気づかれないように
「あれ、陽葵さんっ!?」
「陽葵さんだー! お久しぶりですー」
ライブの打ち合わせを終えて事務所の通路を歩いていたら、打ち合わせスペースから美南ちゃんと望実ちゃんが出てきた。
「お、久しぶり。2人とも元気?」
「元気です!」
「陽葵さん、相変わらずキラキラしてますね……!!」
「そ? 2人はこの後まだ仕事あるの?」
久しぶりに会えたし、もう終わりならせっかくなら話したいな。
「もう終わりですー!」
「陽葵さんはまだお仕事ですか?」
「私も終わり。良かったら家でご飯でもどう?」
「え、いいんですかっ!?」
「今日は美月さんは……あ、撮影か」
「そう。1人だから遠慮なく来て?」
美月は撮影で帰りが遅いし、1人での夕飯も味気ないなと思っていたから快くOKしてもらえて安心した。
「あ、もし良ければ、咲希ちゃんと美結ちゃんもいいですか? もう少しで2人も出てくると思うんですが……」
「もちろんいいよ」
人数が多い方が楽しいしね。
「お待たせしま……えっ、陽葵さん!?」
「ええ!?」
咲希ちゃんと美結ちゃんが私を見て驚いていて、一向に近づいてこない。
「美南ちゃんと望実ちゃんは誘ったんだけど、2人もこの後時間あったら家来ない?」
「陽葵さんの家……!?」
「えっ!?」
「2人とも、こんなチャンス滅多にないよ!? 推しの家だよ?? 行く以外ないよね??」
美南ちゃんが2人に詰め寄って熱弁しているけど、変わってないね。
「美南、ちょっと落ちつこう?」
「相変わらずだなー。2人とも無理しなくていいからね? どうする?」
「「お邪魔します!!」」
夜ご飯を買い込んで、4人を連れて家に帰ってきた。あれ、そういえば咲希ちゃんと美結ちゃんって私と美月のこと知ってたっけ……? 美月は帰りが遅いし、ばったり遭遇、なんてことにはならないだろうし大丈夫かな? 一応メッセージ送っておこう。
「どうぞ。適当に座ってね」
そわそわ落ち着かない様子の後輩達を残してキッチンにお皿やコップを取りに向かう。
テーブルにテイクアウトしてきた料理を並べて、ジュースで乾杯する。2人とも未成年だからね。
「最近はどう?」
「ライブに向けて覚えることが多くて……」
「先生がめちゃくちゃ厳しいです……」
「そっか。焦らず1歩ずつね」
「「はい!」」
美南ちゃんと望実ちゃんはグループの時から関わりがあったけど、咲希ちゃんと美結ちゃんはそんなに関わりがなかったからかものすごく緊張していて、私たちの会話を黙って聞いている。
「咲希ちゃんと美結ちゃんは勉強との両立大変でしょ?」
「あ、はい。でも毎日楽しいです」
「私もです」
「そっかそっか。良かった」
うーん、どうやったら緊張が解けるかな……未成年だからお酒はダメだしなぁ……
「陽葵さんももうすぐライブですよね?」
「うん。今日も打ち合わせしてきたよ」
「ファンクラブから先行予約の連絡来てました!」
「え、美南ちゃん入ってくれてるの?」
「もちろんです! というか、ここにいる全員入ってます」
え、そうだったんだ? 初めて知った。
「結構入ってるメンバー多いと思います! よく話題が出ているので」
「うわ、そうなんだ……ちょっと照れる」
「え、かわい……!!」
ファンクラブ会員向けの動画とかも見てるってことでしょ? 美月も常に一緒にいるのに入ってくれてるんだよね。時間ぴったりに登録したのに結構番号が遅かったみたいで落ち込んでて可愛かったな。
ご飯を食べ終えて、まだ学生の2人は遅くなる前にと帰って行った。少しは話してくれるようになって距離も縮まったかな。
「ただいまー」
「あれ、美月さん??」
「思ったより早い……?」
「ちょっと待っててね」
2人に断りを入れて玄関に向かえば、ちょっと困ったような表情の美月が靴を脱いだ所だった。
「おかえり」
「うん。ただいま。あのさ……さっき咲希ちゃんと美結ちゃん来てた……? ごめん、多分メッセージくれてたよね? 充電切れちゃって……」
「来てたけど、会った?」
「エレベーターホールでバッタリ」
「あー」
既読がつかなくてまだ撮影中かな、と思ってたらそういう事ね。2人、さっき帰ったばっかりだもんね……
「送ろうかと思ったんだけど、2人とも可哀想なくらいテンパってて……お邪魔しました!! って階段をかけ降りていった……」
「えぇ? 階段? 若いってすごいな……」
「いや、そこ?」
そんな呆れたように見なくても分かってるって。関係に気づいたかも、ってことでしょ?
