ではないだろう?』
エイトの声に、良は鼻をウ~ンと唸らせる。
少し頭を巡らせれば、戦略は無数に浮かんだ。
大戦力を整え、外部からの爆撃や艦砲射撃を用いて相手の戦力を削ぎつつ、歩兵を投入し占領すると言う基本的なモノ。
または、別の会社を立ち上げ、資金力を高めつつ、いつの日かの、相手を経済的に打ち負かす。
ソレこそ、戦い方等は無数に在るだろう。
しかしながら、それは一朝一夕に用意出来る事ではない。
後者に至っては、完遂迄にどれだけの年月が必要に成るのかすら解らない程である。
「なぁエイト。 逆に教えてくれねぇかな。 賢い遣り方ってのをさ」
『私なら大型の質量兵器で向こうを消し飛ばすかな。 予算が無ければ、神経ガスを用いてあの辺り一帯を潰すのも良い』
ある意味、エイトの答えは【如何に効率良く相手を殺すのか】という人工知能らしい答えと言えた。
無駄な手間暇を掛けず、自らを温存しながらに相手を一方的に殺戮する。
『ただ、君はそんな遣り方は好むまい?』
そんな声に、思わず良は苦く笑う。
「解ってんじゃあねぇか」
出来る出来ないで言えば、したくないと言う方が正しかった。
「そらな、一番良いのは自分じゃない誰かに任せちまうのが一番なんだろうけどな、そんなもん喧嘩とは云わねぇだろ」
良の言う遣り方は、寧ろ、戦争のソレである。
争いの原因が何であれ、互いに戦力用いて相手を撃ち倒す為に兵をぶつける。
ただ、ソレは良の流儀ではない。
元々関係ない者を巻き込む事自体を好んでいなかった。
かと言って、逃げ回るのも性に合わないと成れば、行くべき道は一つしか残らない。
勝つか負けるか、ソレだけである。
『私としては手を引く事を勧めたいが』
「ホントは解ってんだろ? そんな簡単に尻尾振れる様なら、俺はこんな事しちゃあ居ないさ」
良の声に、フフと軽い笑いが聴こえる。
『良いさ。 共に君に付いていくと決めたんだ。 私は、君のやり方に口を出すべきではないのだろう』
「悪いな、頑固もんでよ」
『こうと決めたならば、梃子でも動かない、か。 君と付き合う者は苦労するだろうね』
思わせぶりな声に、ウンと鼻を唸らす。
「おい? ちょ……」
「篠原さん!」
問い質そうとする前に、唐突に声が掛けられる。
ハッと顔を向ければ、其処では、愛が雑誌片手に鼻息が若干荒い。
「え~と? はい」
困惑する良に、バッと雑誌が見開かれる。
其処映るのは、何処かの行楽地らしい写真であった。
「次、この辺なんか良いと思うんですけど!」
どうやら、少女の頭の中には【次の旅行先】しか無いらしい。
時が時だけに、能天気とも言えなくもないが、寧ろ、ソレは強さを示して居た。
負けたらどうなるか、死んだならどうなるか。
そう言った恐怖を横へと押し退け、次にどうしようかと決めようとする姿勢は、ある意味勝つ為の志しと言えた。
小難しい理屈を捻った所で、勝率が上がるとは限らない。
時には、細かい事を捨てる蛮勇もまた、勇気の一つと良は思えた。
「ん~~、良いと思うけどな」
「そうですか? じゃあ、奢ってくれますよね?」
愛の言葉は、一見する分にはたかりと言えなくもない。
が、命懸けの戦いに助力を願うとなれば、寧ろ安い旅行の代金などは安い代償だろう。
何故ならば、死ねば旅行も何も無いのだ。
「わかったよ、全部俺が持つさ」
そう言う良だが、単なる口約束とも違った。
約束を果たす為には、相手が居なければ始まらない。
となると、組織の誰も欠けること無く終わらせねば成らない。
無理難題とも言えるが、やり通す覚悟を決める為の返事である。
良の返答に、愛は何とも言えない笑みを見せると、バッと雑誌を掲げた。
「みんな、聴いた!? 全部篠原さん奢ってくれるって!」
愛の言葉に、バスの中が沸き立つ。
理由が何であれ、気持ちを奮い立たさねば戦いには勝てない。
やれやれと、軽く首を振る良だが、ポケットの中の振動と音に気付く。
「お? 誰だ……」
電話が掛かって来たことから、なんの気無しに携帯端末を取り出すのだが、画面に映る文字に、目を剥いた。
音を伴う画面上には【篠原良】とだけ文字が表示される。
一瞬躊躇ったが、通話を繋げた。
「もしもし?」
『よう、調べるのに時間が掛かったぜ』
自分と同じ声が耳に届くと言うのは、実に奇妙に感じるが、別人である事は解っている為に慌てる事は無い。
「そうかい? で、何の用だ?」
『わざわざ手間掛けて電話してんだぜ? 俺が言おうとしてる事ぐらいわかるだろう?』
「……そっちの申し出って奴なら、断った筈なんだがな?」
『取り付く島もねえってか? んなら、他と話させてくれよ』
「あ?」
