世界征服の魔の手! 悪の軍団現る!
世界を脅かす大首領は倒れた。
だが、それは一つの悪が倒れたに過ぎなかったのだ。
*
人も通わぬ山の奥。 その中には、なんと悪の秘密基地が在った。
今宵もまた、その基地の中で怪しげな企みが始動する。
「首領! 万歳!」
バサッとマントを翻し、痴女すれすれの衣服を纏う女幹部がそう叫ぶ。
それに続く様に、全身ピチピチタイツとマスク姿の構成員達も腕を挙げる。
「「「首領! 万歳! 首領! 万歳!」」」
実に統率が取れた音頭が向けられるのは、大仰な椅子に座る首領。
頭から怪しげな布を被り、顔は窺えないが、体型は見える。
次の瞬間、組織の長たる首領からは威厳の在る言葉ではなく、盛大な溜め息が漏れた。
『……ねぇ、あのさぁ、俺思うんだよね、こういうの止めない?』
肩を竦め、力無くそう呟くのは、首領にして改造人間である篠原良であった。
大首領を倒してからといって、世界から組織が全てが消えた訳ではない。
寧ろ、結構な頻度でちょっかいを掛けられては、こうした集まりが催された。
やる気の無い首領に、女幹部であるアナスタシアが、ウーンと鼻を唸らせる。
「首領、お願いですから、もう少し威厳というモノをですね……」
常々、威厳やら威光が足りない良に、アナスタシアは苦言を呈す。
組織の長足るもの、やはりビシッとして欲しいという想いがある。
対して、そんな首領の側に寄り添う様に座る同じく幹部の虎女が、ケラケラと笑った。
「別にさぁ、良いんじゃない? いつもこうでしょ?」
幹部という割には、実態としては首領お付きに近いカンナの声に、アナスタシアの頭は痛みを覚える。
「……むぅ、しかしだな、未だに敵の攻撃が止まない以上、やはり組織の志気を高めねば」
やる気の無い首領に代わり、組織の切り盛りを司っているアナスタシアにすれば、出来ればもっとやる気を持って欲しい。
だが、そんな彼女の思惑とは外れ、重要人物達は呑気である。
カツカツと靴音を立てるのは、組織の頭脳にして、博士と呼ばれる少女。
「でも、最近はめっきり減りましたよね?」
博士と呼ばれる以上、記録はキッチリと録っている。
敵対組織撲滅の為にと、良率いる組織が奮起した結果、襲撃は激減していた。
こう言われてか、アナスタシアが頭を抱える。
「まったくもぅ……どいつもこいつも……なんでこう危機感というモノがぁ……」
鼻を唸らせ悩む女幹部だが、無理もない。
性格故にか、クソ真面目な彼女は悩むが、実のところ他の構成員からは杞憂と想われている。
何故ならば、他の組織を徹底的に叩き潰した以上、余り敵は居ないのだ。
専らは【世界征服の為に!】という御題目は在ったとしても、ソレはあくまでもお為ごかしに過ぎず、掛かってくるからやり返すという風に近い。
そんなこんなを続ける内に、何時しか襲撃らしい襲撃も無くなっていた。
幾多の改造人間を抱え、並みの軍隊など蹴散らし兼ねない程に強くなった悪の組織。
とは言っても、その組織の長がやる気が無いのだから平和なモノである。
ウンウン唸る女幹部を余所に、博士は手持ちのクリップボードに眼を落とした。
「あ、そう言えば、来月の旅行の件ですけど」
ポンと出される博士の声に、虎女が指をパチンと鳴らす。
「そうそう! 今度は温泉だっけ? やっぱり海外も良いけどぉ、こうね、ゆーったりと湯に浸るってのも、良いよね」
思い出したと言わんばかりに、声を弾ませる虎女。
彼女の脳内では、地上波では放送出来るのかギリギリの想像が為されていた。
湯に浸り、艶を増した肌、湿り気を帯びた髪の毛、そして、はだけた浴衣。
実に蠱惑的な自分の姿。
そんな虎女の妄想は兎も角と、同じ幹部の声に、博士は頷くと、構成員達へと目を向けた。
「えー、皆さん。 宿の予約は既に済ませたので、後は御希望の飲み物や料理を選んでくださいね!」
頭脳役という立場上、すっかり幹事役が板に付いた博士。
悪の組織が企む次の計画は、なんと【温泉旅行】らしい。
別に隠語でも何でも無く、そのままである。
博士の声に、ワイワイと話し始める構成員達。
こうなると、益々女幹部の頭が痛くなる。
「どうしてこう……」
締まりが無いどころの話ではなく、もはや悪の組織と言えるのかすら不安に成る。
唸る女幹部に、首領が顔を向けた。
『まぁまぁまぁ、アナスタシアさんも、そう気張らずに……』
何とか女幹部を諫めんとする首領に、アナスタシアがカッと目を見開く。
「首領! だいたいですね!? 貴方には自覚というモノがぁ」
「あ、ところで、アナスタシアは日本酒? ワインでしたっけ?」
何とか首領の眼を覚まさんとする女幹部に、博士がそう尋ねた。
「両方だ!」
「はいはい、両方……っと」
叫ぶ女幹部の注文に、博士は冷静に応じる。
一見すれば、何処が悪の組織かと問い正したくなる光景だが、無理もない。
そもそも、悪の組織を名乗っているからこそ、悪の組織なのだから。
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