部屋を見れば一人暮らしじゃないことは一目瞭然だっただろうし……
「仕事で会った時様子みて貰える?」
「うん。そうする」
「今美南ちゃんと望実ちゃん来てるよ」
「あ、この靴2人なんだ」
美月とリビングに入れば、顔を赤くした2人に迎え入れられた。
「美月さん、お疲れ様です! 相変わらず尊いです……!」
「え? お疲れ様……?」
「美南がすみません……お邪魔してます」
「いらっしゃい。お疲れ様」
荷物をおろして2人に笑顔を向ける美月は先輩の顔をしている。
「美月、ご飯食べる?」
「食べる。陽葵ちゃんありがとう」
「ん。手洗ってきて?」
「うん」
手を洗いに行った美月を見送って、美月用に取り分けておいたご飯を温める。
リビングの2人から視線を感じるけれど、気づいてないことにしておこうかな。その方が反応が面白そうだし。
「陽葵ちゃん、これ運んでいい?」
「うん」
「お酒は?」
「んー、飲もうかな」
「持っていくね」
冷蔵庫からビールを出して、ご飯を運んだ美月が2人にお酒を飲むか聞いている。
「陽葵ちゃん、甘いお酒あったっけ?」
「うん。何か作る?」
「2人のお願いしてもいい?」
「いいよ。美月は?」
「飲んでもいい?」
「少しならね」
「はーい」
「ふふ、いい返事」
頭を撫でればふにゃ、と笑って身を任せてくる。2人から見えてないと思ってるのかな? 2人ともガン見だけどね?? 甘えてくれて可愛いし美月には黙っておこ。
「うわ、美味しい」
「本当に美味しいです」
「良かった。それなりにアルコール入ってるから気をつけてね」
気に入ってもらえて良かった。美月も好きだから嬉しそうに飲んでるけど、弱いから気をつけて見ておかないと。
*****
望実視点
「ひまりちゃん、おかわりー」
「もう終わりにしな?」
「明日休みだし、だめ?」
「……っ、最後ね?」
「うん!」
あぁ、尊い……仕事の疲れもあってか美月さんはお酒が回るのが早くて、普段のクールな姿は既に無い。
目の前で繰り広げられる甘々な2人にお酒が進む。美南は興奮しすぎて、ハイペースで飲んで潰れてしまっている。気持ちはよく分かるよ……
「望実ちゃん、美南ちゃんも寝ちゃってるし、良かったら泊まっていって?」
「え、そんなご迷惑じゃ……」
「明日午後からって言ってたし、着替えも持ってるでしょ?
「あ、はい。持ってます」
レッスンがある日は多めに着替えを持ってきているから確かに問題ない。本当に迷惑じゃないかな……
「遠慮しないで、ね?」
「ではお言葉に甘えて……」
美南を連れ帰れる気はしないし、甘えることにした。
「尊い……!! あれ、ここ……?」
「美南起きた?」
「望実?? あれ、美月さんが酔って陽葵さんに甘えてて、キスを……夢??」
少しすると美南が目を覚ましたけど、夢でも2人のこと見てたとか流石すぎる。
「キスは夢だね」
「キス、は?」
「うん。ほら」
「……えっ、何あれ尊い……」
ニコニコ笑顔の美月さんが陽葵さんにくっついていて、陽葵さんもでれっでれ。こんなに幸せな空間に居てもいいのだろうか……?
「美南、今日泊まらせてもらうことになったから」
「え!? 泊まり!? まだ見てていいってこと……?」
「そう」
「え、最っ高……」
推しのイチャイチャを特等席で見ながらお酒を飲めるなんて、幸せ……
「美月、立てる? ベッドで寝て?」
「んー、立てる……ひまりちゃん、手……」
「ふふ、かわい。ごめんね、美月寝せてくるからちょっと待っててもらえる?」
「あ、はい。待ってます!」
今にも寝そうな美月さんの手を引いて寝室に入っていくのを眺めて、美南と顔を見合せた。
「なにあれ!? やばいでしょ!! 陽葵さんでれっでれだし、美月さんが甘えてるし……え、尊すぎるんですけど?」
美南の感情が爆発しているけれど、完全に同意。普段クールな美月さんの甘える姿なんて貴重だし、陽葵さんだって普段は彼女感が強いのに今日は違うし。
「お待たせ。お風呂入るでしょ? 使い方教えるね」
美南と語りながら待っていると陽葵さんが戻ってきてお風呂の使い方やタオルの場所を教えてくれる。お風呂までお借りするとかなんだか申し訳ない……
「さ、部屋に案内するね」
「ソファで充分です!」
「いやいや、2人同じ部屋になっちゃうけど、ソファよりは快適なはずだから」
「すみません、ありがとうございます」
案内された部屋に入れば、さっき準備をしてくれたのか既に布団が敷いてあった。
「じゃあ、また明日ね。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
陽葵さんを見送って、お風呂を借りよう、と部屋を出る。陽葵さんも入るかもしれないし、早い方がいいだろうから。
交代でシャワーを浴びて、ドライヤーもお借りして、用意してくれていた歯ブラシを使わせてもらった。
「あ、そういえばテーブルの上片付けてないよね?」
「だね……片付けに行こうか」
部屋に戻って寝る準備をしていたらリビングの片付けをしていないことを思い出した。
「美南、どうしたの?」
「いや、どうしよ……やばい」
陽葵さんと美月さんの部屋の前に近づくと美南が立ち止まった。
「え?」
「声が……」
声?? どういうこと??
