報道(中)
凛花さんと楽屋に入ると、何やら雑誌を見ていたらしいメンバーからの視線が一気に集中した。あぁ、誰か買ったのか……こんなことが前にもあったような気がするなぁ……
「「「おはようございます」」」
「おはよー」
「おはよう」
「美月さん! 雑誌見ましたか?」
差し出された雑誌を見れば、陽葵ちゃんの熱愛報道の記事が載っていた。
「お相手はどちら様? 美月、彼女取られちゃうんじゃない?」
「いや、彼女じゃないですから」
「「「ふぅー!!」」」
「ひまみつありがとーう!!」
凛花さんもメンバーのみんなも、完全に面白がってますよね?
陽葵ちゃんが卒業してそんなに経っていないのに、熱愛報道が出ちゃって、私のところにも沢山、陽葵ちゃんのファンからのメッセージが届いている状況。
「相手は後ろ姿だけ? ……ん? へぇー、私、後ろ姿が似てる人知ってるわ」
掲載された写真を見て、ニヤリと笑いながら私を見てくる凛花さん。
陽葵ちゃんと背丈は同じくらい、髪は帽子に隠れるくらい、お揃いの靴で、帽子を深く被っていて相手の顔は見えないけれど、陽葵ちゃんが相手の腕に抱きついていて、横顔だけれどめちゃくちゃ可愛い。
仲睦まじくマンションに入っていく姿を何度か目撃している、か。
……見る人が見ればわかる写真、どうもありがとうございました。
「美月さん、心当たりは?」
普段から一緒に過ごすことが多いメンバーは、写真の相手が私だって分かってる。そのニヤニヤした顔、やめよ?
「あー、うん。ある、かな」
この写真は、仕事終わりに待ち合わせをして、一緒に買い物をして帰ってきた時の。
「暗いので美月さんだって分からなかったんですかね。帽子かぶってますし」
「そうかもしれないね……」
「私はもちろん、多分ファンのみんなも分かりますけど、分からない人はいますよね。私はもちろん分かりますけど!! そもそも陽葵さんがこんな笑顔を向ける相手なんて、1人しか知りませんし!! この安心したような笑顔、可愛すぎません? 本当に可愛すぎるでしょ……このデータ貰えないですかね? ひまみつさいっっこう!!」
「あ、うん……」
美南ちゃん、相変わらずの熱量だね……さっき、休憩入ったって連絡来たし、準備が整えば陽葵ちゃんが配信始めるけど、この調子で大丈夫だろうか?
「ねぇ、陽葵さんが配信始めた!!」
「え!? 音量上げて!」
「陽葵さんが配信っ!?」
「陽葵さーん!! 今日も可愛い!」
あっという間に集まって、1つのスマホをメンバーが食い入るように見つめている光景はなんだか面白い。私のところには、陽葵ちゃんの声だけが聴こえてくる。それにしても、メンバー皆陽葵ちゃんのこと好きすぎない??
『見えてるかな? あ、コメント来た。大丈夫そうだね。こんにちは~! おー、急な配信にもかかわらずみんなありがとう。みんな、今日はお仕事休み? え、トイレに駆け込んだの? それは早く戻らないとだね』
コメントを拾いながら、くすくす笑う陽葵ちゃんは随分リラックスしているみたいで安心だけど、これから話される内容がどう受け止められるか不安で私の方がそわそわしてしまう。
『髪型可愛い、ありがとうございます。ヘアメイクのみくさんがやってくれたんですよ。後ろがね、こんな感じで……見えますか? ファンクラブの広報誌の撮影をしていまして。もう少しお待たせしちゃいますが、会員の方楽しみにしていてくださいね。さて、既に人数もコメントも凄いし、そんなに時間もないので本題に入っちゃいますね。もう知っている人もいるかと思いますが、今日、記事が出ていて。お騒がせしてすみません。見た人から、心配の声だったり、確認のメッセージが沢山届いています。みんなありがとう。分かる人には分かる写真だったと思うんだけど……』
私にも役目があるから、配信を見られなくてもどかしい。コメントは荒れていないだろうか?
