悪夢
「陽葵ちゃん、別れて欲しい」
「……は?」
いやいや、なんで? 昨日まで普通だったよね? ベッドではちょっといじめたけど、普段と対して変わらなかったはず。
「今日マネージャーさんに呼び出されて、一緒に住んでるのがバレちゃって……すぐにでも事務所が用意したマンションに引っ越すように、って。最後に陽葵ちゃんと話したい、って無理言って連れてきてもらったから、すぐ行かないとなんだけど」
「ちょっと待って、なんで美月だけ呼び出されんの!?」
「荷物は後で事務所の人が取りに来るって言ってたから、陽葵ちゃんは何もしなくていいからね。今まで幸せだった。これからもずっと、陽葵ちゃんの幸せを願ってる。誰よりも愛してたよ。……さよなら」
そう言って美月は泣きそうな顔で笑った。
引き止めたいのに手も足も動かなくて、声も出せなくて、部屋を出ていく美月を見送ることしか出来なかった。
こんなの、全然納得できない。美月を失ったらこれからどうしたらいい……?
「みつき……!!」
「あ、陽葵ちゃん起きたの? おはよ」
「みつき……? 本当にみつき……?」
「え? そうだと思ってるけど……? え、ちがう?」
きょとん、とする美月の手にはお揃いのマグカップが2つ。
まだぼんやりしているけれど、思い出してきた。朝から切ない系の歌詞を書いていたけれど上手く書けなくて、撮影が早めに終わった、と帰ってきた美月に少し休んだら、って言われてソファに寝転んでいたら寝てしまっていたらしい。
「美月、ここ来て。最悪な夢見た……」
「うん」
起き上がって隣を示せば、マグカップをテーブルに置いて隣に座ってくれた。
「もう大丈夫だよ、私が居るよ」
心配そうな眼差しに涙腺が緩んで、腰にぎゅっと抱きつけばあやす様に背中を摩ってくれる。
「美月に別れて欲しいって言われた……」
「え?」
「マネージャーさんに呼び出されて、一緒に住んでるのがバレたからすぐに引っ越さなきゃいけない、って。さよなら、って出ていった……」
「ええ? 住所の登録出してるし、事務所側も知ってるはずだよね?」
言われてみればその通り。事務所も同じだし、同じ住所だってことは知ってるから有り得ないのに。
「冷静に考えれば、そうだよね」
「切ない系の歌詞を書こうとしてそんな夢見ちゃったのかな?」
「そうかも……ほんと悪夢……」
確かに作詞に苦戦してたけど、これは酷すぎないか……美月が家に居てくれてよかった。
「私から別れを告げるなんて有り得ないよ。陽葵ちゃんに要らないって言われても別れてあげない」
「要らない、なんて言うわけない」
「じゃあずっと一緒だね」
見上げれば照れたように笑っていて、無性に触れて欲しくなった。
「みつきたん、ちゅーして」
「かわっ……」
じっと見つめれば、そっと唇が重ねられたけれど直ぐに離れてしまった。これだけじゃ全然足りない。
「みつき……」
「作詞は? いいの?」
「いい」
「陽葵ちゃん、首に腕回せる?」
「うん」
言わなくても伝わったのか、所謂お姫様抱っこでベッドに運ばれた。
「優しいのと激しいの、どっち?」
「……優しいの」
「ん。陽葵ちゃん、好きだよ……」
安心させるように微笑んで、優しく触れてくる美月に身を委ねながら、夢で良かったって心底思った。
「ちゃんと居るから、少し眠る?」
「絶対居てね?」
「うん」
沢山愛されて満たされて、微睡んでいたら頭を撫でられて、目を開ければ愛おしさを隠さない表情で見つめられた。美月のおかげで起きた時の焦燥感はもう無い。
「30分だけ、寝かせて……」
「分かった。陽葵ちゃん、おやすみ。大好きだよ……」
また悪夢を見たら、って不安も少しはあったけど、美月に抱きしめられたまま意識を手放した。
「よし、これでいいかな」
「書けた?」
「バッチリ! 見る?」
夢のおかげ、だなんて思いたくないけれど、なんとか歌詞が出来上がった。ライブとかで歌いながら、思い出して泣きそうになるかもしれない……
「見たいけど、完成を楽しみにしたい。でも見たい……」
「ふふ、どっちよ」
うー、と唸る美月が可愛い。
結局見ないことを選んで、完成を楽しみにするらしい。目の前で読まれるのは恥ずかしいから良かったかも。
「今日はもう終わり?」
「うん。これで終わり。明日は予定通り買い物に行こうね」
「やった! 古着見に行ってもいい?」
「いいよ」
いい服に巡り会えるといいなーってわくわくしている美月をガッカリさせることにならなくて良かった。
もし作詞が上手くいかなくて出かけられなくなったとしても、きっと笑顔で一緒にいられるだけで充分、って言うんだろう。
私ももちろん一緒にいられるだけで幸せだけれど、せっかくの休みならデートしたいよね。
「美月、せっかくだし待ち合わせでもする?」
「わ、なんかデートっぽい」
「デートだからね?」
「あ、そっか」
美月ちゃん何だと思ってたの?
