嫉妬と独占欲 後編
遠くの方で音が聞こえる。段々意識が浮上し、アラームを止めた。横を見れば、陽葵ちゃんは目をつぶっていて、起こさなかったことに安堵した。
さて、次は陽葵ちゃんを起こさないように抜け出さないといけない。まずは腕をゆっくり抜いて……こっちも離して……よし、後は起き上がるだけ。
「……みつき?」
起こさないように抜け出すのは無理でした。私が先に起きる時限定だけれど、寝起きで少し掠れた声で名前を呼ばれるこの瞬間は言葉では言い表せない。これは私だけの特権。
「あ、ごめん。陽葵ちゃんまで起こしちゃったね。まだ寝てて?」
「いま何時?」
外がまだ暗いのを確認して、時間を聞いてくる。今日のライブは夕方からだけれど、朝から別の仕事が入っている。
「まだ5時前。昨日も遅かったんでしょ? ゆっくり寝てね。行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。ライブ、頑張って」
「ありがとう。陽葵ちゃんも気をつけて」
優しい声で見送られて、今日も1日頑張ろう、と気合いが入る私は単純だ。
「昨日も思ったんですけど……これ、踊ってると片側落ちてきちゃうんですが……」
「いいのいいの。それで正解」
会場入りして、衣装さんを見かけたからついて行けば、ライブで使われる衣装や小物が沢山並んでいた。その中に私が着ることになっている衣装があったからついでに聞いてみれば、この回答。
「正解なんですね……」
「オリメンはもっとガッツリだから。まだ控えめな方」
「あー、確かに。凛花さんとかエロすぎますよね……」
「なんか言ったー?」
話題の方、登場。凛花さんも衣装さんに用事があったのかな。
「凛花の衣装がエロいって」
「えちえち?」
「大人の色気が凄いです」
私には出せない色気が溢れてる。私もいつかは……いや、無理か。
「凛花、どうしたの?」
「ここの装飾がちょっと痛くて……」
「どこ? あー、ここか。直しておくね」
「ありがとうございます」
用事が済んだらしい凛花さんと並んで歩き出せば、ニヤニヤしながら話しかけられた。
「陽葵妬いてた?」
「え? 陽葵ちゃんですか? 先に寝ましたし、朝もそんなに話してないですが普通だったと思います」
「ふーん。じゃあ、今日かな」
「何がですか?」
「なんでもなーい。ま、がんばれー」
「ちょっと、気になるんですけど!?」
今度ゆっくり教えてねー、とにこやかに去っていった。何??
結局、ゆっくり話す時間もなくて聞き出せなかった。
「ただいま」
「おかえり。お疲れ様」
凛花さんの意味深な言葉にドキドキしつつドアを開けたけれど、出迎えてくれた陽葵ちゃんは普段通りでホッとした。
「アイス買ってきたから後で食べよ?」
「えー、嬉しい。ありがと」
ご機嫌取り、では無いけれど、もし機嫌が悪くても一緒にアイスを食べれば少しは緩和されるかな、なんて下心満載だったけど、喜んでくれて嬉しい。
「……っ、ひまり、ちゃ……」
「かわいい」
普段通り? とんでもない。上手く隠していただけで、色々と溜め込んでいたらしい。
やけにスケジュールの確認をされるな、とは思っていたんだ。共有しているはずなのにな、と深く考えなかった数時間前の私、しっかりして?
「みつき、考え事なんて、余裕? まだできるよね?」
ふるふる、と首を横に振れば、うっとりと微笑む陽葵ちゃん。色気がすごいです……
陽葵ちゃんが満足するまで解放してもらえなさそうです。
「陽葵ちゃん、メンバーの前で着替えができません」
「なんで? 見せつけておいでよ」
「なんっ……」
いやいやいや、ダメでしょ。陽葵ちゃんはいいの? 痕をつけた人なんてあなたしかいませんけど? 特に肩が凄いことになってますけど?