『あ、コメントに沢山名前が出てるね。もちろん分かる? 昔から知っててくれている人達とかはね、多分気づいた人が多いのかな。そう。一緒に写っているのは、元々所属していたグループの後輩で、山内 美月ちゃんっていう子なんですけど……卒業したあとから、一緒に住んでいます。今まで話していなかったことで、こんな風にみんなに心配をかけてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいです。男性? ってコメントもちらほら見えますが、女性です。卒業後に知ってくれたり、最近応援してくれて私の元所属グループを知らない方もいらっしゃると思いますが、私の元所属グループは女の子しかいないので」
陽葵ちゃんの配信と、私を交互に見るメンバーからそっと目を逸らした。
『この日は、仕事終わりに合流して、買い物をして帰ったんだけど、そのときに撮られた写真みたいで。え、袋の中身? この日は何買ったんだったかな……ちょっと忘れちゃいました。写真に写っているのは美月に似た別人で、カムフラージュじゃないかって? そういう意見もあるかなって思って、同じ角度と、正面の写真を撮っていたりします。昨日の夜、マネージャーさんがわざわざ家まで来てくれて撮ってくれました。存分に検証してください。写真は、美月がアップしてくれることになってるんだけど……みんな見られそう? というか、アップされてるのかな? みつきー? 見てる? ……あ、コメント来たので、アップされたみたいです。良かったらこの配信の後にでも見に行ってみてください』
SNSに、同じ格好をして2人で撮り直した正面&陽葵ちゃんの横顔と私の後ろ姿の写真2枚を載せて、陽葵ちゃんの配信を開いて完了のコメント。ここまでが私が担当するお仕事。初めは、配信後に陽葵ちゃんか、スタッフさんのアカウントを使うって話もあったけれど、私も当事者だし立候補した。
こんな時だけれど、私のことを呼ぶ陽葵ちゃんが普段通りすぎて、可愛い。
付き合っていることには触れないけれど、この際、これを利用して一緒に住んでることを公表すれば、と事務所に呼び出されて言われたのが昨日。私は急展開に追いつけなかったけど、陽葵ちゃんは即順応して話を進めていた。
陽葵ちゃんの配信コメントを見ていれば、予想した通りに否定的なコメントもあったけれど好意的なコメントの方が多くてホッとした。陽葵ちゃん1人を矢面に立たせて、私は何も役に立てないなぁ……
『短いですけど、仕事に戻るのでこの辺で。今日の夜にまた配信しますね。告知欲しい、そうですよね。今度はちゃんと告知しますので。時間が読めなくて、ゲリラ配信になっちゃってごめんなさい。今日の夜の配信時間は、SNSでお知らせします。美月も? そうですね、今度、みつきと一緒に家から配信しますね。今日の夜、タイミング合えばもしかしたらできるかな? みつきには何も確認していないので、今驚いてるかもしれないですが』
……うん。今聞いた。一緒に住んでるって公表してからの配信とか、どんな顔をして出ればいいの??
『見られなかった人も多いと思うので、アーカイブ残しますね。それでは、また。ありがとうございました~』
陽葵ちゃんの声が聞こえなくなり、沈黙。よし、速やかにメイクさんのところに行こう。
「美月さん、どこに行こうとしてるんですか!?」
「どういう経緯でこんなことに!? メンバー特権で教えてください!!」
「あぁ、ついにこんな日が……今日美月さんと一緒の現場にしてくださった方に大感謝!! 美月さん、詳しく」
「ちょっと美南ちゃん近くない……? あ、もうこんな時間じゃん! メイク行ってくるね!」
「えぇ、まだ美月さんの番まで時間あるじゃないですか……って美月さん待ってくださいよー!」
配信が終わるなり詰め寄ってきたメンバーから逃げ出して、扉を閉めた。撮影が終わり次第、次の仕事に急いで向かおう。
SNSを開いてみれば、沢山のメッセージが来ていて、反響がすごい。陽葵ちゃんが攻撃的なメッセージを警戒していて、一緒に見ようと言われているからページを閉じた。
まだ陽葵ちゃんの横に堂々と立てるだけの存在にはなれていないけれど、今自分が出来る事を一つずつ、精一杯頑張ろう。




