悪の組織 最期の日 その2
いざ、出陣。 とは成らず、先ずはやるべき事があった。
ソレは何かと言えば、腹拵えである。
昔から【腹が減っては戦は出来ぬ】と云う。
其処で必要なのは、調理なのだが、此処で在る致命的な問題が湧き上がる。
様々な役職を抱える悪の組織ながらも【調理師】が居ないのだ。
「じゃあさ、どっか食べに行こ」
そう言うのは、虎女。
その発言には特に問題らしい問題は見当たらない。
組織の面々にしても【じゃあ何食べよう?】と沸き立つ。
「ん? まぁ、良いけど……五時間ぐらい掛かるぞ」
「……えぇ! そんなにぃ?」
戦略的撤退をした悪の組織が身を隠す為にと選んだのは、郊外の宿泊所だった。
つまりは、近辺に店らしい店は無かった。
「バスで飛んでけば良いじゃないですか」
パッと思い付いたらしい愛の発言。
コレも間違いでは無いが、問題が在る。
「駄目ですよ。 真っ昼間から空飛ぶバスなんて……動画でも撮られたらどうするんですか」
昨晩の意趣返しと言う訳ではないが、リサが愛の意見に苦言をていした。
緊急事態だからこそ、飛ばしただけで、余り多様するのは様々な面で問題が起こり得る。
第一に、居場所が知られてしまう。
第二に、現在の世界では空を飛ぶ車は実用性されて居ない。
第三に、悪の組織は否が応でも目立ってしまう。
様々な問題が上がる中、良がポンと手を鳴らす。
「しゃあねぇ……んじゃ、なんか作るか」
首領自ら、そんな事を言い出していた。
✱
誰にせよ、得手不得手は存在するが、良の場合は、料理と言えた。
改造人間になる前は独り暮らしであり、その際に節約の為と自炊を繰り返して居たが、ソレは、ある種の訓練と言えた。
反復練習を繰り返す事で、無駄を省き、効率を良くする。
そんな手際よく用意を始める良の姿を、壮年が見守っていた。
「大したモノだな、首領」
「いやま、やもめが長かったモンで」
誉められれば悪い気はしないが、壮年が何かをして居るかと言えば、腕を組んで立っているだけである。
如何に剣の腕が冴えても、その手の事をした事は無いらしい。
内心【あぁ、手伝いが欲しいなぁ】と思う良の横から、ニュッと手が伸びていた。
何かと見て見れば、手を伸ばして居たのは餅田である。
「篠原はん。 ワテも手伝いまっせ」
一瞬、良は【餅に料理が出来るのか?】と言う疑問を感じたが、よくよく考えて見れば、可能である。
何せ餅田の中には様々な人間の記憶がそのまま残されており、その中には料理が得意な者が居ても何ら不思議でもない。
「そっか、助かるわ」
「いやいや、なんもかんも首領任せやったらあかん思いまして」
次の瞬間、餅田の身体から何本もの腕が伸びた。
通常の人間の腕は二本なのに対して、餅田はその限りではない。
身体その者が運動する脳味噌で在る以上、同時に複数の事がこなせるのだ。
「餅田さんさ、得意って在る?」
ふと思い付いた良の質問に、数ある腕の一つがパンと手を鳴らす。
「よっくぞ聞いてくれはりましたな、古今東西なんでも御座れ、ですわ」
多くの人間がない混ぜに成った事により、餅田として一つの人格に統合こそされている。
ソレでも、入れられた数だけの記憶が在るとなれば、その種目は多岐に渡るだろう。
「そりゃあ良いや。 調理師にでも……」
言い掛けた時点で、良は思わず言葉を止めていた。
以前に、同じ改造人間である橋本にも言われたことを思い出す。
【悪の組織なんかやめて、ラーメン屋でもやれ】という一言。
考え方としては、悪くは無い。
戦いに明け暮れる日々よりは、余程健康的に思えた。
「なんや篠原はん、手ぇ止まってまっせ?」
「おっと……すまん」
腕の数が多い分、餅田の動きは見た目を除けば素晴らしい。
一人の筈が、十人力とも見える。 正に、超人と称されるのも当然であった。
「しっかしスゲェな、とっても追い付かないぞ」
「まぁアレです、兵器の平和利用つぅヤツっすわ」
元々は良を筆頭に改造人間を打ち倒す為に創られたのが生物兵器が餅田である。
その筈が、当の餅田は良の隣で調理に勤しむ。
ある意味では、言葉通りの技術の平和利用と言えた。
「あ~、ところで、彼奴等は?」
ふと思い付き尋ねると、数ある腕の一つが、ある方向を指差す。
「あの四人でしたら、アッチで何や相談してますわ」
チラリと見て見れば、四人は固まり、何かを熱心に見ている。
目を凝らすと眼球部に内蔵された望遠が働き、遠くのモノでも具に見て取れる。
そして解るのは、四人はそれぞれが旅行雑誌や携帯端末を用いて、次の旅行先を模索中らしい。
「呑気なモンだな」
「そらそうですわ、なんせ、温泉旅行ボシャッてもうてね。 そんならしゃあないと、次は何処行こかってんです」
何か一つが駄目に成ったとしても、次を考える。
その姿勢には良は少しだけ気持ちが軽くなった。
クヨクヨとされるよりは、余程生産的と言える。
但し、次に繋げると成れば、コレが難しい。
戦いを挑むと成れば、組織の面々も無傷とは行かない事は以前の事で嫌と言う程に解っていた。
