悪の組織 最期の日
結局の所、ナニか在ったかと言えば、何も無かった。
その理由としては、極単純に誰もが譲ろうとしなかったからである。
品物が一つしか無いとすれば、ソレを取れるのは一人だけ。
或いは、共用すれば良いという形に成れば、話は済むが、ソレが出来る様ならば、そもそも拗れはしなかっただろう。
✱
人の間に、何が在ろうと星は回り、夜は明ける。
そうして登る朝日を、良は敢えて独りで眺めて居た。
「なんつーんだろうな。 陽の光って奴は、何処でも同じ様に見えるんだな」
なんやかんやと在った後は【朝日は黄色く見える】とも言われるが、良にはそうは見えなかった。
無論の事、良が力で押し切れば、或いはソレが見れたかも知れない。
ただ、残念な事にそういった性格を良はしていなかった。
独りで朝日を眺める良だが、ふと、耳がチリチリとするのを感じる。
『友よ、気が引けるのだが、聞いても良いか?』
胸の内に住まう電子の精霊の声に、思わず鼻が唸る。
「ん? なんだよ、今更遠慮ってのもなんだろ?」
二心一体である以上、隠し事はほぼ無いと言える。
何せ見える事聞く事の全てが丸見えなのだ。
唯一解らないとすれば、胸の内だけである。
『そうか、ならば聞かせて貰うが、何故君は手を出さなかったんだ?』
される疑問は、良にも解らないではない。
仮に、一騎当千の魔法少女だが、良がその気に成りさえすれば、無理やりだろうと可能である。
セイントとの戦いの置いて、新たな身体の動かし方は体得して居た。
異能を消し去る力を用いれば、川村愛は単なる少女でしかない。
更に、あの場に置いて言えばリサはその気だった。
掛けられる質問に、思わず良の鼻が笑う。
「なんでだろうなぁ……」
そう言いつつ、良は自分へと問い掛ける。 すると、案外答えは簡単に出た。
「まぁ、口幅ったい言い方すれば、性欲と愛情は別って奴かな」
基本的に混同されがちだが、実際には良が挙げた二つの感情は全く違うモノである。
愛情が在るから性欲が湧くのではない。
寧ろ、性欲は本能に根差したモノと言えた。
「そりゃあよ、世の中にゃ平気のへの字で云股掛ける人間なんざ腐る程に居るぜ? でもよ、そら好きだからするんじゃねぇ。 要するにだ、小腹が減ったからなんか食うってのと変わんねーだろ」
欲の観点で言えば、良のソレは生身の人間程に色濃くは無い。
餅田に細胞を分け与えられては居ても、改造超人である事に変わりは無かった。
『それの何がいけないんだ?』
同じ体を共用するエイトでも、良の気持ち全てが解る訳ではない。
あくまでも、住処として間借りして居る立場である。
「何がいけない……かぁ。 別にいけなくなんかないんだろうけどな。 俺ぁ、どうすりゃ良かったかな」
腹が減ったから栄養を欲し、眠く成れば眠り、したくなれば相手を探す。
生き物ならば、当たり前の本能である。
『友よ、年長者として一言を云わせて貰えるならば、誰もが納得出来る答えなど、世の中には存在しないぞ』
エイトの云った事は、真理の一つであった。
物事に際して、万人が納得する答えなど存在しない。
食べ物一つにしても、万人が【美味い】と言うモノなど無い。
誰かが美味いと言えば、別の誰かは不味いと言う。
加えて、食べ物とは空気中か、唐突に現れるモノではない。
動物にせよ植物にせよ、生きている命を奪う事に他ならなかった。
誰かが割を食うからこそ、別の誰かが得をする。
誰かの不幸が在るからこそ、誰かの幸せが成り立つ。
ソレが、世の中の理であった。
思わず、良はフゥと息を吐いた。
「みんなが満足なんて……無理だよなぁ」
『ソレこそ無理と言うものだよ。 圧倒的な力を持って従わせるか、絶対的な神にでも成らない限りはね』
ポンと出された一言に、良はある事を思い出す。
何もかも全てを思いのままに出来る存在。
賽の目という些末な事から、宇宙の創造迄もが可能という。
だが、其処には在ったのは底無しの虚しさだった。
加えて言うならば、其処に居たのは【間違い続けた自分】である。
「俺は、どうすりゃ良いんだろうなぁ」
何が正しいのかと問えば、実のところ正しさなど無い。
選択とその結果が在るだけだ。
『友よ、逆に尋ねたいんだが、君はどうしたいんだ?』
「ん?」
『目的地も無しに歩くのは、迷路で迷うのと変わらない。 何処へ行けば良いのかも解らず、右往左往して居るのは遭難して居るのと同じだろう?』
「……んまぁ、そりゃね」
『だから聞きたいんだが、君は、どうしたい?』
改まって尋ねられると、コレが応えるのは難しい。 何せ、選択肢は無数に及ぶ。
向こうの篠原良の申し出を受け入れ、報酬として多額の金銭を得れば、それだけでも事は終わる。
何せ使い切れるか解らない程の金銭が在れば、出来ない事の方が少ないのだ。
或いは、組織を解散し、皆がそれぞれに違う道を歩む。