「美月、お待たせ」
「わ、可愛い。その服、見たことないけど最近買ったの?」
「うん。似合う?」
「似合う! 陽葵ちゃんは何着ても似合うけどね」
先に待っていると譲らない美月を送り出して、買ったばかりで1度も見せたことの無い服に着替えた。ちゃんと気づいてくれて嬉しい。
「陽葵ちゃん、これとこっちならどっちが好き?」
「うーん、こっちの方が似合うと思う」
「よし、じゃあこっちにしよ。これ戻してくるー」
メンズコーナーで2着選んできて、躊躇いなく私が選んだ方をカゴに入れて、1着戻しに行った。
「これ陽葵ちゃんに似合いそう! あ、でもこっちも可愛い。色はこっちかな……ねえ、陽葵ちゃんはどれが……ちょっと、ニヤニヤしすぎ……」
自分の服よりも真剣なんじゃ、ってくらい悩みながら私の服を選ぶ美月が可愛くてニヤニヤしながら見ていたら嫌そうな顔をされた。照れ隠しだってちゃんとわかってるよ。
「ふふ、ごめんごめん。真剣なみつきちゃんがかわいいなーって」
「は? 何言ってるんですか??」
「そんな照れなくてもいいじゃん」
ちらちらこっちを見ていた女の子たちを見れば、私たちを好きでいてくれるのか、きゃあきゃあ喜んでくれてるし。ファンサービスってことで。
「え、本当にイチャイチャしてる……」
「やば、可愛い……やっぱりよく来るんだ……」
「プライベートだよね、あんまり騒いじゃまずくない?」
「わ、こっちみた、え、手振ってくれてる……やば……」
見守ろうとしてくれていたから手を振れば喜んでくれて良かった。
「陽葵ちゃん、気づいてたなら言ってよ!!」
「楽しそうに選んでたからさ。可愛かったよ?」
「恥ずかし……」
そんな態度すらファンの子達を喜ばせてるって分かってないなぁ。美月はそのままでいいけどね。
美月が選んでくれた服を買って、お昼を食べにカフェに入れば、ピーク時間ではないから空いていて落ち着いて過ごせそうだった。
「うわ、どれも美味しそう。美月は?」
「んー、私はなんでも。陽葵ちゃんが頼まなかったやつかなー」
メニューは開いているけれど選ばないで私の様子を眺めている美月に問いかければ、どこまでも私優先な回答が返ってきた。相変わらず優しすぎる……
「たまには好きなの頼みなよ」
「えー、全部美味しそうだし」
結局いつもみたいに私が悩んでいた片方を頼んでくれて、慣れたように半分にしてくれた。あれ、私の方が歳上だよね?? 外だと甘えてくれないからなぁ……
家に帰ったら甘やかすとして、今は思いっきり楽しもう。
美月が隣で笑ってくれるだけで幸せだから、これからも私のそばに居てね。
お読み頂きありがとうございました!!