では、戦いを止められるかと問われれば、ソレも難しい。
如何に約定を交わした所で、ソレが護られる保証など無い。
何時また、真首領が何かを仕掛けて来るのか。
何もして来ないという保証が無い以上、良達は選択肢は狭まる。
最も簡単に事を治めるならば、跪けば良い。
頭を垂れて、首輪を受け入れる。
そうさえされば、真首領もわざわざ良達を殺そうとはしないだろう。
但し、生殺与奪の権利の相手に与えるという事は、いつ殺されても文句は言えない立場となる。
或いは、困難から目を背け、脱兎のごとく逃げ出す。
しかしながら、ソレは対症療法に過ぎず、根本的な解決に成らない以上、死ぬまで逃げ回る事が課せられる。
となると、取れる手段は最期の一つであった。
相手が問題ならば、問題その者を打ち倒す。
コレならば、原因が居なくなるのだから問題の起きようが無い。
あれやこれやと頭に浮かぶが、今はと、良は料理に集中して居た。
✱
同じ世界のとある場所にて、悪の首領が料理に勤しむ中。
別の場所では、同じ顔の篠原良が、つまらなそうに書類を眺めて居た。
読み終えたからか、ポンと書類の束を机へと放る。
広い執務室の中に、静寂故にバサッと音が響いた。
「仕事仕事で……面倒くせぇなあ」
フゥと一息吐くと、篠原良がチラリと横へと目をやる。
「あ、ところでさ、彼奴等に連絡付けといてくれた?」
そう言う篠原良の視線の先には、ビジネススーツに身を包む妙齢の女性が立っている。
「はい社長。 仰せの通り、此方に集まる手配です」
丁重では在るのだが、感情の起伏は感じられない声である。
そんな声は聴き慣れて居る筈だが、篠原良は何かを感じていた。
以前に、自分と同じ顔の悪の首領が殴り込みを掛けて来た際、その中には、当然の様に蝦蛄女も居た。
そして、今、篠原良の視線の先に居るのもアナスタシアである。
顔の造りは全く同じだが、別に複製品ではない。
正真正銘、別の世界線から篠原良と共に派遣された彼女だった。
しかしながら、同じ顔の筈なのに、何か違うと篠原良は感じてしまう。
能面の様に無表情な秘書に対して、此方の世界で見たアナスタシアはずっと生き生きとして居た。
脳改造を受けて以来、悩みとは無縁の筈が、何かが喉元に引っ掛かる。
ただ、ソレは決して出て来ようとはしない。
「社長、何か?」
ジッと見られて居る事に、何かの指示かと思ったのか、口を開く秘書に、篠原良はウンと鼻を唸らせた。
「なぁ、笑顔って……出来るか?」
端的に笑えという指示に、秘書は微笑って見せる。
一見する分には、秘書は笑顔に見えるが、ソレは写真撮影等で用いられる【営業スマイル】であった。
笑ってこそ居ても、決して笑ってなど居ない。
ソレは、何よりも開かれた目がそう言っている。
「解った、もう良いよ」
掛けられる指示に、秘書は造り笑いを止めた。
この際、篠原良は何か胸の奥がギュッとなる様な錯覚を感じていた。
何でも出来る筈が、逆に縛られていると言う感覚。
「でさ、いつ頃に此方に来るんだ?」
掛けられる声に、秘書はチラリと腕時計を確認する。
「はい社長。 予定では一時間後ですね」
そんな声に、フーンと鼻を鳴らす。 一時間とは、短い様で長い。
特に何もして居ない時など、時間が遅く感じる。
「そっかぁ、なぁ、アナスタシア」
「はい社長」
「悪いんだけどさ、ちょこっと……口貸してくれるか?」
「はい社長、喜んで」
指示と在れば、ソレが実行不可能でない限り【出来ない】と言う返事は許されて居ない。
眼鏡を外すと、秘書が篠原良の前に跪くが、机の影にその姿は隠れて見えなくなった。
篠原良は、椅子の背もたれに体を預けて上を向いた。
忠実な秘書は【如何なる指示】だろうと従ってくれる。
人並み以上の美人を好きな様に出来ると言う筈だが、其処には充実感など無い。
感覚だけは在るが、ソレだけである。
改造された者に取っては、今されている事自体も何の意義も無い。
精々が、有り余った時間の浪費と言えた。
✱
時間が経って、チラリと自分の腕時計を見る。
「アナスタシア、もう良いわ」
そんな声に、秘書がスッと立ち上がるが、その際には唇をハンカチで拭う。
拭いさった後には、口紅を塗り直す訳だが、篠原良は、そんな秘書を眺める。
「なぁ、アナスタシア」
化粧を直し、眼鏡を掛けると、秘書が顔を向ける。
「はい社長」
「お前さ、俺の事、好きか?」
思い付いた疑問を何も隠さずにぶつける。
すると、秘書は僅かに首を傾げた。
「はい社長。 お慕い申しております」
秘書の口から吐かれた言葉には【好きだ】や【愛している】と言う意味が在るのだが、とてもそうは聴こえない。
単純に、尋ねられたから応えただけと言う方が正しい。
何もかも全てを手に入れ、自由な筈が、得体の知れない束縛を感じる。
その正体が何なのか、答えが出る前に、執務室のドアが開かれた。
現れたのは、四人。
そんな人影に、篠原良は「おう、よく来てくれた」と軽い労いを送っていた。