ライブでのあの衣装を見ていて嫉妬したところに、後輩との絡みでこうなったらしい。
独占欲の強い彼女がいるからもっと距離感に気をつけようと思いました……そういう対象に見てないし、後輩として愛でていただけなんだけど、ダメだったらしいです。
しばらくは肩を出すなってことですね。レッスン着も気をつけよう。
これは若い子たちには絶対見せられない。もちろん、他のメンバーにも。
「んふふー」
「ご機嫌ですね?」
「可愛い美月が見られて、めちゃくちゃ満たされたからね」
「変態……」
腕の中で満足気に微笑む陽葵ちゃんはずるい。色気全開で迫って来たと思えば、こうやって擦り寄って甘えてくる。
そもそも、嫉妬するなら私の方だと思うんだよね。私にだって、独占欲はある。その辺、陽葵ちゃんは分かってない。
「美月、お風呂入ろっか」
「……1人で入る」
「駄目」
「もうしないからね」
これ以上はほんと無理。明日も仕事だし。
「分かってる。入浴剤も入れていいから」
「……じゃあ入る」
「ふふ、行こ」
手を引かれてお風呂に行き、入浴剤が入っている引き出しを開ければ、また増えてる。陽葵ちゃんが買い足すから、全然減らない。
「陽葵ちゃん。いつも思うけど、買いすぎだと思う」
「なんか珍しいの見ちゃうと買いたくなっちゃうんだよね。美月喜ぶかな? って。これなんてどう? いちごミルク」
「うわ、そんなのあるんだ……選べないし、陽葵ちゃんが選んでいいよ」
「じゃあ、これ」
「まさかの!?」
話の流れ的にいちごミルクかな、と思ったのに、陽葵ちゃんが選んだのは、私が好きな有名キャラクターのバスボール。中にマスコットが入ってるやつ。可愛すぎるでしょ。
「なんと! 箱買いしましたー。ここの奥に、箱が入ってます」
「箱買い!?」
「シークレットも入れると6種類あるから揃えたいじゃん?」
「えー、可愛いんですけど……」
やばくない? 陽葵ちゃんと可愛いものの組み合わせ、最強だと思う。
「写真撮ってー」
「うん」
座ったまま箱を抱えて、見上げてくる陽葵ちゃんの写真を撮ってスマホを戻せば、早速投稿したらしくて通知が来た。
これからお風呂、って……これさ、誰が撮ったの? ってなるじゃんね。明らかに自撮りじゃないし……もう夜だよ? こんな時間にこんな可愛い投稿をして、ファンは眠れなくなるよ? 罪深い人だ……
「おおー!?」
「え? 何? 何??」
早く開けたい、と即洗い終えて湯船に浸かっていた陽葵ちゃんが叫ぶからびっくりした。
「シークレットでた!」
「1個目から!?」
「幸先良いけど、写真投稿できないじゃん。画像は載せられないけど、シークレット出た、って投稿しよ」
陽葵ちゃんが楽しそうで何よりです。
洗い終えて湯船を見て気づいた。にごり湯じゃない。今更、って自分でも思うけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。洗っていたりすればまだ良いけど、陽葵ちゃんと湯船に浸かるっていうのが何時になっても恥ずかしい。
陽葵ちゃんが気づく前に出よう。そうしよう。
「美月、出るの?」
「あー、うん。ちょっと熱いなぁ、って?」
「熱い? あ、そっか。背中合わせにする?」
「いや、そこまでは……」
「湯冷めしちゃうから、おいで」
からかわずに優しく微笑む陽葵ちゃんに誘われるように湯船に浸かった。
約束を守ってくれてゆっくりお風呂に入れたけど、陽葵ちゃんの裸が見えちゃって全然落ち着かない。そんな私を見て陽葵ちゃんは笑っていて、余裕でやっぱりズルい。
入浴剤が無くなるのが先か、私が慣れるのが先か、どっちだろう。入浴剤は増え続けるし、私はずっと慣れないのかもしれない。
こんな事で悩める生活が幸せだな、と陽葵ちゃんの笑顔を見て思った。
お読みいただきありがとうございました!!
本編は60話で終わったのに、もう90話に…番外編を書きすぎている気がしますが、まだ書きたいことがあるのでもう少しお付き合いください…!