その際には、あの四人にせよ、別の誰かと添い遂げる事も可能だろう。
餅田から細胞を得れば受け取れば、アナスタシアとカンナにも可能性は生まれるかも知れない。
皆を引き連れ、戦うだけが道では無い。
「若い内に、現役引退……なんてのも有りかな」
冗談のつもりで言うと、良の耳に軽い笑いが響く。
『ソレでも良いさ。 安心してくれ、仮に君の側に誰も居なくなったとしても、私が居る』
独りでは無いというエイトの声に、良は苦く笑った。
「そいつぁ、頼もしいぜ」
それでも、良は【諦める】という道を選びたく無かった。
幾多の世界をを渡ったが、其処には、諦めた自分は居なかった。
唯一、する事が無くなり、ただ座っていた自分にすら【もう一度立て】と良は言っている。
背中に背負った【不撓不屈】の四文字が、頭に浮かんだ。
そもそも、諦める機会は無数に在った。
異界に留まり、其処で自分を手伝う事も出来た筈である。
或いは、無限の夢に身を委ね、忘れ去る事も出来た。
にも関わらず、何故そうしなかったのかを思い出す。
重い腰を上げ、良は立ち上がった。
「先の事なんざ解んねーけど、やりたい事なら、在るな」
そう言うとは、良は悪の組織の基地の方角へ目を向ける。
距離で言えば遠い向こうである以上、目視はできないが、思い出す事は出来た。
「盗られたんだったら……取り返しに行かなきゃな」
今までは、五里霧中であったが、朧気ながらも目的地が見えた気がした。
✱
すっかりと日が昇る頃。 良は、組織一同を集めていた。
全員が見える為か、木箱を演台代わりに立つ。
「さて、みんな。 朝っぱらから集まって貰って悪いな」
朝礼にしても、いまいち威厳が無いが、寧ろソレが良らしい。
「早速なんだが、俺は今から、向こうに乗り込もうと思ってる」
良の声に、戦闘員達が僅かにザワつくが、ソレも無理は無い。
何せ意気揚々と突撃を仕掛けた筈が、無様に敗退したのだ。
同じ場所へ行くとなれば、結果が変わるとは誰もが思えない。
「……あの、良さん」
恐る恐ると言ったリサに、良がウンと唸る。
「また、行くんですか? でも……」
言い掛けながらも、口を噤む。
その先に何を言わんとするかは、場の誰もが解っていた。
「あぁ、もしかしたら、また負けるかも知れない」
首領自身が、敗北を宣言してしまう。
だが、良の声も顔も、負けたという程に暗くはない。
寧ろ、その表情は此れから試合に挑むが如き強さが在った。
「でもよ、一回ぐらい負けたからって、ソレがなんだってんだ?」
そう言うと、良は片手を挙げて拳を握り締める。
「何度負けたってよ、それでもしつこく食い下がるのが、悪の組織ってモンだろ。 違うか?」
良が思うのは、昔見た【悪の組織】の姿であった。
善玉である正義の味方に、何度も何度も負けても、決して諦めようとはしない。
寧ろ、ソレを糧に次こそは勝とうと挑み続ける。
悪足掻きと言えばその通りだが、同時にソレは、賢明に生きようと足掻く生き物の姿その物であった。
如何なる環境であれ、苦境であれ、ソレに適応順応し、また挑み続ける。
その身が朽ち果てる迄、諦める事が無い。
その姿勢こそ、良には見倣うべきだと思えていた。
そしてまた、篠原良は悪の組織の首領にして、背中に【不撓不屈】を背負って居る。
「俺達は、品行方正な正義の味方なんかじゃねぇんだ、世界がどうなろうが、んなもん知ったことかよ。 やりたい事をやりたい様にやるだけだ」
世界を変えられると、良は思っていない。
そもそも、世界を変えたいとも思ってはいなかった。
体を突き動かすのは【やられたら絶対にやり返す】という性分である。
一度向こうが始めた以上、後には引けない。
終わりなど来ないと言われたが、それでも良かった。
いつの日か、消え去る迄、戦いが終わる事など無い。
普段では先ず見せないで在ろう【悪の首領】らしい声に、アナスタシアが全員の前に出る。
「皆の者! 聴いたか!! 首領の御命令が下ったぞ!」
女幹部の声に、戦闘員達も自分が誰なのかを思い出した。
彼等にせよ、真っ当な会社に務めるサラリーマンではない。
「「首領! 万歳! 首領! 万歳!」」
張り上げられる声の最中、唯一ムスッとした顔をして居るのは、大幹部の一人であるリサ。
その隣では、愛がチラリと窺う。
「どったの? そんな不満そうな顔しちゃって」
問い掛けると、リサの頬がプクッと膨れた。
「どうせなら、いつもあんな感じで居てくれれば良いのに」
如何にも不満げだが、素直な願い。
「う~んと、それなら……まぁ」
二人の少女の頭の中では妄想が湧く。
普段とは三割増しの良が、グイグイと自分に迫って来る。
勢いそのままに、為す術もないままに翻弄されてしまう。
思わず、そんな想像に唾を飲み込む二人だが幸いな事に、周りの騒ぎで誰もがそれには気付いては居なかった。