『居るんだろ? ソッチにもさ。 お前が駄目なら、他と交渉する権利はあるだろうに?』
腹立たしくも在るが、良は、携帯端末を操作した。
軽く弄ることで、声は広がる。
『よう、今更自己紹介も必要ねぇよな?』
聴こえる声に、沸き立っていたバスがしんと静まる。
響く声は良のソレと大差は無い。
ズイと前に出たのは、女幹部だった。
「……何の用だ」
『お? その声は、アナスタシアか。 丁度良かったぜ。 何せソッチの首領はイケずでよ。 話になんねぇんだわ』
口調と声は篠原良であるが、女幹部の眉間にシワが寄った。
「何の用向きかと問うている」
『おいおい……おっかねえなぁ? ま、それじゃ早速本題に入らせて貰うが、どうだい? コッチに付かねーか?』
いきなりの引き抜き勧誘に、アナスタシアは露骨に嫌な顔を隠さない。
「おふざけの電話なら無用だ」
『ふざけてなんか居ねーよ。 だいたい、その辺に居るんだろ? カンナにリサ、それと……川村さんもか』
通話である以上、周りを見通す事は不可能である。
にも関わらず、向こうの篠原良はそう言った。
『皆もどうだ? コッチに付いてくれるんなら、報酬は弾むぜ? ケチな事は云わねぇ、金銀財宝、それとも、どっかの土地か? まぁ選り取り見取りって奴よ』
何を幾ら迄とは言わない。
そんな声に、虎女もズイと女幹部に倣う。
「随分とさ、気前良いじゃない?」
『おっと、カンナか。 そうだろう? 俺はケチな野郎とは違うぜ?』
聴こえる声に虎女の鼻がフゥンと鳴る。
「ホントにぃ? 何でも良いの?」
『おう』
「じゃあさ……あんたの首、くれない?」
猫撫で声では在るが、カンナの言葉は辛辣である。
普段から飄々とした虎女とは言え、その実態は悪の組織の大幹部である。
だからか、通話の向こうからは長い溜め息が漏れていた。
『……首を、かぁ……ソイツはチィと困るな。 何せ一個しか無いんでな』
「あ、そう……じゃあ駄目ね。 ま、くれないってんなら、取りに行くから別に良いよ」
それだけ言うと、座席へと戻って行くカンナ。
実に尊大に見えるが、この時ばかりはそれだけに頼もしくも映る。
『おーい、リサ、居るんだろ?』
そんな声に呼ばれても、博士は動こうとしない。
硬く口を結び、椅子に座る事から、話す事すら拒否している様である。
「話したくないって」
リサの代弁者として口を開いたのは、愛である。
『お、その声は……川村、さんか』
「そうですけど、何ですか〜」
応対こそする少女だが、その口調はぞんざいその物である。
例えるならば【嫌々仕方なく喋っています】と言う声だった。
『まぁまぁまぁ、そうつれなくすんなって。 他にも言ったが、コッチに付いてくれるんなら、幾らでも出すよ』
そんな申し出は、魅力的でないと言えば嘘になる。
世の中金が全てではないとは言え、大抵の事ならば資金力さえ在れば可能なのが常であった。
「う~んとぉ、女の子お金で買おうっての、どうなんですかね?」
周りの同年代の動向に付いては、一応は知っている。
かと言って、ソレが川村愛もそうなのかと言われれば、別である。
多少の金銭で心が動く様ならば、そもそも彼女は此処まで悪の組織に付き合ったりはして居ない。
『おいおいおい、俺は四人全員にフラレちまったってか? どいつもこいつも頑固だな? 誰に似たんだよ……ったく』
強いて誰に似たかと言えば、ソレはやはり【篠原良】だろう。
長く付き合う内に、人は段々とその人に染まり、似ていくと言う。
愛が戻って行くのを確認すると、女幹部がチラリと携帯端末へと目を向けた。
「話は済んだか?」
『なぁ、アナスタシア。 ソッチの俺を何とか説得してくんねぇか? 俺もさ、出来りゃ皆に居なくなって欲しくねぇんだよ』
そんな声に、カッとアナスタシアの目が開かれる。
「い喧しい! 誰が貴様の命など聴くものか! 私に命令出来るのは、首領だけなのだ!」
女幹部としての矜持を語る也、振り下ろされる拳が携帯端末を粉砕してしまった。
フゥフゥと鼻息荒い女幹部の背中に、同乗の面々からは軽い拍手が送られる。
ただ、一人拍手をして居ない者も居た。 それが誰かと言えば、持ち主の良である。
「あの、アナスタシアさん? 別に、バラバラにしなくても」
通話を終えたければ、切れば良い。
何も、携帯端末その物を粉砕する必要など無かった。
「あ、いや、あの……す、すみません、首領……つい、その」
シュンとなる女幹部に、良は軽く手を振る。
「まぁ、買い換え時期だろうから、良いけどさぁ」
幸いな事に、エイトは良の中に居る。
が、もしも今も端末に居たならば、どうなってしまったのかは定かでない。