「鼻血出てない?」
「出てないけど、声って何?」
「やっぱり陽葵さんが攻め……」
「えっ?」
何も聞こえないけど……?
「いや、何も聞こえないけど……っ!?」
美南の勘違いじゃないっぽい。微かにだけれど話し声が聞こえてくる。
「美月、声我慢してね?」
「……んっ……ゃぁ……」
「ほら、抑えないと聞こえちゃうかもよ?」
「そう思うなら……っ、離してって」
「かわい……部屋離れてるし、さっき2人ともお風呂出てたから大丈夫。ちゃんと考えてるって」
「そんなの、わかんないじゃん……ちょっ、陽葵ちゃ……ん、ほんとにだめだって」
戻らなきゃいけないのに、つい耳をすましてしまった。部屋の前通ろうとしてすみません……!!
「だめ?」
「だめ! 明日休みだから……」
「うん。休みだから?」
「だから……っ、しらないっ!!」
「ふふ、ちゃんと言えたらやめてあげる」
「ドSっ、陽葵ちゃんほんっとにへんたい……!!」
「ふぅん?」
「ゃ……まって……言うから……!」
ぁー!! もう、なにこれ? なにこれ?? 隣の美南を見ればアイドルがしちゃいけない表情をしている。とにかくこれ以上は、と放心状態の美南を引っ張って部屋に戻る。
「美南、生きてる?」
「あれは、やばい……」
「普段とのギャップありすぎ……」
「前のも凄かったけど、今日のはもっとやばい」
みんなの前で見せる姿と、2人の時のギャップがとにかく凄い。
オタトークで盛り上がってしまってほぼ寝られなかったのは言うまでもなく……
「寝不足なのにこの充実感はなんなのか……」
「ね。この後2人に会って冷静でいられる自信ないんだけど……美南、気をつけてよ?」
「絶対ニヤニヤしちゃう。結局昨日はどこまで……美月さんなんて言ったのかな……」
「それは考えないようにしようって決めたじゃん!」
美南とまた盛り上がっていたらトントン、とドアがノックされて陽葵さんの声がする。
「2人とも、朝ごはんそろそろだけど起きてるー?」
「「はいっ!! 起きてます!!」」
「はは、めっちゃ揃ってる。美月が作ってくれてるから、準備終わったら来てね」
「「はい!」」
「あっぶな……」
「待たせちゃ悪いし、行こっか」
2人で部屋を出ると、キッチンに美月さん、リビングに陽葵さんが居てそれぞれ準備をしてくれていた。
「おはようございます。朝ごはんまで、すみません」
「ありがとうございます」
「おはよー。昨日は先に寝ちゃってごめんね。もうできるから座ってて?」
何とか返事をしたけど、変な反応になってなかったかな? 美南はもう必死で頷くだけになってるし。
「2人ともコーヒーでいい? お茶もあるけど」
「すみません……コーヒーお願いしてもいいですか?」
「私も同じでお願いします」
「おっけー。美月もコーヒーでいいよね?」
「うん。いつも通りで」
「ん、分かった」
キッチンに立つ2人を見ながら、朝からこんなに幸せな空間にいていいのだろうか、と美南と顔を見合わせる。
「ねーみつきたん、まだー?」
「もうちょっと。味見する? はい」
「ん、美味しい」
「良かった。先に座ってていいよ?」
「んー、ここで見てる」
「かわい。もう少し待ってね」
あっまい!! 甘える陽葵さんに、はいはい、って甘やかす美月さん。見慣れた光景だけれど、また違う2人を知ってしまっている訳で、妄想が広がる……
この尊さをファンのみんなと共有できないのは残念だけれど、メンバー特権ということで私たちだけの楽しみにしよう、と美南と頷きあった。
書いていてひたすら楽しかったです。お読み頂きありがとうございました!!




